未来樹 -Mirage-

詠月初香

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1章

0歳 -火の陰月3-

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顔をあげれない私の頭の上から

「はぁぁぁ…………」

と浦さんの心底呆れ果てたと言わんばかりの溜息が聞こえました。ビクリと肩が震えて次に出てくるであろう言葉に身構えてしまいます。

<顔を上げなさい!>

そう言って浦さんは人差し指で私のおでこを押して無理矢理顔をあげさせました。私の視界に入る浦さんの表情は怒りと呆れと……あと、何だろう?
色んな感情が混ざった顔をしていました。

<一つ聞きますが、あなたは私が「浄水」などの役に立つ技能を持っているから
 一緒にいるのですか?>

そう言われて、思わず反射的に

<違う! 違うよ!!
 確かに浦さんが浄水の技能を持っていて助かるなって思った事はあるけれど
 浄水の技能を持った浦さんが良いんじゃなくて、
 浦さんが浄水の技能を持っていたから良かったなって思ったんだよ。
 上手く言えないけど基準となるのが浦さんで、浄水は付加価値でしか無くて、
 だからあれば嬉しいけれど無くても変わらず浦さんと一緒に居たくて……>

<お、落ち着きなさい。
 そんなに一度にたくさんの心話を流されても処理が追いつきません>

私を落ち着かせようとしたのか、浦さんが背中をトントンとしてくれます。
そうされて初めて自分が息を詰めていていた事に気づきました。

一度深呼吸をしてから、今度はゆっくりと自分の想いを心話で伝えます。

<浦さんたちが技能を持っていなくても一緒に……なんて事は言えない。
 だって浦さんたちは精霊だから。
 精霊じゃない浦さんは、浦さんとは違う存在だろうから>

<えぇ、そうですね。私は精霊であり、技能を持っている存在です。
 もし技能がなければなんていう仮定は私の存在そのものの否定です>

<でもね、だからって技能が目当てで一緒にいるっていう訳じゃない。
 ただ、……一緒に居たいから、居てほしいから。
 浦さんとも金さんとも桃さんとも、ずっと一緒に居たいから。
 ただそれだけで……>

そういって再び俯いてしまった私を浦さんがそっと抱きしめてくれます。

<そうですね、私達も同じです。元々は監視の為に近づきました。
 精霊の守護を持たない存在は、この地に災いを呼び込みますからね。
 異世界の知識の無制限な流入を監視するという意味では今でも監視対象です。

 ですが、それだけならこうして触れ合う必要はないのです。
 私達もただ、あなたと一緒に居たいと思ったから居るのですよ。
 役に立つ・立たないなどは一切関係ありません>

嬉しくて鼻の奥がツーンとしてくるけれど、泣き顔は見られたくなくて……
そもそも泣きそうになっている事を知られたくなくて、浦さんが抱きしめてくれる事をこれ幸いと、ぎゅっと顔を浦さんの胸に押し付けます。

<あなたの前世、そして今世の生い立ちを思えば、
 身近な者と別れるという事に対し、心に特別に深い傷がある事はわかります。
 ですが私達があなたから真の意味で離れるという事はありません。
 人間よりも遥かに丈夫で、基本的に寿命はありませんからね。
 だから安心して私達の傍にいなさい>

<うん……。ありがとう、浦さん>

おでこをぐりぐりと擦り付けるかのようにして浦さんに甘えます。
そういえば、こうやって誰かに甘えるって前世込みであまり記憶に無いかもしれません。もちろん前世の幼少期には親に甘えていたでしょうが……。




「い・い・か・げんに……返事しやがれ浦の字ぃぃぃぃ!!!!!」

甘えてしまったことに気恥ずかしさを覚え始めた頃、背後から凄まじい爆音とともに桃さんの怒声が聞こえてきました。ここでようやく自分が土蜘蛛に追いかけられている真っ最中だったことを思い出しました。なぜか浦さんと二人っきりの世界に浸っていて……って周囲をよく見ると、

<ナニコレ!>

私と浦さんを囲むように水と領巾ひれがグルグルと渦を巻いていて完全に外界をシャットアウトしています、まるで水と領巾による結界のようです。その結界によって物理的にというか精霊力的に本当に二人だけの世界が出来上がっていました。

<私は「流水」ならば、ほぼ意識しないでも使えますからね。
 ただ今回はかなりの速度で水を流しているので、少々手をかけていますが……
 7ztfg@ならば兎も角、あの水流を超えて大蜘蛛は入ってこれないでしょう。
 その間に金太郎や桃太郎が7ztfg@を退治してくれているはずです>

<いや、え?
 退治してくれているはず……って>

思わず口がポカーンと開いてしまっている私の耳に、桃さんの怒声が再び聞こえてきました。

<早く消火しねーと、ヤバいんだって!!>

その言葉に私と浦さんは思わず顔を見合わせ、数瞬黙り込んだ後

「はいぃぃ??!!」

大慌てで水の結界を解いたのでした。




「何をやっているのですか! 桃太郎!」

大慌てで結界を解除した浦さんは辺りの惨状に綺麗な顔を引き攣らせました。
あー、これは私も言葉にならないわ。

私が確認した土蜘蛛は2体だったのですが、それらが原型がわからないレベルで木端微塵になっていました。そして(土蜘蛛に比べれば)小蜘蛛といえば良いのか、(通常の蜘蛛に比べれば)大蜘蛛と言えば良いのか正反対の事で迷ってしまう乗用車サイズの蜘蛛は、黒こげになってあちこちでひっくり返っています。ただ明らかに数が少ないように思うので、大半は逃げてしまったのかもしれません。森の巨木はあちこちでへし折られて倒れ、ところどころで燃えていたり、炭化していたり、燻っていたり……。明らかに禁じ手とした「爆炎」を使っただろうなぁという痕跡があちこちに残っています。ただ流石に2回目で力加減を覚えたのか、最初の時よりは被害の少ないようですが……。

「仕方ねーだろうが!
 何度もてめぇに呼びかけてんのに返事がねーし
 櫻に何かあったんじゃねーかと思うだろうがよ!」

そう怒鳴っている桃さんの背後から、無言&無表情の金さんがずんずんと近づいてくると、私を浦さんからひったくるようにして抱き上げ、前後左右揺さぶってきました。

<き、金さん、酔う! 酔っちゃうから!>

いきなり揺さぶられて、ウプッっと何かが胃からこみあげてきそうになります。流石にここでリバースはしたくない!!

<どこも……怪我はないな?
 痛い所も、苦しい所も何もないな?>

どうやら揺さぶってたのではなく、怪我の有無を確認していたようです。

<大丈夫だよ、どこも痛くない。
 足に蜘蛛の糸が巻き付いたぐらいで、他には何もなかったから。
 守ってくれてありがとう、みんな>

そういうと金さんは微妙に表情が変わり、少し眉根が寄りました。何だか少し罪悪感を感じてるような表情です。その表情の真意はわかりませんが私の頭をポンポンと軽く叩くようにして撫でてきました。

<……ならば、良かった>

そう、ホッとしたような声音で金さんが言うと、すかさず桃さんが横から私を掻っ攫いました。

<とりあえず、出来るだけ延焼しないように7ztfg@の腹ン中に手を突っ込んで、
 奴の体内で爆炎を発動させたんだが……、それでも周りに火が飛んじまった。
 浦の字、後は頼む>

そういうと私を抱えて邪魔にならないようにという意図なのか、金さんと浦さんに背を向けてさっさと歩き出してしまいました。桃さんも少し落ち着いたのか、漸く心話を使っています。さっきまでずっと会話だったもんね。

<待ちなさい! 自分の後始末を全部私に押し付ける気ですか!>

浦さんが怒るのも無理ないけれど、

<てめぇが返事しねーのが悪い!>

と言い張って譲らない桃さん。もしかしてかなり拗ねてる??

<桃さん、一緒に消火しよう?
 桃さんの探査(火)でしっかり火種を見つけて、全部ちゃんと消さないと
 後から発火したりしたら大変だから、ね?>

私の説得に小さな舌打ちで応えた機嫌悪そうな桃さん。でもしょうがないと諦めもついたのか一つ大きな溜息をついてから、

「わーーーったよ!」

と、不貞腐れた態度のまま消火活動を開始したのでした。
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