職業、死神

たける

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6.罪

3.

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見知らぬ男が20分程で戻り、次いでジムが連れて行かれた。俺は窓を見上げていたが、やがてカラスが夫婦を連れて戻ってきた。
カルレオ夫婦は、石壁をすり抜けて、俺の房に入ってきた。

「約束通り、連れてきてやったぞ。肉を喰わせろ」
「あぁ。喰ってくれ」

そう言うと、カラスも房へ入ってきて、俺の体をあちこち啄み始めた。俺は夫婦を見遣りながら、ここで暫く待つようにと伝える。

「分かりました」

最初に言った時と、同じ返事をした夫婦は、並んで石壁を背にして立った。依然カラスは俺の仮の体を啄んでいる。

また20分程して、ジムが戻ってきた。連れて行かれた時とは違い、左目の回りに痣を作っている。
見張りの男がジムを牢屋に押し込めている間に、カラス達は食事を終えて飛び去った。俺の腹から、臓器がはみ出していた。それを中に仕舞っていると、見張りの男がやって来た。

「最後はお前だ……っておい!怪我をしてるじゃねぇか!」
「大事ない」

立ち上がると、どす黒い血が滴り落ちた。痛みはないが、せっかくの体が傷んでしまったのを残念に思う。

「本当に大丈夫なのか?それ、自分でやったのか?」

俺を牢屋から出るよう促しながら、見張りの顔色は真っ青だ。

「それより、早く行こう」

あまり出血が酷いと、体が動かなくなってしまう。俺は見張りを急かし、地下牢を出た。
木製の扉を抜けると、緩やかな螺旋を描く階段があり、所々に蝋燭の灯った燭台がある。それ以外に灯りのない階段は薄暗くて、全部で100段あった。
階段を上りきるとまた木製の扉があり、そこから出ると広々とした空間が広がっていた。

「こっちだ」

頭上の遥か遠くにある天井は、石の柱が交差している。また前方には、色とりどりのガラスで描かれた窓があり、射し込む光が床に鮮やかな模様を映し出していた。
それらの景色をチラと横目に見ながら、再び別の扉を──この扉には、正面入口にあったような、彫刻が施されている──抜けると、小さな庭園があった。その向こうには、大聖堂よりこじんまりとした、2階までしかない建物がある。そこへ、見張りの男は俺を連れて入った。

「パニーニ司教様、こいつで最後です」

この建物も、やはり全体的に暗い。灯りは蝋燭の炎と、窓からの光しかない。そんな窓際に、針金のようなパニーニが立っていた。

「そこに座らせろ」

部屋の中央に、古びた椅子がある。そこへ座らされた俺は、陽光を受けて輝く、パニーニの白髪を見つめた。

「怪我をしておるようだが……お前が彼に危害を加えたのかね」
「いいえ!違います。私が牢に入った時にはもう、怪我をしていました。どうやら、自分でやったらしいです」

パニーニの目が俺を見据え、訝るように首を傾げた。

「罪を認めておるのか」
「あぁ。俺が悪かった」

面倒だからそう答えると、パニーニは部屋の隅に置かれた机に向かい、何かを記した。

「彼も、ジェームズ・カルレオ同様、死罪に処する。刑の執行は明日の20時に行う。それまで、自身の犯した罪を神に告白し、許しを請うといい」

朗々とした口調で、パニーニが告げる。俺は、自分がどのようなルールを破ったのか知りたくて、パニーニに尋ねた。

「俺の、その罪とやらは何なんだ」
「それも分からぬのに、罪を認めたのかね……愚かな男よ。お前は、カルレオと同罪だ」
「勿体ぶらずに教えろ」

人間は、実に遠回しな表現を好む。どうして率直に言えないのか、時々不思議に思えてならない。

「この町では、同性との交わりは重罪……つまり死罪に値するのだ」

そう言ったパニーニの瞳を、俺は知っていた。初めてその姿を見た時から、感じていたのだ。

「お前も俺と同じか」

じっと、緑色の瞳を見つめる。よく見ると、その奥には空虚が広がっていた。

「口を慎め!司教様がお前と同じの訳ないだろう!」

見張りの男は疑いもしていないようだ。
仕方がない。人間に俺達の正体を見破る事は出来ない。

「俺を殺せないのは、お前がよく知っている筈だ。なのに、何故処刑なんてするんだ」

いつだったろう。聞いた事がある。
人間に深入りしすぎた死神が、人間になりすましていると言う噂を。それがどのぐらいの数かは知らないが、このパニーニ司教は、それなのだ。

「お前に理由を述べるつもりはない。早く連れて行きたまえ」

パニーニはデスクに座り、俺は見張りの男に連れられ、部屋を後にした。

人間には、破ってはいけないルールがあるように、死神にもそれはある。例えば、深入りしない事もその1つであり、人間になりすます事もそうだ。
パニーニは、その2つを破っている。この事を、俺が戻ってから他の死神達に知らせれば、パニーニは完全なる死を迎える事になるだろう。

だが、死神の完全なる死とは何なのか。

俺には分からない。
関係もないし、興味もない。パニーニがどうなろうと知った事ではないが、罪は償わなければならない。
それは、人間であろうが、死神であろうが関係なく、そうすべき事なのだ。
だから俺は、仕事を終えて向こうに戻ったら、パニーニの事を他の奴等に話すつもりだ。




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