【完結】護衛騎士の忠誠は皇子への揺るぎない溺愛

卯藤ローレン

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22. 閑話・使用人ズの雑談

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 直線的な初夏の陽射しが潔く降り注ぐティールーム。
 金髪の護衛騎士は今日も今日とて、銀白の主と午後の紅茶を楽しんでいる。

 そんなふたりを部屋の端で眺めるのは、使用人四人組だ。

「どうしてフィリパさんもいらっしゃるんですか?」

 三つ編みおさげにそばかすが可愛らしいメイド、ジュディスが口を開いた。
 名指ししたのは邸の庭師だ、仕事場は建物の内側ではなく外側のはず。
 カーネリアン色の瞳を持つ小柄な中年男性は、ズボンを固定しているサスペンダーを引っ張ってパチンと鳴らした。

「最近はこっちで庭仕事することが多いだろ? そしたら何やら俺の好奇心をくすぐりまくる話題をそこらの使用人たちがしているのを聞いたんで、その実どうなのかと思って探りに来たってわけ。ありゃ本当だったか」
「本当っていうのは何ですか? 話題とは?」

 訊き返したのはフットマンのデーヨだ。
 長身ですらりとした躯体の彼は、薄灰色の髪を後ろに撫でつけて真っ直ぐに立っている。
 貴族然とした見た目に反して意外とお調子者だ。

「知らんか? 殿下と護衛騎士が恋仲にあるって」
「えぇぇぇぇ!?」
「ぶぇっ!!!」

 大声を出したメイドと、盛大に噴き出したフットマン。
 それは部屋の主人公たちの視線を一点に集めるには、あまりにも効果的だった。

「ジュディス、大丈夫ですか?」
「主、お騒がせして申し訳ございません。後頭部に軽い雷が落ちまして、発狂してしまいました」
「雷……?」
「ご心配には及びません、主。ジュディスの若さゆえのエネルギッシュさが、瞬間最大値を限界突破したようでございます」
「元気でよいですね」

 よくよく噛み砕けば些かも取り繕えていない誤魔化しで尤もらしく言いくるめたのは、この邸の一切を取り仕切る家令である。
 総白髪を隙なく後ろへと撫でつけ、左目にモノクルを掛けたその人は、壁から離れると主人のティーカップを新しい紅茶で満たした。
 笑いを堪えている護衛騎士を一瞥すると、使用人一同の元へと帰っていく。

「ジャックバート様、ジャックバート様、知ってましたか? 主とブラッドリー様が恋仲にあるって」
「それは邸の片隅でされている世間話であろう? 主のささやかな変化だけで恋仲にあるかどうかは決めつけられはしまい」
「主のささやかな変化……何か報告が上がっているということですか? おかしいな、お世話係として夜のお支度を担当している僕が気づかないなんて」
「それを言うなら、朝のお支度を仰せつかっている私も全く気づきませんでした」

 デーヨとジュディスが同時に首を傾げる。
 ふたり共に記憶を掘り起こして思い出すような仕草をするが、答には到達しなかったようである。

「変化に気づいたのはベッドメイキングをしているメイドと掃除担当の数名だから、お前たちが気づかなかったのも無理はない。わたくしとて実物を見せられなければ、俄かには信じがたかったからな」
「実物……?」
「お、それならあるぞ。ここに来る途中でちょうど仕入れて来たからな」

 話を引き継いだフィリパが、腰に巻き付く作業鞄に外付けされている巾着を持ち上げた。
 丁寧に開けられたその中から出てきたのは、花びらが七枚の花だった。
 それは使用人ならば誰しもが見慣れている花。
 主人が生み出した尊い結晶だ。

「あれ、でもこれって……」

 一点だけいつもと違うこと。
 それは。

「見たことのない色ですね……赤紫ですか?」
「親和の感情から咲く紫とはまた違った風合いですね。こんな例えを女性のいる前でするのは不適切とは思いますが、妖艶という形容が合うような色です」

 囲む先にあるのは、吸い込まれそうになるような奥深さを帯びた色だった。
 ぞわりと首筋の下辺りに電気が走って視線を逸らすのに、頭が支配されて再び見つめてしまうような艶やかさ。
 それをまじまじと見ようとしたデーヨは、伸ばした指先を寸でのところで止めて、逡巡の後にその手を引っ込めていた。

「フィリパ、他の花は見ていないか?」
「そう言うってことは家令殿、他の色もあるんです?」

 ジャックバートはおもむろに、燕尾服の後ろ側にある尾の部分を手繰り寄せた。
 そこから取り出した薄いハンカチを開くと、小さな花が登場する。
 真っ先に感想を述べたのは、メイドのジュディスだった。

「え、綺麗。でも、不思議な色ですね。多色が入り混じってます……本当に綺麗」
「こんな風合いの花は生涯見たことがありません。角度によって薄紅、紫、緑、黄色……少しだけ橙も入っているように見えますね。ホワイトオパールのようです」
「地の部分はホワイトオパールよりも透明度が高いな。見れば見るほど不思議で……しかもこの色の混ざり具合は、殿下の感情全部乗せって感じだなぁ」

 三者三様に、その花を摘まんで眼前に観察する。
 赤紫の花にはどことなく気が引けていた若者ふたりもオパール色の花には手を触れられるのは、それが純真無垢な雰囲気を出しているからだろうか。

「でも、どっちも小さめですね」
「確かに。主が咲かせる花は、もう一回り大きいですよね」
「家令殿、今までにない色の花が落ちてるって報告が上がり始めたのは、いつ頃からだ?」
「ここ二週間ほどだ。初めの頃はもっと小さかった。そしてそれはまだ開いていない、蕾の状態だった」
「二週間……蕾……新しい色……」

 デーヨの復唱を聞いていたジュディスが、閃いたように手を打った。
 若者の煌めいた表情に、年配者ふたりの瞳が光る。

「これが、主とブラッドリー様が恋仲と噂されている理由ですね」
「え、分からない。置いて行かないでくれ。ジュディス、説明してほしい」
「赤い花以外は殿下の感情を基に咲くじゃないですか。二週間前から咲き始めたということは、この新種ふたつはブラッドリー様に起因していると考えられます。今まで新しい場面に遭遇しようとも新しい使用人に会おうとも、新しい花が咲くことはなかった。つまり、主が新しい感情を抱くことはありませんでした。でも、ブラッドリー様が邸に来てふたつも生み出されたってことは……」
「主はブラッドリーに、特別な感情を抱いているってことかな?」
「そうです!」
「ぶぇっ!!!」

 先ほどと全く同じように噴き出したフットマン。
 どこからともなく取り出したハンカチで口元を拭く。

「そ、それは主がブラッドリーをす、好きっていうこと?」
「特別な感情と恋情は必ずしも同義にはなりませんけど、主の胸に新しい風が吹いてるのは事実ですね」
「ジュディス、いい表現だぞ。花の生育に適度な風は欠かせないからな。新風舞いて新花となる、なんて風流でいいねぇ」
「しかも咲いたのが感情全部乗せみたいな花なんて、初恋みたいですよね」

 乙女のその発言に、男どもは一様に両眉を大きく上げた。
 デーヨにおいてはなぜか両耳の上側を赤く染めている。
 子の初恋話を聞いた親のような反応だな、とジュディスは三名を見ながら思った。
 フットマンの内心は分からないけれど。

「そういえば、ジャックバート様。主って初恋とかされたことあるんですか?」
「私の知る限りではなかったはずだ」
「自国他国含めて王族なんて政略結婚が当たり前だからなぁ。一般市民の方が、恋だの愛だのを経験してるんじゃないかと思うぞ、俺は」
「え、じゃあ、本当に初恋になるかもしれませんね。新種が大きく育てば」

 ジュディスはその日を思い描く。
 脳裏に浮かぶ穏やかな主人の笑顔と、いま窓際で実際に微笑んでいる主人の顔が重なって、それはそう遠くない未来に実現するのでは、と疑いもなく思った。

「うん。いいです、賛成です。私、最初の頃はブラッドリー様は顔が整いすぎててちょっといけ好かないって思ってましたけど、一緒に生活してみて中身のしっかりある方だと気づきましたし」
「そんなこと思ってたんだ? ブラッドリーは優しくて実力も十分で、同性から見ても格好いい男だよ」
「あの火事以来、襲撃者は増えたんだろ? やっぱり人の口に戸は立てられないからな。それでもたったひとりで全員撃退してるって聞いたぞ。男からしてみれば年齢関係なく、強い男はそれだけで憧憬の的だ」
「ジャックバート様はブラッドリー様について、どう感じていらっしゃるんですか?」

 ジュディスの問いに、ジャックバートのモノクルに斜め上から光の線が入る。
 見定めるような表情でしばらく窓際を眺めた家令は、厳かに口を開いて端的に述べた。

「絶大なる信頼に足る」

 その一言は、何よりの称賛だ。
 邸の主人を幼い頃から見守ってきた、親のような存在。
 そして全身全霊で育ててきた、親よりも親のような存在。
 その人に認められるということは、第三関門まで突破したも同然だ。

「ブラッドリー様、凄い。たった三か月弱でジャックバートさんの信頼を勝ち得ちゃったってことですよね」
「あれだけ主を護れば当然だよね。一対多の激闘を強いられて、最近はより強くなっている気さえするからね」
「強いって言えば、夜の方も強いらしいぞ」

 護衛騎士を絶賛していた一同の心に、庭師が突然鍬を突き立てた。
 呆気に取られた家令もフットマンもメイドも、ぴたりと動きを止めた。
 止まらなかったのは庭師の口だけだ。

「この前、酒場で隣になった娼館の女たちに聞いたんだけどな――」

 デーヨがジュディスの耳を塞いだ。
 燦燦と光の入るティールームでする話題ではないのだが、続きが気になる。
 若き乙女に聞かせる話ではないのだが、続きがこれでもかと気になる。
 といった理由から、子爵家出身のフットマンはフィリパの口ではなくジュディスの耳に蓋をした。
 それはもはや条件反射だった。

 ジュディスは暴れることなく呆然と立っている。
 先ほどのフィリパの言葉を静かに反芻しているのだろう。

「フィリパさん、手短に」
「時期は不定で贔屓もいない、忘れた頃にふらっと現れる金髪青い目の男前をこの前の火事で見たっていうから掘り下げていったら、護衛騎士殿だったんだよなぁ。商売女をメロメロにするほどの手練手管持ちで、その男前が店先に現れると皆で取り合いだったらしい」
「確かに、ブラッドリーはその視線だけで女性を転がせる容姿ですからね。本人にそのつもりが一切ないので、幸い、この邸で転がる者はいないですが」
「元第一騎士団なんて、体力も底なしだろ? それに加えて意外な繊細さもあるんだとよ。騎士なんて武骨な仕事してるってことに、その女たちは驚いてたぞ」
「僕、なんかめちゃくちゃに負けた気がします……いえ、別に何かを張り合っているわけではないんですが……」

 そこで密閉から解放されたジュディスが、わなわなと震え始めた。
 蓋をしていても聞こえた部分はあったらしい。
 男たちの下世話な話は、成人しているとはいえ、純情な乙女には刺激が強すぎたようだ。

「ジャックバート様! ブラッドリー様を一刻も早く主から引き離してください! 娼館に行くなんて野蛮です!」
「ジュディス、恋人のいない未婚男性が娼館に行くのはこの国では普通の行為だよ。そこでマナーやルールも勉強したりするからね」
「そうだぞ、ジュディス。しかも騎士殿が贔屓にしてた娼館は、皇都の中じゃ最高級だ。俺が無理やり酒奢って聞き出しただけだから、秘密保持もしっかりしてるぞ」
「そんなことを言ってるんじゃないんです! そういうところに行くこと自体が野蛮だって言ってるんです!」

 顔を赤らめて抗議するジュディスをデーヨとフィリパが宥めるが、水中で剣を振り回すように効果がない。

「ジャックバート様、ブラッドリー様を今すぐ解雇してください」

 メイドの悲痛な訴えに、ついに家令が口を開いた。

「皇帝陛下の任命を覆す権限は、国の誰も持ちはしない。それに、ジュディス。男の甲斐性というのは多分野に亘る。そのどれにおいても強いということは、相手を喜ばせられる男である可能性が高いということだ」

 言われている内容は分からないが、諭されている雰囲気にジュディスは涙目になる。
 彼女は、味方がいないことを知る。

「えぇぇぇぇ……主、逃げてくださいぃぃぃ。ここは魔の巣窟ですぅぅぅ!」

 同じ空間にいるのに手の届かないその人へと、メイドの悲痛な叫びは届くのか、それとも。




「どうしました?」

 目の前に座っている護衛騎士の動きが先ほどから忙しない。
 まばたきが多くなったと思ったら顔を硬直させ、項垂れたと思ったら死んだ魚のような眼差しになった。
 今はティーカップからは完全に手を離し、窓の外をじっとりと眺めている。

「ブラッドリー? もしかして外でよからぬ動きがありますか?」
「いいえ、全くありません。敵がいるとすれば、この室内です」
「室内?」

 ぐるりと見渡した邸の主人は、はっとした表情で天井を見上げた。
 全くの的外れなその動作が可愛くて、護衛騎士は笑みを零す。

「さすがに侵入者が天井に貼りついていたら気が散るので、とりあえず最初に倒してからティータイムを楽しみます」
「そうですね。あなたは必要事項を後回しにする人ではないですから」
「褒められると嬉しいです。そういえば殿下は、ホワイトオパールの花を見たことはありますか?」
「ホワイトオパールは宝石でしょう? それで作られた花ですか……残念ながら私は宝石に疎いので出会ったことはありませんが、皇后ならば持っているかもしれません。借りましょうか?」
「いえ、そういう意図はありません。俺も見たことがないんですが、もしかしたら近日中に出会えるかもしれないな、と思ったりしています」
「そうなったら私にも見せてください。興味があります」


 直線的な初夏の陽射しが潔く降り注ぐティールームで。
 護衛騎士は、自分の聴覚の良さを喜んだり呪ったりした。
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