贖罪人形

黒泥

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普通の日を送るはずだった

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その日、その家族は、何の変哲もない、日常を送るはずだった。

まず、少女の持つ人形の変化に気がついたのは、少女の父であった。彼は、人形の手から鋭い血の付いた刃物が出るのを、目撃した。人形が、自らの娘の手をすり抜け、ものすごい速さで自分に向かってくる。それを認識こそすれ、彼がそれを避けることは叶わなかった。首に、深々と刃物が突き刺さる。彼は、一瞬で絶命した。倒れる彼に、家族全員が目を向ける。首から刃物が抜かれると、床は血まみれになる。同じく、返り血で血まみれの人形を見て、誰もが硬直した。そして、
「いやああああああああああああぁぁぁ」
唖然とする子供たちそっちのけで、母親が激しい悲鳴をあげた。それは、父親があげることすら叶わなかった断末魔の叫びを、彼女が代わりにあげている程の絶叫。そのせいで、目をつけられる。人形の、何も見えるはずもないボタンでできた目が、確かに自分を捉えた気がした。瞬間、人形がこちらに近づく。意識が遠のいた。霞む視界の中、見えるのは青い顔をした長男、唖然とした長女と三男、自分の首から出ているであろう、赤黒い液体。派手に血飛沫を撒き散らし、部屋を赤く染めながら、彼女は永遠に、意識を失った。1人、逃げようとした男がいた。長男である。走って、玄関口まで向かい、もう少しでドアノブに手が届くという所で、自分の腕が落ちた。接近してきた人形に、腕を切り上げられたのだ。腕から吹き出す血に、激痛に、彼は絶叫する。
「ああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ」
その叫び虚しく、彼の腕の横に、首が転がった。バタッと、人が1人、死んだには軽すぎる音を立てながら、体も崩れ落ちる。玄関は、ちょっとした、赤い水たまりになった。三男は、まだ幼く、自分の身の回りで今起きていることに、いまいち理解を示していない。人形に自らよちよちと近づき、首を切られた。パタッと、先程よりも軽い音で、床に倒れ伏す。もう起き上がることは叶わない。そして人形は、ゆっくりと、唖然としながらも、目に涙をうかべる少女の元へ向かう。少女は人形に語りかける。
「なんで、こんなことするの?」
「なんで、みんなを殺したの?」
「なんで、なんでよ。」
人形は、その言葉を聞き、片手で頭を抑える。悶える。苦しむ。
「ぐうううううううううう」
人形の口から、苦しげな声が漏れた。少女は、苦しむ人形を後目に、走り出す。玄関は無理でも、窓からならー。
「あっ」
こけた。いや、よく見ると、脚が無くなっていた。自分の下半身が、新たな血溜まりを生む光景に、少女はたまらず吐く。それでも、前に進もうと、懸命に手で這う。激痛に耐えながら。これが、生存本能というものなのだろう。しかし、それを、人形は許してはくれない。いつの間にか、這うための腕が、無くなっていた。少女は、今度こそ絶叫する。
「いやああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ」
叫び声の中、人形が放った首への一太刀を躱す術もなく、少女の頭が転がった。人形は、血塗れになった家を、返り血を浴びた自分を、見るも無惨な姿の少女だったものを見て、しばらく固まっていた。
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