世の中ままならないから

送り狼

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序章 

闇の中

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誰かが泣いている。

暗い世界の中で、微かに、そして遠くで、誰かの泣き声が聴こえている。

小さな女の子・・・?

声の主を探そうとしても身体が動かない。

俺は死んだのか?

田所にヤられたコトが夢じゃないなら、俺は死んだのだろう。

あの川は川底まで6、7メートルあり、底までコンクリートになっている。

水は川底中央の1メートルほどの幅の溝を、這うように流れているだけだ。

この暗闇が死後の世界だとすれば、なんて味気ないんだろう。

そんなコトを感じながら、俺の意識は再び闇の中に落ちて行った。






闇の中、意識の覚醒と喪失を繰り返しながら、俺はここが死後の世界ではないコトに気付いていた。

まず意識があるコトがおかしいだろう。

死後の世界があるとするなら、とっくにご先祖さんやらが訪問してくるとか、お花畑だとか光りのトンネルだとか、それらしいイベントが発生しているだろうし、幽霊とかになってさ迷ってたりするものだろう。

それとも地獄とかか?

行くほど悪いコトをした記憶はないが。

決定的なのは、暗闇の向こう側に人の気配を感じているコトだ。

意識がハッキリし始めた頃から、その存在を認識していた。

分からないのは、それが女の子だってコトだ。

ここが病院だとして、俺が運良く助かったとしても、何故女の子が俺の心配をしている?

俺に妹はいないし、まさか看護師でもないだろう。

女の子の声はアニメ声だとしても誤魔化せない幼さがある。

どう聴いても10歳程度の女の子だ。

今ほど暗闇を鬱陶しく感じたコトはなかった。

女の子は俺の意識が戻っていると理解しているのか、何かと言葉をかけ続けていた。

誰それさんの家で旦那が追い出されたとか、空き地のネコが子供を産んだとか、誰それが俺を心配しているとか、誰それが気にかけているとか、治ったら遊びに行こうとか、誰それの・・・。

誰それって誰だよ?

知らない名前の人物の話をされても、訳が分からんだろ。

いや、むしろ分かっている前提に話しを進めている。

誰だ、コイツ?

どこだ、ココ?

意識が混乱してきたのが分かる。

今の状況を理解出来ずに拒否しているのかも知れない。

動かしても動かなかった身体が突然小さく震え始め、時折大きく跳ねだす。

痙攣しているんだろうな。

女の子は悲鳴のような声を出し、医師を呼びに行ったようだ。

俺の意識はまた暗転していく。





覚醒と暗転を繰り返し、俺の容態はようやく安定していったらしい。

「ずいぶん危なかったが、もう大丈夫だ。よく頑張ったな」

医師とおぼしき男が、気遣わしげに話し掛けてきた。

ここは・・・?

男がいるだろう方向に顔を向けて口を開くが、声は出ず、ただ嗄れた呻きだけが漏れた。

視界は暗いまま、身体の自由も利かない。

「頭を打ったんだ。もうしばらくは身体も不自由かも知れないが、怪我自体は回復魔法で完治しているから」

は?回復魔法?何だそれ。

医師と思った男のトンでも発言に、俺は別の意味で混乱した。

ここは病院じゃないのか?どこの新興宗教だよ。

「落ち着きなさい。大丈夫だから」

いやいやいや、大丈夫じゃないから。

頭打った怪我人に回復魔法って何だよ!

突然暴れだす俺を宥めていた男も諦めたのか、俺の頭に手を置いて何事かを呟く。

その瞬間、フワッと身体から力が抜け、俺は深い眠りに落ちていった。






「今日は落ち着いて話せそうかい?」

自然と目を覚ました俺に、男が再び声を掛けてきた。

何をされたか知らないが、また眠らされては堪らないと、俺は小さく頷いた。
取り敢えず状況を知りたい。

「君は木から落ちて怪我をしたんだよ。落ちた場所に運悪く石があって、頭を打ったんだ」

木から落ちて?

俺はコンクリートの川に蹴り落とされたんだが?

「たまたま施術師様が村を訪れていたから、回復魔法を掛けて貰えたんだ。そうでなければ死んでいたかも知れない」

何の話をしている?

施術師様って誰だよ。

て言うか、アンタ誰だよ?

頭の中では激しく突っ込みながら、無言で話を聞いている俺に、男は安心したように続けた。

「施術師様が言うには、頭を打った場合は完治してもショックで色々影響があるらしいから、元に戻るまで安静にしていると良いらしい。退屈でもそれまでは動かないようにな」

伝えるべきコトを伝えた安堵感からか、男はヤレヤレと呟きながら部屋を出て行った。

訳の分からないコトを言われたものの、取り敢えずの状況は理解出来た。

少なくても、俺をどうこうするつもりはないらしい。

そんなコトをつらつらと考えていたら、誰かが部屋に入って来たようだ。

目が見えないからか、感覚が鋭くなっているみたいだった。

「・・・大丈夫、アリュー?」

おずおずといった感じで、少女が声を掛けてきた。

アリュー?

また知らない言葉が増えたが、どうやら俺のコトを言ってるようだ。










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