Moon Light

たける

文字の大きさ
17 / 25
4.

しおりを挟む
ゲスト・ルームの通信が途絶え、ジョシュは長い息を吐いた。

「喋りませんでしたね、艦長」

メインルームの通信装置を切りながら、マナ・ホップスが漏らした。

「あぁ、そうだな」

もしかしたら、信頼出来る男なのかも知れない。そう思いながら、ジョシュはワイズを振り返った。
彼はまだ神経回路システムと格闘中で、忙しなく手元を動かしている。

「まだ原因の特定は出来ないのか?」
「こりゃ……マズイぞ!」

ワイズが緊迫した声を出した。ジョシュはすぐ司令席から立ち上がると、ワイズの傍らに膝をついた。

「マズイって……?どう言う事だ?」

メインルームにも緊張が走り、顔を上げたワイズからは冷や汗が滲んでいる。

「ボツリヌス菌だ。早く血清をかき集めないと……!」

医学書でその名前を見た覚えはあったが、その症状が思い出せなかった。

「ボツリヌス菌って……?」

そう尋ねると、船医長はジョシュを睨んできた。

「ボツリヌス菌ってのは、自然界で最も毒素の強い菌だ。その毒素が1gあれば、人類を約100万人殺せると言われてる」

眉間に深く刻まれた皺が、事態がいかに危険な状態にあるかを示唆しているかのようだ。

「感染経路は?」
「はっきりと特定は出来ないんだが……とにかく、血清を持ってくる」

ワイズは素早く立ち上がると、メインルームを出て行った。それと入れ代わりに、ファイがケリーを伴って入って来る。

「どうかしましたか?」
「ウイルスが特定出来た。ボツリヌス菌だそうだ」

そうジョシュが言うと、ファイの隣にいるケリーが眉根をひそめた。

「ボツリヌス菌ですか?そんな馬鹿な……ボツリヌス菌は、ボツリヌス毒素を含んだ食物を食べる事で起こる食中毒では?」

そう言ったケリーを、ジョシュは睨んだ。優秀な船医であるワイズが、間違った診断を下すとは考えにくい。

「いえ、フィックス。感染経路はそれだけではありませんよ」

冷静な口調でファイがそう言うと、ケリーは彼を見上げた。ジョシュもファイを見遣る。

「確かに、ボツリヌス毒素を含んだ食物を食べる事で感染します。ですが、稀に傷口にボツリヌス菌が感染して起こる事もあります。また、海底からも毒素が検出された例はあります」
「じゃあ……今回は、その海底からのケースって訳か?」

ジョシュが鋭く言い放つと、ファイは口角を僅かに引き攣らせた。

「その可能性が高いと思われます。多分、海底に沈んでいた毒素が、アルテミス号が沈んだ衝撃で浮遊し、それが船体に出来た破損部位から感染したんだと考えられます。直ちに破損部位を検証すべきです、艦長」

納得のいく説明だ。ジョシュは通信装置でワイズに指示を出すと、再び司令席に着いた。

「で……その症状ってのは?」

ファイが数歩ジョシュに近付き側へ立つと、神経回路システムを見つめたまま説明を始めた。

「ボツリヌス毒素は、主に四肢の麻痺を引き起こします。そして重篤な場合は、呼吸筋を麻痺させ死に至らしめます。その他の症状として、複視、構音障害、排尿障害、発汗障害、喉の渇きがみられますが、発熱はほとんどなく、意識もはっきりしたままです」

複視とは、眼筋麻痺によって外界の1つの物体が、異なった場所に2つに見える事で、二重視とも言う。その事をジョシュは思い出しながら、腕を組んだ。すると、ケリーが首を傾げながら近付いてくる。そして、ジョシュの左手側に立った。右手側にはファイが立っている。

「申し訳ないんだが、ファイ……構音障害、と言うのはどう言う……?」

その手元はジャケットの裾に触れ、指先で小さく弄っている。

「構音障害と言うのは、発音が正しく出来ない症状の事を言います。構音と言うのは医学用語で、言語学上で言うところの調音です。一般には、発音の操作、と理解されていますが、他に喉頭以上の音声器官の操作との理解もあり、喉頭の障害である発声障害とは区別されています」

言葉を切り、ファイはジョシュを間に挟みながらケリーを見つめた。その瞳は細められていて、疑心の為と言うよりは、眩しそうだった。

「そう……なんですか」

と、フィックス・ケリー。

「はい。構音障害の症状は4つに分類されます」

親指を曲げ、指を4本立てたファイは、ジョシュを一瞥してきた。そして1度拳を握ると、今度は人差し指を1本だけ立てた。

「1つ目は器質性構音障害で、音声器官における形態状の異状により、引き起こされる発音上の障害です」

中指が立ち上がる。
「2つ目は運動障害性構音障害で、音声器官の運動機能障害による、発話の障害です」

次は薬指だ。

「3つ目は聴覚性構音障害で、聴覚の障害による二次的な発音上の障害です」

最後に小指を立てたファイは、神経回路システムの前へと歩いて行った。が、ケリーはジョシュの側にいて、まだ裾を指先で弄っている。

「4つ目は機能性構音障害で、今述べた3つのような医学的原因の認められない本能性の障害です」

言い終えたファイは口角を僅かに引き攣らせ、腰の後ろで手を組んだ。
理解しようと努めた結果、ジョシュの頭はショートでも起こし兼ねない勢いで熱くなり始めていた。だから、慌てて思考を別の物へ向ける事にする。

「なんにせよ、人体に感染したら厄介だってのは分かったよ。ファイ、お前はワイズ……キルトン船医長の手助けをしてくれ」

多分今頃、破損部位を検証し、その感染ルートの確認をしているだろう。それが済めば、神経回路システムに血清を投与だ。


──だがもし、何等かの理由でそのボツリヌス菌がクルー達に感染していたら?


そうしたら、ボツリヌス毒素の唯一の抗毒素である、ウマ血清が不足するだろう事は明白だ。血清確保も重要だが、とにかく感染していないかどうかの検査を行わなければならない。
そこまで言わなくても、ファイの考えはとうにそこへ行き着いているだろう。

「ケリーさん、貴方はゲスト・ルームで待機してて下さい」

そう言うと、ジョシュは通信装置のスイッチを入れた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...