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03. 筆頭公爵家子息の恋慕
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まさか同じ学校の、同じクラスの一員になるとは思ってなかった。
王都一の男子校に通い始めたベルジュード・ランディスは、初日を終えて帰宅した自分の部屋で口元を押さえ黙り込んでいた。
ふわふわ揺れるキャラメルベージュの髪の持ち主を、あんなにも近距離で眺められる日が訪れようとは。
隣の席を確保できたのは僥倖だった。
「夢かもしれない……痛い……ということは、夢ではないんだ……」
己の右頬を思い切り抓る、そしてひとり呟く。
隠した口元は、隠し切れない感情の爆発でじわじわと弧を描いていた。
そこに、社交界きっての注目を浴びる美男子の姿は全くない。
あるのは、影ながら見守っていた彼との再会を素直に喜ぶ、十六歳の青年の姿だけ。
「ステファン・ウェインハットか……名前さえも可愛いなんて反則だ」
昨年の初め、とある公爵家主催の晩餐会に招かれた時のこと。
母方の親戚だからという理由で出席を余儀なくさせられたベルジュードは、挨拶と簡単な会話をしただけで帰路に着こうとしていた。
この国では十六歳になると貴族の子供たちは、成人として社交界デビューを迎える。
周辺諸国では『デビュタント』といえば令嬢限定の通過儀礼であるが、ベルジュードが暮らす国では男女共にその儀式に参加するのが習わしである。
令嬢はその日が来るまで、子供が主役の催し以外の招待状は届かない。
深窓に隠される。
けれど、子息の場合は違う。
大体十五歳になる前から、父親に連れられて大人主催の社交場へと強制参加となる。
家督を継ぐ長男はもっと早いうちから、伯爵家以上は次男以下も同等の年齢から夜会服に身を包む。
誘われてしまえば、欠席はほぼ不可能だ。
人との交わりは領地経営と並ぶ貴族の本業であり、嫌だからと逃げることは許されない。
それは社交嫌いのベルジュードであっても例外ではなかった。
毎回毎回、何かしらの理由をこじつけて不参加を申し出るのだが、貴族を纏め上げるトップオブ当主として遍歴を重ねてきた父の、のらりくらりとした老練な説得によって悉く制されてきた。
筆頭公爵家に生まれてしまった運命だ。
その日も貴族独特の婉曲表現を浴びて凝った肩をほぐしながら、主催者宅の大階段をひとり降りていると、目の前をキャラメルベージュの小動物が横切った。
やけに軽装だったな、と思った。
確かに今夜の招待状には『お気軽に』の文言があったが、そうは言っても晩餐会である。
訪問客は誰も、きっちりとした正装で出席していた。
当たり前だ。
社交界では招待状が届くと、その家に勤める執事や家令を介して当日の委細を綿密に打ち合わせする。
どの程度の装備が必要か、避けるべき色や柄はあるか、プレゼントは必要か、などが事前に擦り合わせられる。
それが出来ないのは執事さえも雇えない貧乏貴族とされ、悪い噂の対象となる。
(あの子もそういった類か……?)
何とはなしにそう思いながら広い庭を歩いていると、先ほどの小動物がまたも前を通り過ぎた。
今度は文句なしの正装だった。
そして、手には幾つも箱を持っている。
(着替えた? そして、プレゼントを持ってきた?)
額に汗をかきながら疾走する姿を、ベルジュードはしばらく見つめていた。
それから、その小動物とは何度かすれ違った。
家族と共に参加している時もあったが、人数が増えても変わらず奔走していた。
一度、偶然にも馬車の中が見えてしまったことがあるのだが、空間の面積いっぱいに着替えと物が積まれていて、それはもう逆に圧巻ともいえる光景だった。
座るスペースなんてないほどに占領されていたけれど、人間たちはどうやって揺れる馬車の中で道中を過ごしたのか……。
『執事を通して事前に会の詳細を確かめよ』と忠告しようとも思ったが、位の異なる貴族への声掛けは叱責とも捉えられかねない。
そうなった場合、その子の家の評判を落とす懸念があり、助言を躊躇ってしまった。
ウェインハット伯爵の実力をもってすれば瑕がつくこともなかったな、と今になって思うベルジュードだった。
応援していた。
見かければ、いつも。
急いで走り去る、小さなその背中を。
もしかしたら今夜同じ会場にいるのではないだろうか、と気が付けば以前よりも社交界へ顔を出すことも増えた。
薄緑の瞳の友人にはからかわれたけれど、それでも会いたかった。
健気に頑張る、あの彼に。
その彼をまさか教室の窓際の席で見かけることになるとは思わなかった。
「幸運だ。願ってもないチャンスだ。恵みの雨だ。これはなんとしても、ステファンのステディにならなければ」
濃いグレーの瞳に、恋の炎が灯った。
「ベルジュード様、お夕食の時間でございます」
拳を天に突き上げ熱い決意をした時に、ノックと共にメイドに呼ばれた。
階段を下りて、建物と建物を結ぶ長い廊下を渡り食堂へと入る。
既に両親が着席していた。
「お待たせしました。申し訳ありません」
「待ってないよ。私たちもたった今、ほんとうに今、来たところだ。何ならまだ座面に全体重は乗せていないよ」
「ベルジュード、私の可愛い息子。礼儀を重んじる立派な息子に成長してくれて、なんて誇らしいの」
銀糸のブロケード生地のベストに白いシャツを合わせたベルジュードの父は半ば空気椅子状態、バイオレットのサテンドレスを着た母は歌劇の主演女優さながらの大きな身振りで感動を伝える。
慣れているベルジュードは特段何のリアクションもせず、座って早々にフットマンの給仕を受けている。
「それで、学校はどうだった? 同級生と肩を並べて勉強するというのも将来のためになるだろう?」
「ゼイナル侯爵家のショーンも一緒なのよね? 同じクラスになれたかしら?」
「いつ会っても相変わらずうるさい奴なので本当は別のクラスがよかったんですが、腐れ縁というのは回避できない強固なものであるようです」
「お前たちは人の好き嫌いがはっきりしすぎているから、お父さんは友達が出来るか心配だよ。近くの貴族家に連絡しておこうか?」
「それとも、学外で気の合いそうな子を見繕って転学させましょうか?」
デビュタントを機に正真正銘の大人として認められるという年頃であるのに、両親にとってはいつまでも子犬のような頼りなさであるようだ。
とある見方によっては王家を凌ぐ影響力を持つやも、と囁かれる筆頭公爵家。
その主人の偉大なる表の顔、それとは中々に結びつかない過保護ぶりだ。
「あぁ、そのことならご心配には及びません。友人がひとり出来ました」
「それはめでたいじゃないか! どこの家の子息だ?」
「ベルジュード、私たちの自慢の息子! 初日で偉業を成し遂げるなんて立派よ!」
スープを運んできたフットマンにすら「おめでとうございます」と祝いを述べられた。
そんなにも自分は、他人と交流するのが苦手だと思われているのだろうか?
少しだけ情けなくなってくる。
「ウェインハット伯爵はご存じですか?」
「稀代の天才科学者の名を知らぬ者などいないだろう。伯爵が開発した解毒薬は効果が高くされど安価で、医者泣かせだともっぱらの評判だ」
「わたくしも、薔薇の手入れをする時によくお世話になっているわ。ドクドクノバラは花の裏に微細の毒針があるけれど、あの群を抜いて鮮やかな色は庭園には必須ですもの。他の解毒薬も我が家には常備してあるわよね?」
そう問う公爵夫人に、側に控えていた執事が無言で首を縦に振った。
「友人になったのは、そのウェインハット伯爵の子息です」
「それは最高だ!」
「まぁ! 素晴らしいわ!」
両親から拍手喝采が贈られる。
「ステファンという可愛らしい子でした。何度か見かけたことがあったんですが、話をすると独自の論理展開がとても魅力的で。私の問いかけに一体どんな回答が返ってくるのか、と胸が高鳴りました」
「それも最高だ!」
「まぁまぁ! 素晴らしすぎて涙が出そうだわ!」
「将来、彼を私の友人としてだけではなく、たったひとりの伴侶にしたいと思っています」
「それだってさいこ……何だって?」
「まぁまぁまぁ! 素晴らしいことこの上なくて、って……えぇ?!」
両親だけでなく、部屋の四隅にいる使用人一同も驚愕したようだ。
聞き耳を立てていたのか、食堂の扉の外では皿をひっくり返す音が鳴り響く。
思いもよらぬ爆弾発言だろう、分かっている。
けれど、ベルジュードももうすぐ大人の仲間入りを果たす。
不要な釣書などを眼前に積まれても迷惑千万なので、先手を打った。
「私は三男ですし、大学を卒業後は王城の文官になるという大方の道筋も立っています。公爵家の一員として、ベルジュード・ランディスの名に恥じぬ人生を生きる所存です。それにはステファンという存在が必要不可欠です」
「立派な決意表明だが、伯爵家の子息とは友人として付き合っていくのでは駄目なのか?」
ベルジュードは静かに否定した。
「友人ではあまりにも足りません。実は彼のことは少し前から知っていました。陰ながら必死に頑張るその姿は、彼の人柄を真っ直ぐに表している気がして目が離せなくなりました。会えるチャンスを増やしたくて、夜会を掛け持ちしたこともあります」
「まさか、お前がここ一年で社交界に顔を出す回数を増やしたのは、その子に会うためか?」
「そうです」
「珍しく帰りが遅くなった夜も何度かあったけれど、もしかしてその子に会えた日だったの?」
「遠くから眺めるだけで楽しくて、つい長居をしてしまいました。今日、運命の再会を果たして、会話して、もう私の心は止められそうにありません」
ベルジュードは少年と青年の間の顔で笑う。
無邪気で、甘くて、無垢で。
昔から物わかりのよすぎる大人びた息子だ、子供の殻をすっかり脱ぎ捨てていると思っていた両親は目を瞠る。
「誰よりもそばにいて、誰よりも理解し合って、誰よりも愛でたいのです」
「まだ知り合って一日目だろう? 前のめりがすぎるんじゃないのか?」
「心の鐘が鳴ってしまいました。ならばもう、全速力で追いかけなければ。恋とはそういうものでしょう?」
「そうね……そうね。恋とは果てまで追いかけるもの、愛とはその果てで何があっても離さないものよ。あなた、私たちの若い頃を思い出すわね?」
「……そうだな」
貴族にしては珍しく、恋愛結婚をした両親だ。
それはそれは大恋愛だったと聞いた。
きっと、その血が色濃く自分の中にも流れているとベルジュードは思う。
青く燃える胸の炎。
初恋は厄介で、魔性で、けれどその反面、最も汚れない。
だからこそ、それが実ればきっと至高の愛となる。
「ステファンがいれば、私の人生は最期まで幸せでしょう」
そう言い切った息子。
父と母は、顔を見合わせて無言で会話した。
「いいだろう。幸い、わが国では跡取り以外は同性婚が認められている。お前には持って生まれた頭脳と、それに慢心しない勤勉さもある。貴族の責任も果たせる男だ」
「ベルジュード、私たちの愛する息子。貴族にしては珍しく恋愛結婚した父と母と同じように、あなたにも最愛が出来たことを嬉しく思うわ」
「ありがとうございます」
「近い内に連れてきなさい」
「あなた、気が早いわ。まだお付き合いすらしてないのよ。ベルジュード、逃さず確実に捕まえなさいね」
「承知しました」
微笑み合う親子に、肉料理を持ってきたフットマンが厳かに「おめでとうございます」と言った。
王都一の男子校に通い始めたベルジュード・ランディスは、初日を終えて帰宅した自分の部屋で口元を押さえ黙り込んでいた。
ふわふわ揺れるキャラメルベージュの髪の持ち主を、あんなにも近距離で眺められる日が訪れようとは。
隣の席を確保できたのは僥倖だった。
「夢かもしれない……痛い……ということは、夢ではないんだ……」
己の右頬を思い切り抓る、そしてひとり呟く。
隠した口元は、隠し切れない感情の爆発でじわじわと弧を描いていた。
そこに、社交界きっての注目を浴びる美男子の姿は全くない。
あるのは、影ながら見守っていた彼との再会を素直に喜ぶ、十六歳の青年の姿だけ。
「ステファン・ウェインハットか……名前さえも可愛いなんて反則だ」
昨年の初め、とある公爵家主催の晩餐会に招かれた時のこと。
母方の親戚だからという理由で出席を余儀なくさせられたベルジュードは、挨拶と簡単な会話をしただけで帰路に着こうとしていた。
この国では十六歳になると貴族の子供たちは、成人として社交界デビューを迎える。
周辺諸国では『デビュタント』といえば令嬢限定の通過儀礼であるが、ベルジュードが暮らす国では男女共にその儀式に参加するのが習わしである。
令嬢はその日が来るまで、子供が主役の催し以外の招待状は届かない。
深窓に隠される。
けれど、子息の場合は違う。
大体十五歳になる前から、父親に連れられて大人主催の社交場へと強制参加となる。
家督を継ぐ長男はもっと早いうちから、伯爵家以上は次男以下も同等の年齢から夜会服に身を包む。
誘われてしまえば、欠席はほぼ不可能だ。
人との交わりは領地経営と並ぶ貴族の本業であり、嫌だからと逃げることは許されない。
それは社交嫌いのベルジュードであっても例外ではなかった。
毎回毎回、何かしらの理由をこじつけて不参加を申し出るのだが、貴族を纏め上げるトップオブ当主として遍歴を重ねてきた父の、のらりくらりとした老練な説得によって悉く制されてきた。
筆頭公爵家に生まれてしまった運命だ。
その日も貴族独特の婉曲表現を浴びて凝った肩をほぐしながら、主催者宅の大階段をひとり降りていると、目の前をキャラメルベージュの小動物が横切った。
やけに軽装だったな、と思った。
確かに今夜の招待状には『お気軽に』の文言があったが、そうは言っても晩餐会である。
訪問客は誰も、きっちりとした正装で出席していた。
当たり前だ。
社交界では招待状が届くと、その家に勤める執事や家令を介して当日の委細を綿密に打ち合わせする。
どの程度の装備が必要か、避けるべき色や柄はあるか、プレゼントは必要か、などが事前に擦り合わせられる。
それが出来ないのは執事さえも雇えない貧乏貴族とされ、悪い噂の対象となる。
(あの子もそういった類か……?)
何とはなしにそう思いながら広い庭を歩いていると、先ほどの小動物がまたも前を通り過ぎた。
今度は文句なしの正装だった。
そして、手には幾つも箱を持っている。
(着替えた? そして、プレゼントを持ってきた?)
額に汗をかきながら疾走する姿を、ベルジュードはしばらく見つめていた。
それから、その小動物とは何度かすれ違った。
家族と共に参加している時もあったが、人数が増えても変わらず奔走していた。
一度、偶然にも馬車の中が見えてしまったことがあるのだが、空間の面積いっぱいに着替えと物が積まれていて、それはもう逆に圧巻ともいえる光景だった。
座るスペースなんてないほどに占領されていたけれど、人間たちはどうやって揺れる馬車の中で道中を過ごしたのか……。
『執事を通して事前に会の詳細を確かめよ』と忠告しようとも思ったが、位の異なる貴族への声掛けは叱責とも捉えられかねない。
そうなった場合、その子の家の評判を落とす懸念があり、助言を躊躇ってしまった。
ウェインハット伯爵の実力をもってすれば瑕がつくこともなかったな、と今になって思うベルジュードだった。
応援していた。
見かければ、いつも。
急いで走り去る、小さなその背中を。
もしかしたら今夜同じ会場にいるのではないだろうか、と気が付けば以前よりも社交界へ顔を出すことも増えた。
薄緑の瞳の友人にはからかわれたけれど、それでも会いたかった。
健気に頑張る、あの彼に。
その彼をまさか教室の窓際の席で見かけることになるとは思わなかった。
「幸運だ。願ってもないチャンスだ。恵みの雨だ。これはなんとしても、ステファンのステディにならなければ」
濃いグレーの瞳に、恋の炎が灯った。
「ベルジュード様、お夕食の時間でございます」
拳を天に突き上げ熱い決意をした時に、ノックと共にメイドに呼ばれた。
階段を下りて、建物と建物を結ぶ長い廊下を渡り食堂へと入る。
既に両親が着席していた。
「お待たせしました。申し訳ありません」
「待ってないよ。私たちもたった今、ほんとうに今、来たところだ。何ならまだ座面に全体重は乗せていないよ」
「ベルジュード、私の可愛い息子。礼儀を重んじる立派な息子に成長してくれて、なんて誇らしいの」
銀糸のブロケード生地のベストに白いシャツを合わせたベルジュードの父は半ば空気椅子状態、バイオレットのサテンドレスを着た母は歌劇の主演女優さながらの大きな身振りで感動を伝える。
慣れているベルジュードは特段何のリアクションもせず、座って早々にフットマンの給仕を受けている。
「それで、学校はどうだった? 同級生と肩を並べて勉強するというのも将来のためになるだろう?」
「ゼイナル侯爵家のショーンも一緒なのよね? 同じクラスになれたかしら?」
「いつ会っても相変わらずうるさい奴なので本当は別のクラスがよかったんですが、腐れ縁というのは回避できない強固なものであるようです」
「お前たちは人の好き嫌いがはっきりしすぎているから、お父さんは友達が出来るか心配だよ。近くの貴族家に連絡しておこうか?」
「それとも、学外で気の合いそうな子を見繕って転学させましょうか?」
デビュタントを機に正真正銘の大人として認められるという年頃であるのに、両親にとってはいつまでも子犬のような頼りなさであるようだ。
とある見方によっては王家を凌ぐ影響力を持つやも、と囁かれる筆頭公爵家。
その主人の偉大なる表の顔、それとは中々に結びつかない過保護ぶりだ。
「あぁ、そのことならご心配には及びません。友人がひとり出来ました」
「それはめでたいじゃないか! どこの家の子息だ?」
「ベルジュード、私たちの自慢の息子! 初日で偉業を成し遂げるなんて立派よ!」
スープを運んできたフットマンにすら「おめでとうございます」と祝いを述べられた。
そんなにも自分は、他人と交流するのが苦手だと思われているのだろうか?
少しだけ情けなくなってくる。
「ウェインハット伯爵はご存じですか?」
「稀代の天才科学者の名を知らぬ者などいないだろう。伯爵が開発した解毒薬は効果が高くされど安価で、医者泣かせだともっぱらの評判だ」
「わたくしも、薔薇の手入れをする時によくお世話になっているわ。ドクドクノバラは花の裏に微細の毒針があるけれど、あの群を抜いて鮮やかな色は庭園には必須ですもの。他の解毒薬も我が家には常備してあるわよね?」
そう問う公爵夫人に、側に控えていた執事が無言で首を縦に振った。
「友人になったのは、そのウェインハット伯爵の子息です」
「それは最高だ!」
「まぁ! 素晴らしいわ!」
両親から拍手喝采が贈られる。
「ステファンという可愛らしい子でした。何度か見かけたことがあったんですが、話をすると独自の論理展開がとても魅力的で。私の問いかけに一体どんな回答が返ってくるのか、と胸が高鳴りました」
「それも最高だ!」
「まぁまぁ! 素晴らしすぎて涙が出そうだわ!」
「将来、彼を私の友人としてだけではなく、たったひとりの伴侶にしたいと思っています」
「それだってさいこ……何だって?」
「まぁまぁまぁ! 素晴らしいことこの上なくて、って……えぇ?!」
両親だけでなく、部屋の四隅にいる使用人一同も驚愕したようだ。
聞き耳を立てていたのか、食堂の扉の外では皿をひっくり返す音が鳴り響く。
思いもよらぬ爆弾発言だろう、分かっている。
けれど、ベルジュードももうすぐ大人の仲間入りを果たす。
不要な釣書などを眼前に積まれても迷惑千万なので、先手を打った。
「私は三男ですし、大学を卒業後は王城の文官になるという大方の道筋も立っています。公爵家の一員として、ベルジュード・ランディスの名に恥じぬ人生を生きる所存です。それにはステファンという存在が必要不可欠です」
「立派な決意表明だが、伯爵家の子息とは友人として付き合っていくのでは駄目なのか?」
ベルジュードは静かに否定した。
「友人ではあまりにも足りません。実は彼のことは少し前から知っていました。陰ながら必死に頑張るその姿は、彼の人柄を真っ直ぐに表している気がして目が離せなくなりました。会えるチャンスを増やしたくて、夜会を掛け持ちしたこともあります」
「まさか、お前がここ一年で社交界に顔を出す回数を増やしたのは、その子に会うためか?」
「そうです」
「珍しく帰りが遅くなった夜も何度かあったけれど、もしかしてその子に会えた日だったの?」
「遠くから眺めるだけで楽しくて、つい長居をしてしまいました。今日、運命の再会を果たして、会話して、もう私の心は止められそうにありません」
ベルジュードは少年と青年の間の顔で笑う。
無邪気で、甘くて、無垢で。
昔から物わかりのよすぎる大人びた息子だ、子供の殻をすっかり脱ぎ捨てていると思っていた両親は目を瞠る。
「誰よりもそばにいて、誰よりも理解し合って、誰よりも愛でたいのです」
「まだ知り合って一日目だろう? 前のめりがすぎるんじゃないのか?」
「心の鐘が鳴ってしまいました。ならばもう、全速力で追いかけなければ。恋とはそういうものでしょう?」
「そうね……そうね。恋とは果てまで追いかけるもの、愛とはその果てで何があっても離さないものよ。あなた、私たちの若い頃を思い出すわね?」
「……そうだな」
貴族にしては珍しく、恋愛結婚をした両親だ。
それはそれは大恋愛だったと聞いた。
きっと、その血が色濃く自分の中にも流れているとベルジュードは思う。
青く燃える胸の炎。
初恋は厄介で、魔性で、けれどその反面、最も汚れない。
だからこそ、それが実ればきっと至高の愛となる。
「ステファンがいれば、私の人生は最期まで幸せでしょう」
そう言い切った息子。
父と母は、顔を見合わせて無言で会話した。
「いいだろう。幸い、わが国では跡取り以外は同性婚が認められている。お前には持って生まれた頭脳と、それに慢心しない勤勉さもある。貴族の責任も果たせる男だ」
「ベルジュード、私たちの愛する息子。貴族にしては珍しく恋愛結婚した父と母と同じように、あなたにも最愛が出来たことを嬉しく思うわ」
「ありがとうございます」
「近い内に連れてきなさい」
「あなた、気が早いわ。まだお付き合いすらしてないのよ。ベルジュード、逃さず確実に捕まえなさいね」
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