帳(とばり)珈琲店 〜お気の毒ですがまた幸せな結末です〜

ナナセ

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第2章

(3)就活惨敗女子

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手塚 美空てづか みそらの場合】


 人見知り。話し下手。あがり症。
 自身の性格をまとめると、この三つになるだろうと思っている。

 今日の面接も上手く話せなかった。きっとまた、不採用通知が届くに決まっている。
 既に大学四年の今、友人達はとっくに内定を勝ち取っているというのに、自分だけ一向に通りそうな気配がない。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  手塚美空様


  選考の結果、
  この度は採用を見送らせて頂きます。

  末筆ではありますが、
  今後のご活躍お祈り申し上げております。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 この企業からの不採用通知メールを、就活生の間で『お祈りメール』と呼んでいる。それは必ず、最後に取ってつけたようにお祈り申し上げてくるからだ。

 採用はしないくせに、お祈りだけはきっちりと申し上げてくる。断り文句のテンプレートだと知りつつ、それでも苛立ちを覚えずにはいられない。

 不採用のたびに祈られているのだから、そろそろ祈りが天に届いていい頃なのではと、私は空を見上げた。

 どんよりした曇り空。天気予報は晴れだったはずなのにとまた少し気が滅入る。溜息を吐きながら、私は帰宅の為に駅へと向かった。

 地下鉄へ降りる階段の前で、何かを案内している青年が目に入る。手に持っているのは、演劇のポスターとチケットの束のようだった。

 そんな彼の隣には黒猫がいて、手元のチケットをじっと見つめている。そして黒猫が、そのチケットに飛びついたのだ。

「あ!」

 青年の手から舞い散るチケット。自分の方へ飛んできた数枚のそれに、私は思わず条件反射で手を伸ばす。

「すみません! ありがとうございます!」

 青年が遠くに飛んだチケットを追いかけながら、こちらを振り返り叫ぶ。それからすぐに走ってこちらへとやって来た彼に、私は拾ったものを差し出した。

「五枚しか拾えなかったんですけど」
「いえいえ、助かりました! 本当にありが…………あれ? 手塚さん?」

 突然、苗字を呼ばれて驚く。青年を見つめたまま固まっていると、彼が目深に被っていた黒い帽子をとり名前を名乗った。

「高校で一緒のクラスだった、雨宮。覚えてない?」

 雨宮……。
 名前を聞いて、目の前の青年の顔と、学生服を着た追憶の中の彼が重なる。

「あ……。雨宮くん」

 雨宮くんは高校の同級生だった。
 自身と同じで、彼も割と地味な学生だったと記憶している。いつも気怠げな雰囲気で覇気のない印象だった。

 しかし今、真正面から見た彼の瞳には、強い意志と何かキラキラとした光のようなものを感じる。

「それ何のチケット?」
「ミュージカルだよ。俺、劇団に入ってて」
「え? すごいね」
「や、全然売れない貧乏劇団。多分、そろそろ解散かもしれない」
「そうなの?」
「うん。でも、まぁ、好きなことやってるから楽しいし、今はやれるとこまで挑戦しようと思ってる」

 恥ずかしそうに笑った雨宮くんの姿を、私は少し羨ましく思った。

「もしよかったら、それ、一枚売ってくれない?」
「え? あ、ごめん! そんな気は使わなくていいから!」
「ううん。気になって、見てみたいの」
「それなら、拾ってもらったお礼ってことで」

 そう言って雨宮くんがチケットを差し出す。

 でも。いやいや。でも。どうぞどうぞ。そんなやり取りを何ターンか繰り返し、結局、私がチケットを貰うことになった。

「ありがとう。楽しみにしてるね」
「うん。あ! そうそう、高三の時に担任だったも来てくれるんだよ」
「え? 雨宮くん、今もと交流があるの?」

 高校卒業から、もう三年以上の月日が流れている。雨宮くんに聞くと、一年ほど前に駅前で再会したとの事だった。

 そこからしばらくは雨宮くんの公演を見に来ていた真田先生が、半年間ほど連絡が途絶えた期間があったという。

「ぱったり返事が来なくなってさ。でも、多忙にしてるなら、俺からあんまり連絡するのもダメかなと思って控えてたんだ」

 それが最近になり、また真田先生の方から連絡をくれるようになったとの事だった。
あったのだろうか。

「手塚さんが見に来てくれる事、真田先生にも伝えていい?」
「うん」

 真田先生はどんな生徒にも分け隔てなく接してくれる優しい先生だった。再会できたら、就活の事を相談してみようかと考える。

「じゃあ、また」
「うん、またね」

 面接の失敗で落ち込んでいた心が、偶然の再会のお陰で少し弾む。

 そして雨宮くんとの別れ際に、サヨナラではなく「またね」と言えたことを、なぜだかやけに嬉しく感じる自分がいた。

 再会のきっかけをくれたあの黒猫に感謝しなければと、そう思って周りを見渡す。

 なぜか落ち込んでいるような雰囲気で、とぼとぼと歩いていく黒猫の姿を発見し、私は不思議に思って首を傾げたのだった。
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