眠らない夜

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最終幕

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「杜永さん。いくら相方でもアポ無しは困りますよ?」
そう言うと文字通り怪しく目を光らせた水城くんが喉の奥で笑う。そして、水城くんが僕に向かって歩み寄る。その様子を見た僕は反射的に後ずさったが、背中でドアを押してしまったためドアが大きな音を立てて閉じた。
ドアのすりガラスがバシャンと割れたかと思うような音を立てる。僕は、そんなドアを背にゆっくりと床にへたり込んでしまった。
逃げられない事を本能で察してしまったが、流石に覚悟はまだ出来ていない。
しかし、対処出来ることが無く、僕はただ水城くんの目を見つめていた。決して好きで見ているのではなかった。目をそらしたら恐ろしい事になるのではないかと言う恐怖があったから、目をそらせなかったのだ。
水城くんは僕の前に辿り着くと、僕を見下ろす形から目線の高さを合わせるようにしゃがみこんだ。
そして、僕と静かに向き合う。
「前に言いましたよね。来なくて大丈夫だって」
その声に抑揚は無かったけれど、表情は優しかった。子供の悪戯にやれやれと肩を竦めるような、そんな優しさがあった。
「…水城くん…なんだよね?」
目の前に来て良くわかる。水城くんの目は月光にすらかき消されてしまう程に弱いものだけれど、間違いなく紅く光を放っていた。
「…俺は、水城明良だけど、水城明良ではないよ」
わかるよね?と確認するように水城くん…らしき存在が言う。
「どういう事…?」
もう人間ではないと言う事を確認する事はしなかった。目の前の存在が人間でないことは明白だったから。
「杜永さんならこれだけで察しがつくんじゃないかなぁ…」
まとわりつくような視線を向けて彼は言う。
確かに僕の頭の中に1つの可能性が浮かんでいるが、そんな事が本当にあるのだろうかと自分でも疑う内容だ。
そして、残酷な話だ。
「…い、や…」
その話を否定をしようとする気持ちから言葉を口にしようとしたが、彼が目を細めたのを見て僕の喉は音を発するのを止めた。
彼が僕に言わせようとしている事が分かった。
言わなければ…と思っても、言わされるのだろう。
僕は唇を噛んだ。それがカラカラに乾燥していることに気づいた。
「…水城明良はいたけれど、君がどこかのタイミングで水城明良にになり替わったんだろう…?」
僕がそう言うと、彼は細めた目を嬉しそうに歪めた。
「正解」
口角を上げてそう言った口から確かな牙がのぞく。犬歯とは比べ物にならない鋭さを持つ牙が上下に一対ずつ。
僕は頭の奥でなにかが深く沈んだ感覚を覚えた。
自分の考えを肯定されたことが、これほど嬉しくない事は無い。それと同時に多くの感情や考えが湧き上がってくる。
恐怖と憤りと疑問。それぞれがそれぞれの言葉を僕の脳内に産み落とす。
「…いつから…」
「ん?」
「いつから、君が水城明良になっていたんだ…?」
喉が乾いて、僕の声が微かに掠れていた。水城くんが誉めてくれた声だが、あの時の水城くんは水城くんだったのだろうか。
「いつからだと思う…?」
「…質問に質問で返すのは…ズルいよ」
本当にズルいのは水城くんの顔で悪戯っぽい笑顔を見せることだ。
吊り橋効果と言う言葉がある。
恐怖による緊張やドキドキする気持ちを恋によるものだと錯覚する現象の事を言う。
こんな明らかに【人間ではないもの】が目の前にいて、それは明らかに1つの命を奪っているのに…なんでこんなに愛おしい気持ちになってしまうのだろうか。
複雑に動く感情によって、僕は彼から顔をそむけた。
「…杜永さん」
強く顎をつかまれたと思ったと同時に、無理やり顔を彼の方へ向けられた。そして、抵抗もろくにできないまま気づけば彼に僕の唇は奪われていた。
 「!」
驚くと声が出なくなるものだけど、口を塞がれていてはどうしても無理な話だった。
強くかかった圧が無くなってからようやく僕は何が起こったのかゆっくり理解した。
「なにを…」
呟くように僕が言葉を漏らすと、彼は自身の下唇を軽く舐めてから言った。
「したかったんでしょ?俺と、こういうこと」
目を覗き込むように言われて僕は感情が沸騰するような熱さを感じた。そして、その勢いのままに彼を突き飛ばした。
物理的な力はたいしてなかったと思うが、彼を後ろに倒す程度の威力はあった。
「誰が、お前なんかと…!!」
僕が愛したのは水城明良であって、こんな得体のしれない存在なんかじゃ…!!
「解散してすぐ」
彼の言葉に僕は息を飲んだ。
「前のコンビを解散して、1週間くらいだったかな…」
ゆっくり起き上がって彼が言葉を続ける。
「解散を宣言されて、上手く行きそうな道が、見えていたものが消え去ってしまったことは時間が経てば諦められたと思うよ」
彼は静かに立ち上がる。そんな様子を僕はただ眺めるだけだった。告げられた言葉を脳が理解する為に必死に動いているのを感じる。
…なんの、話…?
「けれど、受けた衝撃が大きいと本当のショックはあとからジワジワと効いてくるんだ」
…待って。
「解散の時は確かにショックだったけど、元相方の捨て台詞もショックだったけど、それらを実感した時が一番ショックだった」
…待って、待って。
「不思議と涙が出てきて、酷く孤独を感じてね…」
…待ってよ。
「絶望に染まった魂は美味いんだ」
…あぁ…。
「だから、喰っちゃった」
なんで、そんなに嬉しそうに言うんだよ…。可愛いじゃないか…。
無意識に僕の目から涙が溢れて零れ落ちる。
僕の中で増幅してぐちゃぐちゃになった感情が決壊してしまったんだと思う。
時系列を理解してしまうのが、こんなに残酷な事実を知ることになるとは思わなかった。
「…なんで、僕に近づいたんだ。…僕をどうしたいんだ」
喉の奥から絞り出した僕の問いかけに彼は答えなかった。
「僕は、お前の力で魅了されていただけなのか…?」
あふれる涙を拭う力すら出ない。
彼は喉の奥で小さく笑った。
「水城明良が一番興味を持っている人物だったから」
「え…」
思わぬ言葉に僕の動きが止まる。
彼は前髪をかきあげると言葉を続ける。
「前のコンビを組んでいた時から、杜永保人に興味を持っていたよ。芸人としても人としても。だから、俺も杜永さんに興味を持った」
そう言いながら彼は僕の腕を掴むと、力技で僕を立ち上がらせた。そして、もう片方の手を僕の頬に沿える。
「人間は俺にとっては依代であって食事だが、こんなに気分が高揚する相手は久しぶりだった」
言って彼は再び僕の唇に自身の唇を重ねる。
ほんの少し前に激高した行為を僕は受け入れていた。
だらりと下げていた両腕を僕は彼の背中に回して強く抱きしめ、僕の方から舌を絡めていた。
長い時間が経過して、互いの唇を離した時には2人とも頬が高揚で色づいていた。
「杜永さん…?」
言葉を口にしたのは彼の方が先で。
「良いんですか?」
そうわかっていて、意地悪な笑みを浮かべて彼は僕に問いかけてくる。そんな彼の目をまっすぐに見て答える。
「叶えてくれるんだろう?僕が、君としたかったことを」
ハッキリと言葉を口にした僕を彼は一瞬、目を大きく開いて見たがすぐに楽しそうに笑った。
「良いよ。おいで」
その笑顔は僕にとって、間違いなく天使だった。
満月は徐々に低くなっていく。
月明りだけでも、薄暗さに慣れた目なら室内くらい十分に見える。
荒い吐息は快楽によって紡ぎだされ、肉体を高揚させる。
「俺と交わると、もう、杜永さんもただの人間ではいられなくなるよ」
彼は最後に確認した。
「のぞむところだよ」
僕はそう答えて彼に抱かれた。
向かい合う彼の目は優しかった。
もっと強引な形になる事を想像していたが拍子抜けするくらいに、甘く夢のように確実に僕を高めていった。
ただ、その高まりは彼も同じであることも強く感じることが出来た。
何回目かに果てた時には現実味を感じていなかったことは覚えている。

…本当にあの夜は夢だったのではないのだろうかと、後で思い出す度に思ってしまう。

「っ…よし!!」
水城くんはガッツポーズをすると同時に、手に持っていた缶を勢いで潰していた。アルミのジュースではなく、スチールのコーヒーの缶なんだけど。
まぁ、街中でも誰も気づいていないから良いけれど。
「一回戦はさすがに通らないとねぇ」
賞レースの一回戦は即日に結果が発表される。合格者一覧に僕らのトップランの名前はあった。手ごたえとしても「落ちるはずはない」と僕は思っていたけれど、水城くんは違ったらしい。
「いやぁー、良かった良かった」
言いながら水城くんは近くのゴミ箱に潰れた缶を放り込んだ。
「こういう体験は初めてだったりするの?」
「客観的な評価をされるのはほとんど無かったからな」
「そうなんだ」
意外な答えに僕は素直な気持ちを言葉にする。
水城くんは上機嫌でスマホを操作して、自分のSNSのアカウントに一回戦突破の告知をしている。後で僕はその書き込みを引用して告知をさせてもらおうと思った。
僕自身、思った以上に飄々としている自分の気持ちが意外ではある。
これが人間離れをしていく変化の1つなのかと彼に尋ねたけれど、それは関係ないとバッサリ切られた。
だとすると、僕自身の性質なんだろう。
まだ、頭が理解しきれていない状態なんだろうか。
しばらくして実感した時に、僕は精神を保てているのだろうか。
「二回戦は来月…。満月と被らなければ良いんだけどなぁ」
眉をひそめて水城くんが言う。
月齢は人間が定めたカレンダーとピッタリ一致しているわけではない。だから、満月状態が2夜続く場合、どちらの夜が影響をもたらすのか彼自身もわからないらしい。影響がある夜は一晩だけなのは確かだそうだ。
だから、今までの経験でどちらになるのか目星をつけたものの、事前にわからなくてドタキャンになる事が少なくなかったわけで。
「もし被ったら、変更が出来るから平気だよ」
そう言って僕は水城くんの頭を軽く叩く。今までこんな触れ方はしなかったけど、出来るようになった事が嬉しい。
水城くんが僕を見上げて目を細めて口角を上げた。
あの悪戯っぽい笑みとはまた違う、人を見透かしたような笑みだった。
実際に見透かされているのだから、何も言える事は無い。
「杜永さん、突破記念になんかしましょうよ」
「一回戦でいちいちしていたらキリが無いよ?」
口を開けたと思えばそんなことを言ってくる水城くんに、僕は半ば呆れて返す。
「俺がしたいんですよ」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべるのは反則でしょう?
露骨に照れてしまった僕が視線を逸らすと、彼は僕の手を取り耳元で囁く。
「ちゃんと、悦ばせてあげるから」
甘い囁きに僕は今夜も身をゆだねるのだろう。
「ズルいなぁ…本当に、君はズルいなぁ…」
そう言いつつ、僕の口元は緩んでいる。
僕は今まで大地の上にしっかりと立っていると思っていた。でも、それはまやかしで実際は薄氷の上で踊らされている。
それは最後まで支えてくれるのか、ほんの気まぐれで命を落とすことになるのかはわからない。
ただ、今までにない体験は僕らにとって甘美な刺激となる。
2人がつないだ手はいつまであるのかわからないけれど、今夜も眠らない夜になるのだろう。
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