少女と二千年の悪魔

大天使ミコエル

文字の大きさ
72 / 87
第四章

狼の声 1

しおりを挟む
 エルリックのそばにいた。
 いつものように、床で眠っていた。起き上がって、じっとエルリックを見た。
 眠っている。息をしている。手も暖かいのに。
 ずっと見ていると、鐘の音が鳴り響く。
 ひざまずいて手を握る。いつまでも、開くことのない目。すがりつくように覗き込んだ。
「エルリック」
 皆を守ろうとして、魔女の呪いを受けてしまった人。
「こんなことになってしまって。私しかいないから。私、あなたを起こすために、頑張る、から」
 窓の外は、曇り空だ。雲がいっぱいの夜空。
「…………」
 言ってしまってから違和感に気づく。
 違う。こんな感情で起きて欲しいんじゃない。責任感なんかじゃ、ない。
 私は、エルリックが好きだから。
「だ……」
 “だいすき”と言いかけて、喉が詰まる。どうして。
 こんなのおかしい。私は、エルリックと一緒にいたくて。そばにいて欲しくて。だから起こそうってあんなに必死だったはずなのに。
 もちろん、起きて欲しい気持ちは変わったりしない。だって、大事な人だもの。幼なじみで、仲良しで、いつも優しくて、私と結婚しようと言ってくれた人。
 今度は私が助けたい。
 それなのに。あの気持ちはどこに行ってしまったんだろう。
 エルリックの顔を見る。長い睫毛がランプの明かりに照らされてキラキラと揺れている。まるで妖精のような、とても綺麗な人。
 それなのに。
 手を強く握っていると、ふと、気持ちが離れかけているような気がした。
「こんなの、だめ」
 立ち上がって、エルリックを見下ろした。
「エルリック」
 泣きそうになる。
「行ってくるね」
 青い花を、探さなくては。
 ランタンをぶら下げると、マリィは屋敷を出て行った。
 夜の街を行く。
 この街から、出るのはどうだろう。このままだと狼に襲われてしまうだろうけれど、もし、鎧を着ていたとしたら?この街には兵士がいないので、そんなもの何処にでもあるわけではないけれど。
 商店街を見回す。
 お店に売っているようなものではない……。けれど、街の反対側の工房はどうだろう。
 マリィは街を抜け、草むらまでやって来た。工房は街の中心地からは離れたところにあり、まわりは草むらになっている。マリィの腰あたりまでもある草をかき分けながら、進んだ。この辺りも花を探しに何度か足を運んでいたが、花らしきものはなく、ただ、尖った草が生い茂るばかりだ。
 ブーツに泥をつけながら歩くと、次第に小さな小屋、と呼ぶのがよさそうな鍛治工房が姿を現した。
 扉の部分にあった鎖は外れており、扉を引けば簡単に開く。
 中は、職人さんが作業する工房のみで、大きな窯が場所を占めていた。壁にはたくさんの物が隙間なく飾られている。農具もあれば、剣や槍など思った以上に武器も置いてあった。その中でも目立つ場所に置いてある、甲冑。
 甲冑に触れる。これを、着ることができれば。
 けれど、どう見ても大人の男の人に合わせて作られたものだ。
「お、重……い……」
 そして、思ったよりも重いことに気がついた。魔力が宿っていないタイプなのだろうか。色々試してみた末、籠手と手袋、胸当てに兜が精一杯だ。胸当てでなんとか膝までは隠れるけれど、……これでどうにかなるだろうか。
 ナイフの中からも1本だけ持ちやすそうなものを選んで貸してもらった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...