【完】結末のないモブキャラは仕方がないので自身の恋物語に終止符を打つことにしました

保桜さやか

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36、ヒロイン気取りのモブキャラ

「ちょっ……」

 ち、違う。

 思考回路が停止する。

 大きな腕や胸元に、意識をすればするほど鼓動がけたたましい音を立てる。

「て、テオ……」

 違う違う違う。

 このムードは、決してわたしたちに訪れるべきののではないことをわたしが一番良くわかっている。

 自惚れかもしれない。

 でも、回避できるものなら回避したい。

 だけど、この心地よい空間から情けなくもわたしは脱することができない。

「アイリーン」

「は、はい……」

「どこにも行かない?」

「いっ、行かない……」

 胸の音がドクドクと高鳴り、きっとテオにも聞こえているはずだ。

 脳内が正常に働かない。

 逃げなきゃいけないのに、だんだんぼんやりしてきたわたしはただただ彼に身を任せるような形になっていた。

「安心した」

 見上げた先でテオが優しい瞳をこちらに向け、顔をくしゃっとさせて笑った。

 昔と変わらない人懐っこい笑顔だ。

 わたしのよく知るテオの姿だった。

「魔物と遭遇するたびに、アイリーンが遠くに行ってしまう気がして気が気じゃなかったんだ」

 わたしに回す腕を緩めることなくテオは続けた。

「アイリーンになにかあったらって、そう思うと怖くなった」

 十歳のわたしが魔物に襲われたことを唯一知るテオだからこそ、心配してくれているのだろう。

 そう思うとなんだか申し訳なく思う反面、心が暖かくなった。

「わたしは大丈夫よ」

 嬉しかった。

「テオもついていてくれるし、心強いわ」

 あ、甘い……甘すぎる!!

 自分で口にしておきながら、一体何を言っているのだと冷静に焦るもうひとりの自分もいた。


 違和感はあった。

 いや、違和感しかなかった。

 ぐるぐるぐるぐる、病み上がりの脳内で一生懸命考えを巡らせる。

 この展開は、わたしたちには用意されるべきではないムードだとは知っていたものの、わたしの言葉にテオがあまりにも嬉しそうな表情を浮かべるものだから、思わずにやけてしまいそうだった。

 とはいえ、やっぱり頭の奥底で訴えかけている違和感を拭うこともできない。

 一年後、いえ……もしかすると多分もっと早く、わたしは物語の中、そしてテオの中から姿を消す。

 美琴ともうひとりの主人公とも言える人気者の勇者様の過去に、作中では語られないキャラクターとのこんな複雑な物語があってもいいものなのだろうか。

 というか、愛理の記憶で覚えていないだけで本当はテオというキャラクターにはこんな過去があったのだろうか。

 語られていない部分の物語については勇者が物語の中で語らない限り読者である愛理わたしにはわからない。

 番外編くらいでさらっと語られるのだとすれば、たとえ過去の話とはいえ、かなり複雑だと客観的に思ってしまうのは、愛理が美琴推しのせいだろう。

 当て馬なんていらない。

 過去に親しかった女との思い出なんてもっと不要だ。

 王道ファンタジーは、ヒーローがただひたすらヒロインを愛するものなのだと愛理の中では絶対条件だ。

 なんなら、きっとわたしもそうだ。

 今も昔も変わらずまっすぐ一筋、純愛であってほしいのよ。

 主役たちの出会いは必然で、運命だったのよ。

 たとえ、相手がわたしでなくても……それが物語なのだとわたしだって理解しているのだから。

「はは、百面相」

 いろいろと考えを巡らせるわたしの気も知らず、テオは大きな手をわたしの両頬に添え、ぷっと吹き出す。

「変な顔してる」

「だっ……」

 誰のせいよ、そう言ってやろうとしたとき、このおてんば娘、と聞こえた気がして、油断をした隙にテオの美しい顔に引き込まれてしまった。

「テ……」

 言い終わる前にゆっくり重ねられた唇に身動きを封じられる。

 じんわりと伝わる熱に我に返る。

 えっ……

 ちょっ……

「ちょっ!」

 思わず顔を反らせ、今度こそこの世のものとは思えないくらいの奇声を発してわたしは全身から力が抜けたのが感じられた。

「な、なんでっ!」

「……アイリーン?」

 不思議そうにわたしをこちらを見つめるテオはなぜわたしが動揺しているのかわかっていない様子だ。

「ちょ、ちょっとちょっと……」

 裏返った声でわめき、大パニックを起こすわたしにテオは照れくさそうに笑った。

 その笑顔はあまりにも屈託のないもの。

 わたしのよく知るテオで……って、ちょっと待って!!

 ち、違う!

 違うのよ。

 これはわたしたちに与えられた物語じゃない。

 わたしに与えられた物語じゃないのよ!!

 魔物がわたしたちの街に現れるまであと一年。

 わたしは、勇者にこんな過去があったなんて信じたくない!

 王道のラブストーリーに勇者の過去の過ちのシーンは不要なのよ!!

 愛理の声とともに、そんな言葉が脳裏をよぎった。
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