王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います

卯藤ローレン

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番外編①

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「セドリック様、おはようございます。今日も晴れやかな日ですわね」
「ごきげんよう、セドリック様。週末は楽しくお過ごしになられました?」
「今日もきりっとしたお顔立ちが目の保養です、セドリック様。わたくし、うっとりしてしまいます」

 きゃっぴきゃぴのご令嬢方に囲まれて黒髪の高身長男子が困っている。
 不必要な接触をしないように長い腕を極力縮こませて、眉毛をひしゃげながら。
 そんな明らかに気まずそうな表情も天下の乙女たちにかかれば魅力のひとつに早変わりするようで、悲しいかな、彼のリアクションは新規漁場開拓を自ら行っているようにしか見えない。

「あーあーあー、今日も今日とて囲まれちゃって。大変そうだね、僕の婚約者は。まさしく入れ食い状態」
「すごく他人事だな、ウィリム。放っておいていいの?」

 少し離れた場所で騒動を見物しているのは、ウィリム・エヴァンズとジェイド・フォクスターの侯爵家子息たちだ。
 週始まりの月曜、学院の馬車止めには相変わらずの光景が繰り広げられている。

「王女のあの一件以来、アンダーソンの人気は連日高止まりだって?」
「そう。幸運なのか不運なのかは分かんないけど、靡かずに撃退したのが意外にも追い風になってるみたい」
「王女はビジュアル人気もあったけど、その反面、敵も多かったからな。王族の高飛車も、行き過ぎると毒になるっていう良い例。アンダーソンにとっては、とんだ災難だろうけど」
「あぁ、ちょっと猫背気味になってきちゃった。あれは相当やられてるね」

 ここ二か月ほどの間で激変を飛び越えて鬼変したウィリムの婚約者、セドリック・アンダーソン。
 その見た目はほぼ完成されたと言っても過言ではないほどに輝いているが、社交性は駄目だ。
 特殊能力家系のせいで人付き合いはほぼ皆無、内に籠りがちな性格は矯正されていない。
 そのため人に囲まれすぎると、自らの闇に沈んで行ってしまいそうになる。

「あーそろそろ助け時な気がする」
「ていうか、ちょっと遅すぎるくらいだと思うけど。明らかに表情が死んでいってる」

 絶望を描いた絵画のど真ん中に鎮座していそうな様子のセドリック。
 手の掛かる、けれど可愛い婚約者の助け舟になろうとウィリムは足を踏み出した。
 瞬間。

「セドリック様、わたくしと婚約をしてください!」

 突然に大公開された令嬢の告白。
 それは誰の動きを止めるにも効果的だった。
 ウィリムもその場に縫い止められた。

「恥ずかしながらわたくし、セドリック様がお持ちになる引力に今までちっとも気づきませんでした。大馬鹿者でしたわ。こんなにも素敵な方と同じ学院に通っていたのに、何を見ていたんでしょう。後悔しています。けれど、知ってしまったからにはこの想い、秘めておけそうにはありません」

 第三王女といいこの令嬢といい、我が国の女性は大胆だ。
 とても良い。
 素直であることは物事を円滑にする、とウィリムは思っている。
 無駄に画策したり謙虚すぎたり、回りくどいやり方ばかりだとコミュニケーションに支障が出る。
 社会の血管を無駄な滞りで詰まらせるよりも、粘り気のない流れでいつでも綺麗にしておく方が絶対的に良い。

 良い、のだが。

「ウィリム様のエヴァンズ家は誇り高き侯爵家ですが、何も男性同士で結婚をすることはないではありませんか。わたくしは伯爵家ですが、セドリック様をお支えする準備は整えております。どうぞ、ウィリム様とのご婚約は破棄されて、わたくしと結ばれてください!」

 無邪気な告白に、ウィリムは作り笑いも禁じ得ない。
 半ば白目になりながらの高速まばたきは留まることを知らない。
 王女以外でも、同じレベルの高慢ちきがいたなんて。
 割れてもいない、ヒビさえも入っていない関係性に無理やり手を突っ込んで強引に引き裂こうとしてくる乙女がいようとは。

「あーあーあー、貴族って本当に貴族。欲望に見境がなくて、気絶しちゃいそうになるね」
「まぁ、欲しいものは欲しいと言える立場だし、求めるものが手に入り易い環境だからな。あの娘さん家って確か前当主の爺さんが孫大好きが過ぎて、何でも買い与えてるって聞いたことある気がする」
「甘やかしの親戚が周りにいると純粋培養高慢ちきが育つんだ……王女様と同じ匂いがする……」

 とか何とか、ウィリムとジェイドが話している間にも、火の付いた乙女の恋情はヒートアップするばかりのようで。
 人だかりをかき分けた令嬢は、思い余ってあろうことかセドリックに抱きついた。

「うわ! うわー大胆! って、ウィリム?!」

 率直な感想を漏らすジェイドの横にいたウィリムは、風の如く走り出した。
 野生動物顔負けのスピードだ。

「こらー! 何してんだー!」

 そして腕を振り回して人波に身体を捻じ込むと、輪の中心へと突進した。
 セドリックと令嬢のすぐ前へと出る。

「乱暴にしてごめん、触ってごめん。でもこれはルール違反!」

 密着するふたりの間に両手で作った手刀を挟むと、それを思い切り左右に割った。
 有り余る勢いでそのままセドリックを背に隠して後ずさると、その場にいた誰しもに聞こえる声ではっきり明言した。

「これは僕のだから! 僕の恋人で、僕の婚約者で、僕のセドリック・アンダーソンだから! 誰にも譲らないし誰にも触られたくないし、誰にも抱きつかれたくないし! そういう特権は全部、僕だけのだから!」

 鼻息荒く表明した。
 一思いに言い切った。

「…………」
「…………」
「…………」

 しん……となる制服の集団。
 誰ひとりとして口を開く者はいない。
 唖然としている。
 貴族がひとり残らず唖然としている。
 沈黙が場に降り積もって、足元を埋めていくかのようだ。

 若干の息切れをしていたウィリムは、静かに呼吸を整えながら、徐々に徐々に自分がしでかした事態を把握していった。

 公開大告白をした令嬢よりも、がむしゃらな告白をしてしまった。
 玩具を取られて泣き叫ぶ子供のような必死さで、自分のものだと主張してしまった。

 穴があったら入りたい。
 もしなくても、モグラの生霊を降臨させて自ら掘って入りたい。
 なんたる失態を晒してしまったんだ。
 恥ずかしい、やらかした。
 余裕のない貴族はそれだけで、冷笑の対象になるというのに。

「あ、いや、これはその……」

 喚く心臓に沸騰する顔が苦しくて涙目になる。
 弁明しようとするのに口が縺れて上手くいかず、絶望を感じていると。

「っ……セドリック?」

 後ろからふわりと抱き締められた。
 胸の前で交差して回された腕に、あたたかく支えられた。
 後ろに隠して守っているつもりで、実際は、大きな存在に守られている。

「嬉しい。ありがとう、ウィリム。好きな人に好きだと言ってもらえて、俺は本当に幸せだ。泣きたくなるほど幸せだ」

 耳元で聞こえる声。
 それは、ウィリムの全てを全肯定する優しさを伴っていて。
 セドリックのことを顧みず独善的な宣言をしたウィリムの何もかもを受け止めて包み込む、慰めを含んでいて。
 急騰していた負の感情が落ち着いていく。

 すぐ近くにある婚約者を見つめた。
 星の散る黒い瞳は、ウィリムだけを映して深く深く煌めいていた。

「好きだ、ウィリム・エヴァンズ」
「僕も好きだよ、セドリック・アンダーソン」

 見つめ合っていた顔が前を向く。
 横顔も魅力的だ、なんてウィリムは思ったりして。

「皆にも伝えておこう。ウィリムは俺の闇に光を与えてくれた初めての人で、俺を変えてくれた初めての人で、俺に家族以外の誰かを愛しく思うことを教えてくれた初めての人だ。どうしようもないほどに好きで、永遠に好きで。共に生きて共に死にたい、そんなことを願ってしまうくらいに好きで、俺はいま本当に幸せなんだ」

 唐突に始まったセドリックの語りに、ウィリムは内心で慌てふためく。
 猛烈に甘い痺れが全身を襲う。
 嬉しくて、恥ずかしくて、叫びたくて、踊り狂いたくて。
 情緒が狂喜乱舞している。

「だから、学院内に周知徹底してほしい。俺はウィリム・エヴァンズのものだ、と。俺の心はウィリムの胸の中にある、と」

 思わず手で顔を覆った。
 居たたまれなくて、少しでも隠れてしまいたくて。
 すぐにその手を掴まれた。

「セドリック?」
「行こう、ウィリム」
「え、あ、ちょっ」

 そして、手を引かれて連れ去られた。
 振り返る群衆も親友も、どんどん遠ざかっていく。

 校舎を抜けて中庭を抜けて、それでもスピードは緩まない。

「セドリック、どこに行くの?」
「どこでも。君と一緒なら、どこまでも」
「行き先決まってないの? このままだと敷地外に出ちゃうんだけど……!」

 走りながら会話するのは息が切れる。
 へこたれそうになる足は、疲労困憊の限界値をとっくに超えている。

 けれど、立ち止まらなかった。
 ふたりとも、駆け抜けたい気分だった。

「キスがしたい。ウィリム・エヴァンズ、君とキスがしたい!」
「えぇ、何をそんなはしたないことを! 本当に内面も変わったね、セドリック・アンダーソン!」
「嫌いになった?」
「全然。僕もキスがしたい!」
「……よし、今すぐしよう、ウィリム。行き先変更で、もうここでいい」
「え、そんな……待って、待って……っ」


 そして、授業開始の鐘が鳴る。
 教室にはまたもや、空席がふたつ目立っていた。
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