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第九章 カルバン帝国(カルバ王子編①)
マルディクラ
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日没直後。
まだ夕日の残光が微かに残る時間帯。
真っ黒い塊が東の塔から伸びたロープを伝ってスルスルと降りていく。
頭からフードつきのマントを被り、壁に足をかけながらゆっくりと塔を下っていく。
ずんぐりむっくりの体躯をした青年が音もなく塔から降り立った。
カルバ王子は隣国アラハに攻め込むため、夜通し会議があり、ルークに声はかからない。
出るなら今日しかない。
そう決意したルークは、かねてから用意していたロープを伝って城の外に出たのだ。
「ばれたら殺されるな…」
半ば冗談でもなくこの事が露見すればルークはただでは済まないだろう。
その前にこのロープが切れたら一貫の終わりだ。
だが、ルークは昔から力が尋常ではなかった。
握力も相当なもので、リンゴを片手で握りつぶすなど造作もない。
危なげもなく地上に降り立ったルークは、日の沈んだ町へと足音を忍ばせて歩き始めた。
もっとも誰に聞かれても問題ないと言えばないのだが…。
*****
ルークは闇の落ちた街角を音もなく歩く。
裏通りを歩くと、一画だけ明るい開けた広場のような場所に出た。
そこではガラの悪い男たちが集まって酒盛りをしている。
野太く砂を擦ったような男たちの歌声が低く囁くように聞こえてきた。
「今日が何の日か知ってるかぁー今日は道化の祭りだぜ! その名はマルディークーラー♪」
男たちはバンジョーのような弦楽器をかき鳴らし、下卑た笑いを浮かべながら躍り狂う。
すると近隣の家々から人々が集まり始めた。
男たちの歌は続く。
「虐げられた者に愛を与えるー夢のようなお祭りだー! 今宵はマルディークーラー♪」
集まった老若男女が躍りの輪に加わる。
ルークはその異様な光景に呆然と見ていた
が、次の瞬間、背後からの人波に押されて輪の中に入ってしまった。
躍り狂う酒臭い集団にもみくちゃにされるルーク。
男も女もみな手を取り合って激しいステップを踏む。
しなるように手足を回転させると女は男の胸の中へダイブ。
男はしっかりと受け止めると独特なステップで女の回りを回りながら踊る。
我が縮んだり広がったりしながら、少しずつ人数が増えていく。
歌声も最初の囁くような声ではなく、巨大な竜巻のように街に渦巻いた。
20年近く塔のてっぺんに幽閉されてきたルークにとっては物心ついてから最高の人口密度だ。
ルークは小さくパニックになる。
そんなルークに気づくはずもなく男たちの歌は続く。
「今日は道化の集まりだー太鼓を叩いて躍り狂えー! 夜通しマルディークーラー♪」
「呑めや歌えの大騒ぎー同じ人ならおどらにゃそんそんー! 集まれマルディークーラー♪」
躍りの輪はもはや二重三重となり、ラッパや笛まで加わって祭りは最高潮を迎えた。
…その時!
「なんだお前は?!」
ひときわ響く大きな男の声。
それがルークに向けられたものだと、ルーク自身も一瞬気づかなかった。
人波に押し出されて街灯のランプの光のもとにルークの醜い顔がさらけ出されてしまったのだ。
いつのまにか目深に被ったフードも取れてしまっている。
ルーク自身、今になってその事に気づいた。
一瞬にして音楽が止まり、周囲の空気が凍りついた。
ルークはその時初めて後悔した。
周りの視線が放つのは「好奇」以外の何者でもなかったのだから。
「化け物だー!」
恐怖でではない。
醜い容姿への蔑みと酔っぱらった勢いとで吐かれた下品な言葉はルークを容赦なく襲う。
舐めるような視線に居たたまれなくなったルークはフードをかぶり直し、その場から走り去った。
何度か人にぶつかり、躓き、また下品な笑いが起きた。
後で気づいたが、何ヵ所か傷やアザができている。
酔っぱらいが小石を拾って投げたのだ。
だがそんなことも気にならないほど、ルークは無我夢中だった。
一刻も早くここから離れたい!
ルークは無茶苦茶に走ってサヤコフ小路の奥まで走り抜けた。
自分の心臓の音がはっきりと聞こえた。
*****
荒い息を整える。
再び始まった祭りの騒ぎ声が遠くに聞こえる。
ルークはホッと息を吐き、同時にドッと疲れて道端に座り込んだ。
「どうして…」
かすれた声と頬を伝う冷たい筋。
ルークは自分の膝を抱き、街灯の光の当たらない場所で呟いた。
自分は人から認められないのか?
顔が醜いから?
人と関わるってそんなに怖いことなのか?
カルバ王子の言っていることは本当なのか?
疑問が涙と一緒にポロポロとこぼれる。
「神様…」
ルークは不意に顔をあげると思わず呟いた。
月明かりに浮かぶようにルークの前に現れたもの。
カルバン帝国民の大半が信仰する寺院が聳えていた。
ふらふらと立ち上がり、寺院の扉に触れるルーク。
重い樫の扉を少しだけ扉を開くと中から蝋燭の柔らかな光がルークと地面を照らした。
ルークはそのままフラフラと寺院の中に吸い込まれていく。
と、その一部始終を(祭りが始まる前から)見ている人影があった。
もちろんルークは気づいていなかったが。
まだ夕日の残光が微かに残る時間帯。
真っ黒い塊が東の塔から伸びたロープを伝ってスルスルと降りていく。
頭からフードつきのマントを被り、壁に足をかけながらゆっくりと塔を下っていく。
ずんぐりむっくりの体躯をした青年が音もなく塔から降り立った。
カルバ王子は隣国アラハに攻め込むため、夜通し会議があり、ルークに声はかからない。
出るなら今日しかない。
そう決意したルークは、かねてから用意していたロープを伝って城の外に出たのだ。
「ばれたら殺されるな…」
半ば冗談でもなくこの事が露見すればルークはただでは済まないだろう。
その前にこのロープが切れたら一貫の終わりだ。
だが、ルークは昔から力が尋常ではなかった。
握力も相当なもので、リンゴを片手で握りつぶすなど造作もない。
危なげもなく地上に降り立ったルークは、日の沈んだ町へと足音を忍ばせて歩き始めた。
もっとも誰に聞かれても問題ないと言えばないのだが…。
*****
ルークは闇の落ちた街角を音もなく歩く。
裏通りを歩くと、一画だけ明るい開けた広場のような場所に出た。
そこではガラの悪い男たちが集まって酒盛りをしている。
野太く砂を擦ったような男たちの歌声が低く囁くように聞こえてきた。
「今日が何の日か知ってるかぁー今日は道化の祭りだぜ! その名はマルディークーラー♪」
男たちはバンジョーのような弦楽器をかき鳴らし、下卑た笑いを浮かべながら躍り狂う。
すると近隣の家々から人々が集まり始めた。
男たちの歌は続く。
「虐げられた者に愛を与えるー夢のようなお祭りだー! 今宵はマルディークーラー♪」
集まった老若男女が躍りの輪に加わる。
ルークはその異様な光景に呆然と見ていた
が、次の瞬間、背後からの人波に押されて輪の中に入ってしまった。
躍り狂う酒臭い集団にもみくちゃにされるルーク。
男も女もみな手を取り合って激しいステップを踏む。
しなるように手足を回転させると女は男の胸の中へダイブ。
男はしっかりと受け止めると独特なステップで女の回りを回りながら踊る。
我が縮んだり広がったりしながら、少しずつ人数が増えていく。
歌声も最初の囁くような声ではなく、巨大な竜巻のように街に渦巻いた。
20年近く塔のてっぺんに幽閉されてきたルークにとっては物心ついてから最高の人口密度だ。
ルークは小さくパニックになる。
そんなルークに気づくはずもなく男たちの歌は続く。
「今日は道化の集まりだー太鼓を叩いて躍り狂えー! 夜通しマルディークーラー♪」
「呑めや歌えの大騒ぎー同じ人ならおどらにゃそんそんー! 集まれマルディークーラー♪」
躍りの輪はもはや二重三重となり、ラッパや笛まで加わって祭りは最高潮を迎えた。
…その時!
「なんだお前は?!」
ひときわ響く大きな男の声。
それがルークに向けられたものだと、ルーク自身も一瞬気づかなかった。
人波に押し出されて街灯のランプの光のもとにルークの醜い顔がさらけ出されてしまったのだ。
いつのまにか目深に被ったフードも取れてしまっている。
ルーク自身、今になってその事に気づいた。
一瞬にして音楽が止まり、周囲の空気が凍りついた。
ルークはその時初めて後悔した。
周りの視線が放つのは「好奇」以外の何者でもなかったのだから。
「化け物だー!」
恐怖でではない。
醜い容姿への蔑みと酔っぱらった勢いとで吐かれた下品な言葉はルークを容赦なく襲う。
舐めるような視線に居たたまれなくなったルークはフードをかぶり直し、その場から走り去った。
何度か人にぶつかり、躓き、また下品な笑いが起きた。
後で気づいたが、何ヵ所か傷やアザができている。
酔っぱらいが小石を拾って投げたのだ。
だがそんなことも気にならないほど、ルークは無我夢中だった。
一刻も早くここから離れたい!
ルークは無茶苦茶に走ってサヤコフ小路の奥まで走り抜けた。
自分の心臓の音がはっきりと聞こえた。
*****
荒い息を整える。
再び始まった祭りの騒ぎ声が遠くに聞こえる。
ルークはホッと息を吐き、同時にドッと疲れて道端に座り込んだ。
「どうして…」
かすれた声と頬を伝う冷たい筋。
ルークは自分の膝を抱き、街灯の光の当たらない場所で呟いた。
自分は人から認められないのか?
顔が醜いから?
人と関わるってそんなに怖いことなのか?
カルバ王子の言っていることは本当なのか?
疑問が涙と一緒にポロポロとこぼれる。
「神様…」
ルークは不意に顔をあげると思わず呟いた。
月明かりに浮かぶようにルークの前に現れたもの。
カルバン帝国民の大半が信仰する寺院が聳えていた。
ふらふらと立ち上がり、寺院の扉に触れるルーク。
重い樫の扉を少しだけ扉を開くと中から蝋燭の柔らかな光がルークと地面を照らした。
ルークはそのままフラフラと寺院の中に吸い込まれていく。
と、その一部始終を(祭りが始まる前から)見ている人影があった。
もちろんルークは気づいていなかったが。
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