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第九章 カルバン帝国(カルバ王子編①)
陽射しの中へ
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カルバ王子が赤ん坊を保護して19年後。
腫れ上がった目、赤黒いシミのある顔、何本か抜けた歯、ボサボサの髪、ずんぐりむっくりな体型。
そのまま醜く育ち、ルークと名付けられた赤ん坊は、幼い頃から城、しかも東の端にある塔の一番上から一歩も外に出ないようにカルバ王子に強く言われて育った。
東の塔の階段を降りると扉があるがそこは常に外から鍵をかけられていた。
ルークが使うのはこの扉ではなく、階段の裏にある特殊な通路(通気孔のような狭く細い通路)を通ってカルバ王子の部屋へ行き、カルバ王子の身の回りの世話をする。
それがルークの仕事であった。
そんなルークにカルバ王子は常にこう言って聞かせていた。
「お前は醜い。世の中はお前を嫌っているのだ。この塔の中だけがお前の安全地帯。サンクチュアリなのだ」
ルークはその教えを忠実に守って生きてきた。
「外にはお前を笑い嘲り、気味悪がって危害を加える者も出るだろう」
ルークは毎日鏡で見る自分の顔を、イメージする。
「守ってやるのは私だけだ。お前はずっとここにいなければならない。感謝しつつ、従うのだ」
カルバ王子は毎日そう繰り返した。
しかし、成長すると共にルークの中には押さえがたい外への憧れが芽生えはじめた。
「街に出たい!」
塔の上から肘をついて、小さな虫のようにしか見えないが、自由に動き回る人々を見下ろす。
そしてため息をつく。
「真下を見つめて生きていく。みんなを見てるだけ。みんなは僕を知らない。これからも多分ずっと…」
悲しい呪文のように繰り返される言葉。
「もし、願いが叶うなら…行きたいな。みんなのもとへ…」
小さいが、人々の動きはルークのとてつもなく良い視力からはつぶさに見てとれた。
「陽射しを浴びながら、一日だけで良い。あの中で暮らしたい。川沿いを散歩して、仲間とくだらない話をする。笑ったり時にはぶつかり合って泣いたり、一緒に食事をしたり…」
想像の世界でやりたいことが泉のように溢れかえる。
もちろん想像の域は出ないけれど…。
憧れが彼の胸を熱くした。
しかし…
同時にこうも思う。
「誰が僕みたいな怪物と仲良くしてくれるだろう…」
残酷なくらい晴れたカルバンの空を眺めてルークはグッと掌に血がにじむくらい握りしめた。
「でも…」
ルークの呟きは筆を撫でたような空の雲の先へ溶けて消えた。
*****
そんなある日、塔の軒先に巣を作っていた白い鳩の雛が巣立ちの時を迎えようとしていた。
親鳥はしきりにクルックーと鳴きながら子どもたちを誘う。
兄弟たちが次々と巣立って行く中、一羽の雛だけまだ巣の中でモゾモゾしている。
真っ白な鳩に混じって生まれたグレーのこの子は他の雛よりも少し小柄。
真っ白な他の兄弟たちと比べて少し異質な存在だった。
ルークは何となくその雛に親近感を覚えた。
「どうしたの?」
ルークは雛に話しかける。
「旅立つには絶好の日だよ」
ルークはそんな雛を分厚くゴツゴツした両手で出来るだけ優しく包み込むと、塔のバルコニーの柵の上に優しく乗せた。
「さぁ、パパやママが待ってる。こんなところにいつまでもいてはいけない」
そう優しく話しかけると鳩の雛は小首をかしげてルークを見る。
ルークの顔を見ても少しも怖がらない。
なんとも長い時間がたったような気がしたが、次の瞬間、グレーの雛鳥は意を決したように前を向くと、力強く羽ばたいて大空へ吸い込まれるようにして消えた。
それをルークはまたとてつもなく長い時間をかけて見送った。
そして、一筋だけ涙が流れたのをグイッと袖でぬぐうと塔の中に駆け込んだ。
かねてから用意してあったが勇気が出なくてそのままにしていたものをチェストの奥から引っ張り出す。
「あの子も頑張ったんだ…」
誰にとでもなくルークは呟く。
「これで…」
ルークは振り返った。
窓の外は明るい陽射しで満ちている。
そしてルークの瞳も。
もう迷ってはいなかった。
腫れ上がった目、赤黒いシミのある顔、何本か抜けた歯、ボサボサの髪、ずんぐりむっくりな体型。
そのまま醜く育ち、ルークと名付けられた赤ん坊は、幼い頃から城、しかも東の端にある塔の一番上から一歩も外に出ないようにカルバ王子に強く言われて育った。
東の塔の階段を降りると扉があるがそこは常に外から鍵をかけられていた。
ルークが使うのはこの扉ではなく、階段の裏にある特殊な通路(通気孔のような狭く細い通路)を通ってカルバ王子の部屋へ行き、カルバ王子の身の回りの世話をする。
それがルークの仕事であった。
そんなルークにカルバ王子は常にこう言って聞かせていた。
「お前は醜い。世の中はお前を嫌っているのだ。この塔の中だけがお前の安全地帯。サンクチュアリなのだ」
ルークはその教えを忠実に守って生きてきた。
「外にはお前を笑い嘲り、気味悪がって危害を加える者も出るだろう」
ルークは毎日鏡で見る自分の顔を、イメージする。
「守ってやるのは私だけだ。お前はずっとここにいなければならない。感謝しつつ、従うのだ」
カルバ王子は毎日そう繰り返した。
しかし、成長すると共にルークの中には押さえがたい外への憧れが芽生えはじめた。
「街に出たい!」
塔の上から肘をついて、小さな虫のようにしか見えないが、自由に動き回る人々を見下ろす。
そしてため息をつく。
「真下を見つめて生きていく。みんなを見てるだけ。みんなは僕を知らない。これからも多分ずっと…」
悲しい呪文のように繰り返される言葉。
「もし、願いが叶うなら…行きたいな。みんなのもとへ…」
小さいが、人々の動きはルークのとてつもなく良い視力からはつぶさに見てとれた。
「陽射しを浴びながら、一日だけで良い。あの中で暮らしたい。川沿いを散歩して、仲間とくだらない話をする。笑ったり時にはぶつかり合って泣いたり、一緒に食事をしたり…」
想像の世界でやりたいことが泉のように溢れかえる。
もちろん想像の域は出ないけれど…。
憧れが彼の胸を熱くした。
しかし…
同時にこうも思う。
「誰が僕みたいな怪物と仲良くしてくれるだろう…」
残酷なくらい晴れたカルバンの空を眺めてルークはグッと掌に血がにじむくらい握りしめた。
「でも…」
ルークの呟きは筆を撫でたような空の雲の先へ溶けて消えた。
*****
そんなある日、塔の軒先に巣を作っていた白い鳩の雛が巣立ちの時を迎えようとしていた。
親鳥はしきりにクルックーと鳴きながら子どもたちを誘う。
兄弟たちが次々と巣立って行く中、一羽の雛だけまだ巣の中でモゾモゾしている。
真っ白な鳩に混じって生まれたグレーのこの子は他の雛よりも少し小柄。
真っ白な他の兄弟たちと比べて少し異質な存在だった。
ルークは何となくその雛に親近感を覚えた。
「どうしたの?」
ルークは雛に話しかける。
「旅立つには絶好の日だよ」
ルークはそんな雛を分厚くゴツゴツした両手で出来るだけ優しく包み込むと、塔のバルコニーの柵の上に優しく乗せた。
「さぁ、パパやママが待ってる。こんなところにいつまでもいてはいけない」
そう優しく話しかけると鳩の雛は小首をかしげてルークを見る。
ルークの顔を見ても少しも怖がらない。
なんとも長い時間がたったような気がしたが、次の瞬間、グレーの雛鳥は意を決したように前を向くと、力強く羽ばたいて大空へ吸い込まれるようにして消えた。
それをルークはまたとてつもなく長い時間をかけて見送った。
そして、一筋だけ涙が流れたのをグイッと袖でぬぐうと塔の中に駆け込んだ。
かねてから用意してあったが勇気が出なくてそのままにしていたものをチェストの奥から引っ張り出す。
「あの子も頑張ったんだ…」
誰にとでもなくルークは呟く。
「これで…」
ルークは振り返った。
窓の外は明るい陽射しで満ちている。
そしてルークの瞳も。
もう迷ってはいなかった。
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