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第25章.変動
5.
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帰宅すると、朋樹が出迎えてくれた。
「お帰り。どこ行ってたの?」
何も知らない朋樹に──後ろ手で扉を閉めながら──抱きつく。そのまま我孫子監督の件を話すと、朋樹の体が強張ったのを感じた。
「う……嘘だ……?」
「俺もそう思いたかった……」
暫く2人で黙ったまま動けないでいると、俺の携帯が着信を告げた。康介さんからだ。
「はい、剣崎です」
『もう帰ったかい?』
そう言った声音は憔悴しているように聞こえる。
「ついさっき、帰宅しました。あの……会議はどうなりましたか?」
朋樹が携帯を指差してきたので、スピーカーモードに切り替えた。
「父さん、澪さんから聞いたよ」
『あぁ、朋樹……そうか、聞いたか……』
「どうなるの?」
『……私が監督になるんだ。詳しく話している時間はない。今から記者会見をしなくちゃだからね』
テレビ放送もあるよ、と言い、それじゃあ、と通話は切られた。
「澪さん、テレビつけよう」
「うん」
急いでリビングに入り、テレビを付ける。画面ではニュースキャスターが、我孫子監督の事故を報道していた。
「父さんが監督に……」
「我孫子監督も、そう願ってたよ」
そっと肩を抱くと、緊急記者会見に切り替わり、緊張の面持ちをした康介さんや、柔道連盟の人達が映される。フラッシュが瞬き、一同は深く会釈してから着席した。
「えー……この度はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
真ん中に座る、年配の男性がマイクを持ち、頭を下げる。再びフラッシュが瞬き、一瞬の静寂があった。
「皆様ももうお知りだと思いますが、柔道日本代表監督の我孫子弘之が今日、事故に遭い……」
詳細が語られる事はないが、現在昏睡状態にある事、回復しても、監督として責務を果たせない事が告げられる。すると場内に、細波のようなざわめきが起こった。
「つきましては、新たな監督に、沢村康介氏を指名いたします事を、この場をお借りして報告させていただきます」
フラッシュが、一斉に康介さんに──眩しそうに目を細めている──向けられる。
「只今ご紹介いただきました、沢村康介です」
座ったまま一礼し、マイクに低い声が響いた。俺と朋樹は固唾を飲み、その声に耳を傾ける。
「このような形での就任は本意ではありませんが、彼に代わり、精一杯務めさせていただきます」
再びフラッシュが康介を照らし、その光が止んでから、改めて康介さんが口を開いた。
「監督として我孫子弘之の意思を引き継ぎ、全階級でのメダル獲得を目標に、邁進して参ります」
これで終わりです、と言わんばかりに、康介さんが一礼する。記者達は、質疑応答は、と尋ねたが──どうやらしないらしい──連盟の面々が立ち上がった。
「全階級でのメダル獲得……」
隣で朋樹が、ポツリと呟く。
──随分と高い目標だ……
かつて柔道大国と言われていた日本だが、近年は全階級でのメダル獲得はない。特に重量級は、メダル圏内にも入れないでいた。
「どう?朋樹的に、獲れそう?」
「うーん……どうかな。来週には、60キロ級の最終選考大会もあるし、来月には合宿だし……」
獲れる、と明言しない朋樹に、それ程難しい事なんだと、改めて思い知る。
男女共に7階級で、合わせると14個ものメダルを狙う事になるのだ。
「合宿って、やっぱりキツイ?」
ラグビー日本代表の合宿も、相当キツかった。毎日のように嘔吐し、憔悴し、食欲も減退していく。だけど食べなければ体力も持たないし、筋力だって衰える。まさに地獄のような日々だった。
「そうだね。でも、やらなきゃ……」
決意に燃える瞳を見つめながら、心からメダル獲得を願った。
「お帰り。どこ行ってたの?」
何も知らない朋樹に──後ろ手で扉を閉めながら──抱きつく。そのまま我孫子監督の件を話すと、朋樹の体が強張ったのを感じた。
「う……嘘だ……?」
「俺もそう思いたかった……」
暫く2人で黙ったまま動けないでいると、俺の携帯が着信を告げた。康介さんからだ。
「はい、剣崎です」
『もう帰ったかい?』
そう言った声音は憔悴しているように聞こえる。
「ついさっき、帰宅しました。あの……会議はどうなりましたか?」
朋樹が携帯を指差してきたので、スピーカーモードに切り替えた。
「父さん、澪さんから聞いたよ」
『あぁ、朋樹……そうか、聞いたか……』
「どうなるの?」
『……私が監督になるんだ。詳しく話している時間はない。今から記者会見をしなくちゃだからね』
テレビ放送もあるよ、と言い、それじゃあ、と通話は切られた。
「澪さん、テレビつけよう」
「うん」
急いでリビングに入り、テレビを付ける。画面ではニュースキャスターが、我孫子監督の事故を報道していた。
「父さんが監督に……」
「我孫子監督も、そう願ってたよ」
そっと肩を抱くと、緊急記者会見に切り替わり、緊張の面持ちをした康介さんや、柔道連盟の人達が映される。フラッシュが瞬き、一同は深く会釈してから着席した。
「えー……この度はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
真ん中に座る、年配の男性がマイクを持ち、頭を下げる。再びフラッシュが瞬き、一瞬の静寂があった。
「皆様ももうお知りだと思いますが、柔道日本代表監督の我孫子弘之が今日、事故に遭い……」
詳細が語られる事はないが、現在昏睡状態にある事、回復しても、監督として責務を果たせない事が告げられる。すると場内に、細波のようなざわめきが起こった。
「つきましては、新たな監督に、沢村康介氏を指名いたします事を、この場をお借りして報告させていただきます」
フラッシュが、一斉に康介さんに──眩しそうに目を細めている──向けられる。
「只今ご紹介いただきました、沢村康介です」
座ったまま一礼し、マイクに低い声が響いた。俺と朋樹は固唾を飲み、その声に耳を傾ける。
「このような形での就任は本意ではありませんが、彼に代わり、精一杯務めさせていただきます」
再びフラッシュが康介を照らし、その光が止んでから、改めて康介さんが口を開いた。
「監督として我孫子弘之の意思を引き継ぎ、全階級でのメダル獲得を目標に、邁進して参ります」
これで終わりです、と言わんばかりに、康介さんが一礼する。記者達は、質疑応答は、と尋ねたが──どうやらしないらしい──連盟の面々が立ち上がった。
「全階級でのメダル獲得……」
隣で朋樹が、ポツリと呟く。
──随分と高い目標だ……
かつて柔道大国と言われていた日本だが、近年は全階級でのメダル獲得はない。特に重量級は、メダル圏内にも入れないでいた。
「どう?朋樹的に、獲れそう?」
「うーん……どうかな。来週には、60キロ級の最終選考大会もあるし、来月には合宿だし……」
獲れる、と明言しない朋樹に、それ程難しい事なんだと、改めて思い知る。
男女共に7階級で、合わせると14個ものメダルを狙う事になるのだ。
「合宿って、やっぱりキツイ?」
ラグビー日本代表の合宿も、相当キツかった。毎日のように嘔吐し、憔悴し、食欲も減退していく。だけど食べなければ体力も持たないし、筋力だって衰える。まさに地獄のような日々だった。
「そうだね。でも、やらなきゃ……」
決意に燃える瞳を見つめながら、心からメダル獲得を願った。
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