職業、死神

たける

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7.父と母と子

3.

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どのぐらい3人は、そうしていただろうか。夢の中に時間の概念はなく、俺には途方もなく長く感じられた。
漸く互いの体を僅かに離したカルレオ家族は、水を手の甲で拭った。

「父さん、母さん、ごめんなさい!僕が…暖炉に火を入れようとしなかったら、父さんと母さんは死なずにすんだのに……!」

出会ってから初めて、ジムは強い思いを口にした。それは夢の中にも影響を与え、小屋が燃え始める。

「そんな事、いいのよ。貴方が生きていてくれさえしたら!」
「父さんも母さんも、怒ったり恨んだりしていない」
「でも……でも……」
「ジェームズ……貴方こそ、私達がいなくて辛い思いをしたでしょう?悪いのは母さんよ。寒くなるのに、火を入れて眠らなかったから……」
「いや、私が悪いんだ。君は疲れていたんだし、私がちゃんと暖かくしてから眠ればよかったんだ」

俺からしてみれば、罪の奪い合いのようにしか見えない。自分が悪い、自分が悪いと訴えあったところで、誰の命も再生しないと言うのに。
人間と言うものは、こうした無駄な事を議論しあうのが、ほとほと好きらしい。

「とにかく……ずっとお前に会いたかったんだ」

トーマス・カルレオが、無意味な会話に漸く終止符を打つ。

「あの人が、私達を貴方に会わせて下さったの。でもジェームズ……貴方の命はあと2日だって聞いたわ。一体どうして?」

チラとこちらを見遣るエリー・カルレオは、死の原因を聞きたそうにしている。俺はカルレオ家族に歩み寄ると、黙ったままのジムを見下ろした。
どうやら、自分の口からは説明したくないらしい。

「正確には、明日死ぬ」
「どうしてです?ジムは牢屋に入れられているようですが、この子は悪い事など、出来やしないのに!」

そう声を荒げたトーマス・カルレオは、息子の頭を抱いた。母親は、ジムの手を握っている。

「同性と交わる、と言う重罪を犯し、明日の20時に処刑されるんだ」
「同性と交わる?」
「一体誰と……」

夫婦の言葉が重なった途端、小屋の前に小太りのあの男が現れた。だが、顔は靄がかかったように不鮮明で、体型しかハッキリしていない。
その男が、カルレオ夫婦が見ている前を横切る。いつしか丸太小屋は、ジムのあの狭い家に変わっていて、その中へ入って行った。

「あの男だ。ジムが犯させたらしい」

聞いた話をそのまま教えてやると、ジムは首を強く振った。

「違うんです!それは……そうだって言わされたんです」

ジムの説明によると、先にパニーニ司教に会った男は、罪から逃れたいが為に、責任の一切をジムに押し付けたのだ。
そもそも男は、水回りの修理を行う仕事をしているらしく、前日に──俺がジムと接触する前に──ジムの家を訪れた。
男は、道具が足りないから、明日またくる、と言ったらしく、それで再びジムの家を訪れ、事におよんだのだ。
ジムは、一切誘ってない、と訴えたが、暴力があまりにも激しく、認めさせられたのだ。
なる程、それで戻ってきた時、目の回りに痣が出来ていたのかと、1人納得する。だがカルレオ夫婦は、ちっとも納得していなかった。

「それは冤罪じゃないか!どうして認めたりしたんだ?お前はちっとも悪くないのに!」

トーマス・カルレオは、まるで地面が憎いとでも言うように、足を踏み鳴らした。

「もう、楽になりたかったんだよ。1人きりは疲れたし、それに、父さんや母さんに、早く会いたかったんだ!」

そう声を張り上げた息子に、夫婦は何も言わなかった。だから代わりに、俺が現実を告げてやる。

「死んだからと言って、親に会えるかどうかは分からない」

よく人間は、自分も死ねば、先に死んだ者に会えると言った希望を口にする。だが俺は、そう公言して出会えた者を見た事がない。
まぁ、死んだ先にどのような世界が待っているのかは、死んだ者にしか分からない事ではあるが。

「きっと会えるわ。神様は、私達の行いや祈りを、必ず聞いて下さっているもの」

何を根拠に、と聞き返してやりたかったが、人間にはこのような格言があるのを思い出す。

信じる者は救われる。

何から救われるのか、誰が言い出したのかは知らないが、それでいいなら俺がこれ以上、口出しする訳にもいくまい。

「きっと会えるさ。私も、毎日祈っていたんだ。それに、一緒に天の国へ行こうと、母さんとお前を待っていたんだ」
「そうよ。私達は、あの小屋の前で、いつまでもジェームズが来るのを待っているわ」




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