a story

たける

文字の大きさ
上 下
11 / 13
第二章:クラウド

6.

しおりを挟む
──1ヶ月後



冬は去り行き、新しい季節の到来を告げるように暖かな日が続いた。冬の間の雪掻きで痛めた腰も回復を見せ始め、クラウドは花壇に水をやっていた。その側でガブリエルは、雑草をむしっている。その動きは実に軽やかで、それが若さなのだと痛感した。

「ねぇ、何だか街が賑やかだけれど、何かあるの?」

むしった草をかき集め、ガブリエルは額の汗を拭いながら、大聖堂前に広がる広間を見つめて言った。

「あぁ。近々、キリストの復活を祝う復活祭があるのだ」

それはキリスト教徒における、最も重要で壮大な行事だ。

「まぁ!楽しみね」

その復活祭を祝う為に、皆は必死に準備をしていた。このソレニティ大聖堂においても、ガーギル・マトワ司教がその準備を進めていた。司教補佐であるクラウドは、そんな彼の指示に従って手伝うのだ。

「さぁ、祈りを捧げてから朝食にしよう」

クラウドはホースを仕舞うと、ガブリエルを伴い大聖堂へ入った。





復活祭前夜、街では待ちきれない者達の騒がしい声が響いていた。
あれからガブリエルと寝るのにも漸く馴れた、と言うより、過度の睡眠不足のせいで、否応なしにクラウドは眠っていた。だが今夜は、街の騒々しさに眠れなかった。するとガブリエルもそうなのか、クラウドの背中をつついてきた。

「何だね?」

振り返らず聞く。

「お願いがあるの、こっちを向いて」

クラウドが躊躇っていると、ガブリエルはお願い、と囁いた。

「……分かった」

そう言ってガブリエルの方へ体を転がすと、クラウドは彼女を見つめた。
真っ直ぐな青い瞳に、自分が映っている。

「お願いと言うのは何だね?」
「私にキスして下さい、ガゼットさん、あの夜みたいに……」

彼女は躊躇いなく言った。クラウドは、知られていたのだと思うと恥ずかしく、また自身を浅ましいと思った。

「出来ぬ……」
「どうして?私が眠っていないから?」
「そうではない。そうではないのだ……」

何を弁明しようと言うのか自分でも分からず、クラウドは顔をしかめた。すると、ガブリエルはそんなクラウドの唇に唇を重ねてきた。それは余りにも突然で、予期せぬ行動だったので、クラウドは目を丸くするだけで回避する事が出来なかった。
漸く唇が放れた頃には、随分と時間が経ったように感じた。

「ば……馬鹿者……ならんのだ、このような事は……」

やっとの事でそう叱責したが、胸は高鳴り体は興奮していた。

「駄目なの……私、貴方が好きなのよ」

更に驚きに目を剥き、クラウドは途方に暮れた。欲望は抑えなければならない。いくら想いが通じあっても、そこには越えられない、越えてはいけない線がある。

「ガブリエル……君が私を想ってくれるのは嬉しい。あぁ、私も君が好きだとも。だが、越えてはならんのだ、決して。私には教えに背く事は出来んのだ」

出来るなら、このまま彼女と何処か遠くへ逃げてしまいたかった。だがクラウドには、それが出来なかった。彼はやはり、この大聖堂を、特に聖母マリアを裏切る事は出来ない。

「でしょうね……私も分かってます、貴方には無理だって……だからガゼットさん、お願いです。最初で最後にするから……せめて私の額にキスを……」

ガブリエルは涙を溢した。彼女の涙は、あの日鐘楼で見たきりだった。あの時も感じたが、ガブリエルの涙は美しい。

「おぉ……彼女に祝福を……」

クラウドは彼女の額にキスをした。




しおりを挟む

処理中です...