arkⅡ

たける

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資料室に閉じこもり、あらゆる書物に目を通す。だが、ファイの欲しい答えは載っていなかった。
ふっと息をつくと、丸い窓から宇宙が見えた。
幾億もの星が闇間に瞬き、緑豊かなサカリアも伺える。そこに今、艦長のジョシュと自身の恋人であるノッドが赴いている。
ノッドは優秀なサイボーグだ。だが、危険はないとは言いきれない。
早く原因を探らなければならないだろう。そう焦れば焦る程、探し物は隠れて行ってしまっているように思える。
ふと、アングリュード惑星は今どうなっているのか気になった。彼等の種族数はおよそ100万はいるだろう。その全てがサカリアに来ているとは思い難い。
ならば、現地に留まる者達はこの、ある種の反乱を何等かの形で知っているに違いない。
ファイは立ち上がった。
この位置からなら、アングリュード惑星との通信は届く範囲だ。
資料室を抜け通路を歩き、リフトへと乗り込むと、先にワイズ・キルトンが多量の資料を抱えて乗っていた。

「よぉ、副艦長。何か分かったか?」
「いえ、まだ何も」

リフトが動き出す。

「ですが、可能性を見つけました」
「可能性……?」

扉が開き、ファイは先にリフトを下りた。キルトンが後に続く。

「はい。凶暴化の原因を探るのも方法ですが、何故彼等がわざわざサカリアに来て、彼等に寄生しているのか謎ではありませんか?」

メインブリッジへ入ると、乗組員達が慌ただしくタッチパネルを叩いている。

「確かに、それは謎だな。で、それがどうしたって言うんだ?」

そう質問するキルトンを一瞥すると、ファイは通信士官のマナ・ホップスを呼んだ。

「はい、副麟長」
「すぐにアングリュード惑星へ通信を繋いで下さい」
「アングリュード惑星に……ですか?」

ホップスは怪訝な顔をしたが、すぐにタッチパネルを叩き出した。

「おい、どう言う事だ?凶暴化と寄生がイコールなのは分かってる事だろう?」

資料を無人の指令席に置いたキルトンは、腰を伸ばしながら再び質問してきた。

「イコールではないと思います」

そうファイが言うと、モニターにアングリュード人が映し出された。

『こちらはアングリュード惑星。私は通信士のベライだ』

蛙を引き伸ばしたような外見を持つアングリュード人が、しわがれた声をしながらも共通言語で応答した。

「私は宇宙連邦アルテミス号副艦長のファイです。貴方にお伺いしたい事があります」

1歩踏み出すと──胸を張り、腰の後ろで手を組みながら──モニターを見上げた。

『宇宙連邦……?』

ベライの顔に警戒の色が浮かぶ。

「貴方達の同士が幾人か、サカリア惑星へ来ています。ご存知ですか?」

ブリッジ内は静まり返っている。

『知っている。それが何か?他の惑星への旅行ないし貿易は、規定違反ではないだろう?』
「はい。ですが彼等は、サカリア人達に寄生し、凶暴化させている。これは宇宙平和条約規定に違反しています」

無表情のままファイが切り返すと、ベライは黒々とした丸い目を見開き、グッと喉の奥を鳴らした。

「何故寄生する必要があるのです?お答え願いたい」

黙ったままのベライへと、ファイは見えない切っ先を突き付けた。するとベライは、少しお待ちを、と言って席を放れた。

「おいおい、まさか惑星ぐるみの寄生だとか言わないよな?」

キルトンが呟く。が、誰もそれに意見しない。再び静寂がブリッジを包み始めた時、ベライとは違うアングリュード人がモニターへと姿を現した。

『私はアングリュード惑星のリーダー、ブフムだ』

ベライよりも大きな体をしたブフムは、水掻きのついた手で敬礼して見せた。

「お話は聞いていらっしゃるでしょう。貴方から答えが聞けるのですか?」

変わらない態度でファイが言うと、ブフムは渋るように顎の辺りを撫でた。

『ファイ副艦長、とか仰ったかな?現在我々の住むアングリュード惑星は、大変な飢饉に見舞われている』

顎から手を放し、ブフムは椅子へ深くもたれた。

『そこで我々が打ち出した打開策として、他の惑星への移住を試みようと言う案だ』

赤い制服を着たブフムは、移住計画先をサカリアに決めたのは、その緑豊かな土地が気に入ったからだ、と言った。

「それで、そちらの外交士官に移住計画をサカリアに持ち掛けさせた、と言う訳ですね?」
『あぁ、そうだ。信頼している部下のバルサに、何人かつけてな。だが、貴方の話では、バルサがサカリア人達に寄生していると……?何かの間違いじゃないのかね?』

疑うように上下の瞼で目を細めたブフムは、ファイに証拠を求めている。仕方なく、ファイはキルトンを振り返った。

「船医長。どうやら彼は、我々の事を疑っておられるようだ」
「まさか、あれを持って来いって言ってるのか?」

キルトンは大きな目を見開いた。

「はい。お願いします」

そう言ってブフムに向き直ると、ファイは少々お待ちを、と言った。

「確か規定では、他の惑星人に寄生する事を禁ずる、とありましたね?」

寄生については古い文献に記載されているが、その能力をアングリュード人達が使用したのは、今から80年も前の事になる。現在も彼等はそれを使えるが、危険な能力の為、宇宙平和条約規定において寄生の使用を禁止されている。

『あぁ、知っている。使用した者は宇宙連邦評議会で審判され、しかるべき罪を与えられる……』

細めたままの目が潤み出し、ブフムは涙を零した。

「ファイ副艦長、お持ちしましたよ……!」

そう言ってストレッチャーを押して入室して来たキルトンは、ファイの真横にそれを停めた。

「ご苦労、船医長」

布で覆われているストレッチャーは、僅かに凹凸している。

「ブフムさん。これが貴方が疑われた証拠です」

そう言って布を取り払うと、傷を縫合されたサカリア人の男の腹の上に、30センチ程のアングリュード人が乗せられていた。

「キャア……!」

短い悲鳴を上げたホップスは、それを見るなり慌てて両手で顔を隠した。

『あぁ……馬鹿な……!彼は……彼はバルサではないか!』

ブフムは椅子から下りて画面へ近付くと、そう悲嘆の叫びを漏らした。




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