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1章
0歳 -水の陽月2-
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我思う、故に我在り
……なんて格好つけてみたけれど、実際のところ「思考する」ことぐらいしか今の私にできる事がないのです。
体内時計の感覚で1時間と少し前の事、綺麗な泉の傍で馬から降りた不確定名「巨大な人」は私を包んでいた厚手の布……ベビースリングのようなモノから取り出して、自分の肩に私の顔を乗せるように抱き上げた訳なのですが……。
この時点で一つの信じたくない事実が確定しました。えぇ、うすうすは解っていたんです、認めたくなかっただけで。どれだけ喋ろうとしても「ぉぎゃー」としか言えないのだから……。
認めたくありませんが……認めたくありませんが……。
私、赤ん坊になっています。
なんてこったい……。
これが生まれ変わりというやつなのでしょうか。
日本ではない、英語圏でもない別の国に生まれたという事なのでしょうか?
遠い目をする赤ん坊って、ちょっと怖いですよね。
でも自分を客観視する余裕は今の私にはありませんです、はい。
そんな風に呆然としている私の服をはぎ取ろうとする巨人。
(ちょっ! やーーめーーーてーーーーーー!!)
何をされるのかを察した私は、持てる力を振り絞って全力抵抗します。
えぇ、しますとも!!!
確かに下半身に不快さはあります。意識が戻った時には既にありました。ですが立て続けに受けた精神的ダメージをこれ幸いと、気づかないふりをしていたのにっ!
(ヤーーーダーーーーーーーーー!!)
服とは名ばかりといった感じで布をぐるぐると巻き付けただけの私の服(仮)は簡単に引っぺがせそうなんですよ。なので、じたばたと手足を動かして全力で抵抗を試みます。
何度か巨人の顎に私の柔らかすぎる足の裏がヒットし、腕もこれでもかと振り回してぺちぺちと巨人に叩きつけます。
……ですが所詮は赤子と巨人、勝てる訳がありません。
あぁぁぁぁ、モホロビチッチ不連続面あたりまで穴を掘って引きこもりたい……。
モホロビチッチ不連続面、通称モホ面……ホモ面じゃないですよ?
解ってます、解ってますよ、今の自分が赤ん坊であることは。
でも中身は17歳……羞恥心はしっかりあるんですよぉぉぉぉぉ。
しかもこの巨人。先ほど超至近距離で見る事で漸く顔が判明したのですが、かなりの格好良さです。無精ひげが個人的には残念なポイントですが、精悍なイケメンであることに変わりはありません。そのうえ年も私(中身)とほぼ同じ頃のようで、余計に羞恥心が爆発します。顔立ちは日本人にしては少し濃いような……でも充分日本人で通じる感じのアジア系。髪も黒いですしね、ここはアジアのどこかの国なのでしょう。
だけどもこれで、不確定名「巨大な人」は不確定名「父親」になりました。
少々若すぎる気もしますが、そこは文化風習の違いもありますし……。
それにしても服だけじゃなく、育児に必要そうな物を何一つ持っていないのが気になります。食事も哺乳瓶ではなく何かお麩のようなモノをミルクのようなモノに浸して、それをちゅーちゅーと吸わなくてはいけないので大変です。まぁ、お腹が空いているので頑張って吸いますけどね。
そうやって不本意なお着替えと不自由な食事を終えたところで、不確定名「父親」も簡単に自分の食事を済ませて、大きな木の下に座り込んで眠りだしました。
私はそのすぐ横にベビースリングに再び包まれてころりんと転がされています。
扱いが雑な気がするのは気の所為ですか?
まぁ、それが少し前の事。
横にいる不確定名「父親」は小さく寝息を立てていて、既に眠ってしまったようです。私はといえば眠気が一時的に駆逐されてしまったようで、まだ眠れません。
あまりにも衝撃的な事実の連続に目が冴えてしまいました。
そこで私は一つの仮説をたててみます。
もしかしたら世界中の赤ちゃんって、実は前世の記憶を持って生まれ変わっているんじゃないか?……と。今の私のようにですね。それが新しい環境、新しい言語を覚えるために前世の記憶がところてん式に押し出され物心ついたころには忘れてしまっているだけなのでは?と。実際、胎内や前世の記憶を持つ子供が極稀ながらいるって話は何かで聞いたことがあります。
だとしたら、前世の記憶を忘れないように固持し続ければ、何時かは祖父母に会いにいけるでしょうか?
そして「ありがとう」と「先に逝ってごめんね」を言いに行けるでしょうか……。
ならばこれからは事あるごとに
(お祖父ちゃん、大変です。私赤ん坊になってしまいました)
だとか
(お祖母ちゃん、ごめんね。
あと、帰りに買ってきてと頼まれていたお味噌、買えてません)
とかとか。何かにつけて心の中で二人に話しかける癖を付けてしまえば忘れないよね、たぶん。
そんな事をチラリと思っていたら
少し離れたところにある焚火の炎が大きく爆ぜてバッと火の粉が飛び散りました。
暗闇の中に飛び散る光は、視力が低い赤ん坊の私の目にも映ります。むしろぼやけて見える分、幻想度が増していて目を奪われる光景だったのですが、次の瞬間には顔が引き攣りました。無数に飛び散った火の粉が明らかに不自然な動きで、空中で一つにまとまりだしたのです。
(ひぎゃぁぁぁぁ!!! 火の玉だっっっ!!!)
そこに現れたのはおどろおどろしい幽霊モノには付き物の火の玉。
ヒュゥ……ドロドロドロドロドロ……って効果音が勝手に脳内で再生されます。
(今、夏じゃないし!季節ちがうし!お呼びじゃないし!!)
自由にならない体をじったんばったんさせながら何とか逃げようとするのですが、
その火の玉はふわふわと浮かびながらこちらへと近づいてきます。
(ひぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーー!!!)
『6j5 uit^yq@u』
不思議言語が聞こえてきました。
しかも不確定名「父親」とは明らかに声質が違います。
(や、やっぱりおばけだぁぁぁぁぁ)
本気で涙目ですよ、怖いの大嫌いなんですっ!!
田舎暮らしにまだ慣れていなかった頃、夜に停電で部屋が真っ暗になった事がありました。その時あまりにも怖すぎて腰を抜かした事があります。
腰が抜けると本当に立てないんですよ!!
そうなると言葉すらまともに出ないんですよっ!! えぇ、今のようにね!!
といっても赤ん坊だからもともと立てないし、喋れないけどもっ!
と脳内で理不尽ギレしていたら、近くの泉でバシャっと大きな魚がはねたような音がしました。見ちゃだめだ、見ちゃだめだ……と思うのに、実際に顔は動かないのに視線がソロリソロリといった感じで音のした方へと移っていきます。
そこにはやはり水中から飛び散った小さな水滴が集まって水の玉となった変な物体があり……
『ckb b0t@zwe.d@7uew@rt』
(不思議言語再び! っていうか火の玉はともかく水の玉ってなに?!)
それまで口をパクパクさせるだけで、まったく言葉にならなかったのだけど
ここにきて思考完全停止、結果として本能が勝ったのか
「ぉぎゃぁあああああああああああああ!!!!」
転生後一番の絶叫でした。
私の目の前にいきなり壁が出現しました。その壁が不確定名「父親」の背中だと気づくには少し時間がかかり、正直何が起こったのかわからず……。しかも水玉さんから小さな水が分離して私の顔にパシャと水がかかります。
「ぉぎゃー!、ぉぎゃーーー!!」
自分としては「冷たい! ナニコレ!!」と叫んだつもりだったのですが、口からでるのは新生児特有の泣き声ばかり……。唇や舌を自由に動かすだけの筋力だとか経験がこの体には足りないのかもしれません。
その頃になってようやく目の前の壁が父親の背中だと気づいて私はホッとしました。
とりあえず一人で怖いのを相手にしなくても済む訳で……。と思ったら、先ほどの二つの玉は何時の間にか消えていなくなっていました。大人が起きたら逃げるとは卑怯な!!……とちょっと強気で主張してみたり。
父親は首を傾げてからこちらを振り返り、一度上を見てから盛大に溜息をつきました。そして私の顔にかかっていた水を自分の袖でゴシゴシと拭きだしました。どうやら梢から滴った夜露が顔に落ちて驚いただけと判断した様子。そして私を抱き上げて自分の膝の間にすっぽり治めるようにして転がし……ってまた転がされた!
「だーー! あーー!!」
赤ん坊を地面に転がして寝かすのはどうかと思います!!
そんな気持ちを込めてテシテシと全く力の入らない手で父親のふくらはぎ付近を叩いて抗議するのですが、全くこちらの気持ちが通じてくれません。しかも、あっという間に再び眠りはじめ……。
(まっ、待って。眠ったらまた火の玉と水の玉が……)
……おそる……おそる……と、寝返りすらうてない私は視線だけをそちらに向けるとやっぱりいるじゃないですかぁぁぁ!!
『egul 66b@5q@dwyd@7,59』
<もしかして言葉が通じていないのですか?>
(ぎゃぁぁーーー、また喋ったーーーー、ん? 喋った?
えっ、今のめっちゃ日本語?)
<日本語というのは知りませんが、言葉が通じていなかった事と幾つかの異常事態が発生している事は理解しました>
聞こえてきた日本語はすごく淡々としていて、恐慌状態だった私の心も少し落ち着きを取り戻しました。なんか、もう……常識が通用しない事ばかりで、一種やけっぱちな感もありますが……。
<あなた何か変ですよね? 普通じゃない>
再び淡々と話しかけてくるのは水の玉の方らしく、そう言いながら近づいてきます。
<おまえらっ、俺様そっちのけで何話してんだよ!>
そこにボボボ!!と火の勢いを少し強めた火の玉が日本語で会話に参加してきました。火の玉さんも日本語喋れたんですね。それなら最初から……ってそれはそれで怖いかもしれません。水の玉はともかく火の玉は幽霊の、お化けのイメージが強すぎます。
(私、変ですか? っていうかどうやって喋ってるんですか?
というよりも……あなたたちは誰?)
<誰って精霊にきまってんじゃん>
と荒々しい言葉で質問に答えてくれる火の玉さん。
<あなたを守護する霊力が見当たらないんですよ?
変に決まってるじゃないですか>
と淡々とした言葉で語り掛けてくる水玉さん。
色々と疑問が尽きません。水玉さんの説明によると喋って通じなかったので、心話という心に直接語り掛ける方法を選んだそうです。この場合、必要とされるのは「言葉」ではなく「心象」なので、言葉を知らない・持たないモノとも対話が可能になるとか。もっとも相手の心象力が貧困だと、言葉での会話以上に意思疎通ができないのだそうですが。
また人間の私には一対一でしか心話は行えず、一対多は不可能という不便な所もあり私は二つの玉と結構面倒な作業で会話をしています。
ちなみに精霊同士ならば一度に複数の相手に心話を届ける事ができるそうです。
面倒な手間が必要なのは私だけという……。精霊ずるい。
とりあえず、私に解った事は一つ。
先ほどたてた仮説はすべて棄却という事ですね、……はい。
転生したってところは恐らくあっているのでしょうが、ここ絶対に日本どころか地球じゃない。
(精霊ってなに! 守護ってなに!!!)
どうやら異世界に転生したらしいという事に、私はこの時になってようやく気付いたのでした。
……なんて格好つけてみたけれど、実際のところ「思考する」ことぐらいしか今の私にできる事がないのです。
体内時計の感覚で1時間と少し前の事、綺麗な泉の傍で馬から降りた不確定名「巨大な人」は私を包んでいた厚手の布……ベビースリングのようなモノから取り出して、自分の肩に私の顔を乗せるように抱き上げた訳なのですが……。
この時点で一つの信じたくない事実が確定しました。えぇ、うすうすは解っていたんです、認めたくなかっただけで。どれだけ喋ろうとしても「ぉぎゃー」としか言えないのだから……。
認めたくありませんが……認めたくありませんが……。
私、赤ん坊になっています。
なんてこったい……。
これが生まれ変わりというやつなのでしょうか。
日本ではない、英語圏でもない別の国に生まれたという事なのでしょうか?
遠い目をする赤ん坊って、ちょっと怖いですよね。
でも自分を客観視する余裕は今の私にはありませんです、はい。
そんな風に呆然としている私の服をはぎ取ろうとする巨人。
(ちょっ! やーーめーーーてーーーーーー!!)
何をされるのかを察した私は、持てる力を振り絞って全力抵抗します。
えぇ、しますとも!!!
確かに下半身に不快さはあります。意識が戻った時には既にありました。ですが立て続けに受けた精神的ダメージをこれ幸いと、気づかないふりをしていたのにっ!
(ヤーーーダーーーーーーーーー!!)
服とは名ばかりといった感じで布をぐるぐると巻き付けただけの私の服(仮)は簡単に引っぺがせそうなんですよ。なので、じたばたと手足を動かして全力で抵抗を試みます。
何度か巨人の顎に私の柔らかすぎる足の裏がヒットし、腕もこれでもかと振り回してぺちぺちと巨人に叩きつけます。
……ですが所詮は赤子と巨人、勝てる訳がありません。
あぁぁぁぁ、モホロビチッチ不連続面あたりまで穴を掘って引きこもりたい……。
モホロビチッチ不連続面、通称モホ面……ホモ面じゃないですよ?
解ってます、解ってますよ、今の自分が赤ん坊であることは。
でも中身は17歳……羞恥心はしっかりあるんですよぉぉぉぉぉ。
しかもこの巨人。先ほど超至近距離で見る事で漸く顔が判明したのですが、かなりの格好良さです。無精ひげが個人的には残念なポイントですが、精悍なイケメンであることに変わりはありません。そのうえ年も私(中身)とほぼ同じ頃のようで、余計に羞恥心が爆発します。顔立ちは日本人にしては少し濃いような……でも充分日本人で通じる感じのアジア系。髪も黒いですしね、ここはアジアのどこかの国なのでしょう。
だけどもこれで、不確定名「巨大な人」は不確定名「父親」になりました。
少々若すぎる気もしますが、そこは文化風習の違いもありますし……。
それにしても服だけじゃなく、育児に必要そうな物を何一つ持っていないのが気になります。食事も哺乳瓶ではなく何かお麩のようなモノをミルクのようなモノに浸して、それをちゅーちゅーと吸わなくてはいけないので大変です。まぁ、お腹が空いているので頑張って吸いますけどね。
そうやって不本意なお着替えと不自由な食事を終えたところで、不確定名「父親」も簡単に自分の食事を済ませて、大きな木の下に座り込んで眠りだしました。
私はそのすぐ横にベビースリングに再び包まれてころりんと転がされています。
扱いが雑な気がするのは気の所為ですか?
まぁ、それが少し前の事。
横にいる不確定名「父親」は小さく寝息を立てていて、既に眠ってしまったようです。私はといえば眠気が一時的に駆逐されてしまったようで、まだ眠れません。
あまりにも衝撃的な事実の連続に目が冴えてしまいました。
そこで私は一つの仮説をたててみます。
もしかしたら世界中の赤ちゃんって、実は前世の記憶を持って生まれ変わっているんじゃないか?……と。今の私のようにですね。それが新しい環境、新しい言語を覚えるために前世の記憶がところてん式に押し出され物心ついたころには忘れてしまっているだけなのでは?と。実際、胎内や前世の記憶を持つ子供が極稀ながらいるって話は何かで聞いたことがあります。
だとしたら、前世の記憶を忘れないように固持し続ければ、何時かは祖父母に会いにいけるでしょうか?
そして「ありがとう」と「先に逝ってごめんね」を言いに行けるでしょうか……。
ならばこれからは事あるごとに
(お祖父ちゃん、大変です。私赤ん坊になってしまいました)
だとか
(お祖母ちゃん、ごめんね。
あと、帰りに買ってきてと頼まれていたお味噌、買えてません)
とかとか。何かにつけて心の中で二人に話しかける癖を付けてしまえば忘れないよね、たぶん。
そんな事をチラリと思っていたら
少し離れたところにある焚火の炎が大きく爆ぜてバッと火の粉が飛び散りました。
暗闇の中に飛び散る光は、視力が低い赤ん坊の私の目にも映ります。むしろぼやけて見える分、幻想度が増していて目を奪われる光景だったのですが、次の瞬間には顔が引き攣りました。無数に飛び散った火の粉が明らかに不自然な動きで、空中で一つにまとまりだしたのです。
(ひぎゃぁぁぁぁ!!! 火の玉だっっっ!!!)
そこに現れたのはおどろおどろしい幽霊モノには付き物の火の玉。
ヒュゥ……ドロドロドロドロドロ……って効果音が勝手に脳内で再生されます。
(今、夏じゃないし!季節ちがうし!お呼びじゃないし!!)
自由にならない体をじったんばったんさせながら何とか逃げようとするのですが、
その火の玉はふわふわと浮かびながらこちらへと近づいてきます。
(ひぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーー!!!)
『6j5 uit^yq@u』
不思議言語が聞こえてきました。
しかも不確定名「父親」とは明らかに声質が違います。
(や、やっぱりおばけだぁぁぁぁぁ)
本気で涙目ですよ、怖いの大嫌いなんですっ!!
田舎暮らしにまだ慣れていなかった頃、夜に停電で部屋が真っ暗になった事がありました。その時あまりにも怖すぎて腰を抜かした事があります。
腰が抜けると本当に立てないんですよ!!
そうなると言葉すらまともに出ないんですよっ!! えぇ、今のようにね!!
といっても赤ん坊だからもともと立てないし、喋れないけどもっ!
と脳内で理不尽ギレしていたら、近くの泉でバシャっと大きな魚がはねたような音がしました。見ちゃだめだ、見ちゃだめだ……と思うのに、実際に顔は動かないのに視線がソロリソロリといった感じで音のした方へと移っていきます。
そこにはやはり水中から飛び散った小さな水滴が集まって水の玉となった変な物体があり……
『ckb b0t@zwe.d@7uew@rt』
(不思議言語再び! っていうか火の玉はともかく水の玉ってなに?!)
それまで口をパクパクさせるだけで、まったく言葉にならなかったのだけど
ここにきて思考完全停止、結果として本能が勝ったのか
「ぉぎゃぁあああああああああああああ!!!!」
転生後一番の絶叫でした。
私の目の前にいきなり壁が出現しました。その壁が不確定名「父親」の背中だと気づくには少し時間がかかり、正直何が起こったのかわからず……。しかも水玉さんから小さな水が分離して私の顔にパシャと水がかかります。
「ぉぎゃー!、ぉぎゃーーー!!」
自分としては「冷たい! ナニコレ!!」と叫んだつもりだったのですが、口からでるのは新生児特有の泣き声ばかり……。唇や舌を自由に動かすだけの筋力だとか経験がこの体には足りないのかもしれません。
その頃になってようやく目の前の壁が父親の背中だと気づいて私はホッとしました。
とりあえず一人で怖いのを相手にしなくても済む訳で……。と思ったら、先ほどの二つの玉は何時の間にか消えていなくなっていました。大人が起きたら逃げるとは卑怯な!!……とちょっと強気で主張してみたり。
父親は首を傾げてからこちらを振り返り、一度上を見てから盛大に溜息をつきました。そして私の顔にかかっていた水を自分の袖でゴシゴシと拭きだしました。どうやら梢から滴った夜露が顔に落ちて驚いただけと判断した様子。そして私を抱き上げて自分の膝の間にすっぽり治めるようにして転がし……ってまた転がされた!
「だーー! あーー!!」
赤ん坊を地面に転がして寝かすのはどうかと思います!!
そんな気持ちを込めてテシテシと全く力の入らない手で父親のふくらはぎ付近を叩いて抗議するのですが、全くこちらの気持ちが通じてくれません。しかも、あっという間に再び眠りはじめ……。
(まっ、待って。眠ったらまた火の玉と水の玉が……)
……おそる……おそる……と、寝返りすらうてない私は視線だけをそちらに向けるとやっぱりいるじゃないですかぁぁぁ!!
『egul 66b@5q@dwyd@7,59』
<もしかして言葉が通じていないのですか?>
(ぎゃぁぁーーー、また喋ったーーーー、ん? 喋った?
えっ、今のめっちゃ日本語?)
<日本語というのは知りませんが、言葉が通じていなかった事と幾つかの異常事態が発生している事は理解しました>
聞こえてきた日本語はすごく淡々としていて、恐慌状態だった私の心も少し落ち着きを取り戻しました。なんか、もう……常識が通用しない事ばかりで、一種やけっぱちな感もありますが……。
<あなた何か変ですよね? 普通じゃない>
再び淡々と話しかけてくるのは水の玉の方らしく、そう言いながら近づいてきます。
<おまえらっ、俺様そっちのけで何話してんだよ!>
そこにボボボ!!と火の勢いを少し強めた火の玉が日本語で会話に参加してきました。火の玉さんも日本語喋れたんですね。それなら最初から……ってそれはそれで怖いかもしれません。水の玉はともかく火の玉は幽霊の、お化けのイメージが強すぎます。
(私、変ですか? っていうかどうやって喋ってるんですか?
というよりも……あなたたちは誰?)
<誰って精霊にきまってんじゃん>
と荒々しい言葉で質問に答えてくれる火の玉さん。
<あなたを守護する霊力が見当たらないんですよ?
変に決まってるじゃないですか>
と淡々とした言葉で語り掛けてくる水玉さん。
色々と疑問が尽きません。水玉さんの説明によると喋って通じなかったので、心話という心に直接語り掛ける方法を選んだそうです。この場合、必要とされるのは「言葉」ではなく「心象」なので、言葉を知らない・持たないモノとも対話が可能になるとか。もっとも相手の心象力が貧困だと、言葉での会話以上に意思疎通ができないのだそうですが。
また人間の私には一対一でしか心話は行えず、一対多は不可能という不便な所もあり私は二つの玉と結構面倒な作業で会話をしています。
ちなみに精霊同士ならば一度に複数の相手に心話を届ける事ができるそうです。
面倒な手間が必要なのは私だけという……。精霊ずるい。
とりあえず、私に解った事は一つ。
先ほどたてた仮説はすべて棄却という事ですね、……はい。
転生したってところは恐らくあっているのでしょうが、ここ絶対に日本どころか地球じゃない。
(精霊ってなに! 守護ってなに!!!)
どうやら異世界に転生したらしいという事に、私はこの時になってようやく気付いたのでした。
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