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しおりを挟む──何を話せばいいだろう?
あと20分足らずで訪れる別れに、フィックスは言葉を探していた。ファイも話がしたいと言い出した割に、ずっと黙っている。
5分は互いに黙ったまま、並んでベッドに腰掛けていただろうか。沈黙を破ったのは、ファイだった。
「もし貴方を何かに例えるのなら、私は太陽、と答えるでしょう」
「私が太陽……?それならファイ、貴方は月だ」
話を切り出したファイの真意は分からないが、フィックスはそう答えた。
「フィックス、貴方は日蝕と月蝕をご存知ですか?」
まだ真意が見えない。だがフィックスは、ファイの博識なところを尊敬をしていたし、その落ち着いた声を聞いていたかった。
だから質問の意味が分からなくとも、会話を続ける。
「詳しくは知りませんが……確か、日蝕は太陽の一部分。もしくは、全体が月によって覆い隠される現象の事で、月蝕は地球が太陽と月の間に入り、地球の影が月にかかって月が欠けて見える現象の事……ですよね?」
フィックスが上目に見つめながら答えると、ファイは深く頷いた。
「正解ですフィックス。では、詳しくお話ししましょう」
そう言いファイが話し出すと、フィックスはその声に耳を傾けた。
「月蝕は日蝕と違い、月が地平線より上に見える場所であれば、地球上のどの場合からでも観測・観察出来ます。また日蝕ですが、月の地球周回軌道及び、地球の公転軌道は楕円である為、地上から見た太陽と月の視直径は、常に変化する事になります。月の視直径が太陽より大きく、太陽の全体が隠される場合を皆既日蝕と言い、逆の場合は、月の外側に太陽がはみ出して、細い光輪状に見えます。これを金環日蝕と言います」
1度、フィックスは金環日蝕を見た事がある。
あの太陽が、ゆっくりと欠けて行く。月が欠ける事はあっても、太陽が欠けるなんて信じていなかった幼い自分。全て消えると、昼間の明るいサバルが一転し、眩しいぐらいの青い空は薄闇に変わった。そしてその中心には、くっきりと光の輪が浮かんでいた。それは大変美しく、観察しているあちこちから息を飲む音が聞こえた程だ。それはフィックスも同じで、その感激を今でも覚えている。
神様が女神に指輪をプレゼントするなら、きっとあれを贈るに違いない、と、幼少の頃は思っていた。
「金環日蝕は、小さい頃に1度だけ見た事があります。とても美しくて、人類には永遠に作れない課題みたいに感じたものです」
そう苦笑すると、若干ではあるが、ファイも口元を緩めた気がした。
「面白い」
口角を僅かに引き攣らせながら言うのは、どうやらファイの癖らしい。
「その皆既日蝕ですが、その場合、普段は光球の輝きに妨げられて見る事の出来ない光冠、紅炎……いわゆるプロミネンスの観測が可能になり、太陽の構造・物理的性質を調べる事が出来るようになります。それにより太陽のみならず、恒星一般の研究にも大きな役割を果たしました。そして、それによって観測された月の表面に起伏の谷間が見られ、そこから太陽の光が点々と見える状態になる事があるとも分かりました。これを発見者の名前を取って、ベイリーの数珠と言い、古くから月に起伏がある証拠とされてきたのです」
ファイはそこで言葉を切ると、自身の足元へと視線を落とした。その仕種がどこか悲しげで、フィックスは首を傾げた。
「どうか……したんですか?話し疲れた……?」
そう尋ねると、ファイはフィックスを見遣り、首を振った。
「いえ、なんでもありません。続けましょう」
ファイは立ち上がると、腰の後ろで手を組み、フィックスの方を向き直った。そんなファイを見上げると、何故だか講習会に参加した時の事を思い出した。
「さっきフィックスが1度だけ見た、と言っていた金環日蝕ですが、太陽が全て隠れた直後には、太陽の光が一カ所だけ漏れ出て輝く瞬間があり、これをダイヤモンドリングと言います」
あながち、幼少の頃の感性は突飛なものではなかったようだ。ダイヤモンドリング。まさしくダイヤの指輪と言う意味で、それが例え法則に則った現象であっても、神々しい。
そしてふと、フィックスの中に疑問が浮かんだ。とは言えファイの辞典のような知識の前に浮かぶ疑問など些細で、彼にしてみれば答えるのは簡単だろう。だが、敢えて尋ねてみる事にする。
「直後と言われましたが、直前はどうなんですか?」
するとファイは、また口角を僅かに引き攣らせた。
「ダイヤモンドリングが見えるのは直後のみです。何故なら、直前はリングにあたる光冠が見えないのです」
なるほど、と理解する。だが、まだ知らない事があったのでフィックスは質問した。
「光冠とは、太陽の周りに見える自由電子の散乱光の事ですよね。ですが、紅炎、いわゆるプロミネンスと言うのは?」
そう尋ねると、ファイは腰の後ろで組んでいた手を解き、フィックスの隣へ腰掛けた。
「それは、太陽の下層大気である彩層の一部が、磁力線に沿って、上層大気である光冠中に突出したものです。皆既日食の際に、月に隠された太陽の縁から立ち昇る赤い炎のように見える事から名付けられた、と私が読んだ本に書かれていました」
ファイがそう説明したところで、室内に通信が入ってきた。声の主は艦長であるデビットだ。
「ファイ、すぐにゲストを連れてメインルームへ来てくれ」
通信が終わると、ファイは短い息を吐いた。
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