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10、初恋に終止符を打つ日
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次に目を開いたとき、わたしは見慣れた寝室の中にいて、聞き覚えのある母さんの威勢のいい声を耳にした。
変わらぬ朝だ。
上から下にかけて、ずしりと重みを感じ、体内にゆったり熱が戻り始める。
ぼやけた焦点が徐々に定まってきたとき、今度こそ自分の世界に戻ってこれたことを実感した。
わたしは『禁断の森』に迷い込んだ上にそこで気を失い、高熱を出して三日三晩寝込んでいたのだという。
心配でおかしくなりそうだったと取り乱した両親には酷く叱られ、今にも泣きそうな顔で現れたテオにはずいぶんきつく抱きしめられた。
わけが分からなくて混乱と動揺で呆然と日々がすぎる中、わたしは少しずつ現実を理解し始めていった。
わたしは、夢の中で見ていた愛理の記憶をすべて持っている。
彼女の好きだった物語の展開も忘れることはない。
夢の中の話だと思い込もうとしたけど、あんなも生々しい話を夢として片付けることはどうしてもできなかった。
今まで見たことのある夢のように、時間が経てば少しずつ忘れていくものでもない。
愕然とした。
六年後に、魔物が街を襲ってくる。
平和だとみんなが笑い合うこの穏やかな街に。
そして、テオルドは勇者として認められる。
伝説の宝剣を手にできたのは彼だけだったからだ。
それはとても誇らしく、嬉しいことだ。
でも、
「……っ」
いつの間にか溢れた涙が瞳からこぼれ落ち、止めどなく頬を伝う。
「ど、どうして……」
彼の物語に、わたしはいない。
巫女と呼ばれる少女が現れて、悪役令嬢まで登場して、もっと言えばほんの少し滞在した村や街で出会った女性たちでさえ、みんなには名前も設定も少なからずあるというのに、わたしだけは名前すら登場してこなかったのだ。
彼の未来にわたしがいない。
そう思えたら涙が止まらなかった。
大好きで大好きで大好きだった。
それだけに、受け入れたくなかった。
あの物語の中のわたしには、結末どころか、存在すらも与えられることはない。
なきものにされたこれからの未来。
そんなのあんまりだ。
泣いて泣いて、涙が枯れるほど泣いた。
その間も離れることなく優しく接してくれるテオの存在に胸がいたんだ。
今までずっと、なにかに熱く、一生懸命がむしゃらに生きてきたわけではない。
ただぼんやり家業を手伝いながら、テオと遊んだり、家族と一緒にのんびり暮らしてきた。
自慢できるほどの人生ではなかったけど、わたしにとっては何にも変えられない大切な日々だった。
それなのに、そんな毎日をなかったことにされるなんてあんまりだ。
泣いて泣いて泣いたあとに、凡人にもなりきれなかった自分を責めることをやめた。
これ以上責めたって意味はないのだ。
それよりもあまりにも惨めでわたし自身が可哀想だ。
愛理の視点も加わったからか、自分でも驚くほどわたしは自分自身に対して客観的に考えることが増え、そのせいか余計にそう思えるようになった。
わたしという存在の結末を作ってあげられるのは、わたししかいない。
いつの日か、そう思うようになった。
そうなると、わたしは自分の未来予想図を自分自身で変える必要があった。
あと六年後まで報われない恋をする必要はあるのだろうか。
どれだけ頑張っても、いずれはその日が来てしまう。
そのときにわたしは耐えられるのだろうか。
今なら、今ならまだ間に合う。
気持ちの軌道修正を行うのなら今しかない。
勇者は、わたしのそばから、わたしたちの住む街からいなくなってしまうのだ。
そこで、ふと顔をあげる。
勇者がいなくなった街は、次は誰が守るのだろうか。
初めてそんな疑問が浮かんだ。
いくら魔物を倒したからといって、それらがまた再び襲ってこないという保証はない。
そんなときに誰が彼のかわりに立ち上がることができるのだろうか。
わたしは未来を知ってしまった分、やらねばならないことがあるはずだ。
そんなふうに思った。
いつまでも泣いてなんていられない。
ううん。
強くなりたいと思った。
わたしにできることをしたい。
その日から、わたしは自分の恋心に終止符を打つことを決めた。
十歳の春のことだった。
短い初恋だったけど、これ以上想いが強くなる前で良かったと思うことにした。
変わらぬ朝だ。
上から下にかけて、ずしりと重みを感じ、体内にゆったり熱が戻り始める。
ぼやけた焦点が徐々に定まってきたとき、今度こそ自分の世界に戻ってこれたことを実感した。
わたしは『禁断の森』に迷い込んだ上にそこで気を失い、高熱を出して三日三晩寝込んでいたのだという。
心配でおかしくなりそうだったと取り乱した両親には酷く叱られ、今にも泣きそうな顔で現れたテオにはずいぶんきつく抱きしめられた。
わけが分からなくて混乱と動揺で呆然と日々がすぎる中、わたしは少しずつ現実を理解し始めていった。
わたしは、夢の中で見ていた愛理の記憶をすべて持っている。
彼女の好きだった物語の展開も忘れることはない。
夢の中の話だと思い込もうとしたけど、あんなも生々しい話を夢として片付けることはどうしてもできなかった。
今まで見たことのある夢のように、時間が経てば少しずつ忘れていくものでもない。
愕然とした。
六年後に、魔物が街を襲ってくる。
平和だとみんなが笑い合うこの穏やかな街に。
そして、テオルドは勇者として認められる。
伝説の宝剣を手にできたのは彼だけだったからだ。
それはとても誇らしく、嬉しいことだ。
でも、
「……っ」
いつの間にか溢れた涙が瞳からこぼれ落ち、止めどなく頬を伝う。
「ど、どうして……」
彼の物語に、わたしはいない。
巫女と呼ばれる少女が現れて、悪役令嬢まで登場して、もっと言えばほんの少し滞在した村や街で出会った女性たちでさえ、みんなには名前も設定も少なからずあるというのに、わたしだけは名前すら登場してこなかったのだ。
彼の未来にわたしがいない。
そう思えたら涙が止まらなかった。
大好きで大好きで大好きだった。
それだけに、受け入れたくなかった。
あの物語の中のわたしには、結末どころか、存在すらも与えられることはない。
なきものにされたこれからの未来。
そんなのあんまりだ。
泣いて泣いて、涙が枯れるほど泣いた。
その間も離れることなく優しく接してくれるテオの存在に胸がいたんだ。
今までずっと、なにかに熱く、一生懸命がむしゃらに生きてきたわけではない。
ただぼんやり家業を手伝いながら、テオと遊んだり、家族と一緒にのんびり暮らしてきた。
自慢できるほどの人生ではなかったけど、わたしにとっては何にも変えられない大切な日々だった。
それなのに、そんな毎日をなかったことにされるなんてあんまりだ。
泣いて泣いて泣いたあとに、凡人にもなりきれなかった自分を責めることをやめた。
これ以上責めたって意味はないのだ。
それよりもあまりにも惨めでわたし自身が可哀想だ。
愛理の視点も加わったからか、自分でも驚くほどわたしは自分自身に対して客観的に考えることが増え、そのせいか余計にそう思えるようになった。
わたしという存在の結末を作ってあげられるのは、わたししかいない。
いつの日か、そう思うようになった。
そうなると、わたしは自分の未来予想図を自分自身で変える必要があった。
あと六年後まで報われない恋をする必要はあるのだろうか。
どれだけ頑張っても、いずれはその日が来てしまう。
そのときにわたしは耐えられるのだろうか。
今なら、今ならまだ間に合う。
気持ちの軌道修正を行うのなら今しかない。
勇者は、わたしのそばから、わたしたちの住む街からいなくなってしまうのだ。
そこで、ふと顔をあげる。
勇者がいなくなった街は、次は誰が守るのだろうか。
初めてそんな疑問が浮かんだ。
いくら魔物を倒したからといって、それらがまた再び襲ってこないという保証はない。
そんなときに誰が彼のかわりに立ち上がることができるのだろうか。
わたしは未来を知ってしまった分、やらねばならないことがあるはずだ。
そんなふうに思った。
いつまでも泣いてなんていられない。
ううん。
強くなりたいと思った。
わたしにできることをしたい。
その日から、わたしは自分の恋心に終止符を打つことを決めた。
十歳の春のことだった。
短い初恋だったけど、これ以上想いが強くなる前で良かったと思うことにした。
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