職業、死神

たける

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4.ジムの夢

1.

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その夜、俺はジムの夢枕に立った。死神としての職務を遂行する為だ。

狭い家にベッドは1つしかなく、ジムは俺に一緒に入るよう言った。だが死神に、そのような休息はいらない。勿論、食べる必要もない。それは生命ある生き物が、生きる為に行う事であって、生も死もない存在の死神には、無用の行為だ。

ジムが1人ベッドに入ると、俺はその傍らに座った。そして淡いブルーの瞳が瞼に遮られるのを見てから、そっとジムの頭に触れた。

ジムの夢の中へ入り込むと、そこは自然に満ち溢れていた。そこここに群生している木々や花々は、ジムが触れて必死に想像した産物だろう。忠実とまではいかないが、かなり正確に表されている。
だがやはり、そのどれにも色はなかった。

「ジム。お前の夢を叶えにきたぞ」

姿の見えないジムに、俺はそう声をかけた。すると、透明な花畑の中から、ジムがひょっこりと顔を覗かせた。

「ミスター。僕には叶えて欲しい夢なんか、ありませんよ」
「夢がない事はないだろう。何でもいいんだ。目が見えるようになりたいだとか、顔のただれを無くしたいだとか」

俺は、恐らくジムが、心の底では願っているであろう夢を口にした。だがジムは微笑しながら首を振った。

「見えなくても、特に困ってる事はありませんし、顔のただれは、自分自身への戒めだと思っているので、必要ありません」
「戒めとは、どう言う意味だ」

そう尋ねると、ジムは花畑の向こう側を指差した。その方向には、いつの間にか湖が広がり、その湖畔に小さな丸太小屋があった。
小屋の前では、俺に似た──と言うよりむしろ、俺の姿を想像する為の元となったと言うべきだろう──男が、斧で薪を割っていた。ジムの父親だ。
暫く見守っていると、やがて辺りの景色は闇に包まれた。星のない夜が訪れ、フクロウの鳴き声が響く。

「10年前の冬、僕は両親と一緒に、湖畔へ遊びに来ていました」

闇の中で、ジムの声がフクロウに混じって聞こえた。

「そこで僕は、夜中に寒さで目が覚め、手探りで暖炉に火を入れてしまったんです」

そうジムが言った途端、熱風が丸太小屋を包んだ。小屋の中から、悲鳴に混じって、逃げろ、と怒鳴る男の声もする。だが小屋は──砂で作った城が、波に飲まれ消えるかのように──あっと言う間に崩れてしまった。

小屋の残骸の前に、1人の少年が──当時8歳のジムだ──立ち尽くしている。右半身に酷い火傷を負っていたが、痛みを感じていないのか、父さん、母さん、と、ずっと泣きながら呼んでいた。

「僕のせいで、両親は死んでしまったんです。この火傷は、その事を忘れない為に、残しておかなければならないんです」

やがて少年は、歩き出した。両親の死を受け入れたのだろう。その顔は、悲しみと後悔で歪んでいる。

「誤って2人の尊い命を奪ってしまった僕が、何を望めるでしょう……」

ジム少年が行き着いたのは、この集落だった。そこの人間達は誰1人として、ジムを医者に診せられなかった──彼等は貧しく、また、ジムが拒んだからだ──そして傷跡は、酷いただれとなって残った。

「きっと、父さんと母さんは、僕を恨んでます。火事を起こした僕だけが生き残り、その上、夢まで叶えてもらうなんて……絶対に許さない筈です」

集落が消え、再び花畑が戻ってきた。ジムは、その中心で項垂れている。俺は、そんなジムに歩み寄った。
何と言えばいいか分からなかったが、何をしてやればいいか、は思い付いた。

「それなら、直接本人に聞いてみたらいい。俺がお前の両親を探して、連れてきてやる」

何処にいるのか分からないが、担当した奴を探して聞いてみよう。だが、そいつも多分知らないだろう。

今まで大勢の人間を担当してきて、俺はある答えを導き出していた。それは、親子と言う関係は、互いの犯したどんな罪さえ、許す、と言うものだ。
極論かも知れないが、俺はそう言った親子を何組も見てきた。
夢の中で、親が子に、子が親に最期の言葉を伝える場面がいくつかあり、罪を犯した方は、泣いて残された者に許しを請う。
大抵の場合は、許される。
特に親は、子供を残して行く事だけが、心残りらしい。

きっとジムの両親も、あれは事故だったと、息子の罪を庇うだろう。

「そんな事が出来るんですか」
「成功例はないが、やってみてもいい。どうせ暇だしな」

話し相手になってやる、と約束したが、やはり俺にはジムの話す内容の半分も、共感出来なかったのだ。また明日も、そんな分からない話を聞かされるよりか、宛もなく人探しをしていた方がマシだ。

「お前も、会いたいだろう」

会える確率は、皆無に等しい。だが、これをきっかけに、他の夢を叶えられたら、と思う。
1番好きな仕事を、そんな理由で出来ないのは嫌だ。

「お願いします……」

その夜、俺は、我慢してジムの懺悔を聞き続けた。




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