帳(とばり)珈琲店 〜お気の毒ですがまた幸せな結末です〜

ナナセ

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第6章

(16)死神

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 ーーそして、TOBARIマンション最上階の一室。


『あなたとよく似た弟』

 帳さんがそう口にするたびに、死神は寂しい気持ちになった。

「弟さんと……」

 似ているから。
 帳さんは自分の事を、気にかけてくれるのだろうか。もし似ていなかったなら、帳さんの自宅でこんな風に、ソファーでソイラテを飲みながら話をする事も無いのかもしれない。
 
 やはり自分が、誰かの友人になどなれる訳がなかった。そう思うと、途端に胸の奥が苦しくなってくる。

『とても楽しいですよ』

 私との会話が楽しいと、帳さんは言ってくれた。
 けれどそれは、友達だからではなく、帳さんの弟への家族愛がそう思わせているだけなのかもしれない。

 友人の あかしが形あるモノであったなら、勘違いや無駄な期待をしなくてすむのに……。

「帳さんにとって、友人の証はどの様なものですか。共に過ごした、時間の長さですか?」

 それなら、出会ったばかりの自分は論外という事になる。

「友人の証……ですか?」

 驚いたような帳さんの問い掛けに、私は視線をそらしたまま頷いた。

「そうですね。それを考えた事はありませんが……。時間や、他の何かに、僕の友人を勝手に決め付けられるのは嫌ですね」
「え?」
「僕の友は、僕が決める」

 少しの迷いもない声に、私は驚いてマグカップを落としそうになった。

「でも、でもそれだと……。例えば帳さんが一方的に友人だと思っているだけで、相手はそう思っていないと言う場合もありませんか?」

 現状は自分が一方的に友人だと思っているだけで、帳さんはそんな風に思ってなどいないのかもしれない。

 ハッキリとした形がないから。
 事実を知って、傷つくのが怖い。

「そういう場合も、ありますね。でも……だから僕らは、話をするんじゃないですかね。自分を知って欲しいから、相手を分かりたいから、僕らは話す。全ては分からなくても、分かち合えるものを増やすために」

 前を向いていた帳さんが、こちらに視線を向ける。私もそちらを見た。

「あなたの友を決めるのは、あなたの心でいい。僕は、そう思います」

 真っ直ぐな声が、心につき刺さる。

 怖がっているだけでは、いけなかったのか。帳さんの言葉で、臆病な心に少しだけ勇気の明かりが灯った。


『自分を知って欲しいから、相手を分かりたいから、分かち合えるものを増やす為に、僕らは話す』


「帳さん。また、お話をしてもいいですか」
「もちろん。まだまだ、死神さんのお話は途中でしょう?」
「はい!」

 今宵は、嬉しかったことを話したいと思った。
 自分が何を嬉しいと感じるのか、何を悲しく思うのか。帳さんに知って欲しい。そして、それを彼がどう感じたのかを知りたいと思った。

「ホームで自殺寸前だったあの真田さんに、小町さんの家の路地裏で『有り難う』と言われたんです」

 小町さんの家を訪ねてきた真田さんに見つかり、ホームで飛び付き缶コーヒーを落とした事を責められるのかと身構えた。
 しかし彼は、お礼が言いたかったのだと話し掛けてきたのだ。

『有り難う。君のお陰で、俺は今も生きてるよ』

 その言葉が、たまらなく嬉しかった。

「私は死神で、人を不幸にしなければいけないのに……。真田さんにそう言ってもらえて、とても、とても嬉しかったんです」

 けれど笑えるくらいに、それは死神失格だ。
 在るべき姿を、何もかも間違えている。

「それでも嬉しかった。私は、嬉しかったんです。それを帳さんに、知ってもらいたくて」

 帳さんの目を見つめて私は笑った。

「素敵な出来事ですね」
「はい」
「僕はそれを嬉しいと思える。そんなあなたに出会えたことを、嬉しいと思っています」

 出会えて嬉しい。
 マグカップを握り締めて、初めて貰った言葉を噛み締める。隣同士でソファーに座りながら、眠る前の一時を雑談で楽しんだ。

『自分を知って欲しいから、相手を分かりたいから、僕らは話す』

 会話する事を苦手だと思っていた私にとって、彼に聞いたこの言葉は、この先もずっと自分の心に残り続ける指針になるような気がした。

「それから、名前が嫌いな初音さんと夢を諦めた真島さんとも公園で再会したんです」
「それは興味深い再会ですね」
「あと、売れない劇団員の雨宮さんに会った話もしたくて……」

 マグカップのソイラテが空になっても、私と帳さんのお喋りは続いた。


 *


「そろそろ休みましょうか。死神さん、寝落ちしそうですよ」
「こんなに、夜更かしをしたのは、初めてです……」

「死神なのに朝型なんですね。僕は完全な夜型人間です」
「あー、だから……珈琲店も……夕刻、から……」

「もう寝てください。ちなみに猫に変身するのでしたら、我が家で一番高級なふかふかの毛布をお貸ししますよ」
「あの……このままだと、ふかふかの毛布は、お借りできないのでしょうか」

「そのままの場合は、我が家で一番どうでもいい毛布をお貸しします」
「えっと…………。え? 扱いに差がありすぎて! なんか一気に目が覚めましたっ!」

「猫になりますか……なりませんか」
「イラッとしたので、なりません!」

「空気読めねー、死神だな」
「口悪っ! そのたまに出る口の悪さはなんですか! もう帳さんの前で、ぜっっったいに猫に変身しないって決めた」
「この自宅からあなたを追い出す権利が僕にあるって、知ってます?」



 沈黙、そして、沈黙。



「えっと……。猫に変身しまーす!」

 私が敬礼しながらそう言うと、帳さんが「ふはっ」といつものように吹き出したのだった。
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