【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

文字の大きさ
20 / 216
1章

0歳 -火の陰月4-

しおりを挟む
一通り消火活動も終わり、ほっと一息ついた頃、

ベチャ ビチャ ヌチャ……

と、正直あまり見たくないというか、聞きたくない音が小さく聞こえてきました。嫌な予感しかしませんが、確認できないのも怖いので慌てて周囲を見渡しますが、鎮火した後だと暗くて周りが良く見えません。

<この音、何?>

<ちょっと待ってろ>

私の問いかけに真っ先に応えてくれた桃さんは、自分の左腕に私を座らせるように抱き変えて右手をスッと上げると、その手がピカーーーッといきなり強烈に光りだしました。

<目がーーーー目がぁーーーーー!>

某映画の悪役のようなセリフが思わず出てしまいますが、暗闇に慣れた目にはちょっと強すぎる光でした。先日新しく覚えた「発光」という技能のようですが、桃さんの力加減が下手なところ、ちょっと直してほしいです。

<あー、これは水の妖の一種ですね。かなり下等な。>

そう教えてくれる浦さんの声があまり切迫していないので、妖とは言っても土蜘蛛やじゃんじゃん火のように手強い相手ではないのかな?

ようやく明かりに目が慣れてしっかりと目視で来たソレ。
浦さんがいう下等な水の妖は、色こそ真っ白なもののファンタジー系ゲームなどで見かけるスライムのように見えます。プルンとかポヨンとかしている丸っこい物体です。思っていたよりも少々固そうではありますが……。何と言えば良いのか、ゼラチン系のプルプルンではなく寒天系のブルンブルンと言えば良いのか、とにかく羊羹と同じぐらいか、もう少ししっかりとした固そうな印象を受けます。

まぁ少々固そうでも、蜘蛛騒動の後では和んでしまって頬が緩むぐらいには可愛く思えます。しかしそれでも妖である事には変わりありません。なのでちゃんと確認はしておきます。えぇ確認は大事。

<水の妖? 危険なの??>

<そうですねぇ……。人にとってはさほど危険はないと思いますよ。
 この妖は動物や虫などを体内に取り込んで溶かしてしまうのですが、
 自分よりずっと大きなモノは取り込む事ができませんから>

確かに自分のサイズ以上を捕食できないのなら人間の大半は守備範囲外になりそうです。何せ今の私とほぼ同じサイズですから……って、私は危ないんじゃん!
そう突っ込んだら

<えぇ、ですから絶対に私達の誰かに抱かれていてくださいね>

とにこやかに返されました。そうやって私達が話している最中にも白寒天は微妙に耳をふさぎたくなるような音をたてながら近づいてきて、黒こげになっている大蜘蛛に近づくていきました。

<この妖は基本的には戦闘能力はありませんから、
 あぁやって動物や虫の死骸を取り込むんですよ、ほら>

浦さんが指さす方を見てみると、確かに1体の白寒天が黒こげ蜘蛛のすぐそばでブルブルと震えていました。これから食事タイムとなるのかな?

そう思った私の目の前で、白寒天が……白寒天が……


<…………もう、やだーーーーーーーーっ!>


吐瀉物です、どう見ても吐瀉物にしかみえません。
寒天のような白くて固い丸い外殻?がポロリと外れたと思ったら、中から自分の視界にモザイクをかけたくなるようなデロデロした超軟体というか半液体状のものが溢れ出てきました。

その吐瀉物、本体は半透明な白濁した部分のようなのですが、ウゾゾゾと動いてはそこらの草や小さな虫を取り込んでいった結果、中途半端に消化されたソレが見えて、ますます直視したくない汚物にしかみえません。

<スライムはプルンとかポヨンとかして可愛いもんじゃないの?!>

思わず叫んじゃったけれど、私の思い描くスライムはこちらの世界にはいないようで、三太郎さんたちは意味不明な事を言い出した私に首を傾げています。

<あの殻は火の極日の間、自分の身を守る為のモノですよ。
 火の精霊力が一番強い時期を過ぎたので、
 森の中に居る分には不要となったのでしょう。
 なによりあの殻があると、大物を消化しづらいようですから>

出来るだけ表面積が小さくなるように丸くなった殻の中に居る分には私と同サイズの白寒天ですが、殻から出ると薄っぺらくなり表面積が増えます。だいたい1メートル四方より少し大きいぐらいのサイズになった元白寒天は、土蜘蛛や大蜘蛛の成れの果てを端から少しずつ取り込んでいきます。死骸は動かないから大物でも少しずつ取り込んでいっては消化するようです。森のお掃除屋さんのような妖なのでしょうか。


だとしても……

……グロイわぁ……


<癒し成分が足りない……>

危険じゃない、可愛いいふわふわもこもこな動物とか妖ってこの近辺にはいないのでしょうか。現状、癒しになりそうなのは兄上だけですよ。決してぽっちゃりしているっていう訳ではないのですが、幼児特有のぷっくりした手やぷにぷにの頬っぺた、可愛らしい笑顔が私の唯一の癒し成分です。

<癒し? 温泉にでも行きたいのか?>

桃さんが私を抱えなおしながら聞いてくれました。
そうですね、温泉も確かに癒しなのですがちょっと種類が違うというか……。
でもこの癒しの違いを言葉でうまく説明できる気がしません。

何にしてもあまり見たい光景ではないですし、何より足にまだ蜘蛛の糸が巻き付いたままなので早く洗い流してしまいたいです。

手で取って外そうと試みたのですが、指で突いてみたところベッタリとした糊状のものが糸にくっついていて、これは洗い流さないとダメだと後回しにしていたんですよね。なので

<温泉は行きたい! 今すぐ行きたい!>

ハイハイって勢いよく挙手して、温泉行きたいアピールをします。消火活動で煤塗れにもなってますしね。

<当初の目的であった7ztfg@は無事に倒せたゆえ、
 今日の所はこれで戻っても構わぬだろう>

<あの大きいのって2体だけなの?>

<いや、もっと生息しておるがアレは用心深い性質でな。
 仲間が倒された場所には、余程の理由が無い限り近づかん。
 櫻が拠点としたいと言っているこの近辺には、この先近づかぬだろう>

アレ、まだ居るのか……。
でも安全を確保したいだけで全滅させたい訳ではないから、これが一番良い結果って事なのかもしれません。

そういえば、この7ztfg@って名前。私にはどうしても上手に発音ができないんですよね。聞き取りはちゃんと出来ていると思うんだけど発音の経験が低い所為だろうなぁ。聞こえている通りに「ヤツカハギ」って発音しているんだけど、三太郎さんたち曰く「聞き取れない程ではないが、かなり解りづらい発音」らしいです。無念。なので三太郎さんたちにお願いしてこの4人の中ではアレは「土蜘蛛」という名称を使う事にしてもらいました。

ちなみに白寒天は名前そのものが無かったらしく、一般的に弱い水の妖と呼ばれていたんだとか。それって他にも該当する妖がいそうなんだけど……。
なので、例によって解りやすさ重視で「べとべとさん」と命名しました。




「ふはぁ…………」

極上の癒しがここにある。そんなキャッチコピーが頭の中で勝手に出来上がるぐらいに気持ち良い入浴タイムです。以前と同じように金さんと桃さんには周囲の警戒をお願いしたのですが、彼らも煤だらけで早々に湯に入りたいらしく……。

まさかの0歳児にして男性3人?との混浴です。
いや0歳児だからこそ可能なんですが、中身17歳なんですけど……。
遠い目をして視点を近くに定めなければ……、うん、見えなければ大丈夫。
見ないよ、三太郎さんの裸なんて見ない。

足にベッタリ&グルグルと巻き付いていた蜘蛛の糸は、お湯で洗い流してもなかなか粘り気が落ちず、時間をかけて少しずつ粘り気を落す羽目になりました。そうやって粘り気を落してしまえば、綺麗な糸だけが残りました。

<糸かぁ。これ母上たちなら布に織り上げられるかなぁ?>

そう言いつつ引っ張ってみると、思いのほか簡単にプツリと切れてしまいました。私の足にグルグルと巻きついている時はあんなに頑丈だったくせに、随分と呆気なく切れる糸に吃驚です。粘りの有無か、それとも温度変化によるものか……何かしらの要因で糸が脆くなってしまったんでしょうね。ただそこさえクリアできれば綺麗な糸が手に入る訳です。土蜘蛛と積極的に戦いたい訳ではありませんが、土蜘蛛は自分のテリトリーの木々を支柱にしてかなりの量の糸を張り巡らしていました。それを回収できれば……。

<どうしました? 先程からうんうん唸って……。
 せっかくのお湯が気持ちよくないのですか?>

糸をじっと見つめたまま唸っていたらしい私に、浦さんが心配そうに声をかけてきました。

<ううん、温泉は気持ち良いよ。
 唸ってた自覚はないんだけど、ちょっと考え事はしてた>

返事をする際にうっかり浦さんを視界に入れてしまったけれど、幸いな事に三太郎さんみんなちゃんと胸の辺りまでしっかりとお湯に入っていてくれていたので視界にモザイクをかけたくなるような事態にはなりませんでした。濁り湯万歳!

三太郎さんを見ても大丈夫な確証を得たところで、先程から考えていた事を金さんに持ち掛けます。

<金さん、仕事を増やして悪いんだけど……。
 拠点の外れ……過ぎると大変だから、ほどほどの場所に
 小屋を一つ立ててから出立してほしいんだけど、できそう?>

<む? 小屋程度ならば可能だが……>

<色々と試したい事があるんだけど、兄上が簡単に入れるような場所はマズイの。
 子供が触らない方が良い強アルカリ……って伝わらないよねぇ。
 まぁ子供が触らない方が良い物を使って作りたいものがあるから。
 正式なのは家を建て終わってからで良いんだけど、とりあえず小屋が欲しい>

<危険物を保管し、また実験する場として小屋が欲しいという事か。
 あいわかった。して、小屋の中に必要なモノは?>

<小屋の中で水が使えるとありがたいし、火も確実に使うから竈も必要かな>

頭の中では糸もだけど、何より欲しい石鹸を作る事を想定して色々伝えます。他にも作業台や保管用の棚なんかもお願いして、最後に扉の上の方に閂を付けてもらって兄上が入れないようにしてもらう事を忘れずに伝えて……。とりあえずはこんな所かな?
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜

長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。 コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。 ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。 実際の所、そこは異世界だった。 勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。 奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。 特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。 実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。 主人公 高校2年     高遠 奏    呼び名 カナデっち。奏。 クラスメイトのギャル   水木 紗耶香  呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。  主人公の幼馴染      片桐 浩太   呼び名 コウタ コータ君 (なろうでも別名義で公開) タイトル微妙に変更しました。

処理中です...