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8.パニーニ司教
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朝方、ジムが目を覚ました。俺は壁から離れると、固くなった筋肉をほぐす為に、屈伸をしていた。そこへ、見張りの男がもう1人現れた。
「おいお前。パニーニ司教様がお前と話しがしたいとおっしゃられている」
男は檻を開くと、会うとも答えていない俺を、無理矢理連れ出した。仕方なく、男について行く。
「一体何の話しがあるんだ」
「知らねぇよ。俺も、連れて来いって言われただけだ」
昨日も訪れた建物──見張りの男に聞いたところ、司教が寝起きする司教館と言うらしい──に入り、昨日と同じ部屋に通された。
パニーニは相変わらず窓際に立っていて、外の景色を眺めている。
「パニーニ司教様、連れて参りました」
「うむ……2人きりで話しがしたい。席を外してくれ」
「はい。私は部屋の外におりますので、何かあったらお呼び下さい」
そう言って、見張りの男は仰々しく頭を下げて出て行った。
俺はパニーニを見つめ、一体何を話すつもりなのだろうと考えていた。
「君が担当しているのは、あのジェームズ・カルレオだな」
「あぁ」
「彼は今夜死ぬ……と言う事は、君は今夜、あちらに戻る、と言う事だ」
「あぁ」
恐らくパニーニは、俺に自分の存在を黙っているようにと、頼むつもりなのだ。だがそんな事は、無駄だ。それはパニーニもよく知っている筈だ。
「私の事を、勿論、知らせるつもりなのだろう」
「当然だ。そうしなければならないし、そうしたら、お前には確実な死が待っている」
「何も、止めやしない。だがお前に、聞きたい事がある」
そう言ったパニーニは、漸く窓から視線をこちらに向けた。
「何を聞きたいんだ」
「死神の、確実な死とは、何だと思うかね」
そんなもの、俺が知っている筈がない。それに、俺だけではない。どの死神も、それについては全く知らないのだ。
「知らないし、知ろうとも思わない」
「私は……」
パニーニは、まるで俺の返答が聞こえていないかのように、顔を背けて言った。
「以前まで、私も君のような死神だった。だが……随分前の事になるが、私が担当した男に影響を受けたのだ」
それから長い間、パニーニの独白が続いた。俺としては、何故そんな事を聞かされなければならないのか、少しも理解出来なかったが。
要約すればこうだ。
パニーニは、以前担当した本物のパニーニ司教が死んでから、ずっと彼に成り済まして生活しているのだと言う。
そもそも、何故成り済まそうとしたのか。
それは、神の使いを見たかららしい。俺には俄に信じ難い話しだが、そう語るパニーニの顔は真剣そのものだった。
神の使いは、部屋でひっそりと息を引き取った──司教は癌だったらしい──パニーニを、暫く見つめていた時、神々しい光に包まれて現れたのだと言う。
それまで司教としての、数々の職務を見てきたパニーニは、その姿に圧倒され、涙を流した。その時、神は人間だけの主ではない。あらゆるものの主なのだ。
そう感じたらしい。
だが、神はパニーニに何も伝えはしなかった。ただ優しく司教の魂を導くと、消えて行ったと言う。
その──人間の言葉で言い表すところの──奇跡を見たパニーニは、死神としてではなく、人間として死にたいと思ったのだそうだ。
他に、司教の職務について、あれこれと説明していたが、俺には全く興味のない話しだ。
ようするにパニーニは、死神の確実な死は、神の迎えもなく、風にその存在を霧散する事ではないか、と言う。
「どうだっていい。だがな、お前は人間に成り済ましていたとしても、死神なんだ。そんな人間と同じ様な死は、迎えられない」
そう言ってやると、パニーニは首を振りながら、小さな吐息を漏らした。
「神は、あらゆるものをお造りになられた。その中に、死神もあるのだ。言うなれば、君達も神の子と言う事になる。神は、自らの子を、決して粗末に扱いはしないだろう」
「信じる者は救われるってやつか。お前は、人間に深く関わりすぎたんだ。ルールを破ったんだよ。きっと罰がくだる」
「それは、最期の時を迎えるまでは分からん事だ」
「お前の最期は近いぞ、パニーニ。俺が戻ったら、すぐに罰がくだるさ」
強がるように鼻を鳴らしたパニーニは、部屋の外にいる男を呼びつけると、俺を地下牢に戻すよう命令した。
「おいお前。パニーニ司教様がお前と話しがしたいとおっしゃられている」
男は檻を開くと、会うとも答えていない俺を、無理矢理連れ出した。仕方なく、男について行く。
「一体何の話しがあるんだ」
「知らねぇよ。俺も、連れて来いって言われただけだ」
昨日も訪れた建物──見張りの男に聞いたところ、司教が寝起きする司教館と言うらしい──に入り、昨日と同じ部屋に通された。
パニーニは相変わらず窓際に立っていて、外の景色を眺めている。
「パニーニ司教様、連れて参りました」
「うむ……2人きりで話しがしたい。席を外してくれ」
「はい。私は部屋の外におりますので、何かあったらお呼び下さい」
そう言って、見張りの男は仰々しく頭を下げて出て行った。
俺はパニーニを見つめ、一体何を話すつもりなのだろうと考えていた。
「君が担当しているのは、あのジェームズ・カルレオだな」
「あぁ」
「彼は今夜死ぬ……と言う事は、君は今夜、あちらに戻る、と言う事だ」
「あぁ」
恐らくパニーニは、俺に自分の存在を黙っているようにと、頼むつもりなのだ。だがそんな事は、無駄だ。それはパニーニもよく知っている筈だ。
「私の事を、勿論、知らせるつもりなのだろう」
「当然だ。そうしなければならないし、そうしたら、お前には確実な死が待っている」
「何も、止めやしない。だがお前に、聞きたい事がある」
そう言ったパニーニは、漸く窓から視線をこちらに向けた。
「何を聞きたいんだ」
「死神の、確実な死とは、何だと思うかね」
そんなもの、俺が知っている筈がない。それに、俺だけではない。どの死神も、それについては全く知らないのだ。
「知らないし、知ろうとも思わない」
「私は……」
パニーニは、まるで俺の返答が聞こえていないかのように、顔を背けて言った。
「以前まで、私も君のような死神だった。だが……随分前の事になるが、私が担当した男に影響を受けたのだ」
それから長い間、パニーニの独白が続いた。俺としては、何故そんな事を聞かされなければならないのか、少しも理解出来なかったが。
要約すればこうだ。
パニーニは、以前担当した本物のパニーニ司教が死んでから、ずっと彼に成り済まして生活しているのだと言う。
そもそも、何故成り済まそうとしたのか。
それは、神の使いを見たかららしい。俺には俄に信じ難い話しだが、そう語るパニーニの顔は真剣そのものだった。
神の使いは、部屋でひっそりと息を引き取った──司教は癌だったらしい──パニーニを、暫く見つめていた時、神々しい光に包まれて現れたのだと言う。
それまで司教としての、数々の職務を見てきたパニーニは、その姿に圧倒され、涙を流した。その時、神は人間だけの主ではない。あらゆるものの主なのだ。
そう感じたらしい。
だが、神はパニーニに何も伝えはしなかった。ただ優しく司教の魂を導くと、消えて行ったと言う。
その──人間の言葉で言い表すところの──奇跡を見たパニーニは、死神としてではなく、人間として死にたいと思ったのだそうだ。
他に、司教の職務について、あれこれと説明していたが、俺には全く興味のない話しだ。
ようするにパニーニは、死神の確実な死は、神の迎えもなく、風にその存在を霧散する事ではないか、と言う。
「どうだっていい。だがな、お前は人間に成り済ましていたとしても、死神なんだ。そんな人間と同じ様な死は、迎えられない」
そう言ってやると、パニーニは首を振りながら、小さな吐息を漏らした。
「神は、あらゆるものをお造りになられた。その中に、死神もあるのだ。言うなれば、君達も神の子と言う事になる。神は、自らの子を、決して粗末に扱いはしないだろう」
「信じる者は救われるってやつか。お前は、人間に深く関わりすぎたんだ。ルールを破ったんだよ。きっと罰がくだる」
「それは、最期の時を迎えるまでは分からん事だ」
「お前の最期は近いぞ、パニーニ。俺が戻ったら、すぐに罰がくだるさ」
強がるように鼻を鳴らしたパニーニは、部屋の外にいる男を呼びつけると、俺を地下牢に戻すよう命令した。
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