学園のアイドルは料理下手。目立たぬ俺は料理講師~いつの間にやら彼女を虜にしていた件~

波瀾 紡

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【48:春野日向はご飯を運ぶ】

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「あの、これ……よけとくね」と言う声に違和感を感じて、サイドテーブルがある方を振り向いた。
 するとそこに立っていたのは片手には食事を載せたトレー、もう片方の手には国語辞典を持った日向だった。

「あ……あれぇっ? な、なんで日向が?」
「祐也君の晩ご飯を持ってきた」

 そう言って日向はニコリと微笑んだ。

「それは見ればわかるけど……由美子先生のヤツ、日向を使うなんて」
「いえ、違うの。先生が祐也君に食事を持って行くって仰るから、私に持って行かせてくださいってお願いしたの」
「え? なんで?」
「えっと……せっかくだから祐也君の顔を見たいなと思って……これ、私が作ったんだ」

 そう言って、日向は料理を載せたトレーをサイドテーブルの上に置いた。見ると旨そうな肉じゃがだ。

 ──俺の顔を……見たい?
 マジか?

 ──あ。
 散らかった部屋を日向に見られていることに気付いて、まるで裸を覗かれたような小っ恥ずかしさがこみ上げてくる。

「ごめんな、汚い部屋で」
「ううん。綺麗に片付いてる方じゃないかな。祐也君ってきっちりしてるね」

 勉強を始める前に片付けをしたことが、たまたま功を奏した。確かにいつもよりは、ずいぶん綺麗に片付いてる。

「あ、これ。どこに置いたらいい?」

 そう言う日向の手を見たら、国語辞典が握られている。しかもご丁寧に、先程開いていたページをちゃんと開いた状態で。
 そう言えばさっき、ページを開いた状態のまま、辞書をサイドテーブルに置いたんだった。

 印を付けていたことを、すっかり忘れていた。部屋の中なんかよりも、もっと見られてはいけないもの。
 『恋』という単語にシャーペンでぐるぐると印を書いているなんて、日向に見られたら何事かと引かれるに違いない。急にドクンドクンと鼓動が高鳴る。

「あっ、こっちに置くよ。貸して」
「あ……うん」

 日向は手を伸ばして俺に辞書を差し出しながら、そのページを目で追っている。
 これは──日向は確実に気がついている。

 そう思うと、さらにドクンと鼓動が跳ねた。

「あ、勉強の邪魔したら悪いから、もう帰るね」

 日向は焦ったように引きつった笑いを浮かべて、そそくさと退散しようとしている。マズい。このままだと、誤解されたままだ。

 あ、いや。誤解と言うか……
 何を誤解されるのかはよくわからないけど、とにかくこのまま帰してはいけないと気ばかりが焦る。

「あっ、ちょうど10分ほど休憩しようと思ってたとこなんだ。だから大丈夫」
「そ、そうなの? 良かった」

 日向を引き留めたはいいけど、部屋の中に突っ立ったままにさせるのも忍びない。かと言って椅子は自分が座っている勉強机の物しかないし、床はフローリングで座布団も無いし、どうすればいいのか。

「あ、ごめん。そこ、座って」
「あ、……う、うん」

 仕方なくベッドを指差すと、日向はそこに遠慮がちにおずおずと腰を下ろした。

 ベッドの端に浅く腰掛けた日向は恥ずかしいのか、頬が少しピンクに染まっている。俺は勉強机の椅子をくるりと回して、日向の方に向いて座った。

「こ、ここで祐也君は寝てるんだね……」
「お、おう。ベッドだからな」
「そ、そうだね。ベッドは寝る所だもんね。わ、私、何を変なこと言ってるんだろ? あはは」
「そ、そうだね、あはは」

 ダメだ。なんかわからないけどお互いに恥ずかしくて変な空気になってる。
 それに自分の部屋で女の子と二人きりなんてシチュエーションは思いもよらないことで、頭がフラフラして、俺もテンパっている。

 いや、それよりも、とにかくあの辞書のことを言い訳しないと。

「あ、あの辞書のことは、気にしないでくれ」
「あ、ああ。あの辞書……ね」

 ああダメだ。俺は何を言っているんだ。気にしないでなんて言うと、かえってそこに注意を向けさせるだけじゃないか。

 そう思って日向の顔を見たら、真っ赤になったままで、何やら深呼吸をして、大きく息を吐いている。
 何か気合いを入れているようにも見える仕草だ。どうしたのだろうか。

「あの……祐也君って……誰か好きな人がいるの?」

 日向のあまりにストレートな質問が、俺の頭をガツンと殴ったような気がしてふらついた。

「な、何を言ってるんだよ。あれはたまたまその単語を調べてただけで……」

 その言い訳はあまりに白々しいと自分でも思う。『恋』なんて単語を、高二の勉強でたまたま調べることなんてほとんどあり得ない。

 日向は赤い顔をしたまま、息を飲むような表情で黙って俺を見つめている。

 俺には好きな人は……
 いや、待て。

「……いや、あの……えっと。あはは。それよりも、ひ、日向はどうなんだ?」
「ほぇっ!? わ、私っ!?」

 急に逆襲を食らって面食らったのか、日向は珍しく間抜けな声を上げた。口をぱくぱくさせて、あわあわしている。

 目鼻立ちがくっきりとした美少女が慌てる姿というのは可愛いものだ。

 しかしふと、日向には付き合っている男性がいるのかどうか、今まではっきりと確認したことはなかったことに気づいた。

 学校でもそんな噂を聞いたことがないし、料理教室で関わるようになって日向って案外純情なんだと知ったから、てっきり彼氏はいないものだと決め付けていた。

 しかし俺と関わりがあることも学校では完全に隠し通しているのだから、実は日向に彼氏が居て、それを隠しているという可能性も否定はできない。

「あ、日向くらい可愛くて人気があったら、彼氏くらいいるのが当たり前か」
「えっ? いないよ! か、彼氏なんていない!」
「ホント?」
「うん、ホント!」

 両手を顔の前でぶんぶんと横に振って、日向は完全否定している。真剣で必死な顔つきを見ると、どうやらそれは本当のことのようだ。

 そんな日向の姿を見て、ホッとした。
 ──ん? ホッとした? 俺が? なんで?

「で、祐也君の方はどうなの? 好きな人はいるの?」

 ──あ。誤魔化せたと思っていたのに、日向はまた俺の方に話題を振ってきた。

「あ、いや。日向が答えてくれたら俺も答える」
「いえいえ、祐也君が先に答えてくれたら私も答える」
「いやいや、日向が先に……」
「いえいえ、祐也君が先に……」
「何をおっしゃいますか。日向が先に……」
「祐也君こそ遠慮しなくていいからお先にどうぞ……」

 日向は真っ赤な顔で必死になっているけれども、俺も相当必死な顔をしていたのかもしれない。
 お互いにそんなことを言い合って埒が明かないことに気づいて、二人とも無言になって見つめ合っていた。

「……」
「……」

 そしてやがて二人ともおかしくなってきて──

「ぷっ……ふふふ」
「ぷぷっ……ははは」
「ふふふ、あはは」
「ははは……あっはっは」

 二人で腹を抱えて、大笑いし始めた。
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