夢追い旅

夢人

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母はここで生きている

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 もう3日会社に行かず、ホワイトドームのカウンターの片隅で『噂の真相』の記事を書き続けている。書き上げるとケイ君が編集局に届けてくれる。時々カオルを負ぶって公園をぶらぶらする。団長は劇団を引き連れて野外テント回りをしている。その間は客も少ない。常連たちはほとんどセルフサービスで手間がかからない。
「ユキはもう立派なちいママだな」
「ちいママって?」
「団長の代理ということだよ」
「嬉しい!」
 この時間はカオルはすやすや眠っている。棚に台本が載せられている。
「今回もケイ君の台本かい?」
「今回は団長の初台本だって」
 ついつい手を伸ばしてページを繰る。
 『アンの青春』の題名を見てはっとする。伯母いや母の物語だ。いつの間に書き上げたのだろうか。通天閣の下町が鮮やかに描かれている。そう言えば松七五三聖子も一時は物書き仲間で知り合ったのだ。だが実力では恋敵の友人が一つ頭を抜いていた。彼にノートを送り続けているが小説にしてくれているのだろうか。
「練習は見たことがある?」
「9時を過ぎるとここで読み合わせが始まるの。それを見る常連もたくさん来るよ」
「アンは団長だろう。少年ひろしは誰が?」
 少年ひろしは周平のことだ。
「うん。ほんとは私がやりたいと言っていたんだけど、店番とカオルの面倒があるので同じアパートの女の子を紹介したの。頭を男の子刈りされたので泣き出しちゃったけど、本当に似合っていたよ」
 話を聞きながら周平はすっかり少年ひろしの世界に引きずり込まれてしまっている。まるでアンがそこに生きているようだ。台本の中でアンは舞台に立って踊りながら唄を歌っている。
 母はここで生きている。






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