DEEP BLUE OCEAN

鼓太朗

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第四章 初めての海へ

憲章

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『ところで憲章は何でダイビングをしようと思ったん?』
デブリーフィング中に海人は憲章に聞いてみる。
憲章はちょっとうつむくと再び海人を見て言った。
「俺、小学校の時、かなりいじめられっ子だったんです。」
意外だった。
憲章は明るくて真面目でルックスも悪くない。
クラスの人気者と言っても何も疑わないのに。
「でも、6年生の時の担任の先生のお陰で学校には皆勤で行きました。だんだんいじめもなくなって、性格も明るくなって、自分に自信を持てるようになったんです。」
何だか思い出したくない過去をほじくり出しているようで海人は何となく気まずい。
「その担任の先生がダイバーでね。若い女の先生で憧れでした。毎年、年賀状が魚の写真で。大人になったら絶対ダイビングをしようって決めてたんです。」
少し照れたように笑う憲章は、
「アホみたいでしょ?」
と言って目を伏せる。
海人は笑って首をふった。
「その先生のお気に入りの海が与那国島なんです。海人さん、俺、与那国島、行けますかね?」
与那国島は沖縄の西の端。すぐそこが台湾だ。
毎年冬にはハンマーヘッドシャーク(アカシュモクザメ)が出産のために大挙を成してやってくる。自然物か人工物かという物議を醸している海底遺跡など、有名なポイントもたくさんある。
ただ与那国島は360度が外洋に面している影響で海流が速い。
ドリフトダイビングという特殊で上級者向けのダイビングスタイルで潜る海だ。
憲章が与那国島の行くにはもう少し修行が必要だ。
『憲章は与那国島はもうちょっと先かな』
ちょっと苦笑して書いた。
憲章はホワイトボードを見てちょっと残念そうな顔をした。
『でも、いつかきっと行けるよ。これからいっぱい経験を積んだらね。』
頻度にもよるが、だいたい与那国島への条件は経験ダイビング本数50本程度。
つめて潜れば2、3年で行けるだろう。
『憲章が大学を卒業するまでいっはい海に来て、社会人になっても細々とでもダイビングを続けたら、行けるかな。結構すぐに。』
「ほんまに?」
憲章はちょっと嬉しそうな顔をした。
「今の夢は先生と一緒に海にいくことなんです。」
キラキラした目をする憲章は本当に少年がそのまま大人になったようだ。
『また練習しにおいでや。』
そう書いて憲章に笑いかける。

ダイビングを始めるきっかけは人それぞれ。
憲章のように何か影響を受けるものがあってダイビングを始める人も少なくない。

「今度、俺が幹事で小学校のクラスの同窓会をするんです。ちょうど来年の3月に小学校を卒業して10年になるんで。その時に先生に話すつもりです。先生に憧れてダイビング始めましたって。」
帰り際に憲章はそう言った。
きっと先生は喜ぶだろう。
何より大人になった憲章が立派になっていることに。
「同窓会までにまた来ます。もう砂、巻き上げませんから。」
そう笑って言って駅まで歩いていく憲章の背中は本当に元いじめられっ子とは思えない自信と喜びに満ちていた。
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