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第十一話

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 竜王チームのキックからスタートした。小海がボール蹴って一度センターフォワードにパスを出すと、卓は攻めのエース八番を上がらせる。
「いつもの得意な戦法で行くよ」
 卓はゴーグル取り付けられたインカムを通して、二人に指示を出した。
 愛華はセンターフォワードから八番にパスをするが、少しタイミングが早い。十分に敵の守備を引き付けられていなかった。
「愛華ちゃん、少し間を持たせて! 焦らずいつも通りいこう!」
「は、はい!」
 しかし八番のドリブルで敵を一人かわすと、もう一人が来る前にパスを逆サイドに繋げるはずが、そのまま敵と一対一になってしまった。
「えっ! 愛華ちゃん?」
「ああわわっ……!」
 二人分の守備の猛攻には流石にエースでも耐えられず、スタミナ最大の八番は初めてボールを敵に奪われてしまった。
「愛華、大丈夫! 私が守るから!」
 愛華も小海も緊張などしていないように見えたが、実際は浮足立ってパフォーマンスに波がある。とても良いプレイをするときもあれば、信じられない凡ミスを出す。卓も小海に負けないよう自身を鼓舞した。
 一閃は攻めを主力とした戦法のため、こちらの初回の攻勢でゴールできなかったことは、正直なところこれからが不安だ。小海と一緒に愛華を励ました。
 敵のウイング九番が攻め上がり、コーナーの近くまで走ると逆サイドとセンター両方から敵が攻めてくる。卓はフリーな選手を作らないようにカバーした。守備の小海は敵ウイングにディフェンダーのエース二番を走らせながら、守備のミッドフィルダーで退路を断つ。味方選手を何度も切り替えながら、同時操作で挟み撃ちにする荒業を披露する。
 敵はパスの場所を見失い、大きく後方のディフェンスにボールを戻した。
「上手い! 小海、いままで本気でやってなかったな」
 敵のパスラインを遮断するように、細かく味方選手の配置を調整すれば、パスミスになりこちらのボールになる。プレ試合でアントリオンが披露したテクニックだ。
 卓の『ピン』では選手の位置が曖昧になり、ラインを遮断することは不可能に近いが、プレイヤーによる微調整であれば、パスラインに移動させることは可能だ。
「うまくねーよ。敵からボールを取るのが守備だからな……!」
女傑のように小海は息巻いた。
 一閃は冷静さを取り戻すように一呼吸おく。選手の陣形を整えると、ボールを支配しているディフェンスがそのままドリブルを始めた。
「ん?」
ラグビーのように一直線に並ぶ一閃の防衛ラインを卓は凝視する。ドリブルは続き、守衛のラインがセンターサークルまで上がった。
「おいおい! これは……!」
卓の頭の中で数値が乱高下する。敵の攻めのラインが複数ありすぎて判断ができない。
 ルール上、守衛ラインがセンターラインを越えて敵陣に入る場合、オフサイドがなくなる。そのことを一閃チームが知らないはずがない。ボールを捕られれば、失点することを分かって攻めているのだ。
 小海の頭が小刻みに揺れた。
「ど、どうするの!」
 初めて見る攻めの波に押しやられるように、ディフェンダーのエース二番はペナルティエリアへ退く。
「! とにかくペナルティエリアの外枠に守備を集めろ! ボールをカットすることだけを考えるんだ」
 卓が指示を出した瞬間、わずかな縦ラインの穴を通って、ペナルティエリアの敵十一番にパスが通る。
 走りこんだ一閃のウイング九番に小海が反応し、守備を動かすと、十一番がそのままドリブルして、並行操作する小海のスライディングを抜けた。十一番はボールを蹴る。
「ゴール!」
 司会者が声高らかに伸び伸びと宣言した。
 小海は肩を落とし、卓は頭を抱えた。
「一閃が同じように守備ラインを上げるのならば、ペナルティーエリア付近で守るしかない、そこから躊躇なくカウンターだ」
 オフサイドのルールについても、三人で認識合わせをした。ゴール後のキックは竜王チームから始まる。
「二人とも、ボールを失わないように。一閃は攻めが上手いが、守りはこちらより劣る。余裕をもって対応すれば、取られることはない」
 慎重にラインを考えながら攻めるが、逆に愛華の思い切りの良さが出なくなってしまった。前半戦は0対1の一閃のリードで終わった。
 ハーフタイムに入ると、また小海が頭を小刻みに動かした。卓の監督席から二人の後ろ頭が見えるのだが、小海の見慣れない動きが気になる。
「小海、どうしたんだ?」
「……ん、おっさん。なんでも」言いかけて小海は咳をした。体を揺らすと、マイクを手で覆って音を消す。前半の守備のときも、咳の音が聞こえないように隠していたのだと卓は気付いた。
「お前、もしかして体調が悪いんじゃないか?」
「ええっ! そういえば……耳が赤いような……」愛華がヘッドセットを外して席を降りると、小海の額に手を当てようとする。
「大丈夫だから」と手を払いのけようとするが、愛華も強引なところがあり、片手で後頭部を固定して逃がさないようにすると、小海は諦めたようだ。愛華は卓と目を合わせて頭を振った。
「熱があります、どうしましょう」小海のマイクから愛華の声が聞こえる。
「やるに決まってるでしょ。……さぁ、こんな会話してないで、後半どうするか決めないと」小海は語気を強めた。
 卓が目で合図すると、狼狽える愛華は自分の席に戻っていった。
 そうこうしているうちに、後半戦のキックオフがコールされる。一閃のキックから始まった。
 卓は淡い期待を抱いていた。ハーフタイムで戦法を練り直し、一点を守るような方針に変えてくれることを。しかしその期待は終ぞ消えた――敵のミッドフィルダーがドリブルで上がると、一気に守備ラインも上がる。サッカーフィールドのハーフウェイラインまで進行する異常な光景だ。
 相手が嫌がっていることを理解しており、最善の戦法という自負があるのだろう。ハーフタイム中の腰を据えて堂々としているアイノの態度からもそれが垣間見えた。
 卓はペナルティエリア前へオフェンスのセンターを守備として配置する。ただしオフェンスエース八番と攪乱用のサイド十一番だけは敵の陣地に置いた。
 敵が『攻撃こそ最大の防御』とするならば、その諸刃の剣を逆手にとるしかない。ボールをカットできれば、確実に一点を取る算段だ。
 愛華がセンターを操作してアタッカーになりつつ、卓はペナルティエリア内のディフェンダーにピンを打って調整する。そして小海はパスラインをつぶすように、頻繁に選手を切り替え、なんとしてもペナルティエリア内への進入路を塞いだ。目を離すまいと、視線だけは画面にくぎ付けにして、小海は背中を押し出すようにまた咳をする。
「大丈夫か、小海」卓は心配そうにつぶやくと「おっさん! 今集中してんだから!」と小海が喚いた。
 愛華がちらりと小海を不安そうに見る。
「サイドの十一番も守備に回しましょう」
敵陣地に配置した十一番に愛華は切り替えた。
「愛華、だめ! 私、風邪で負けたなんて、自分に言い訳したくないの……!」
 哀れんで背を丸めていた愛華もコクリと頷き、背筋を伸ばした。
「了解!」
 たしかに今の守備で守り切らないといけない。カウンターを確実に成功させるためには、十一番の配置は動かせない。卓は冷静になって考えていた。
 そして数が劣るなかで鉄壁の防衛ラインを築くことは不可能なのだ。ゴールに近い場所でリスクを持ちながらも、守るしかない――しかしそれは、一閃も同じリスクを抱えている。不利な試合ではない。追い詰められているようだが、実際はそんなことはないのだ。
 将棋では初めの形が『良』とされる。一手一手打つたびに、少しずつ形は崩れ、敵の攻め入る思考の隙をつくっていく。一閃は基本的な形を大きく変えている。決してこれは『良』という陣形ではない。
 卓はボールを持つ敵の選手に合わせて、想定した攻めのラインを頭の中で描いた。少しずつコツを掴みかけている。
 いくつかのラインを中継する選手のスタミナを合計し、ライン上の守備選手のパワーが下回らないようにする。一閃がボールをパスすれば、竜王チームの守備が目まぐるしく配置を変えた。
 攻めきれない一閃のオフェンスは、ペナルティエリアまで強引に入ると、シュートを放った。ボールはディフェンダーに当たり、大きく後方に飛んで行った。
「愛華ちゃん! 速攻だよ!」卓が叫ぶと、小海が後半初めて、画面から愛華に目配せした。
「カウンターですね!」愛華は八番に切り替える。
 一閃の守備ラインは全速力で後方に戻るが、ゴールキーパーはクイックスタートで間断なく愛華にパスをした。愛華の八番はもはや独走状態になりゴールに迫る。サイドの十一番もペナルティエリア内に入り、二人でゴールに詰め寄ると、敵のゴールキーパーをサイドから挟んだ。ゴールキーパーは棒立ちになった瞬間、八番がシュートをした。
「ゴール! 竜王1点返した!」
 熱のこもったアナウンスが流れた。
 愛華の大きく息を吸う音がインカムから聞こえた。後半戦の中盤、1対1の同点となった。
 敵のゴールキーパーがボールを持つと、またもや守備ラインは攻めに転じる。一閃の戦法は変更どころか、よりラインを竜王側へ上げて苛烈になる。
 一閃のオフェンスもディフェンスも、ボールを取らせないように守備のパラメーターを計算して攻めていた。おそらく一閃チーム三人ともに、竜王のパラメーターを覚えているに違いない。しかし、卓が操作するディフェンスの配置も目まぐるしく変わるため、攻めあぐねているようだ。
 やがて後半終了のホイッスルが鳴った。延長戦か――卓は仰ぐように会場の天井を見た。
 初の延長戦に司会者も戸惑い気味だ。会場の観客もこの場合どうなるのかといった話し合う声で、会場は一時騒然とした。
 延長戦は先に一点を入れたチームが勝者となる。延長戦を終えても引き分けだった場合、オンライン公式試合のポイントが加味され、高い方が決勝に進むことになっている。
 竜王は公式試合のポイント数が一閃より低い。延長戦で勝たなければいけない。
 延長戦前の小休止で、卓はそのことを二人に伝えた。
「後ろは任せて愛華。隙がでたら勝負してね!」
爛々とした目つきで小海は愛華を見つめると、愛華も触発されて目を輝かせた。
 卓はゆっくり目を閉じて、使い過ぎた視神経を休ませた。やはり年齢のせいなのか、目の奥に鈍い痛みがある。卓は頭のなかで、より効率的なディフェンス配置を模索していた。僅かでもリスクを落とせないか、自問自答しながら模擬戦を何度も展開した。
「愛華ちゃん、延長前半最初のキックから一気に点数を決めよう」
卓は目を閉じたまま愛華に指示する。
「はい!」愛華に気後れは見られなかった。良くも悪くもだが、アイノ戦の最初のキックを忘れているようだった。

 延長戦開始のホイッスルが鳴る。
「キックオフ!」
 竜王のセンターがボールを触ると、エースの八番がドリブルをして一気に駆け上がる。一閃の守備は薄く、一人目をドリブルで抜くと、二人目が迫ってくる。八番はギリギリで逆サイドへパスを出し、ウイングに待機していた十一番へボールをつないだ。いつもの型に綺麗に嵌まっている。
「よぅし」
 愛華は意気込んだ。卓もぐっと拳を握り締める。十一番がペナルティエリアまで攻め込んだ。得意のコンビネーションだ。
 敵が十一番を追って食いつくが、背後からエースの八番がダッシュしてペナルティエリアに近づくと、そちらに残りの守備が偏る。すると今度は刺すように竜王のセンターが攻め上がった。十一番はフリーのセンターにパスを出し、愛華は瞬時に操作する選手をセンターへ切り替えるとシュートを打った。
「ゴール!」
 愛華の得意なスタートダッシュが華麗に決まる。
「やった!」
愛華は小さくガッツポーズをして、小海と卓に笑顔を向けた。
 勝負は決まった――竜王も一閃も精神力を使い果たし、ボックスから出てくる足取りはどこか頼りない。
 小海は卓と愛華に手を取られながら、勝者の階段を踏みしめて登る。凱旋門が映し出された画面が吊り上がり、賞賛の拍手に包まれながら三人は門をくぐるように消えた。
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