世の中ままならないから

送り狼

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序章 

上遠野龍弥

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放課後、携帯を弄りながら歩いていると、視界の片隅に誰かが入ってきた。

「コイツか、リリコ?」

その誰かが誰かに声をかけた。

何だ?と、顔を上げた瞬間、顔面に衝撃が来た。

俺はそのまましりもちをつき、背中がガードレールにぶつかると、鼻の奥にツンとしたイヤな感覚が広がる。

「あー、コイツ~」

どこか興味がなさそうな女の声が聞こえる。

この声は・・・同じクラスの篠崎凛々子か?

ボタボタとアスファルトに血が落ち始めた。

骨までは逝ってないだろうけど、コイツら何やってくれんだ?

「お前に恨みはないけどよ、一応俺にもメンツってあるからよ?」

髪を掴まれて顔を上げられた時、俺は初めて相手が田所雅也だと気付いた。高校の一個上で、チャラチャラしているリア充だ。

チャラいと言っても、そこそこ成績が良く明るいため教師受けが良く、女子からは王子さまと呼ばれいる。

しかも裏ではその強さとゲスさは有名で、摘まみ食いした女子で言うことを聞かないヤツは写メで脅し、逆らう女は囲ってマワすと噂になっている。

強さは・・・おそらくテコンドーか。

多分、有段者だろう。

「人の女にコナかけちゃイカンよな?」

ニコニコと笑いながら、掴んだ髪の毛を揺する。

何言ってんだ、コイツ?

「あー、何か勘違いじゃないっスか、センパイ?」

「勘違い?」

「コナかけるも何も、自分、篠崎に興味ないっスけど?」

「言うね、お前」

髪の毛から手を離し、田所は俺に背中を向けて立ち上がる。

俺はガードレールに身体を預けながら、ゆっくりと立ち上がる。

その瞬間、腹に田所の右足が後ろ回し蹴りで跳んできた。

田所はポケットに指だけを入れたまま、俺の正面に身体を回し、腹を押さえたコトで下がった顎に膝蹴りをかまして来た。

「お前の気持ちなんざ知らねぇよ。言ったろ?俺のメンツだってよ」

こっちこそ知らねぇよ、お前のメンツなんざ。

「まだ言い足りなさそうだな?」

俺の表情を見て、田所が嗜虐的な笑顔を見せる。

くるっと回ったと思った途端、左足がムチのようにしなって俺の側頭部にクリーンヒットしていた。

あ、これはヤバイ。

俺の身体はガードレールを越え、コンクリートで底うち整備された川へ墜ちて行った。

篠崎が驚きながら俺を見ている。

あぁ、そうか。

教師に頼まれて出されてない課題を提出するように促したコトが、このバカ女の頭の中で口説いて来たって脳内変換されたわけか。

バカバカしい。自意識過剰も大概にしろ。

口には出せなかったものの、最大限の憎悪を込めて睨み付けながら、俺は人生最期になるかも知れない映像が、このバカ女のマヌケな顔だというコトにやるせなくなった。

せめて自分のバカが原因で人が一人死ぬって事実を、死ぬまで抱えて生きていけ。

頭の中で陶器かなんかが割れた音が響き、俺の意識は有無も云わさず暗転した。
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