35 / 86
第12章.吸収合併
1.
しおりを挟む──9時間前
都内某所の高級料亭。
座敷には、うちの会社の社長を始め、上役の面々がテーブルの片側に──私も含めて──座し、その向かいには、ライバル社──サンライズ──の、これまた上役達が、上手に拵えた営業用の笑みを浮かべて胡座をかいている。
まだ幾ばくか新しい畳の匂いは好ましいが、どこか空気が淀んでいるように感じられた。
「早朝からお集まりいただき、感謝いたします」
そう口火を切ったのは、うちの社長──棟方秀雄──で、それに答えるのが、相手の社長──近藤宏──だった。
「こちらこそ、召集ありがとうございます」
私は、と言うと、事務系部長と言う肩書きながら、昨夜に──社長直々に──参加するようにと、仰せつかったが、何の集まりか知らされておらず、困惑しながら端に座っている。
「例の件ですが、順調に進んでおります。そろそろマスコミにも情報開示してもよろしいかと……」
と、近藤氏。
「会見は……経費削減の為、やらんでもいいでしょう。代わりに、大々的にCMを流すのはどうでしょうか?」
と、棟方社長。
──例の件?情報開示?CM?
断片的な情報に、推理が覚束ない。
「それはいいですね。両者の有名どこで作成すれば、注目度もあるでしょう。そちらはやはり、世界柔道で返り咲いた、沢村朋樹でいきますか?」
──うん?朋樹?
チラと社長を耳遣ると、視線が合った。
「勿論。ですから、彼の父親……コーチも兼任している沢村を呼んでおります。で、そちらは?」
「うちは、鮫島優で行こうかと考えております」
「あぁ、あの男前ね。いいんじゃないですか?女性ファンも多いでしょう」
「えぇ、ダントツに……しかし、剣崎程ではありませんが」
皆が小さく笑う。食事も酒も進み、腹を探りあっているわりには──表面上は──和やかだ。
──だが、ここで彼の名を聞くとは……
シク、と、胸が痛んだ。
「突然引退されましたからね。私もファンだったんですが……いやぁ、実に惜しい!」
「ご所望でしたら、剣崎にしましょうか?現在彼は、営業としてやっておりますが、取引先からの評判も上々でして」
「いいのかい?でも、まぁ……まずは、是非お会いしたいですね」
社長の顔に、下卑た笑みが広がる。何か言ってやろうと腰を浮かせたが、常務が睨みを利かせてきたので止めた。
「構いませんよ。1度、双方顔合わせ、なんて、いかがですか?」
「うん、いいね。なぁ沢村、息子さん、調子はどうだい?」
突然話を振られ、思わず笑みを作る。
「お陰様で順調です。後は、グランドスラムで優勝すれば、オリンピック出場の内定が貰えるところまできています」
「そうか。じゃあ、CM撮影を入れても問題ないんだな?」
「あ、あの、社長……私、お話がよく理解出来てないのですが……」
説明を求めると、常務が教えてくれた。
「極秘情報なんだが、そろそろ情報開示されるようだし、君にも話しておくが……まだ口外しないでくれたまえ」
「はい……」
「この度弊社は、サンライズ株式会社に吸収合併される事になった。新工場も秘密裏にS県に建てられている。そこでPRの一環として、両社が抱えている柔道とラグビーの有名選手を起用し、CMを作る事になったんだ」
「きゅ……吸収合併、ですか?」
確かに、売上が伸び悩んでいると小耳に挟んだ事はあるが、そこまでとは……
「これは決定事項だし、それに伴い人員の整理も行う予定だ」
「む……難しい事は解りませんが、決定事項なら、それに従うまでです」
「そうか、ありがとう。で、顔合わせさせたいんだが、いつでも構わないか?」
「いや、えっと……グランドスラムが11月にあるので……」
「なら、終わるのを待つより、早い方がいいな。社長、いつにされますか?」
ふいと、常務が社長を振り返る。
「そうだな……近藤社長、いかがしますか?」
「うん。うちはいつでも構いませんが、来週中でどうでしょう?」
「はい。では、ご連絡お待ちしております」
再び、常務がこちらを振り返った。
「じゃあ、沢村、息子さんに伝えておいてくれ」
「はい、分かりました……」
そう返事をしたものの、きちんと話が出来るのだろうか?──澪君の件もあるし──と、一抹の不安が胸を暗くした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる