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第二章:クラウド
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ピアノはずっと鐘楼の中にあった。前任の司教は時折弾いていたようだが、ガーギルは弾かなかった。また、クラウドも好んでは弾かなかった。若い、司教補佐になりたての頃は、嬉しくて毎日弾いていたのだが。
現在そこには、鐘を撞く時以外上がらない。ピアノは厚手の布がかけられてはいたが、日に晒され、随分と傷んでいた。
鐘楼へとガブリエルを伴って上がったのは、たった1度しかなかった。しかももう2週間も前の事だ。なのに何故、今日になって弾いているのだろう?不思議に思いながらも、クラウドは鐘楼へ上がる細い螺旋階段を上った。
ガブリエルは軽快な音色を、体を揺らしながら奏で、弾むような声で歌っていた。クラウドは曲が終わるのを待ってから、彼女に声をかけた。
「素晴らしい……とても美しい歌声だな、ガブリエル」
「あっ!ガゼットさん!勝手に弾いてすみません」
ガブリエルは慌てて腰を浮かせたが、クラウドは座るよう手で示した。
「何故急にピアノを?」
側へ歩み寄り、軽く鍵盤を叩いた。すると、低いミの音が出た。
「夢を見たの。そこで私はピアノを弾いていて……誰かの為に」
「誰かの為に?それは、誰なのだね?」
そう尋ねたクラウドの心中は穏やかではなかった。
ガブリエルを愛していると自覚したのは、彼女がある夜、クラウドの背中にすりよった時からだった。その夜、クラウドは駄目だと分かっていても感情を抑制する事が出来ず、ガブリエルを振り返り、眠っているその額にキスをした。
ガブリエルは気付いていないようだったので、この事は墓まで持って行くと決めた。
それから、クラウドは聖母マリアに祈る内容を変えた。
──聖母マリア、どうかこの娘の記憶が戻らん事を……
「それが誰だか分からないの。だから、弾いてみたら何か思い出すんじゃないかって……」
そう言ってガブリエルは俯き、鍵盤を見つめた。クラウドはその肩に手を置くと、彼女に言った。
「君はピアノが弾けたのだね」
「そうみたい。ピアノの前に座ったら、勝手に手が動いたの」
ガブリエル自身は覚えていなくても、体が覚えているのだ。
「それなら、もっと弾いてみなさい。たくさん弾けば、記憶が戻るかも知れん……」
思い出さなくてもいい、とは言えなかった。きっと彼女には両親がいて、彼女を捜しているだろう。それを思うと、とてもじゃないがそんな事は言えなかった。思っていたとしても、決して言ってはならない。そう、彼女が思い出さなくてもいい、と言うまでは。
「はい、そうしてみます」
ガブリエルは笑い、そしてまた違う曲を奏で始めた。その物悲しいメロディをクラウドは知っていた。そしてそれと同時に、今のガブリエルの心境を表しているのだと感じた。
クラウドは歌った。それまではミサの、大勢に紛れて歌っていた。だが今は、この歌をガブリエルに聞かせたかった。愛に苦しむ詞に、クラウドは密かな想いを込めた。
ガブリエルは弾きながらクラウドを見上げたが、伴奏を止めはしなかった。やがて曲が終わると、ガブリエルは涙を溢した。
「何を泣いておるのだね?」
彼女は涙を拭うと、潤んだ瞳をクラウドに向けた。
「凄く……切なくなって……あは、ガゼットさんてば、びっくりするぐらい素敵な声なんだもの」
クラウドの地声は低かったが、歌声はテノールバスだった。それにガブリエルに歌声を聞かせたのは、今日が初めてだった。
この歌声に関しては、ガーギル司教も褒めてくれた事があり、クラウドの唯一の自慢だった。
「ありがとう。だが、何も泣かなくてもよい。さぁ、ガブリエル、涙を拭って……」
そう言うと、ガブリエルは笑いながら涙を拭った。
現在そこには、鐘を撞く時以外上がらない。ピアノは厚手の布がかけられてはいたが、日に晒され、随分と傷んでいた。
鐘楼へとガブリエルを伴って上がったのは、たった1度しかなかった。しかももう2週間も前の事だ。なのに何故、今日になって弾いているのだろう?不思議に思いながらも、クラウドは鐘楼へ上がる細い螺旋階段を上った。
ガブリエルは軽快な音色を、体を揺らしながら奏で、弾むような声で歌っていた。クラウドは曲が終わるのを待ってから、彼女に声をかけた。
「素晴らしい……とても美しい歌声だな、ガブリエル」
「あっ!ガゼットさん!勝手に弾いてすみません」
ガブリエルは慌てて腰を浮かせたが、クラウドは座るよう手で示した。
「何故急にピアノを?」
側へ歩み寄り、軽く鍵盤を叩いた。すると、低いミの音が出た。
「夢を見たの。そこで私はピアノを弾いていて……誰かの為に」
「誰かの為に?それは、誰なのだね?」
そう尋ねたクラウドの心中は穏やかではなかった。
ガブリエルを愛していると自覚したのは、彼女がある夜、クラウドの背中にすりよった時からだった。その夜、クラウドは駄目だと分かっていても感情を抑制する事が出来ず、ガブリエルを振り返り、眠っているその額にキスをした。
ガブリエルは気付いていないようだったので、この事は墓まで持って行くと決めた。
それから、クラウドは聖母マリアに祈る内容を変えた。
──聖母マリア、どうかこの娘の記憶が戻らん事を……
「それが誰だか分からないの。だから、弾いてみたら何か思い出すんじゃないかって……」
そう言ってガブリエルは俯き、鍵盤を見つめた。クラウドはその肩に手を置くと、彼女に言った。
「君はピアノが弾けたのだね」
「そうみたい。ピアノの前に座ったら、勝手に手が動いたの」
ガブリエル自身は覚えていなくても、体が覚えているのだ。
「それなら、もっと弾いてみなさい。たくさん弾けば、記憶が戻るかも知れん……」
思い出さなくてもいい、とは言えなかった。きっと彼女には両親がいて、彼女を捜しているだろう。それを思うと、とてもじゃないがそんな事は言えなかった。思っていたとしても、決して言ってはならない。そう、彼女が思い出さなくてもいい、と言うまでは。
「はい、そうしてみます」
ガブリエルは笑い、そしてまた違う曲を奏で始めた。その物悲しいメロディをクラウドは知っていた。そしてそれと同時に、今のガブリエルの心境を表しているのだと感じた。
クラウドは歌った。それまではミサの、大勢に紛れて歌っていた。だが今は、この歌をガブリエルに聞かせたかった。愛に苦しむ詞に、クラウドは密かな想いを込めた。
ガブリエルは弾きながらクラウドを見上げたが、伴奏を止めはしなかった。やがて曲が終わると、ガブリエルは涙を溢した。
「何を泣いておるのだね?」
彼女は涙を拭うと、潤んだ瞳をクラウドに向けた。
「凄く……切なくなって……あは、ガゼットさんてば、びっくりするぐらい素敵な声なんだもの」
クラウドの地声は低かったが、歌声はテノールバスだった。それにガブリエルに歌声を聞かせたのは、今日が初めてだった。
この歌声に関しては、ガーギル司教も褒めてくれた事があり、クラウドの唯一の自慢だった。
「ありがとう。だが、何も泣かなくてもよい。さぁ、ガブリエル、涙を拭って……」
そう言うと、ガブリエルは笑いながら涙を拭った。
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