GO TO THE FRONTIER

鼓太朗

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第九章 カルバン帝国(カルバ王子編①)

虐げられた者に愛を

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扉の中は驚くほど静かだった。
揺れる蝋燭。
その燃える音がしそうなほどに。
ルークは恐々歩を進める。
塔の中に閉じ込められていたルークはもちろん寺院などに来たことはない。
初めて感じる厳かな空気。
揺れる蝋燭の光が、ルークを優しく包み込んだ。
真っ赤な絨毯を進むとそこには…。

「あぁ…」

ルークは思わず声をあげてしまった。
天井から差し込む月明かりに、色とりどりのステンドグラスが蝋燭の光と相まってゆらゆらと煌めいていた。
ステンドグラスには女神が描かれ、優しく手を広げている。

「女神様…」
ルークが呟くように、歌うように、女神に語りかける。
「僕の…この祈りが、聞こえていますか? 虐げられた者が、あなたに語るのです。あなたの助けを…願う者が…」
ルークは誰に教わったわけではないが、ひざまずき、手を組んだ。
「神様がもし、…本当にいらっしゃるのなら…お助けください、苦しむ者を。救いをお与えください。ひとりぼっちで惨めなあなたの子を…」
流れ続ける涙を拭うことなくルークは語り続ける。
「喜びと豊かさを。我らに祝福を与えたまえ。麗しき愛の心を。我らの上にもたらしたまえ」
月明かりの下、ステンドグラスの光の中でルークは静かに祈りを捧げた。
「神よ救いたまえ…苦しんでいる者はみな…」
そこまで言って、ルークは一瞬だけ躊躇する。
だがルークは、意を決して再び視線を女神に戻す。
「苦しんでいる者はみな、…神の子…」
そう言って再び目を閉じ、こうべを垂れた。

「その通り…」
不意にルークは背後から声をかけられる。
弾かれるように振り向くルークの目の前には、褐色の肌に豊かな黒髪の、細身で長身の女性が立っていた。
美しさも相まって固まるルークの隣まで来た美女は、優雅で流れるような仕草で祈りを捧げると、ルークをまっすぐに見て話を続けた。
「神様は平等に人々を助けるわ。誰かをえこひいきなんてしない。私たちはみな、神の子なんだもの」
やや低く深みのある声の女性は、そう言うと、自分の衣服の裾を裂いてルークの腕に巻いた。
石を投げられて擦りむいたのだ。
そして「これでよし!」と呟いてにっこりと笑う。
ルークに向けられた生まれて初めての笑顔だった。
ルークは天にも上るような幸せな気持ちになった。
こんな美女に、僕が?
しかし次の瞬間、ルークは我にかえる。
何をいい気になっているんだ!
バカか!?
僕は醜いんだ。
腫れ上がった目、赤黒いシミのある顔、何本か抜けた歯、ボサボサの髪、ずんぐりむっくりな体型。
誰が僕のことを本気で愛してくれる?
いや、愛してくれ、なんて贅沢は言わない。
誰が僕を対等に扱ってくれる?
ルークは心の中で悲しい自問自答を続けた。
答えは「NO」だ。
さっきの出来事をもう忘れたのか?
人々の好奇にまみれた目を見ただろう?

「ええ、見たわ」
不意に美女が話し始めた。
これにはルークも驚いた。
この女性は心の声を読めるのか?

しかし、どうやらそうではないらしい。
「私、あなたがサヤコフ小路に入った辺りから見てたわ。この辺りはちょっと詳しいつもりだけれど、あなた、見ない顔だったから。最近越してきたの?」
美女にまっすぐ見つめられてルークはへどもどした。
「いや…その…」
ルークは自分の生い立ちをポツリポツリと話した。
美女は時に相づちをうちながら熱心に聴いてくれた。
そして、話し終えたルークの手を優しく握ると、何かあればいつでもここに来ればいいと、地図の入った小さなメモを渡した。
「サヤコフ小路の月夜亭」
クルエラと名乗った美女は、あなたはもうひとりぼっちじゃない、また会いましょう、とゴツゴツとした大きなルークの手を握ってそう言った。
真剣でまっすぐな瞳。
嘘は感じられなかった。
生まれて初めて人に優しくされたルークは、クルエラのそんな言葉に驚いた。
そして、驚きながらも、ルークは出来るだけ優しくクルエラの細い指を握り返した。
クルエラはそれを見てにっこり笑うと、またね、とだけ言い残して寺院を後にした。

静かに閉じられた扉を、ルークはそのまま呆然と見送った。
そしてステンドグラスに視線を移す。
新たな温かな涙に、女神は歪んでいた。
ルークに初めての「友達」ができたのだから。
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