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プロローグ~海の音
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夢には音がある。
ゆらゆら揺らめく青い視界の先には白い光が揺れるカーテンのように俺を包み込む。
そっと息を吐いてみる。
ポコポコ…ポコボコボコ…
自分の息の音が聞こえる。
他は何も聞こえない。
息の音で余計に周りが静かに感じる。
頭のてっぺんから足の先まで、暖かい光に包まれながら、俺は「またこの夢か…」と呟く。
その呟きさえ、銀の泡になって頭上へと上がっていき、光の中へと消えていった。
*****
眩しい日差しが照りつける中、健康的な小麦色に日焼けした肌がパチパチと音をたてて焦げ付くような感覚に海人は目を覚ました。
船の舳先で昼寝をしていた海人は、あまりの眩しさに顔をしかめる。
蛍光グリーンの世界から次第に戻ってくると、6月とは思えない晴れ渡った空に穏やかな入り江が広がる。
風も波もほとんどない入り江にひっそりと浮かぶマリン2号(…というと聞こえがいいが、漁船を改良したもの)の舳先に座った海人は足をぶらぶらさせながら大きく延びをした。
人の気配がしたので振り返ると、弟の潮音が桟橋を降りてくるところだった。
「またこんなとこでサボっとるし! お客さん来てはるからはよ事務所来てや!」
潮音はいつものことなので本気で怒っているわけではないが、怖い顔を作ってみる。無駄だとわかっているけれど。
海人はそんな潮音にニッと笑うと親指をたてた。
「やっぱこたえへんわぁ…」潮音は胸の内でため息をつくが、やはりいつものことと諦めて、「はよいくで!」とだけ言って海人に背を向け歩き始めた。
海人もゆっくりとそれにしたがった。
本州最南端のこの町で、海人も潮音も生まれた。
父が遺したダイビングセンター「DEEP BLUE」。ここで、平日は海人と潮音。土・日は長男の洋平も加えた3人で、スキューバダイビングのガイドとダイバーのサポートをする小さな店をやっている。
小さな店と言ってもタンクの空気詰めから朝食や昼食の手配、船でダイバーを送迎したり、小さいが宿泊施設もあり、ダイバーにはありがたい施設が揃っている。
男女のシャワールームやウェットスーツや機材を干す物干場もあり、小さいがこの店に愛着があるダイバーは多い。これも父の人徳だろうか。
土・日にはライセンス取得の講習など行い、後世の育成にも積極的だ。
DEEP BLUEがあるのは、本州最南端の小さな海沿いの町。またここは、日本最北端の珊瑚群集が見られる海としてダイバーの間では有名な町だ。近隣の県だけではなく、関東、九州、沖縄、場合によっては海外からもダイバーたちがやってくる。
ウリはなんと言っても珊瑚群衆とそこに住み着いたウミガメ。さらには珊瑚に群がる多数の熱帯魚たちだ。
南の海から黒潮に乗ってやってきたそれらの熱帯魚たちは、「死滅回遊魚」と呼ばれる。元来なら彼らは冬の寒さに耐えられずに死んでしまうのだが、最近は温暖化の影響からか死滅回遊魚が年中見られるようになってきた。
確かに海人がダイビングを始めたときに冬に見ることができなかったソラスズメダイやミツボシクロスズメダイ、クマノミなどは、今では真冬の海でも見ることができる。
ダイバーとしては複雑な気持ちだ。
DEEP BLUEから少し歩くと、真っ白な砂浜もあり、夏場は海水浴客で賑わう。
船で湾の外に出るとそこはもう太平洋。
夏限定で「ブルーウォーターダイブ」と言って中層(海の真ん中の深さ)をただただ黒潮に流されるというスタイルのダイビングも開催している。何もない360度真っ青な海を黒潮に乗って流されていると、ごくごくたまに大物に出会えることもある。去年の夏、海人はマンタ(オニイトマキエイ)という大きなエイを見た。夏はブルーウォーターと海水浴客で海人たちの忙しさはピークになる。
そうでなくても新幹線の駅から特急電車で3時間、駅から徒歩でも10分強という立地から、週末はほとんどのシーズンがダイバーたちで大賑わいだ。
まだ繁忙期には少し早い今、しかも今日は木曜日。のんびりした午後だ。
今日の客は、ダイビングで知り合ったという新婚のカップルと、40代後半のマダム4人組くらい。
朝イチのボートで1本(ダイビングは1度潜ると1本とカウントする)、タンク交換して1本潜ったら、昼食をとって帰路についた。新規の予約は無いはずだった。
「お客さんが来てはるっていってたなぁ」と海人は思いながら、船の手すりに干しておいた真っ白なシャツを着た。
ゆらゆら揺らめく青い視界の先には白い光が揺れるカーテンのように俺を包み込む。
そっと息を吐いてみる。
ポコポコ…ポコボコボコ…
自分の息の音が聞こえる。
他は何も聞こえない。
息の音で余計に周りが静かに感じる。
頭のてっぺんから足の先まで、暖かい光に包まれながら、俺は「またこの夢か…」と呟く。
その呟きさえ、銀の泡になって頭上へと上がっていき、光の中へと消えていった。
*****
眩しい日差しが照りつける中、健康的な小麦色に日焼けした肌がパチパチと音をたてて焦げ付くような感覚に海人は目を覚ました。
船の舳先で昼寝をしていた海人は、あまりの眩しさに顔をしかめる。
蛍光グリーンの世界から次第に戻ってくると、6月とは思えない晴れ渡った空に穏やかな入り江が広がる。
風も波もほとんどない入り江にひっそりと浮かぶマリン2号(…というと聞こえがいいが、漁船を改良したもの)の舳先に座った海人は足をぶらぶらさせながら大きく延びをした。
人の気配がしたので振り返ると、弟の潮音が桟橋を降りてくるところだった。
「またこんなとこでサボっとるし! お客さん来てはるからはよ事務所来てや!」
潮音はいつものことなので本気で怒っているわけではないが、怖い顔を作ってみる。無駄だとわかっているけれど。
海人はそんな潮音にニッと笑うと親指をたてた。
「やっぱこたえへんわぁ…」潮音は胸の内でため息をつくが、やはりいつものことと諦めて、「はよいくで!」とだけ言って海人に背を向け歩き始めた。
海人もゆっくりとそれにしたがった。
本州最南端のこの町で、海人も潮音も生まれた。
父が遺したダイビングセンター「DEEP BLUE」。ここで、平日は海人と潮音。土・日は長男の洋平も加えた3人で、スキューバダイビングのガイドとダイバーのサポートをする小さな店をやっている。
小さな店と言ってもタンクの空気詰めから朝食や昼食の手配、船でダイバーを送迎したり、小さいが宿泊施設もあり、ダイバーにはありがたい施設が揃っている。
男女のシャワールームやウェットスーツや機材を干す物干場もあり、小さいがこの店に愛着があるダイバーは多い。これも父の人徳だろうか。
土・日にはライセンス取得の講習など行い、後世の育成にも積極的だ。
DEEP BLUEがあるのは、本州最南端の小さな海沿いの町。またここは、日本最北端の珊瑚群集が見られる海としてダイバーの間では有名な町だ。近隣の県だけではなく、関東、九州、沖縄、場合によっては海外からもダイバーたちがやってくる。
ウリはなんと言っても珊瑚群衆とそこに住み着いたウミガメ。さらには珊瑚に群がる多数の熱帯魚たちだ。
南の海から黒潮に乗ってやってきたそれらの熱帯魚たちは、「死滅回遊魚」と呼ばれる。元来なら彼らは冬の寒さに耐えられずに死んでしまうのだが、最近は温暖化の影響からか死滅回遊魚が年中見られるようになってきた。
確かに海人がダイビングを始めたときに冬に見ることができなかったソラスズメダイやミツボシクロスズメダイ、クマノミなどは、今では真冬の海でも見ることができる。
ダイバーとしては複雑な気持ちだ。
DEEP BLUEから少し歩くと、真っ白な砂浜もあり、夏場は海水浴客で賑わう。
船で湾の外に出るとそこはもう太平洋。
夏限定で「ブルーウォーターダイブ」と言って中層(海の真ん中の深さ)をただただ黒潮に流されるというスタイルのダイビングも開催している。何もない360度真っ青な海を黒潮に乗って流されていると、ごくごくたまに大物に出会えることもある。去年の夏、海人はマンタ(オニイトマキエイ)という大きなエイを見た。夏はブルーウォーターと海水浴客で海人たちの忙しさはピークになる。
そうでなくても新幹線の駅から特急電車で3時間、駅から徒歩でも10分強という立地から、週末はほとんどのシーズンがダイバーたちで大賑わいだ。
まだ繁忙期には少し早い今、しかも今日は木曜日。のんびりした午後だ。
今日の客は、ダイビングで知り合ったという新婚のカップルと、40代後半のマダム4人組くらい。
朝イチのボートで1本(ダイビングは1度潜ると1本とカウントする)、タンク交換して1本潜ったら、昼食をとって帰路についた。新規の予約は無いはずだった。
「お客さんが来てはるっていってたなぁ」と海人は思いながら、船の手すりに干しておいた真っ白なシャツを着た。
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