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15. 十六区での火事
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「殿下、よからぬ事態が起きそうです」
ベッド周りの灯りがほぼ消えた暗闇で、ブラッドリーはシェルエンに声を掛けた。
安眠皇子は案の定起きない。
想定内だ。
騎士服を手早く纏い剣を腰に差した彼は、眠るその人に簡単な釈明をした。
「殿下、持ち上げます。申し訳ありません。一階までお連れしますので、暴れないでいてください」
呼びかけもした、謝罪もした、忠告もした。
完璧だ。
シェルエンの背中に腕を差し込んで体勢を起こし、その腹部を自分の肩の上に乗せたブラッドリーは、人ひとりを抱え上げていると感じさせないほどに軽い足取りで歩き出した。
扉を開けて階段を下りる。
「んん……あれ……?」
「お目覚めですか」
「その声はブラッドリーですね。どういう状況でしょうか」
「お声掛けはしたんですがお返事は頂けなかったので、護衛の独断で強制連行となりました」
「どこへ向かっていますか?」
「下に。緊急事態が発生したようです」
玄関前には数人が集まっていた。
ジャックバートにジュディス、男女の使用人、門番がひとり。
そして、煤にまみれた服で泣きながら必死に懇願する女性。
手足も顔も汚れている。
「お願いします! お願いします!」
背負っていたシェルエンをゆっくり降ろすと、彼は速やかにその女性の前へと向かった。
ペタペタという場違いな音に、今この瞬間、皇子が裸足だったことに気づいたブラッドリーだった。
同じタイミングでそのことに気づいたジュディスが驚愕に見開き切ったコーラルレッドの瞳を震わせて、一目散にどこかへ走り去る。
「どうしました?」
「殿下、お願いします! 赤い花を私たちにお分けください! 火事が、火事で街の人々が……!」
嗚咽と息切れで言葉が続かない女性の説明を拾ったのは、邸の門番だった。
「十六区で火事が起きました。パン屋のかまどが火元のようです」
「十六区……あそこは古きよき木造建築が密集している地区ですね。もしこちら側が風下の場合、小ファーセス全体を飲み込みます」
「消火活動中に煙を吸ったり、火傷を負ったりしている住民も多いようです」
「ジャックバート、花を今すぐ治療院に届けてください」
「かしこまりました」
「あぁぁぁぁ! 火事です! あぁぁぁぁ! 年甲斐もなく走った!」
ジャックバートがその場を去ろうとしたとき、玄関に小柄な男性が突っ込んできた。
白髪交じりの赤茶の髪にカーネリアン色の瞳、庭師のフィリパだ。
最近は皇城での新たな庭園造りに駆り出されて不在のことが多いが、新参者のブラッドリーにも陽気に絡んでくるおじさんだ。
「街で仕事終わりのエールを引っかけてたら火事だ火事だって男たちが騒ぎ始めて、店出てみたら遠くに赤い炎が轟いてました。こりゃ殿下の出番になるだろうと思って、短い脚を旋回させて参上仕ったわけです。みんな褒めて」
飲んだエールは一杯ではなかったのだろう。
頗る機嫌よく回る口で、最後には自分への賛辞を求めた庭師に、とりあえず皆で拍手を送った。
「フィリパ、街の様子はどうですか?」
「今日は風が強くて火の手が回るのが早いようです。命からがら逃げる奴が大半ですが、中には逃げ遅れて炎に包まれたのもいると聞きました。治療院もごった返していると」
「常備してある花だけでは到底間に合いませんね。フィリパ、ジャックバートと共に花を運んでください」
「承知しました。量は?」
「邸にあるだけ全部です。人手も馬車もあるだけ使ってください」
「はいよ。家令殿、行くぞ!」
家令と庭師は、そばにいた男女の使用人を連れて走り去る。
擦れ違いで玄関へと到着したジュディスが、シェルエンに靴とナイトガウンを着せた。
皇子が全く気にする素振りを見せなかったので気づいていなかったが、彼は寝間着だった。
位の高い者に寝間着で住民の対応をさせてしまった……しまった……とブラッドリーは思ったが、時間は巻き戻せない。
「ジュディス、この女性を客間にお連れして衣服の交換をしてください。できれば肌も清潔な布で拭くように」
「承知しました」
「あぁ、それから道すがらで兄に伝書鳩を飛ばしてください。皇城の医師団を借りたい旨を記載して」
「すぐに」
「火事の状況が気になりますね……十六区以外はほとんどが石造建築に移行しましたが、屋根などの一部が木造である建物も多いので、火の勢い次第では被害は甚大になります」
女性たちを見送りながら、シェルエンは懸念を口にする。
「火消しは第三騎士団内の消防隊が行います。数は多くはないですが、勇敢な精鋭たちです。皇都にいる大工たちも召集されているでしょう」
安心させるように、ブラッドリーがゆっくりと説明した。
二百五十年前、大ファーセスは大火の犠牲となったことがある。
その教訓から、皇都内の建物は大部分が耐火構造へと移り変わった。
その後は大きな火事に見舞われることもなかったため、専門職としての消防士という存在は確立されていない。
皇都警備の第三騎士団がその役割も担い、緊急時には大工の協力を仰いで対応に当たっている。
「心配です。街の様子が知りたい。大怪我をして手遅れになる人々が出ないようにしなければ。花は足りるでしょうか……昨日皇城に届けた分があれば、もっと多くの怪我を治せたのに……タイミングが悪いですね」
独り言を呟くシェルエンの顔色は少し青褪めている。
領民の安全を想う、正しい領主の姿。
その崇高な眼差しに、ブラッドリーの心は打たれる。
思わず、ナイトガウンを羽織る肩を抱いた。
「俺が見てきます、と一目散に言いたいところなんですが、そうなると殿下はここにひとりになってしまうんですよね」
「行ってください、ブラッドリー。あなたならば街の人の力になれるでしょう。私のことは構わず」
「それは出来ません。殿下、暗殺者にとってパニックは絶好のチャンスです。混乱に紛れてしまえば、大胆な行動も意外と人目につきにくい。実際この邸も、今は警備が手薄です。この機会を狙われれば、殿下の命さえも危ない状況です」
「ならば私も一緒に行きましょう」
「そうしたいんですが、馬車がないのでどうにも出来ません」
「そうでした」
邸所有の馬車三台は、どれも今頃街中を爆走しているだろう。
「では、ブラッドリー。命令です。私を担いで現場に向かいなさい」
「無茶を言うのはおやめください。行けなくはないんですが、殿下を街中に晒すことは出来ません。それこそ、全方向から命を奪われかねません」
「では、どうすれば……この瞬間にも火は住民を襲っているというのに……」
ブラッドリーも主人の意思を尊重したいのは山々だ。
男ならば分かる。
緊急事態にじっとなんてしていられない。
誰も傷つかぬように、傷ついても助けられるように、手遅れにならぬように。
英雄と称される皇子ならば、その想いは特段に強いはずだ。
ならば、覚悟を決めるか。
担いで、皇子と共に現場に行き、事態を把握しながら襲いくるかもしれない敵を討つ。
やってやれないことはないだろう。
大通りに誘導すれば、少なからず衆目は集められる。
もしもそこで戦闘が始まっても皇子の存在を明かせばきっと、住民は味方になってくれるはずだ。
万が一誰の助けも得られない時は、この腕の中にシェルエンを強く囲ったまま刃の盾になればいい。
主人を護って死ねるならば、護衛騎士としてこれ以上に名誉なことはない。
「分かりました、殿下。俺が背負いますので、向こうに着いたら――」
「主ー! 火事ですー!」
ブラッドリーが覚悟を決めたとき、今度はすらりとした男が玄関に転がり込んできた。
薄灰色の髪にアッシュブロンドの瞳、フットマンのデーヨだった。
三日間の休暇を取って領地内の実家へと帰っていた人物。
ブラッドリーの視界の中で、デーヨの後ろに光が射した。
「お帰りなさい、デーヨ」
「ただいま戻りました。休暇をありがとうございました。我がクリスター家が治める領地の特産品、オリーブもたんまりと持ち帰りましたのでご賞味ください。なんて世間話は後ですね。主、十六区で火事です」
「ええ、知っています。ジャックバートとフィリパに花は全て運ばせました」
「寛大なるお恵みに感謝します。道に人が溢れて通れなかったので迂回してきたんですが、業火と黒煙が夜空に噴き出してました。石炭がぎっしり詰まった資材庫に火が燃え移ったらしく、被害は拡大する一方だと」
調理用ストーブが広く普及している皇国内では、石炭は最も使用頻度の高い燃料だ。
料理屋やカフェが立ち並ぶ小ファーセスには土地の端に燃料屋が軒を連ねていて、そこに火の手が伸びているという。
予想していた最悪の事態に刻々と近づいてしまっている。
「デーヨさん、子爵家の馬車は外に停まってますか?」
「はい、門のすぐ横に待たせています」
はっとした表情で見つめてくるシェルエンに、ブラッドリーは頷きで返す。
「お借りします。殿下、参りましょう。時間がないので持ち上げます」
「ええ、どうぞ」
両腕を上げて持ち上げられやすい格好になったシェルエンを、先ほどと同じように肩に担ぐ。
それを見たデーヨが一瞬絶句した。
初日に見た以来の衝撃映像だったからだ。
「おふたりともどこへ向かわれるんですか?」
「火事の現場へ。怪我人がどれくらいいるのか、この目で確かめたいんです。ブラッドリーには消火活動を手伝ってもらいます」
「僕も共に行きます。ブラッドリー、僕に出来ることがあれば何でも申しつけてください」
「殿下の警護をお願いします。馬車から出ずとも、絶対に安全とは言い難いので。もし襲撃された場合は遠慮なく戦ってください」
「承知しました。剣術の心得は一切ありませんが、火事場の馬鹿力でぶん殴ります」
ふたりと、肩に担がれているもうひとりは、迅速に門の外へと出た。
デーヨが車内を占領していた荷物を放り投げる。
「いやぁ、割れ物がなくてよかったです。僕の先見の明、ナイス!」と言いながら、よくこれだけの量が収まっていたなという大量の荷物を地面へと積んでいく。
子爵家の紋章が刻まれた馬車が疾走する。
赤黒い煙を吐く、怪物に向かって。
ベッド周りの灯りがほぼ消えた暗闇で、ブラッドリーはシェルエンに声を掛けた。
安眠皇子は案の定起きない。
想定内だ。
騎士服を手早く纏い剣を腰に差した彼は、眠るその人に簡単な釈明をした。
「殿下、持ち上げます。申し訳ありません。一階までお連れしますので、暴れないでいてください」
呼びかけもした、謝罪もした、忠告もした。
完璧だ。
シェルエンの背中に腕を差し込んで体勢を起こし、その腹部を自分の肩の上に乗せたブラッドリーは、人ひとりを抱え上げていると感じさせないほどに軽い足取りで歩き出した。
扉を開けて階段を下りる。
「んん……あれ……?」
「お目覚めですか」
「その声はブラッドリーですね。どういう状況でしょうか」
「お声掛けはしたんですがお返事は頂けなかったので、護衛の独断で強制連行となりました」
「どこへ向かっていますか?」
「下に。緊急事態が発生したようです」
玄関前には数人が集まっていた。
ジャックバートにジュディス、男女の使用人、門番がひとり。
そして、煤にまみれた服で泣きながら必死に懇願する女性。
手足も顔も汚れている。
「お願いします! お願いします!」
背負っていたシェルエンをゆっくり降ろすと、彼は速やかにその女性の前へと向かった。
ペタペタという場違いな音に、今この瞬間、皇子が裸足だったことに気づいたブラッドリーだった。
同じタイミングでそのことに気づいたジュディスが驚愕に見開き切ったコーラルレッドの瞳を震わせて、一目散にどこかへ走り去る。
「どうしました?」
「殿下、お願いします! 赤い花を私たちにお分けください! 火事が、火事で街の人々が……!」
嗚咽と息切れで言葉が続かない女性の説明を拾ったのは、邸の門番だった。
「十六区で火事が起きました。パン屋のかまどが火元のようです」
「十六区……あそこは古きよき木造建築が密集している地区ですね。もしこちら側が風下の場合、小ファーセス全体を飲み込みます」
「消火活動中に煙を吸ったり、火傷を負ったりしている住民も多いようです」
「ジャックバート、花を今すぐ治療院に届けてください」
「かしこまりました」
「あぁぁぁぁ! 火事です! あぁぁぁぁ! 年甲斐もなく走った!」
ジャックバートがその場を去ろうとしたとき、玄関に小柄な男性が突っ込んできた。
白髪交じりの赤茶の髪にカーネリアン色の瞳、庭師のフィリパだ。
最近は皇城での新たな庭園造りに駆り出されて不在のことが多いが、新参者のブラッドリーにも陽気に絡んでくるおじさんだ。
「街で仕事終わりのエールを引っかけてたら火事だ火事だって男たちが騒ぎ始めて、店出てみたら遠くに赤い炎が轟いてました。こりゃ殿下の出番になるだろうと思って、短い脚を旋回させて参上仕ったわけです。みんな褒めて」
飲んだエールは一杯ではなかったのだろう。
頗る機嫌よく回る口で、最後には自分への賛辞を求めた庭師に、とりあえず皆で拍手を送った。
「フィリパ、街の様子はどうですか?」
「今日は風が強くて火の手が回るのが早いようです。命からがら逃げる奴が大半ですが、中には逃げ遅れて炎に包まれたのもいると聞きました。治療院もごった返していると」
「常備してある花だけでは到底間に合いませんね。フィリパ、ジャックバートと共に花を運んでください」
「承知しました。量は?」
「邸にあるだけ全部です。人手も馬車もあるだけ使ってください」
「はいよ。家令殿、行くぞ!」
家令と庭師は、そばにいた男女の使用人を連れて走り去る。
擦れ違いで玄関へと到着したジュディスが、シェルエンに靴とナイトガウンを着せた。
皇子が全く気にする素振りを見せなかったので気づいていなかったが、彼は寝間着だった。
位の高い者に寝間着で住民の対応をさせてしまった……しまった……とブラッドリーは思ったが、時間は巻き戻せない。
「ジュディス、この女性を客間にお連れして衣服の交換をしてください。できれば肌も清潔な布で拭くように」
「承知しました」
「あぁ、それから道すがらで兄に伝書鳩を飛ばしてください。皇城の医師団を借りたい旨を記載して」
「すぐに」
「火事の状況が気になりますね……十六区以外はほとんどが石造建築に移行しましたが、屋根などの一部が木造である建物も多いので、火の勢い次第では被害は甚大になります」
女性たちを見送りながら、シェルエンは懸念を口にする。
「火消しは第三騎士団内の消防隊が行います。数は多くはないですが、勇敢な精鋭たちです。皇都にいる大工たちも召集されているでしょう」
安心させるように、ブラッドリーがゆっくりと説明した。
二百五十年前、大ファーセスは大火の犠牲となったことがある。
その教訓から、皇都内の建物は大部分が耐火構造へと移り変わった。
その後は大きな火事に見舞われることもなかったため、専門職としての消防士という存在は確立されていない。
皇都警備の第三騎士団がその役割も担い、緊急時には大工の協力を仰いで対応に当たっている。
「心配です。街の様子が知りたい。大怪我をして手遅れになる人々が出ないようにしなければ。花は足りるでしょうか……昨日皇城に届けた分があれば、もっと多くの怪我を治せたのに……タイミングが悪いですね」
独り言を呟くシェルエンの顔色は少し青褪めている。
領民の安全を想う、正しい領主の姿。
その崇高な眼差しに、ブラッドリーの心は打たれる。
思わず、ナイトガウンを羽織る肩を抱いた。
「俺が見てきます、と一目散に言いたいところなんですが、そうなると殿下はここにひとりになってしまうんですよね」
「行ってください、ブラッドリー。あなたならば街の人の力になれるでしょう。私のことは構わず」
「それは出来ません。殿下、暗殺者にとってパニックは絶好のチャンスです。混乱に紛れてしまえば、大胆な行動も意外と人目につきにくい。実際この邸も、今は警備が手薄です。この機会を狙われれば、殿下の命さえも危ない状況です」
「ならば私も一緒に行きましょう」
「そうしたいんですが、馬車がないのでどうにも出来ません」
「そうでした」
邸所有の馬車三台は、どれも今頃街中を爆走しているだろう。
「では、ブラッドリー。命令です。私を担いで現場に向かいなさい」
「無茶を言うのはおやめください。行けなくはないんですが、殿下を街中に晒すことは出来ません。それこそ、全方向から命を奪われかねません」
「では、どうすれば……この瞬間にも火は住民を襲っているというのに……」
ブラッドリーも主人の意思を尊重したいのは山々だ。
男ならば分かる。
緊急事態にじっとなんてしていられない。
誰も傷つかぬように、傷ついても助けられるように、手遅れにならぬように。
英雄と称される皇子ならば、その想いは特段に強いはずだ。
ならば、覚悟を決めるか。
担いで、皇子と共に現場に行き、事態を把握しながら襲いくるかもしれない敵を討つ。
やってやれないことはないだろう。
大通りに誘導すれば、少なからず衆目は集められる。
もしもそこで戦闘が始まっても皇子の存在を明かせばきっと、住民は味方になってくれるはずだ。
万が一誰の助けも得られない時は、この腕の中にシェルエンを強く囲ったまま刃の盾になればいい。
主人を護って死ねるならば、護衛騎士としてこれ以上に名誉なことはない。
「分かりました、殿下。俺が背負いますので、向こうに着いたら――」
「主ー! 火事ですー!」
ブラッドリーが覚悟を決めたとき、今度はすらりとした男が玄関に転がり込んできた。
薄灰色の髪にアッシュブロンドの瞳、フットマンのデーヨだった。
三日間の休暇を取って領地内の実家へと帰っていた人物。
ブラッドリーの視界の中で、デーヨの後ろに光が射した。
「お帰りなさい、デーヨ」
「ただいま戻りました。休暇をありがとうございました。我がクリスター家が治める領地の特産品、オリーブもたんまりと持ち帰りましたのでご賞味ください。なんて世間話は後ですね。主、十六区で火事です」
「ええ、知っています。ジャックバートとフィリパに花は全て運ばせました」
「寛大なるお恵みに感謝します。道に人が溢れて通れなかったので迂回してきたんですが、業火と黒煙が夜空に噴き出してました。石炭がぎっしり詰まった資材庫に火が燃え移ったらしく、被害は拡大する一方だと」
調理用ストーブが広く普及している皇国内では、石炭は最も使用頻度の高い燃料だ。
料理屋やカフェが立ち並ぶ小ファーセスには土地の端に燃料屋が軒を連ねていて、そこに火の手が伸びているという。
予想していた最悪の事態に刻々と近づいてしまっている。
「デーヨさん、子爵家の馬車は外に停まってますか?」
「はい、門のすぐ横に待たせています」
はっとした表情で見つめてくるシェルエンに、ブラッドリーは頷きで返す。
「お借りします。殿下、参りましょう。時間がないので持ち上げます」
「ええ、どうぞ」
両腕を上げて持ち上げられやすい格好になったシェルエンを、先ほどと同じように肩に担ぐ。
それを見たデーヨが一瞬絶句した。
初日に見た以来の衝撃映像だったからだ。
「おふたりともどこへ向かわれるんですか?」
「火事の現場へ。怪我人がどれくらいいるのか、この目で確かめたいんです。ブラッドリーには消火活動を手伝ってもらいます」
「僕も共に行きます。ブラッドリー、僕に出来ることがあれば何でも申しつけてください」
「殿下の警護をお願いします。馬車から出ずとも、絶対に安全とは言い難いので。もし襲撃された場合は遠慮なく戦ってください」
「承知しました。剣術の心得は一切ありませんが、火事場の馬鹿力でぶん殴ります」
ふたりと、肩に担がれているもうひとりは、迅速に門の外へと出た。
デーヨが車内を占領していた荷物を放り投げる。
「いやぁ、割れ物がなくてよかったです。僕の先見の明、ナイス!」と言いながら、よくこれだけの量が収まっていたなという大量の荷物を地面へと積んでいく。
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