1 / 28
プロローグ~海の音
しおりを挟む
夢には音がある。
ゆらゆら揺らめく青い視界の先には白い光が揺れるカーテンのように俺を包み込む。
そっと息を吐いてみる。
ポコポコ…ポコボコボコ…
自分の息の音が聞こえる。
他は何も聞こえない。
息の音で余計に周りが静かに感じる。
頭のてっぺんから足の先まで、暖かい光に包まれながら、俺は「またこの夢か…」と呟く。
その呟きさえ、銀の泡になって頭上へと上がっていき、光の中へと消えていった。
*****
眩しい日差しが照りつける中、健康的な小麦色に日焼けした肌がパチパチと音をたてて焦げ付くような感覚に海人は目を覚ました。
船の舳先で昼寝をしていた海人は、あまりの眩しさに顔をしかめる。
蛍光グリーンの世界から次第に戻ってくると、6月とは思えない晴れ渡った空に穏やかな入り江が広がる。
風も波もほとんどない入り江にひっそりと浮かぶマリン2号(…というと聞こえがいいが、漁船を改良したもの)の舳先に座った海人は足をぶらぶらさせながら大きく延びをした。
人の気配がしたので振り返ると、弟の潮音が桟橋を降りてくるところだった。
「またこんなとこでサボっとるし! お客さん来てはるからはよ事務所来てや!」
潮音はいつものことなので本気で怒っているわけではないが、怖い顔を作ってみる。無駄だとわかっているけれど。
海人はそんな潮音にニッと笑うと親指をたてた。
「やっぱこたえへんわぁ…」潮音は胸の内でため息をつくが、やはりいつものことと諦めて、「はよいくで!」とだけ言って海人に背を向け歩き始めた。
海人もゆっくりとそれにしたがった。
本州最南端のこの町で、海人も潮音も生まれた。
父が遺したダイビングセンター「DEEP BLUE」。ここで、平日は海人と潮音。土・日は長男の洋平も加えた3人で、スキューバダイビングのガイドとダイバーのサポートをする小さな店をやっている。
小さな店と言ってもタンクの空気詰めから朝食や昼食の手配、船でダイバーを送迎したり、小さいが宿泊施設もあり、ダイバーにはありがたい施設が揃っている。
男女のシャワールームやウェットスーツや機材を干す物干場もあり、小さいがこの店に愛着があるダイバーは多い。これも父の人徳だろうか。
土・日にはライセンス取得の講習など行い、後世の育成にも積極的だ。
DEEP BLUEがあるのは、本州最南端の小さな海沿いの町。またここは、日本最北端の珊瑚群集が見られる海としてダイバーの間では有名な町だ。近隣の県だけではなく、関東、九州、沖縄、場合によっては海外からもダイバーたちがやってくる。
ウリはなんと言っても珊瑚群衆とそこに住み着いたウミガメ。さらには珊瑚に群がる多数の熱帯魚たちだ。
南の海から黒潮に乗ってやってきたそれらの熱帯魚たちは、「死滅回遊魚」と呼ばれる。元来なら彼らは冬の寒さに耐えられずに死んでしまうのだが、最近は温暖化の影響からか死滅回遊魚が年中見られるようになってきた。
確かに海人がダイビングを始めたときに冬に見ることができなかったソラスズメダイやミツボシクロスズメダイ、クマノミなどは、今では真冬の海でも見ることができる。
ダイバーとしては複雑な気持ちだ。
DEEP BLUEから少し歩くと、真っ白な砂浜もあり、夏場は海水浴客で賑わう。
船で湾の外に出るとそこはもう太平洋。
夏限定で「ブルーウォーターダイブ」と言って中層(海の真ん中の深さ)をただただ黒潮に流されるというスタイルのダイビングも開催している。何もない360度真っ青な海を黒潮に乗って流されていると、ごくごくたまに大物に出会えることもある。去年の夏、海人はマンタ(オニイトマキエイ)という大きなエイを見た。夏はブルーウォーターと海水浴客で海人たちの忙しさはピークになる。
そうでなくても新幹線の駅から特急電車で3時間、駅から徒歩でも10分強という立地から、週末はほとんどのシーズンがダイバーたちで大賑わいだ。
まだ繁忙期には少し早い今、しかも今日は木曜日。のんびりした午後だ。
今日の客は、ダイビングで知り合ったという新婚のカップルと、40代後半のマダム4人組くらい。
朝イチのボートで1本(ダイビングは1度潜ると1本とカウントする)、タンク交換して1本潜ったら、昼食をとって帰路についた。新規の予約は無いはずだった。
「お客さんが来てはるっていってたなぁ」と海人は思いながら、船の手すりに干しておいた真っ白なシャツを着た。
ゆらゆら揺らめく青い視界の先には白い光が揺れるカーテンのように俺を包み込む。
そっと息を吐いてみる。
ポコポコ…ポコボコボコ…
自分の息の音が聞こえる。
他は何も聞こえない。
息の音で余計に周りが静かに感じる。
頭のてっぺんから足の先まで、暖かい光に包まれながら、俺は「またこの夢か…」と呟く。
その呟きさえ、銀の泡になって頭上へと上がっていき、光の中へと消えていった。
*****
眩しい日差しが照りつける中、健康的な小麦色に日焼けした肌がパチパチと音をたてて焦げ付くような感覚に海人は目を覚ました。
船の舳先で昼寝をしていた海人は、あまりの眩しさに顔をしかめる。
蛍光グリーンの世界から次第に戻ってくると、6月とは思えない晴れ渡った空に穏やかな入り江が広がる。
風も波もほとんどない入り江にひっそりと浮かぶマリン2号(…というと聞こえがいいが、漁船を改良したもの)の舳先に座った海人は足をぶらぶらさせながら大きく延びをした。
人の気配がしたので振り返ると、弟の潮音が桟橋を降りてくるところだった。
「またこんなとこでサボっとるし! お客さん来てはるからはよ事務所来てや!」
潮音はいつものことなので本気で怒っているわけではないが、怖い顔を作ってみる。無駄だとわかっているけれど。
海人はそんな潮音にニッと笑うと親指をたてた。
「やっぱこたえへんわぁ…」潮音は胸の内でため息をつくが、やはりいつものことと諦めて、「はよいくで!」とだけ言って海人に背を向け歩き始めた。
海人もゆっくりとそれにしたがった。
本州最南端のこの町で、海人も潮音も生まれた。
父が遺したダイビングセンター「DEEP BLUE」。ここで、平日は海人と潮音。土・日は長男の洋平も加えた3人で、スキューバダイビングのガイドとダイバーのサポートをする小さな店をやっている。
小さな店と言ってもタンクの空気詰めから朝食や昼食の手配、船でダイバーを送迎したり、小さいが宿泊施設もあり、ダイバーにはありがたい施設が揃っている。
男女のシャワールームやウェットスーツや機材を干す物干場もあり、小さいがこの店に愛着があるダイバーは多い。これも父の人徳だろうか。
土・日にはライセンス取得の講習など行い、後世の育成にも積極的だ。
DEEP BLUEがあるのは、本州最南端の小さな海沿いの町。またここは、日本最北端の珊瑚群集が見られる海としてダイバーの間では有名な町だ。近隣の県だけではなく、関東、九州、沖縄、場合によっては海外からもダイバーたちがやってくる。
ウリはなんと言っても珊瑚群衆とそこに住み着いたウミガメ。さらには珊瑚に群がる多数の熱帯魚たちだ。
南の海から黒潮に乗ってやってきたそれらの熱帯魚たちは、「死滅回遊魚」と呼ばれる。元来なら彼らは冬の寒さに耐えられずに死んでしまうのだが、最近は温暖化の影響からか死滅回遊魚が年中見られるようになってきた。
確かに海人がダイビングを始めたときに冬に見ることができなかったソラスズメダイやミツボシクロスズメダイ、クマノミなどは、今では真冬の海でも見ることができる。
ダイバーとしては複雑な気持ちだ。
DEEP BLUEから少し歩くと、真っ白な砂浜もあり、夏場は海水浴客で賑わう。
船で湾の外に出るとそこはもう太平洋。
夏限定で「ブルーウォーターダイブ」と言って中層(海の真ん中の深さ)をただただ黒潮に流されるというスタイルのダイビングも開催している。何もない360度真っ青な海を黒潮に乗って流されていると、ごくごくたまに大物に出会えることもある。去年の夏、海人はマンタ(オニイトマキエイ)という大きなエイを見た。夏はブルーウォーターと海水浴客で海人たちの忙しさはピークになる。
そうでなくても新幹線の駅から特急電車で3時間、駅から徒歩でも10分強という立地から、週末はほとんどのシーズンがダイバーたちで大賑わいだ。
まだ繁忙期には少し早い今、しかも今日は木曜日。のんびりした午後だ。
今日の客は、ダイビングで知り合ったという新婚のカップルと、40代後半のマダム4人組くらい。
朝イチのボートで1本(ダイビングは1度潜ると1本とカウントする)、タンク交換して1本潜ったら、昼食をとって帰路についた。新規の予約は無いはずだった。
「お客さんが来てはるっていってたなぁ」と海人は思いながら、船の手すりに干しておいた真っ白なシャツを着た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる