幻想序曲

たける

文字の大きさ
3 / 26
第一章

2.

しおりを挟む
今日の講義が全て終わり、帝は帰り支度をしていた。もう雨は止んでいる。

「帝、今日ミナミ寄って行けへん?」
「あー、兄貴がいつ帰ってくるかわからへんから、今日は、な、ごめん」

ひろ子は──帝の短大に来てからできた友達だ──
つまらなさそうな顔をした。それでも仕方がないなと言うように微笑んでから、帝の肩をポンと叩いた。

「そうか。んじゃええわ。気ぃつけてな」
「ん、ばいばい」

ひろ子は図書室に入って行った。彼女は読書が好きなのである。
帝はウォークマンのスイッチを入れ、イヤーホンを耳にした。頭の中に大好きな歌手の声が流れてくる。帝はホクホクしながら短大を出た。
赤茶のレンガ風で出来ている道、正門までは、少し距離がある。体育館の前を通り過ぎ、通路沿いに植えられている木々を見つめる。まだうっすら緑色をしていた。

「!」

何かが足首を掴んだ。帝はガクリと体勢を崩し、倒れ込んだ。


──何やのんな。


足首を見るが、何もない。首を傾げながらも立ち上がり、歩きだそうとする。が、再び倒れた。
今度は頭を強く打った。クラクラする、ジワジワと意識がなくなっていく。


──なんやの……?


薄れていく意識の中で、帝はもう一度足首を見た。
骨の手が、自分の足首を掴んでいた。

「君、大丈夫か?」

講師らしい男が駆け寄ってきた。もう帝は意識を失っている。徐々に人が集まってきた。

「大変だ、すいません、誰か彼女を車で病院に。あ、芝草しばくささん、車をお願いします」
男がそう言って、輪の中にいた芝草と呼ばれる若い男が車を取りに行った。

「しっかりしろ、もうすぐ病院に連れて行くから」

講師の岡野は、帝を抱え上げようとした。そんなに重くない。しかし上がらない。どうしてだ?岡野はまだ30半ばだ、それに力がない訳じゃない。しかし、いくら上げても帝の体は上がらない。
足が上がらないのだ。
車が来た。しかし、上げられないと乗せられない。岡野は芝草と一緒に上げみた。それでも、左足だけが上がらなかった。

「一体どうなってるんだ」

芝草が左足首を掴んでみた。だが、慌ててすぐにその手を離した。

「どうかしましたか?」
「彼女の足首に何かあるんです、見えませんけど」

半信半疑で岡野も帝の足首を掴んでみた。確かに、何かあるようだ。一体なんだ。暫く岡野はそれに触れていたが、やがて手ではないかということが分かった。手だとしたらおかしい。見えないし、それにどうやらその手は、コンクリートの下へと続いているようだ。

「どうですか?」

芝草が強張った声で尋ね、岡野は頷いた。とにかくこの手を離さなければ。
岡野はそれを掴み、思いっきり引っ張った。離れない。何度も引っ張ってみた。
無理だった。どうしようか。芝草を見た。その時、自分たちの回りを囲むようにして出来ている輪の中に、見た事のない男がいるのに気がついた。この学校の講師でもないし、関係者でもない。一体誰だろう。暫く見つめていると、その男がスッと前に出てきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...