【完結】護衛騎士の忠誠は皇子への揺るぎない溺愛

卯藤ローレン

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40. 愛を刻んだ日は断罪の日

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 目が覚める。
 毎朝一番に感じるのは、可憐な花の香りだ。

「……あーいてぇ」

 剥き出しの床の上で下敷きにしていた左肩を解しながら、ブラッドリーは起き上がった。
 天井から等間隔で陽射しの差し込むそこは、シェルエンの邸に広がる庭園の下だ。
 規則正しく並んだトピアリーは特殊な構造で設計されているらしく、花に光を届ける役割を担っている。

 水も土もないけれど、色彩は枯れることはない。
 普通の花よりも長持ちするシェルエンの花は、もしかすると光だけが絶対的に必要なのだろうか。
 尋ねたいのに、答をくれる人はいない。

 皇子が姿を消してもうすぐ三週間が経とうとしていた。
 何の報せもないし、皇城では何の動きもない。
 膠着状態が最も不安を濃くする。

 ブラッドリーは階段を上がって地上へと出た。
 まだ朝靄が薄っすらと残る時間帯。
 商売の準備で忙しそうにしている小ファーセスの人々を避けながら、足早にとある場所へ向かう。

 ただひたすらに行き場を失った愛を、胸を圧迫してどうしようもない恋しさを、証として刻む。
 そう決心して黙々と歩く。

 小ファーセスとして指定されている区画を抜ける。
 街並みがぽつぽつと途切れる路地裏で、ブラッドリーはその足を止めた。
 看板のない、扉に小さなモチーフだけが彫られた一軒の店があった。

「あ? 兄ちゃん、開店はまだだぜ?」

 偶然にもその扉は開かれて、中から男が出てきた。
 坊主頭に黒い髭、北東訛りのある男。

「知ってる。ここで待たせてもらってもいいか」
「待ってるったって……まだ一時間はあるぞ?」
「いい、待ってる」
「散歩でもして出直してこいって」
「ここで待ってる」
「はぁ……しゃあねぇなぁ」

 眼球に膜の張った朧げな表情と、思いつめた雰囲気に何かを察知した男は、ブラッドリーを中へと入れた。
 店の端に置いてあった椅子に勧められるまま座った。

「ここがどんな店か知ってて来たんだよな? 一度彫ったら何が何でも消えねぇぞ。分かってるか? 焼いても削っても皮膚には残り続ける」
「それでいい。一生消えない証がほしい。全身全霊を捧げるという誓いだ」
「どこに入れたい?」
「首に」
「はぁ? 首ぃ?」

 男が驚くのも無理はない。
 最近では平民の間で、文身を彫ることは割と受け入れられる文化となってきた。
 他国から越境してくる者が増えたがゆえの、異文化交流の一端だ。
 貴族には従来通り、忌み嫌われているけれど。

 受け入れられるようになってきたといっても、皆、大体が服で隠れる部分に彫る。
 何をしても隠せない顔周辺に彫る者は、ほぼいない。

「兄ちゃん、見た目は立派な騎士様のようだが、苦しい恋でもしてるのか? あまりにも苦しすぎて頭が狂ったか?」
「そうだな、その表現で間違いない。俺は狂ってる。あの人のことがあまりにも好きすぎて、俺は俺を見失ってしまった」
「相当だな、そりゃ。まぁ、俺にもそういう経験はあるから気持ちは分かってやれるがな。どういう構図にしたい?」
「Sの文字にこの花を合わせてほしい」

 懐から出したのは、ホワイトオパールの花だった。
 七枚の花びらがふわりと微笑んでいる。

「あんた、ガタイのいい男前なのに妙にいい匂いがすると思ったら、正体はそれか。見たことない花だな……どこぞの姫さんにでも恋慕してるって感じか……かぁー! 俺、そういうの燃えるタイプなんだわ」

 花を受け取った男は、見た目とは裏腹な器用そうな手でそれをじっくりと観察した。

「この花をモチーフにして彫るなら白インクでやるのが最善だろうな。普段は肌と同化して見えないから、騎士様には持ってこいだぞ。いいな?」
「任せる」
「よっしゃ。そうと決まればちょっと待ってろ。ちゃちゃっと準備すっから」

 男が去った室内で、ブラッドリーはいつまでもホワイトオパールを眺めていた。




∞∞∞∞∞∞∞




 首筋に熱さと痛みを抱えたブラッドリーが小ファーセスへ戻ったのは、昼を少し過ぎた辺りだった。

「どうしてよどうしてよ!」
「なんで、皇子が!」
「何かの間違いであってくれぇ!」

 さほどゆっくりと歩いていたつもりはないが、小走りの人々にどんどんと追い抜かされていく。
 皆、泣きそうな顔だ。
 ブラッドリーは怪訝な顔を繕いもせず、邸へと戻った。

 鉄門の前には見知った顔がいた。

「ナーファ、どうした?」
「お前、聞いたか? シェルエン皇子殿下の断頭が決まったらしい。それも今日、これから。執行人は第二皇子だって」

 一瞬で血の気が引いた。
 真っ直ぐに立てないほどに地面は歪み、気持ちの悪さにたたらを踏んだ。

「おい、大丈夫か?」
「場所は?」
「皇城前の広場だってって……ブラッドリー!」

 ブラッドリーは脇目も振らずに走り出した。
 金の髪が乱れようと一切気にせず猛スピードで目的地を目指す。
 石橋の辺りから人々でごった返していたけれど、かき分けて突き進んだ。
 道を抜け、一際開けた円形の広場に出ると、そこには見上げる高さに断頭台の置かれた舞台が造られていた。

 今まさにおぞましい行為が行われようとしている物々しい雰囲気が、中心で円を描いて猛威を振るうようだ。
 怒号に近い民衆の声も、頂上には届かない。

 台の上には数名の大臣と思しき初老男性の姿や、着飾った第二妃が座っている。
 羽根で飾られた扇子で、優雅に風を生み出して。
 彼らの前に仁王立ちで立ち、両手を大きく広げながら演説するのは、同じように舞踏会さながらに盛装でめかし込んだ第二皇子だ。

「このたび第四皇子シェルエン・ファン・エリウッドは、禁術とされている呪術に手を出し国民を騙していた罪で捕えられた。皆に幻覚を見せて怪我を治せると騙し、自らを英雄と偽証した。さらには、禁術を操り国家転覆を図り、ファンデミアを他国の属国にしようと企んでいる!」

 高らかにシェルエンの罪状を述べる第二皇子、その顔は悦に満ちて艶々としている。
 芝居じみた物言いは、夢に浸っている証拠だろう。
 爛々と輝く瞳と、台詞をただなぞっているような機械的な口調は質感の辻褄が合わないため、ぞっとするほどに奇妙な印象を与える。
 ブラッドリー以外は気にもしていないようだが。

 シェルエンを知る民衆からは抗議の叫びで、知らぬ民衆からは罵倒の叫びで、広場は阿鼻叫喚の渦と化している。
 混乱を極める中をブラッドリーが進んでいると、目の前を一台の馬車が通った。
 傷みの激しい壊れかけのそれから出てきたのは――

「殿下……」

 シェルエンだった。

「どうして……」

 ベンジャミンには安全な場所に匿われていると教えられていたのに、その顔も髪も服も散々な有り様だった。
 後ろ手に枷を嵌められ裸足で歩く姿は、あまりにも強い衝撃をブラッドリーに与えた。
 心中に突風が吹き荒れる。


 ――麗しい人をあんなにも穢して。
 ――英雄の尊厳を奪って。
 ――俺の愛しい皇子を痛めつけて。

 ――許さない。

 ――絶対に許さない。


 覚束ない足取りのシェルエンは、無理やり引っ張られて階段を上らされる。
 舞台へとたどり着いたその人は、背中を強引に押されて床に倒れ込まされた。
 その頬を、第二皇子が叩く。

「非道を極めるシェルエン・ファン・エリウッド! 私がこの手でお前の罪を清めてやる!」

 ぶちん、とブラッドリーの頭で何かが切れる音がした。
 次の瞬間、壮絶な騒音となっていた民衆の声はさっぱりと聞こえなくなった。
 無音だ。
 響くのは、己の鼓動の音だけ。
 さらには視界も黒く塗りつぶされていく。

 ――あいつだけは絶対に許さない。

 焦点が、第二皇子にだけ絞られた。

 ブラッドリーは凄まじい力で人波を縦に割ると、舞台へと一息で近づいた。
 剣を抜き階段を駆け上がる。
 途中で白騎士たちの剣が飛んできたが、あっけないほどの実力差で薙ぎ払っていく。
 あまりにも鋭利に滾る殺気のせいで、戦わずとも泡を吹いて気絶する者も数名いるほどだ。

 階段を上り切ったブラッドリーは、血に塗れた剣を握りながら第二皇子と対峙した。
 一触即発の雰囲気、その張りつめた糸の端を掴んでいるのは第二皇子ではない。

 この舞台の主人公は、怒りに我を忘れた、ただの護衛騎士だ。

「おま、お前は、シェルエンの護衛騎士だな! こ、皇族の私に剣を向ければ、ど、どうなるか分かってるのか! おま、お前なんて即刻死罪で、家も取り潰しになるはずだ! わか、分かってるのか!」

 恐怖に足をがくがくさせながらも、第二皇子は吠えることをやめない。
 弱い奴ほどよく吠える。
 口先だけで物を言う。
 吠えたって、強くなるわけではないのに。

「うるせぇな」
「うる、うるさいって誰に向かって言ってるんだ! お前たち、この者は罪を犯した! 不敬罪だ! とっとと捕まえろ!」

 憐れだ。
 この世の終わりに吐き出す言葉が、負け犬の遠吠えだなんて。
 辞世の言葉でも残して、あそこで震えている第二妃に別れを告げた方が遥かに有益だろうに。

 嗚呼、でも仕方ないか。
 その声がすぐに断末魔になるなんて、誰も想像していないのだから。

「地獄に落ちろ。俺の最愛に手を出した罪は何よりも重い」

 ブラッドリーは剣を空中に掲げた。
 銀に光る剣身に、雲間からひと筋の光が一直線に当たった。
 そのあまりの眩しさに、目を開いていられなかったのは第二皇子だった。
 瞼が閉じる瞬間、ブラッドリーは第二皇子の左肩から右の脇腹までを一刀両断にした。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 うるさい口はもはや、意味のない悲鳴しか上げられなくなった。
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