7 / 13
第二章:クラウド
2.
しおりを挟む
「う……ん……」
あれから2時間ばかりして、娘が目を覚ました。クラウドは聖書を閉じて立ち上がると、娘を見下ろした。
「寒いかね?」
「いえ……大丈夫です。あの……」
困惑する娘に笑みを見せると、ここはソレニティ大聖堂だと教えた。それでも娘は戸惑っていたので、クラウドは尋ねてみる事にした。
「余所の街から来たのかね?」
「私……あの、覚えていないの。気が付いたら酷く寒くて、建物が見えたから、歩いて行ったのだけれど、それから……」
クラウドは首を傾げた。自分がいた街を覚えていないと言うのだろうか?
「この先にある、タッスルから来たのではないのかね?」
タッスルは、アーツ河のちょうど中流にある街だ。このササランは、その下流に位置する。
「覚えてないんです。何処から来たのか……私の名前も……」
「記憶がない、と言うのだな?気の毒に……」
クラウドは胸の前で十字をきると、娘を心底哀れんだ。
そんな娘にクラウドは、大天使から名前を取ってガブリエルと名付けた。ガブリエルは、聖母マリアに受胎告知をした天使だ。
そして自身の部屋で暮らす事を許可する変わりに、彼女に身の回りの世話をするよう頼んだ。するとガブリエルはそれを苦もなく引き受け、今寝食を共にしている。
ただ問題なのは、彼女の為のベッドを買ってやれない事だ。だからと言って、ガブリエルを床やソファに寝かせる訳にはいかず、クラウドは彼女にベッドを譲ると申し出た。だが彼女は、クラウドも一緒に、と言った。これにクラウドは大層面食らったし、聖職者である以上、女性とベッドに入る事はよくない、と断った。
「疚しい気持ちがないのなら、いいじゃありませんか。それに私、貴方がソファで寝ていると思うと、きっと眠れません」
ガブリエルは記憶が無くてくよくよするタイプの人間ではなかった。無くした事を嘆くより、今を大切にする女性であり、意見をきちんと述べられる娘だった。
「君が眠れないと困る。だが……だからと言ってベッドを共にするのは、疚しい気持ちが無くとも躊躇うものなのだよ。何せ君は若い娘だ……私にとっては、孫程も歳が放れておる」
一緒に寝ても、彼女がソファで寝ても、クラウドにとっては眠れない事に変わりはない。だがガブリエルは引かなかった。
「私を孫だと思うのなら、眠れるはずです」
こうしてクラウドは、ガブリエルとベッドを共にする事になった。そして今、背中に彼女の体温を感じている。
クラウドは若くして聖職者の道を選んだ。だから、女性との経験はなかった。まだキスさえした事がない。それなのに、この歳になってこんな若い娘と一緒に寝る事になるとは、夢にも思わなかった事態だった。
体が緊張の為に硬直しているのが分かる。
振り返りたい衝動に駆られながらも、クラウドはどうにかして眠るよう努めた。だが酷い緊張状態にある体や頭は、眠る事をそう易々と許しはしなかった。
──聖母マリア、お許し下さい……
とても罪深い気持ちになる。だがこれは、神が与えた試練なのだと思い、クラウドは必死に戦った。
もう、すでに捨てた筈の欲望が戻ってこない事を祈った。
そして1日目が過ぎた。
あれから2時間ばかりして、娘が目を覚ました。クラウドは聖書を閉じて立ち上がると、娘を見下ろした。
「寒いかね?」
「いえ……大丈夫です。あの……」
困惑する娘に笑みを見せると、ここはソレニティ大聖堂だと教えた。それでも娘は戸惑っていたので、クラウドは尋ねてみる事にした。
「余所の街から来たのかね?」
「私……あの、覚えていないの。気が付いたら酷く寒くて、建物が見えたから、歩いて行ったのだけれど、それから……」
クラウドは首を傾げた。自分がいた街を覚えていないと言うのだろうか?
「この先にある、タッスルから来たのではないのかね?」
タッスルは、アーツ河のちょうど中流にある街だ。このササランは、その下流に位置する。
「覚えてないんです。何処から来たのか……私の名前も……」
「記憶がない、と言うのだな?気の毒に……」
クラウドは胸の前で十字をきると、娘を心底哀れんだ。
そんな娘にクラウドは、大天使から名前を取ってガブリエルと名付けた。ガブリエルは、聖母マリアに受胎告知をした天使だ。
そして自身の部屋で暮らす事を許可する変わりに、彼女に身の回りの世話をするよう頼んだ。するとガブリエルはそれを苦もなく引き受け、今寝食を共にしている。
ただ問題なのは、彼女の為のベッドを買ってやれない事だ。だからと言って、ガブリエルを床やソファに寝かせる訳にはいかず、クラウドは彼女にベッドを譲ると申し出た。だが彼女は、クラウドも一緒に、と言った。これにクラウドは大層面食らったし、聖職者である以上、女性とベッドに入る事はよくない、と断った。
「疚しい気持ちがないのなら、いいじゃありませんか。それに私、貴方がソファで寝ていると思うと、きっと眠れません」
ガブリエルは記憶が無くてくよくよするタイプの人間ではなかった。無くした事を嘆くより、今を大切にする女性であり、意見をきちんと述べられる娘だった。
「君が眠れないと困る。だが……だからと言ってベッドを共にするのは、疚しい気持ちが無くとも躊躇うものなのだよ。何せ君は若い娘だ……私にとっては、孫程も歳が放れておる」
一緒に寝ても、彼女がソファで寝ても、クラウドにとっては眠れない事に変わりはない。だがガブリエルは引かなかった。
「私を孫だと思うのなら、眠れるはずです」
こうしてクラウドは、ガブリエルとベッドを共にする事になった。そして今、背中に彼女の体温を感じている。
クラウドは若くして聖職者の道を選んだ。だから、女性との経験はなかった。まだキスさえした事がない。それなのに、この歳になってこんな若い娘と一緒に寝る事になるとは、夢にも思わなかった事態だった。
体が緊張の為に硬直しているのが分かる。
振り返りたい衝動に駆られながらも、クラウドはどうにかして眠るよう努めた。だが酷い緊張状態にある体や頭は、眠る事をそう易々と許しはしなかった。
──聖母マリア、お許し下さい……
とても罪深い気持ちになる。だがこれは、神が与えた試練なのだと思い、クラウドは必死に戦った。
もう、すでに捨てた筈の欲望が戻ってこない事を祈った。
そして1日目が過ぎた。
0
あなたにおすすめの小説
蝋燭
悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。
それは、祝福の鐘だ。
今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。
カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。
彼女は勇者の恋人だった。
あの日、勇者が記憶を失うまでは……
私たちの離婚幸福論
桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
侯爵様の懺悔
宇野 肇
恋愛
女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。
そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。
侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。
その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。
おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。
――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。
側妃の愛
まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。
王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。
力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。
Copyright©︎2025-まるねこ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる