25 / 37
気づいてしまった気持ち
しおりを挟む
ダニエルに続き神殿に入り、まず案内されたのはダニエルの執務室だった。
相変わらず本が至る所に積まれておりこの間よりも少し雑多な印象になっていた。
促されてソファに座るとダニエルは神官と思われる人物を呼びつけて何かを言いつける。
こちらでは使用人はおらず、基本自分で身の回りのことはするのだが神官長ともあれば神官見習いと言った身の回りの雑務をこなす者がつくのだという。
「温かいものを腹に入れなさい。食べれそうならこちらも」
運ばれてきた温めた牛乳とマドレーヌやクッキーがのった皿を差し出されるとロイはテーブルに置かれた牛乳の入ったマグを手に取る。
夜中だけあってカフェインを取ることで眠れなくなるかもしれないからとコーヒーではなく牛乳を出された。
ダニエルのそんな気遣いがありがたかった。
じんわりと温かくてそのとき指先が冷え切っていたことにようやく気付く。
「ありがとうございます……」
「傷は消えたがもしかしたら後から何か症状が出るかもしれない。今日は神殿で過ごしなさい」
「ありがとうございます。あの、さっきのって……」
「魔法のことか」
そう言ってダニエルは自分の手に視線を落とす。
「この力があるから私は神官長という役職についていられるんだ。黙っていたつもりはなかったが、驚かせてすまなかった」
「そんな!ありがとうございました。ダニエルさんに治療してもらえてラッキーでした」
魔法のことを色々聞きたい気持ちはあったものの今はそんな気にはなれなかった。
疲労感はあるものの、ダニエルの執務室に充満する古い本とインクのような匂いが今はなんだか落ち着いた。
「少し強引に連れてきてしまった気がするが大丈夫だっただろうか」
「いえ、正直助かりました」
ロイの言葉の先を促すようなダニエルの表情に少し自嘲気味に微笑む。しばし無言の後ロイは口を開いた。
「自分が、嫌になるんです。弱くて、何もできなくて足をひっぱっているような気がして。甘やかされて、守られるたびに身の程知らずな自分に嫌気がさして」
それは見ないふりをしてきた自分の思い。
ユアンが大事にしてくれるたびにただの秘書である自分が勘違いしそうになる。
自分にはそんな資格ないのにいつのまにかユアンに対して尊敬以上の気持ちを抱いていることに気づいてしまった。
気づいた途端にそんな自分が嫌になって、フェリックスの言うように身の程知らずの自分を思い知らされて。
「ふむ。上司は部下を守るものではあるが、君が言っているのはそういうことではないのだろう」
「すみません。愚痴っぽくなってしまって」
慌てて謝るとダニエルは少しだけ口の端を上げた。
「気にすることはない。話の続きだが……君は相手と肩を並べたいのか。ああ、ここでは身分を指すことではないのはわかっている。頼られたい、もしくは……『特別な存在』になりたい、そんな感情を持っていると見える」
「あ……」
指摘されると自分の烏滸がましさに恥ずかしくなり俯く。
もちろん肩を並べるまでとはいかなくともユアンの秘書としても頼られる存在になりたいと思っていたのは事実だった。
ユアンのそばにいても恥ずかしくない自分でいたい。
それと──
(特別な存在……)
「そう、なんですかね……ただ、そばにいることを許してほしいのかもしれません」
ロイの考えを見透かしたようにダニエルは続ける。
「誰にでも認めてももらおうというのは難しい」
それがフェリックスのことを指しているのはわかった。
フェリックスは人間である自分が気に入らないばかりでなく、明らかにユアンが目にかけているのが面白くないのだろう。
ロイに向けられた怒りの感情はユアンに対する友情だけではない、それ以外の感情を感じたのは気のせいとは思えなかった。
「わかってます。そんなの無理なことぐらい。けれど……」
そう言って口を噤んだ。自分の頭の中がまとまらない。先ほどのユアンの呆然とした表情ばかりが浮かぶ。
ダニエルはロイの背中をポンと叩いて「好きなだけいなさい。部屋を準備しているから眠くなったら言いなさい」と言い、机に向かって仕事を始めた。
ペン先を走らす静かな音を聞きながらロイは長い間ただ空を見ていた。
次の日早朝神殿からダニエルから手配してもらった馬車で帰ると、帰るなりユアンがロイに一目散に駆け寄ってきた。
「無事だったか」
「無事……?ええ。ダニエルさんにはよくしてもらいました」
その途端ユアンの表情がサッと変わる。なんとなく不穏な気配を感じてロイはすぐに頭を下げた。
「昨夜は申し訳ありませんでした。ユアン様にもご迷惑をおかけしてしまって」
「なぜ君が謝るんだ。謝らないといけないのは守れなかった俺の方なのに」
「いいえ。ユアン様のせいではありません」
──自分が身の程知らずなばかりに。
思わずそう口に出そうになるところをすんでのところでグッと堪えた。
「至らなかった自分も悪いのです。私には夜会はまだ早かったです。今後はトーマスさんにお願いしますね」
無理やり笑顔を作って告げるとユアンの瞳が揺らいだような気がした。
「ロイ……?」
「では急いで仕事に入りますね」
ユアンの横を通り過ぎようとしたときだった。強い力で腕を引かれ、痛みに思わず呻き声を上げるとそのまま引きずられる。
慌てて体勢を整えユアンに腕を引かれた状態で歩き出す。
「ちょ、ちょっと!ユアン様?」
早足で進むユアンの歩調に合わせようとするも転びそうになるので自然と小走りになってしまう。
顔を見上げるも何を考えているのかユアンの表情からは窺い知れない。
廊下を進んだ先はユアンの私室で、ユアンが扉を乱暴に開け放つとロイはそのまま部屋の奥のベッドに投げ出された。
ベッドが軋んだ音を立てるのもお構いなしに乱暴に投げ出され目が回りそうになる。
明るい陽が差し込む部屋でベッドメイキングしたばかりであろうベッドからすぐに起きあがろうとすると、天蓋付きのベッドのカーテンを引く音がした。
「ロイ、君は誰のものなのかわかっていないようだね」
相変わらず本が至る所に積まれておりこの間よりも少し雑多な印象になっていた。
促されてソファに座るとダニエルは神官と思われる人物を呼びつけて何かを言いつける。
こちらでは使用人はおらず、基本自分で身の回りのことはするのだが神官長ともあれば神官見習いと言った身の回りの雑務をこなす者がつくのだという。
「温かいものを腹に入れなさい。食べれそうならこちらも」
運ばれてきた温めた牛乳とマドレーヌやクッキーがのった皿を差し出されるとロイはテーブルに置かれた牛乳の入ったマグを手に取る。
夜中だけあってカフェインを取ることで眠れなくなるかもしれないからとコーヒーではなく牛乳を出された。
ダニエルのそんな気遣いがありがたかった。
じんわりと温かくてそのとき指先が冷え切っていたことにようやく気付く。
「ありがとうございます……」
「傷は消えたがもしかしたら後から何か症状が出るかもしれない。今日は神殿で過ごしなさい」
「ありがとうございます。あの、さっきのって……」
「魔法のことか」
そう言ってダニエルは自分の手に視線を落とす。
「この力があるから私は神官長という役職についていられるんだ。黙っていたつもりはなかったが、驚かせてすまなかった」
「そんな!ありがとうございました。ダニエルさんに治療してもらえてラッキーでした」
魔法のことを色々聞きたい気持ちはあったものの今はそんな気にはなれなかった。
疲労感はあるものの、ダニエルの執務室に充満する古い本とインクのような匂いが今はなんだか落ち着いた。
「少し強引に連れてきてしまった気がするが大丈夫だっただろうか」
「いえ、正直助かりました」
ロイの言葉の先を促すようなダニエルの表情に少し自嘲気味に微笑む。しばし無言の後ロイは口を開いた。
「自分が、嫌になるんです。弱くて、何もできなくて足をひっぱっているような気がして。甘やかされて、守られるたびに身の程知らずな自分に嫌気がさして」
それは見ないふりをしてきた自分の思い。
ユアンが大事にしてくれるたびにただの秘書である自分が勘違いしそうになる。
自分にはそんな資格ないのにいつのまにかユアンに対して尊敬以上の気持ちを抱いていることに気づいてしまった。
気づいた途端にそんな自分が嫌になって、フェリックスの言うように身の程知らずの自分を思い知らされて。
「ふむ。上司は部下を守るものではあるが、君が言っているのはそういうことではないのだろう」
「すみません。愚痴っぽくなってしまって」
慌てて謝るとダニエルは少しだけ口の端を上げた。
「気にすることはない。話の続きだが……君は相手と肩を並べたいのか。ああ、ここでは身分を指すことではないのはわかっている。頼られたい、もしくは……『特別な存在』になりたい、そんな感情を持っていると見える」
「あ……」
指摘されると自分の烏滸がましさに恥ずかしくなり俯く。
もちろん肩を並べるまでとはいかなくともユアンの秘書としても頼られる存在になりたいと思っていたのは事実だった。
ユアンのそばにいても恥ずかしくない自分でいたい。
それと──
(特別な存在……)
「そう、なんですかね……ただ、そばにいることを許してほしいのかもしれません」
ロイの考えを見透かしたようにダニエルは続ける。
「誰にでも認めてももらおうというのは難しい」
それがフェリックスのことを指しているのはわかった。
フェリックスは人間である自分が気に入らないばかりでなく、明らかにユアンが目にかけているのが面白くないのだろう。
ロイに向けられた怒りの感情はユアンに対する友情だけではない、それ以外の感情を感じたのは気のせいとは思えなかった。
「わかってます。そんなの無理なことぐらい。けれど……」
そう言って口を噤んだ。自分の頭の中がまとまらない。先ほどのユアンの呆然とした表情ばかりが浮かぶ。
ダニエルはロイの背中をポンと叩いて「好きなだけいなさい。部屋を準備しているから眠くなったら言いなさい」と言い、机に向かって仕事を始めた。
ペン先を走らす静かな音を聞きながらロイは長い間ただ空を見ていた。
次の日早朝神殿からダニエルから手配してもらった馬車で帰ると、帰るなりユアンがロイに一目散に駆け寄ってきた。
「無事だったか」
「無事……?ええ。ダニエルさんにはよくしてもらいました」
その途端ユアンの表情がサッと変わる。なんとなく不穏な気配を感じてロイはすぐに頭を下げた。
「昨夜は申し訳ありませんでした。ユアン様にもご迷惑をおかけしてしまって」
「なぜ君が謝るんだ。謝らないといけないのは守れなかった俺の方なのに」
「いいえ。ユアン様のせいではありません」
──自分が身の程知らずなばかりに。
思わずそう口に出そうになるところをすんでのところでグッと堪えた。
「至らなかった自分も悪いのです。私には夜会はまだ早かったです。今後はトーマスさんにお願いしますね」
無理やり笑顔を作って告げるとユアンの瞳が揺らいだような気がした。
「ロイ……?」
「では急いで仕事に入りますね」
ユアンの横を通り過ぎようとしたときだった。強い力で腕を引かれ、痛みに思わず呻き声を上げるとそのまま引きずられる。
慌てて体勢を整えユアンに腕を引かれた状態で歩き出す。
「ちょ、ちょっと!ユアン様?」
早足で進むユアンの歩調に合わせようとするも転びそうになるので自然と小走りになってしまう。
顔を見上げるも何を考えているのかユアンの表情からは窺い知れない。
廊下を進んだ先はユアンの私室で、ユアンが扉を乱暴に開け放つとロイはそのまま部屋の奥のベッドに投げ出された。
ベッドが軋んだ音を立てるのもお構いなしに乱暴に投げ出され目が回りそうになる。
明るい陽が差し込む部屋でベッドメイキングしたばかりであろうベッドからすぐに起きあがろうとすると、天蓋付きのベッドのカーテンを引く音がした。
「ロイ、君は誰のものなのかわかっていないようだね」
44
あなたにおすすめの小説
婚約者の前で奪われる!?王太子が僕の番だった夜
侑
BL
僕は辺境伯家の嫡男レオン・グレイスフィールド。
婚約者・隣国カリスト王国の辺境伯家、リリアナの社交界デビューに付き添うため、隣国の王都に足を踏み入れた。
しかし、王家の祝賀の列に並んだその瞬間、僕の運命は思わぬ方向へ。
王族として番に敏感な王太子が、僕を一目で見抜き、容赦なく迫ってくる。
転生者で、元女子大生の僕にはまだ理解できない感覚。
リリアナの隣にいるはずなのに、僕は気づけば王太子殿下に手を握られて……
婚約者の目の前で、運命の番に奪われる夜。
仕事の関係上、あまり創作活動ができず、1話1話が短くなっています。
2日に1話ぐらいのペースで更新できたらいいなと思っています。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
俺の婚約者は小さな王子さま?!
大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」
そう言い放ったのはこの国の王子さま?!
パミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。
今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。
「年の差12歳なんてありえない!」
初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。
※不定期更新です
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
春風のように君を包もう ~氷のアルファと健気なオメガ 二人の間に春風が吹いた~
大波小波
BL
竜造寺 貴士(りゅうぞうじ たかし)は、名家の嫡男であるアルファ男性だ。
優秀な彼は、竜造寺グループのブライダルジュエリーを扱う企業を任されている。
申し分のないルックスと、品の良い立ち居振る舞いは彼を紳士に見せている。
しかし、冷静を過ぎた観察眼と、感情を表に出さない冷めた心に、社交界では『氷の貴公子』と呼ばれていた。
そんな貴士は、ある日父に見合いの席に座らされる。
相手は、九曜貴金属の子息・九曜 悠希(くよう ゆうき)だ。
しかしこの悠希、聞けば兄の代わりにここに来たと言う。
元々の見合い相手である兄は、貴士を恐れて恋人と駆け落ちしたのだ。
プライドを傷つけられた貴士だったが、その弟・悠希はこの縁談に乗り気だ。
傾きかけた御家を救うために、貴士との見合いを決意したためだった。
無邪気で無鉄砲な悠希を試す気もあり、貴士は彼を屋敷へ連れ帰る……。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
闇に咲く花~王を愛した少年~
めぐみ
BL
―暗闇に咲き誇る花となり、その美しき毒で若き王を
虜にするのだ-
国を揺るがす恐ろしき陰謀の幕が今、あがろうとしている。
都漢陽の色町には大見世、小見世、様々な遊廓がひしめいている。
その中で中規模どころの見世翠月楼は客筋もよく美女揃いで知られて
いるが、実は彼女たちは、どこまでも女にしか見えない男である。
しかし、翠月楼が男娼を置いているというのはあくまでも噂にすぎず、男色趣味のある貴族や豪商が衆道を隠すためには良い隠れ蓑であり恰好の遊び場所となっている。
翠月楼の女将秘蔵っ子翠玉もまた美少女にしか見えない美少年だ。
ある夜、翠月楼の二階の奥まった室で、翠玉は初めて客を迎えた。
翠月を水揚げするために訪れたとばかり思いきや、彼は翠玉に恐ろしい企みを持ちかける-。
はるかな朝鮮王朝時代の韓国を舞台にくりひげられる少年の純愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる