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襲撃と代償
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ーーーーホリシア連峰 五ツ山
「はぁっはっは…バンゼルー!早く早く!」
「ちょ、ちょっと…キリカ、急ぎすぎだって!」
神国の北東に広がるホリシア連峰、王国と領土を分かつ役目も果たしている、この巨大な山々は1~5までの呼び名を持っている。
その中でも、一番東に位置する五ツ山は標高2000m程あり、下に降りるほど広がる広大な裾野を降りれば、そこはもう帝国領で、主要都市の一つである、観光都市バノペア北部の外れに出る事ができる。
「こんな、道…余裕、で…しょっと!!」
キリカは埋もれた大岩や、太い幹を持つ大樹を器用な身のこなしで、易々と躱して走り抜ける。
「やれやれ…子供じゃ、ないん…だからっと!」
獣のように駆け抜けるキリカとは対象的に、必要最小限の動きで障害物を避けて、すり抜けるように進んで行くバンゼル。
その姿は正反対のように感じるが、まるで戯れたり、踊るかのように楽しげにさえ見えるてくる。
普段は滅多に現れない人族の訪問者に、警戒して様子を伺っていた、山の住人である動物達ですら驚くしかできなかった。
……
「ふぅわぁ~!ここが王国なのね!?私、初めて来たわ!」
「…僕も、小さい時に来た事あるらしいけど、全く覚えて無いや。」
山を走破して、平野まで一気に降りてきた二人は、王国領の感想を言い合う。
…まだ、単純に平原しか見えて無いのだが。
二人は先輩から借り受けた、地図とコンパスを見比べて、自分達の現在位置に当たりをつけると、これからの予定を考える。
「今まで、ずーっと山籠りだったから、楽しみよね!?」
「依頼で街にも行ってたでしょ?遊びに来た訳じゃ無いんだけどなぁ…まぁ、でも二位に上がった特権だからね」
屈託無く笑うキリカに、普段は表情の変化が少ないバンゼルも、思わず笑顔になって答える。
先日の昇格試験で、序列三位から見事二位に昇格した二人は、三位以下は任務でしか許されない外出許可を貰い、噂の『勇者ユウト』と会い、可能であれば悪魔王(デーモンロード)の討伐に、自分達も加えてもらえないかを聞いてみよう!となったのだ。
「…どうするの?日が暮れてきてるけど、街まで一気に走る?」
早朝から恐ろしい勢いで山々を降り続けたとは思えない元気さを見せるキリカに、バンゼルは少し考える。
「たしかに、このまま走れば、朝には街に着けるだろうけど、夜間の行動は控えようか。」
師匠や先輩達からの教えを守り、自分達の力を過信しすぎない様に提案するバンゼル。
「ん~分かったわ!」
他の人に言われていれば、大丈夫だ!と反抗したかもしれないが、自分が認めている相手の発言であれば、キリカは何も文句を言わない。
自分は考えて行動するのが苦手だ、と理解をしているが故の反応なのだ。
二人は簡易なテントを設営して、持参してきた携帯食を食べる。
「しかし、暑いわねぇ…」
普段が雪山生活の為、暑いと寝苦しいからとの理由で、上はシャツに下はスパッツのような格好で携帯食を食べるキリカ。
…Sっぽい少しキツそうな顔ではあるが、世間一般でも美人と言われるような少女が、目の前でそんな格好をしていれば、襲ってくれと言っているようなものなのだが…
「いや、今は秋(シュウ)の時期だし、涼しいくらいなんだと思うよ?」
賢者であるバンゼルは、苦笑いしながら先に見張りをすると伝えて外に出る。
…
…討伐依頼で何度か道場の外には出たけど、自分の意思で出掛けるのって、何才以来なんだろう?
そもそも師匠と出会うまでは、自分の意思ってもの自体が、あんまり無かったんだよなぁ。
外で辺りを見回しながら、取り留めもなく考え事をしていると、数百メートル先にある大木の下に、突然何かが現れたのを見つける。
バンゼルの目を持ってしても、暗闇の影響などで、それが何かまでは分からない。
「……人かな?」
目が慣れて来た事で、どうやら、何者かが大木を目印にして密会を行なっているようだと分かった。
しかし、わざわざ下世話な話に関わるほど、好奇心に満ち溢れている訳では無いので、こちらに被害が無ければ見なかった事にしよう…と、心の中でキリカには黙っておく事をバンゼルは決める。
…
……
「…あっ!?あれは、デーモン!!」
たた、他に見る物も無いので、悪巧みをぼーっと眺めていたバンゼルだが、先程までの人影が…突然大きな羽を広げたのが見えて、心臓が跳ね上がる。
…心の中に黒い感情が渦巻いて、「確認して悪魔なら殺す」その思い一色に染まっていく。
「夢幻泡影…」
バンゼルは、自身の存在が消えてしまったかのように錯覚させるスキルを発動し、静かに彼等の元へ走る。
さすがに平原で隠れる所が少なく、身を屈め、視線に入りにくい角度で進んでいき、密会を行なっていた者達が何者かを確認できる場所まで、ようやく近づけた。
…どうやら二人は気付いていないようだ。
…
茂みの奥から、殺気は消しているが鋭い視線で確認する。
「…あの羽、間違いない。」
悪魔の羽は特徴的で、蝙蝠のようなギザギザの形が一般的だ。
目の前にいる二人の内の一人は、間違いなく悪魔だろう事が確認できた。
もう一人は、良く分からないが高レベルの冒険者のような感じだ。
もしかすると、盗賊団のボスみたいな人間かもしれない…
どちらにしろ、平和な話が出る訳は無い、と諦め二人まとめて倒す事を決意する。
「…すぅ…ふぅ」
…ヒュウゥゥ
呼吸を整えると、風の鳴く音に紛れて、バンゼルは二人までの距離を一気に縮める。
「…はて、何者…」
悠長に呟く悪魔は、バンゼルの鞘走りを活かした居合の一撃を、背中に生える羽で弾き返し、もう片方の羽で反撃してくる。
「…ぐっ!」
「おい!大丈夫か!?」
反撃はかわされ、上手く弾き返したつもりだった羽でのガードも、攻撃が鋭くダメージが入った事に驚く悪魔。
心配する仲間に、大丈夫だと言いバンゼルの方を向く…
「あれは…ひっ、人族の男!?」
悪魔と言えば、姿は人に似せている者もいるが、顔は異形と決まっている。
だが、バンゼルの目の前にいる悪魔は、羽こそ生えているが、眼鏡をかけた少し神経質そうな三十路前の細身の男性だった…
「…顔を見られましたか。では、心苦しいですが、処分するとしましょう。」
言葉とは裏腹に冷たい表情でバンゼルを見る。
「こいつ…レベル83だと…」
悪魔の密会相手だった餓狼蜘の首領ウェインが、スキルを使って得た情報を悪魔に伝え、自身を超えるレベルの高さに唸る。
「その若さで見事なレベルですが、私の主様には敵いませんな…」
そう言うと、悪魔は両手を広げ魔法を発動させる。
「させるかっ!!」
…ガキンッ!
「そっちこそ、やらせるかよっ!」
悪魔を狙ったバンゼルの一閃を、手に取り付けて装備するスティンガーと言う魔法武器で、ウェインが見事に防ぐ。
「喰らえ、ライトニングエルスピア!」
魔法を詠唱していた悪魔は、低い声で第七位魔法を発動する。
すると、悪魔の周りに複数の雷光が現れ、次第に槍の形を形成するとバンゼルに向け殺到した。
「行運流水!」
バンゼルは攻撃を避けながら反撃できる、攻防一体のスキルで応じるが、魔法の威力が強すぎて躱しきれず、反撃にも力が入らない。
さらに、ウェインはいつの間にか目の前から居なくなっており気はそがれ、悪魔への反撃も羽で一蹴されてしまう。
「あはははぁ~…やるではありませんか!」
悪魔は愉快そうに言うと、羽ばたき中空へと飛び上がる…
「これでどうです?ウィンドフォール!」
先程よりも強い、第八位魔法を放つと、風の塊が広範囲で地面に叩きつけられる。
空から来る押し潰そうとする圧力で、避ける事も出来ず、身動すら取れないバンゼル。
「ぐぅあっ!…まず、い」
「はっはっはぁ!死ね、ポイズンレイン!」
致死性の毒が付与された数十本の針が上空に投げ入れられ、風の圧力に乗ってバンゼルを射殺そうと向かってくる…
「ちくしょう…」
…憎き悪魔を前に、自分の非力を悔やみ諦めかけたその時
「はぁぁぁっ、竜飛鳳舞!!」
バンゼルの頭上まで迫った死の雨を、風を切り裂く真空波が弾き飛ばし、そのまま悪魔に迫る。
「なんとっ!?…ぐっ」
三度、羽を使い防御するが、研ぎ澄まされた真空波は、悪魔の硬質な羽をも切り裂き、辺りに鮮血が散る!
「ヘッケ…大丈夫か!?」
「油断しましたか…もう一人いたとは。」
ウェインに大丈夫だと手で制しながらも、身体から血を流す悪魔は、状況を見て次の手を考え始める。
「バンゼル!大丈夫?」
「ありがとう…助かったよ」
九死に一生得たバンゼルは、駆けつけてくれたキリカに礼を言い、回復薬を貰うと応急処置を済ませる。
「…ふむ。ここで主人様の力を解放する訳には行きませんし、あの二人を相手にするのも無理がありますね。」
悪魔はチラリとウェインを見ると、冷静に彼我の戦力を見極めると撤退を決断する。
「貴方も引きなさい。ゲート」
「…あ、あぁ。」
悪魔はスキルで召喚した扉を、ウェインはアイテム記憶の扉を使うと、二人の前から消え去ってしまう。
「くそっ!まてぇぇっ!!」
「ちょ、あなたが待ちなさいよ!バンゼル!」
撤退を決めて消えようとする悪魔と賊に、なおも追い縋ろうとするバンゼルを、普段であれば逆の立場であろうキリカぎ制止する。
彼女はバンゼルを嗜めると、いくら相手が悪魔でも死んでは意味が無いと叱る。
「…ごめん。状況を考えてなかったね。」
「ふぅ。いつものアナタに戻ればいいわよ!」
再度お礼を言うと、バンゼルはボロボロになった自分の身体を確認する。
…少しは強くなったつもりだし、できる努力は全てしたと思ってたけど…全然足りないな。
いくら相手が魔法を使うとしても、これじゃ悪魔を滅ぼすとか夢物語だよ。
……
執務室に戻ると、悪魔は自らの内に宿る存在へ問いかける。
「主様も敵にはことかかれませんな。」
…そうだな。我は『悪魔(デーモン)』であるからな
「これからは、もう少し慎重に削るように致します。」
…お前に任せよう。必要な時は我を呼べ
「…畏まりました。」
男は深くお辞儀をすると、ヒビの入った眼鏡を掛け直し戦略を練り直す。
ーーーーーーレン&メリー
頭上より轟いた雷光は、二人を直撃し、辺りは煙に覆われた…
…
「お~ビリビリきたぁ!」
「この程度で痺れるなんて、論外ですわ。」
手足をブルブルと振るうレンと、涼しい顔で佇むメリー。
「そ、そんなバカなっ!?今のは第六位魔法だぞ!なんで効いて無いんだよっ!!」
ライトニングの直撃を受けても、ほとんどダメージを受けた様子の無い二人を見て、リーダーの男が叫ぶように尋ねる。
「さ、三人がかりで放った魔法が…効かない…!」
リーダーが質問するのを聞きながら、合図をした男は冷や汗を流す。
…そして、目の前の二人は自分が相手をするような存在では無いことに気付く。
レベル50の魔術師三人で作り出した、高位の魔法で倒せない相手なんて、世界のトップクラスの戦士かパーティモンスター位のものだ。
そんな存在にケンカを売るなんてバカのする事だと…
「ひっ!ひぃぃ~!」
頭で理解すると、下っ端は我先にと走って逃げる。
攻撃を受けるかもなど考え無い、全力で逃げる姿は、いっそ清々しかったか…
…ドスッ!……バタッ…
後ろから投げられた一本のクナイによって、男は前傾姿勢に倒れこむと動きを止めた。
…
「くっ…くぞぉっ!」
ヤケクソ気味に叫ぶと、切り札である魔封石を解放しようとする。
が、
…バシュッ!
「…ぎぃやぁぁあ」
手首から噴水のように血を吹き出す右腕を抑えながら、辺りを必死の形相で見回す
「探し物はこれかしら?」
リーダーの手ごと切り取った魔封石を、メリーが見せつける。
「お、おれのぉ、みぎてぇぇえ!」
なりふり構わずメリーに飛びつこうとする男は、目の前にいた女が突然消えた事に驚き転倒する。
…そして、転んだ拍子に男の頭と胴体は首の部分で綺麗に別れてしまう。
その後、男は二度と動く事は無かった。
ヒュッと短刀についた血を振り払うと、メリーはレンに向かいながら魔封石を放り投げる。
「おっと…」
レンはそれをキャッチすると、魔封石を確認する。
「ん~…やっぱ俺にはわからんわ。」
「はぁっ!?何の為に汚い手ごと落としたと思っていますの?」
レンの発言にメリーが抗議するが、レンはヒラヒラと手を振って
「大丈夫や、こんなんに詳しいツレがおるさかい、ソイツに依頼してみるわ!…ええか?」
「…任せますわ。」
ちゃんと結果を報告するように厳命すると、メリーはさっさと宿に戻って行ってしまった…
「…コイツを誰が作っとるか分かれば、対策も打てるやろしな。」
…レンは魔封石を軽く上に投げると、キャッチし直して、今後の対策を考える。
「はぁっはっは…バンゼルー!早く早く!」
「ちょ、ちょっと…キリカ、急ぎすぎだって!」
神国の北東に広がるホリシア連峰、王国と領土を分かつ役目も果たしている、この巨大な山々は1~5までの呼び名を持っている。
その中でも、一番東に位置する五ツ山は標高2000m程あり、下に降りるほど広がる広大な裾野を降りれば、そこはもう帝国領で、主要都市の一つである、観光都市バノペア北部の外れに出る事ができる。
「こんな、道…余裕、で…しょっと!!」
キリカは埋もれた大岩や、太い幹を持つ大樹を器用な身のこなしで、易々と躱して走り抜ける。
「やれやれ…子供じゃ、ないん…だからっと!」
獣のように駆け抜けるキリカとは対象的に、必要最小限の動きで障害物を避けて、すり抜けるように進んで行くバンゼル。
その姿は正反対のように感じるが、まるで戯れたり、踊るかのように楽しげにさえ見えるてくる。
普段は滅多に現れない人族の訪問者に、警戒して様子を伺っていた、山の住人である動物達ですら驚くしかできなかった。
……
「ふぅわぁ~!ここが王国なのね!?私、初めて来たわ!」
「…僕も、小さい時に来た事あるらしいけど、全く覚えて無いや。」
山を走破して、平野まで一気に降りてきた二人は、王国領の感想を言い合う。
…まだ、単純に平原しか見えて無いのだが。
二人は先輩から借り受けた、地図とコンパスを見比べて、自分達の現在位置に当たりをつけると、これからの予定を考える。
「今まで、ずーっと山籠りだったから、楽しみよね!?」
「依頼で街にも行ってたでしょ?遊びに来た訳じゃ無いんだけどなぁ…まぁ、でも二位に上がった特権だからね」
屈託無く笑うキリカに、普段は表情の変化が少ないバンゼルも、思わず笑顔になって答える。
先日の昇格試験で、序列三位から見事二位に昇格した二人は、三位以下は任務でしか許されない外出許可を貰い、噂の『勇者ユウト』と会い、可能であれば悪魔王(デーモンロード)の討伐に、自分達も加えてもらえないかを聞いてみよう!となったのだ。
「…どうするの?日が暮れてきてるけど、街まで一気に走る?」
早朝から恐ろしい勢いで山々を降り続けたとは思えない元気さを見せるキリカに、バンゼルは少し考える。
「たしかに、このまま走れば、朝には街に着けるだろうけど、夜間の行動は控えようか。」
師匠や先輩達からの教えを守り、自分達の力を過信しすぎない様に提案するバンゼル。
「ん~分かったわ!」
他の人に言われていれば、大丈夫だ!と反抗したかもしれないが、自分が認めている相手の発言であれば、キリカは何も文句を言わない。
自分は考えて行動するのが苦手だ、と理解をしているが故の反応なのだ。
二人は簡易なテントを設営して、持参してきた携帯食を食べる。
「しかし、暑いわねぇ…」
普段が雪山生活の為、暑いと寝苦しいからとの理由で、上はシャツに下はスパッツのような格好で携帯食を食べるキリカ。
…Sっぽい少しキツそうな顔ではあるが、世間一般でも美人と言われるような少女が、目の前でそんな格好をしていれば、襲ってくれと言っているようなものなのだが…
「いや、今は秋(シュウ)の時期だし、涼しいくらいなんだと思うよ?」
賢者であるバンゼルは、苦笑いしながら先に見張りをすると伝えて外に出る。
…
…討伐依頼で何度か道場の外には出たけど、自分の意思で出掛けるのって、何才以来なんだろう?
そもそも師匠と出会うまでは、自分の意思ってもの自体が、あんまり無かったんだよなぁ。
外で辺りを見回しながら、取り留めもなく考え事をしていると、数百メートル先にある大木の下に、突然何かが現れたのを見つける。
バンゼルの目を持ってしても、暗闇の影響などで、それが何かまでは分からない。
「……人かな?」
目が慣れて来た事で、どうやら、何者かが大木を目印にして密会を行なっているようだと分かった。
しかし、わざわざ下世話な話に関わるほど、好奇心に満ち溢れている訳では無いので、こちらに被害が無ければ見なかった事にしよう…と、心の中でキリカには黙っておく事をバンゼルは決める。
…
……
「…あっ!?あれは、デーモン!!」
たた、他に見る物も無いので、悪巧みをぼーっと眺めていたバンゼルだが、先程までの人影が…突然大きな羽を広げたのが見えて、心臓が跳ね上がる。
…心の中に黒い感情が渦巻いて、「確認して悪魔なら殺す」その思い一色に染まっていく。
「夢幻泡影…」
バンゼルは、自身の存在が消えてしまったかのように錯覚させるスキルを発動し、静かに彼等の元へ走る。
さすがに平原で隠れる所が少なく、身を屈め、視線に入りにくい角度で進んでいき、密会を行なっていた者達が何者かを確認できる場所まで、ようやく近づけた。
…どうやら二人は気付いていないようだ。
…
茂みの奥から、殺気は消しているが鋭い視線で確認する。
「…あの羽、間違いない。」
悪魔の羽は特徴的で、蝙蝠のようなギザギザの形が一般的だ。
目の前にいる二人の内の一人は、間違いなく悪魔だろう事が確認できた。
もう一人は、良く分からないが高レベルの冒険者のような感じだ。
もしかすると、盗賊団のボスみたいな人間かもしれない…
どちらにしろ、平和な話が出る訳は無い、と諦め二人まとめて倒す事を決意する。
「…すぅ…ふぅ」
…ヒュウゥゥ
呼吸を整えると、風の鳴く音に紛れて、バンゼルは二人までの距離を一気に縮める。
「…はて、何者…」
悠長に呟く悪魔は、バンゼルの鞘走りを活かした居合の一撃を、背中に生える羽で弾き返し、もう片方の羽で反撃してくる。
「…ぐっ!」
「おい!大丈夫か!?」
反撃はかわされ、上手く弾き返したつもりだった羽でのガードも、攻撃が鋭くダメージが入った事に驚く悪魔。
心配する仲間に、大丈夫だと言いバンゼルの方を向く…
「あれは…ひっ、人族の男!?」
悪魔と言えば、姿は人に似せている者もいるが、顔は異形と決まっている。
だが、バンゼルの目の前にいる悪魔は、羽こそ生えているが、眼鏡をかけた少し神経質そうな三十路前の細身の男性だった…
「…顔を見られましたか。では、心苦しいですが、処分するとしましょう。」
言葉とは裏腹に冷たい表情でバンゼルを見る。
「こいつ…レベル83だと…」
悪魔の密会相手だった餓狼蜘の首領ウェインが、スキルを使って得た情報を悪魔に伝え、自身を超えるレベルの高さに唸る。
「その若さで見事なレベルですが、私の主様には敵いませんな…」
そう言うと、悪魔は両手を広げ魔法を発動させる。
「させるかっ!!」
…ガキンッ!
「そっちこそ、やらせるかよっ!」
悪魔を狙ったバンゼルの一閃を、手に取り付けて装備するスティンガーと言う魔法武器で、ウェインが見事に防ぐ。
「喰らえ、ライトニングエルスピア!」
魔法を詠唱していた悪魔は、低い声で第七位魔法を発動する。
すると、悪魔の周りに複数の雷光が現れ、次第に槍の形を形成するとバンゼルに向け殺到した。
「行運流水!」
バンゼルは攻撃を避けながら反撃できる、攻防一体のスキルで応じるが、魔法の威力が強すぎて躱しきれず、反撃にも力が入らない。
さらに、ウェインはいつの間にか目の前から居なくなっており気はそがれ、悪魔への反撃も羽で一蹴されてしまう。
「あはははぁ~…やるではありませんか!」
悪魔は愉快そうに言うと、羽ばたき中空へと飛び上がる…
「これでどうです?ウィンドフォール!」
先程よりも強い、第八位魔法を放つと、風の塊が広範囲で地面に叩きつけられる。
空から来る押し潰そうとする圧力で、避ける事も出来ず、身動すら取れないバンゼル。
「ぐぅあっ!…まず、い」
「はっはっはぁ!死ね、ポイズンレイン!」
致死性の毒が付与された数十本の針が上空に投げ入れられ、風の圧力に乗ってバンゼルを射殺そうと向かってくる…
「ちくしょう…」
…憎き悪魔を前に、自分の非力を悔やみ諦めかけたその時
「はぁぁぁっ、竜飛鳳舞!!」
バンゼルの頭上まで迫った死の雨を、風を切り裂く真空波が弾き飛ばし、そのまま悪魔に迫る。
「なんとっ!?…ぐっ」
三度、羽を使い防御するが、研ぎ澄まされた真空波は、悪魔の硬質な羽をも切り裂き、辺りに鮮血が散る!
「ヘッケ…大丈夫か!?」
「油断しましたか…もう一人いたとは。」
ウェインに大丈夫だと手で制しながらも、身体から血を流す悪魔は、状況を見て次の手を考え始める。
「バンゼル!大丈夫?」
「ありがとう…助かったよ」
九死に一生得たバンゼルは、駆けつけてくれたキリカに礼を言い、回復薬を貰うと応急処置を済ませる。
「…ふむ。ここで主人様の力を解放する訳には行きませんし、あの二人を相手にするのも無理がありますね。」
悪魔はチラリとウェインを見ると、冷静に彼我の戦力を見極めると撤退を決断する。
「貴方も引きなさい。ゲート」
「…あ、あぁ。」
悪魔はスキルで召喚した扉を、ウェインはアイテム記憶の扉を使うと、二人の前から消え去ってしまう。
「くそっ!まてぇぇっ!!」
「ちょ、あなたが待ちなさいよ!バンゼル!」
撤退を決めて消えようとする悪魔と賊に、なおも追い縋ろうとするバンゼルを、普段であれば逆の立場であろうキリカぎ制止する。
彼女はバンゼルを嗜めると、いくら相手が悪魔でも死んでは意味が無いと叱る。
「…ごめん。状況を考えてなかったね。」
「ふぅ。いつものアナタに戻ればいいわよ!」
再度お礼を言うと、バンゼルはボロボロになった自分の身体を確認する。
…少しは強くなったつもりだし、できる努力は全てしたと思ってたけど…全然足りないな。
いくら相手が魔法を使うとしても、これじゃ悪魔を滅ぼすとか夢物語だよ。
……
執務室に戻ると、悪魔は自らの内に宿る存在へ問いかける。
「主様も敵にはことかかれませんな。」
…そうだな。我は『悪魔(デーモン)』であるからな
「これからは、もう少し慎重に削るように致します。」
…お前に任せよう。必要な時は我を呼べ
「…畏まりました。」
男は深くお辞儀をすると、ヒビの入った眼鏡を掛け直し戦略を練り直す。
ーーーーーーレン&メリー
頭上より轟いた雷光は、二人を直撃し、辺りは煙に覆われた…
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「お~ビリビリきたぁ!」
「この程度で痺れるなんて、論外ですわ。」
手足をブルブルと振るうレンと、涼しい顔で佇むメリー。
「そ、そんなバカなっ!?今のは第六位魔法だぞ!なんで効いて無いんだよっ!!」
ライトニングの直撃を受けても、ほとんどダメージを受けた様子の無い二人を見て、リーダーの男が叫ぶように尋ねる。
「さ、三人がかりで放った魔法が…効かない…!」
リーダーが質問するのを聞きながら、合図をした男は冷や汗を流す。
…そして、目の前の二人は自分が相手をするような存在では無いことに気付く。
レベル50の魔術師三人で作り出した、高位の魔法で倒せない相手なんて、世界のトップクラスの戦士かパーティモンスター位のものだ。
そんな存在にケンカを売るなんてバカのする事だと…
「ひっ!ひぃぃ~!」
頭で理解すると、下っ端は我先にと走って逃げる。
攻撃を受けるかもなど考え無い、全力で逃げる姿は、いっそ清々しかったか…
…ドスッ!……バタッ…
後ろから投げられた一本のクナイによって、男は前傾姿勢に倒れこむと動きを止めた。
…
「くっ…くぞぉっ!」
ヤケクソ気味に叫ぶと、切り札である魔封石を解放しようとする。
が、
…バシュッ!
「…ぎぃやぁぁあ」
手首から噴水のように血を吹き出す右腕を抑えながら、辺りを必死の形相で見回す
「探し物はこれかしら?」
リーダーの手ごと切り取った魔封石を、メリーが見せつける。
「お、おれのぉ、みぎてぇぇえ!」
なりふり構わずメリーに飛びつこうとする男は、目の前にいた女が突然消えた事に驚き転倒する。
…そして、転んだ拍子に男の頭と胴体は首の部分で綺麗に別れてしまう。
その後、男は二度と動く事は無かった。
ヒュッと短刀についた血を振り払うと、メリーはレンに向かいながら魔封石を放り投げる。
「おっと…」
レンはそれをキャッチすると、魔封石を確認する。
「ん~…やっぱ俺にはわからんわ。」
「はぁっ!?何の為に汚い手ごと落としたと思っていますの?」
レンの発言にメリーが抗議するが、レンはヒラヒラと手を振って
「大丈夫や、こんなんに詳しいツレがおるさかい、ソイツに依頼してみるわ!…ええか?」
「…任せますわ。」
ちゃんと結果を報告するように厳命すると、メリーはさっさと宿に戻って行ってしまった…
「…コイツを誰が作っとるか分かれば、対策も打てるやろしな。」
…レンは魔封石を軽く上に投げると、キャッチし直して、今後の対策を考える。
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そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
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初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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