Go to the Frontier(new)

鼓太朗

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第二章 アラベスク王国

クリスの苦悩

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鮮やかな夕焼けが窓の外から差し込む。
クリスは1人自室の椅子に腰掛け、考え事をしていた。
目の前の鏡に目をやる。
鏡の中のいつも見慣れた冴えない顔。
眉をハの字にして難しい表情で見つめ返している。
深々とため息をつく。
そとに目をやると、夕暮れの近づく空に筆ではいたような細い雲がいく筋も連なって黄金色に輝いていた。
カラスの群れが巣に帰るのだろう。
ひとかたまりになった黒い点が黄金色の空に逆に鮮やかに見えた。
何の気なしに机の上の羊皮紙を開く。
羽ペンでさらさらとその様子を模写した。
黒のインク一色だが、細くたなびく雲は見事に羊皮紙に書き取られていく。
絵を描いているとき、クリスは無心だった。
無駄なことは何も考えない。
ある意味一番落ち着く瞬間でもある。

日が沈む前に絵を描ききったクリスは再びため息をつく。
暗くなった部屋に灯りを入れるため、ランプに火を灯す。
揺らめく光が羊皮紙の絵をぼんやりと照らした。

クリスは芸術的な才能があった。
絵画だけではなく、彫刻や詩を作らせても兄弟でピカ一。
楽器の演奏も達者で、管弦打楽器と全てマスターしていた。
流れるように美しい字も他の兄弟たちの真似できない才能でもあった。

王の息子として生まれなければ。
そう何度思ったことか…。
芸術家として、細々とでも生きていくことかできたのに。
クリスにとって、この芸術の才能は本当に唯一といってもいい自分の取り柄と言えるものだ。
王の息子であったとしても、せめて次男坊なら、こんな政争に巻き込まれることもなかったのに…。
そうも感じていた。
「王になるべくして生まれてきた存在」
そう言われ続けて育った。
自分にはそんな能力なんて無いのに…。
クリスは物心ついた頃から、そんな思いにさいなまれて続けてきた。
第2王妃の長男。
母にしてみれば一人息子のクリスは、周囲からの期待に幼い頃から押し潰されそうになりながら生きてきたのだ。

フロローの言葉がグルグルと巡る。
「あなたが王に即位なさるのは母君のたっての願い。邪魔するものは排除しなければならないのです。クラウド国王は確かに国民に人気があって威厳のある国王です。あなたはそれを引き継ぎ、このアラベスク王国をさらに発展させるために生まれたのです。それがどこの馬の骨かも分からない王妃から生まれたヘンリー王子やクルト王子にその座を脅かされるのは許されざることです。この国は代々由緒ある家の出の女が生んだ王子がこの国を治めてきたのです。血を大切にする国でした。クラウド国王に1つだけケチをつけるとすれば、その認識が薄い。国をよくしたい気持ちは評価しますが、そのために古くから仕えてきた従者たちを束ねていかなければならない。次の王になる王子にはそこのところをよく分かっている方についていただかなければ国が乱れるのは目に見えているのです。そこがクラウド国王にはご理解いただいていないようなのです。聡明で父親思いなヘンリー王子や魔法の力に長けたクルト王子にはその力が無い。クリス王子。あなたにはその能力と後ろ楯をお持ちなのです。我らと共に王位を継ぐのが何よりも国のためとなるのですよ。」
幼い頃からそう言われ続けてきた。
フロローの言うことは確かに一理あった。
母は由緒ある家の出なため、穏やかで物静かだったがクリスが国王になることを望んでいるのは事実のようだ。
母自身が直接的にそのようなことをクリスに言ったことは一度もない。
ただ、一緒にいれば分かる。
母が何を望んでいるのか。
さらに歳を重ねて分かったこと。
それは母も相当な重圧を実家(クリスの母方の祖父母)からかけられているということだ。
母やクリスには何の罪もないはずだが、王にならなければならないという無言の圧力が常にそこにあった。
ただ、その事によって腹違いであっても血を分けた兄弟たちを蹴落とすことに積極的になれずにいた。
クリスには他の王子たちにある「特別な力」は何も持ち合わせていない。
魔法が使えるわけでもなければ腕っぷしが強いわけでもない。
魔物を手なずけることもできなければ政治的に特別な能力があるわけでもないのだ。
平凡で穏やかな性格。
争うことを好まない、マイペースでのんびりした性格。
典型的な一人っ子気質がクリスの特徴だ。
絵がうまくても王の資質には何の関係もない。
飛び抜けた学があるわけでもないので、自分は結局は大人たちの操り人形に過ぎないのだと歳を重ねるごとに強く感じ始めていた。
母親は穏やかで物静かな王妃だ。
他の王妃にはたくさんの子どもがいて、王子、王女たちにはそれぞれ兄弟がいたが、クリスにはそれがいなかった。
クリスはいつと孤独を感じていた。
祖父母はそんな母をいつも「意気地がない。もっと王様にアピールしないと!」と諭していた。
クリスに弟か妹を!
ずっと望んだことだったが、それは今のところかなっていない。
とは言うものの、両親や周囲の大人たちからは確かに愛情は感じていた。
ヘンリーやクルトなどの兄弟たちも決してクリスを邪険にすることはなかった。
けれど、それでも埋めることのできない溝を感じながら育った。
自分が王になったら。
兄弟たちはどう思う?
ヘンリーやクルトには人を引き付ける何かがある。
正面の鏡に写る自分の姿をもう一度見る。
兄弟たちの中では地味な顔立ち、何か誇れる能力があるわけでもなく、周囲の大人たちの操られ続ける自分。
劣等感の塊のような自分の疲れた顔を見て、我慢できずに顔を背ける。
誰かに…この気持ちを打ち明けたい。
そうだ、父上なら…。
そうも考えた。
クラウドは主だって兄弟を分け隔てしたりはしない。
幼い頃から均等に愛し、的確にしかり、公平に物事を見て話をする。
そんな聡明な父をクリスは尊敬していた。
貴族至上主義のフロローはそんな父を悪くいうが、クラウドの姿が王としてあるべき姿なのではないかと、常々思っている。
王はいつでも公平であるべきで、それを曲げてしまっては家来たちだけではなく、国民にも示しがつかなくなる。
クラウドは国民から絶大なる支持を得た名君だと、息子ながらクリスは強く思う。
「父上に相談しようか…」
独り言を呟いて鉛の入ったような思い腰をようやく上げた。
すぐには無理でも話を聞いてもらうためのお伺いを立てなければならない。
ヨロヨロと扉に向かったその時だった。
突然その扉が開いた。

フロローが駆け込むように入ってきた。
「し…失礼いたします!!王子! 私がけしかけた言霊使いやオークたちが撃破されました。これはゆゆしき事態ですぞ。もう後戻りはできない。事もあろうに捕らえていたルドワン家の娘も奪還された。ことを急がなければ!!」
フロローは早口にそう言った。
言霊使いやオークのことはもちろん、ルドワンの娘とはクルトの幼馴染みのアンナのことだろう。
「捕らえていた」と言っていたが…、クリスは何も聞かされていなかった。
自分の弟の命を本気で狙ったのか。
弟の周りにまで危害が及んでいるのだろうか?
自分の知らないところで、自分の及ばない大きな力が働いているのか?
そうまでして自分は何を求めているのか?
…わからない。
クリスは頭を抱えた。
そしてしゃがみこむと頭を乱暴にかきむしった。
フロローが何か言っているが頭の中でワンワン響くだけで言葉として入ってこない。
自問自答がグルグルと巡り続ける。
自分にできることはあるのか?
自分はどうなるのか?
自分はいったい何者なのか?

クリスは完全に自分を見失ってしまっていた。
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