【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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1章

0歳 -土の陽月1-

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この世界にきて水の月、火の月と過ごし……、今は土の陽月。


乳児なのに過労死しそうな今日この頃です。


忙しすぎる!
やりたい事もやらなくちゃいけない事も多すぎる!!
にも関わらず、金さんと浦さんが出張中で人手が足りなさすぎる!!!


でも忙しいのは私だけではありません。むしろ母上たち大人組の方が忙しさは上だと思います。理由は明白で無の月の間に必要な食料や薪や柴といった燃料を溜め込まなくてはいけないから。母上やつるばみは主に木の実をはじめとした食品の採取と加工、叔父上と山吹は狩猟・漁と燃料の確保が役割のようです。勿論前々から準備が可能なものは少しずつ準備していたのですが、土の月でないと採取できないモノも多いですし、日持ちの関係もありますしね。

それに加えて叔父上や山吹が出稼ぎに行く為の準備も必要なのです。携帯食用の食材加工や、旅に必要な道具の準備。後は町で売る予定の雁もどきの羽根も丁寧に荷造りしています。

食材として今までに何度も私以外が食べていた雁もどきですが、毎回その羽根を大事にとってあったんですよね、しかも綺麗に洗ってから。最初は何に使うのか疑問だったのですが、町に持って行けば矢羽として安めとはいえ売れるのだそうです。この世界の男性にとって弓(狩猟)は必須の嗜みなので、子供の頃から習うのだとか。そういえば兄上も小さい玩具のような弓なら持っていましたよ。

ただ雁もどきは比較的よく取れる水鳥なので価値があまり高くありません。これが華族が好むような鳥、例えば強い猛禽類の羽根ならば贈答品レベルでお高く買い取ってもらえるらしいんですが……。まぁ安くても下級華族や上級華族の子供の入門用には使える為、物が良ければちゃんとした値段で買い取ってもらえます。そうして羽根を売ったお金で暫くは暮らす予定なのだそうです。座に入って仕事を貰ってもすぐに給金が貰える訳ではないので、ある程度の資金は必要なんですね。


そして此処に重要なポイントが。
叔父上たちが持っていく羽根は矢羽に使う為の、中心に固い軸がある物だけです。

えぇ…………、そうです。
私が欲しいと願っている数あるモノの中の一つ、羽毛布団に必要な芯の無いほわほわの羽毛は捨てられていたんですよ。それに気づいた時、速攻で三太郎さんにお願いして確保してもらいました。今では結構な量が竹炭倉庫にしている洞穴の中に保管されています。夏場は必要なかったので後回しにしていたのですが、そろそろお布団の準備も考えなくては……。

この世界、布団が無いんですよ。これは貧富や身分の差なく同じです。最下層民なら土の上にむしろを引いてそこで横になるだけ。上級華族や王族ならば畳の上に綺麗な布を敷いてそこに横になり、上にも布を一枚かけるだけ。中間層はそれぞれの財力に合わせて布が変わったり、古い畳を使ったりします。

そうそう畳はあるんです。ただし超が何個も着くレベルの高級品。寝殿造りのように自分が座って・寝る場所にのみ畳があるのが普通で、部屋一面に畳を敷き詰めるような事は上級華族にだってできません。いえ、上級華族の一部屋が大きすぎるからってのもあるんですが……。

その畳で小上がりを作り、その周りを几帳でぐるりと囲った……いうなれば『平安風天蓋付き畳ベッド』というのがこの世界の高級ベッド扱いになります。ようは平安時代の絵などで見かける御帳台がこの世界の上級民の寝具です。当然ながらかけるお金によってピンキリなんですが、そもそも布団が無い時点で「なんでやねん!」と突っ込みたくなるような寝具っぷりです。むしろ寝具とすら呼びたくないレベルです

なので新しく作る家には御帳台を作って、ふかふかお布団を置きたいんですよね。寒さ対策は勿論ですが、母上たちに喜んでもらいたいというのが一番の理由です。あと私自身も天蓋付きベッドに憧れていた前世の幼少時を思い出したので……。




何にしても大人4人組は火の陰月に入った頃から徐々に日々の仕事量が増え始め、今では日の出と共に活動を開始して一日中精力的に野外で活動している訳です。その為か夜はピクリとも動かないレベルでぐっすり深い睡眠に陥っています。

えぇ、そうなってからが私の時間です。




<本当にアレを食べる気なのか?>

そう桃さんが不思議そうに言うのは、昼間に目星をつけておいた果樹です。

たぶん果樹だと思う……。

母上たちと一緒だと探せなくて姿は確認していなんだけど、慣れ親しんだ果物の匂いがしたんですよ。

<あの匂いはたぶんアレだと思うんだけど……。
 見てみないとわからないから一緒に探して>

夜も遅く、岩屋から少し離れたところで桃さんが「発光」を自分の髪を飾っていた火緋色金の一つにかけて明かりをつけてくれました。以前に比べて少しだけ力加減が上手くなっている桃さんに拍手を送りたい気分です。


そして匂いを頼りに見つけた果樹は……超が付くレベルのホラーでした。
木の枝に生首が幾つもぶら下がっているように遠目には見えて、思わず桃さんの服をギュゥと握ってしまいます。

<あれはtoq@udからだなしとかtoudからなし呼ばれてる果物だな。
 首だけがぶら下がって見えるからついた名前らしーぜ>

果実の色は黒くてサイズは成人男性の頭ぐらいなので余計にそう見えます。

<だが華族じゃねぇ人間たちはもっと簡単にd@ys@じんどって呼んでたな。
 確か人間たちの古い言葉で人の頭っていう意味だったはずだ>

どっちにしても生首じゃないですかっ!
やだなぁ、でも匂いは間違いなくアレなんだよねぇ……。

<アレって食べられる?>

<あー、どうだろうなぁ? 俺は食べた事ねぇなぁ。
 人間も食べねぇが、味や毒の有無じゃなく不吉だから手を出さねぇだけだし。
 ちょっと切って味を見てみるか>

<無茶しないで!>

味見をしようと近づく桃さんを即座に引き留めますが、果汁をひと舐めするぐらいなら平気平気とまともに取り合ってくれません。

近くまで行くとギギギギギ……と不気味な音が聞こえてきました。正直走れるのなら走って逃げたいレベルで怖いです。どうやら枝が大きすぎる果実を支え切れず、風が吹く度にしなって不気味な音を立てているようです。

不気味な音の原因は解っても、夜の闇と相まって怖いものは怖いのです。私が恐怖に竦んでいる間に桃さんはサクッと腰に差していた短刀を果実に突き刺してしまいました。途端にピューーと真っ赤な液体が噴き出し、桃さんが慌てて自分の体を盾にするように私を庇って背を向けます。

一気に濃くなった香り。その香りの元ともいえる液体が桃さんの白い服を真っ赤に染め上げました。それはまるで出血したかのように見えて、サーーと顔から血の気が引いていくのが自分でも解ります。

<桃さんっっ!>

フレーム映像でも黒く塗りつぶされて見る事が出来なくなった前世の記憶……。
両親が赤く染まったあの時の記憶……。
覚えてないはずなのに、なのに、なのにっ!!

<こんなに勢いよく飛び出るなんて吃驚したぜ。
 お前の服を汚したら面倒だからなぁ>

心臓がバクバクと言っているけれど、桃さんの苦笑い混じりの言葉に少し落ち着きを取り戻しました。

<もぅ、吃驚するからいきなりは止めてよ。
 どこも変な所はない? 果汁でも物によってはかぶれたりするよ?>

出来るだけ平静を装いつつ、桃さんが無事な事を確認します。幸いな事に桃さんの服が果汁まみれになっただけで、特に痛みや痒みといった異常はないみたい。


それにしても……。
前世では目の前で真っ白い服が赤く染まるなんて経験をした事が無かったので気付かなかったのですが、どうやらトラウマだったようです。もう思い出すこともできない記憶のはずなのにトラウマだけ発動とかやめてほしいです。


<まぁ、こんな具合に人の頭としか思えない見た目に鮮血のような果汁。
 人間たちはコレを不吉だって言って忌み嫌ってるんだよ。
 食べるどころか村の近くからすら徹底的に排除するぐらいだ>

そういえば前世でも庭木にするには縁起が悪い木とかあったように思います。でも村から徹底的に排除するレベルって嫌われ方が半端ないなぁ。この不気味さを思えば気持ちは解らなくもないけれど……。

<んー……、甘酸っぱいっていうのか? こういうの。
 まずくはねぇが、もうちょっと甘くても良いような……>

傷つけた当初のピューーと噴き出る勢いは既に消え、今はぽたぽたと滴る果汁を指で掬って舐めた桃さんは、首を傾げつつ批評を開始します。

桃さんを含め三太郎さんたちは精霊なので食事の経験がありませんでした。なので人型になった当初は味覚というモノにかなり戸惑っていました。とはいえ、人型になっても精霊である事に変わらないので食事で栄養を取る必要は無いのですが、お風呂と同じで新しい知識や新しい感覚への刺激が楽しくなってしまったようなのです。それからは食べられる時は食べるようになりました。

とりあえず私も味見をしない事には……。
そう思って恐る恐る指に付けた果汁をペロリと舐めてみました。

<こ……これは!
 やっぱり林檎だっ!!>

正確には私の知っている林檎とは違うという事は解っています。
何せ名前がtoq@udからだなしとかtoudからなしと心話の翻訳適応外でしたから。でも見た目を除けば香りも味も林檎にとても近いです。私が前世で食べた林檎と比べても酸味も甘味も両方強い、かなり味の濃い林檎のように思います。

<これ、ある程度の量を確保しておきたいなぁ……。
 どれくらい保存できるかは謎だけど、林檎があればリンゴ酢が出来る。
 お酢は色々と使えるし……>

この世界にもお酢はあります。あと味噌もあります。
これらの事に気づいた時、私は乳児でありながらガッツポーズをとりましたよ。
だってこれら発酵食品をどんなに欲しいと願ったところで、その発酵を促す酢酸菌や麹菌(と同じ働きをする何か)が存在していなければ作れないんですから。お酢や味噌があるって事は最初かつ最大の問題をクリアしているも同然です。

ここアマツ大陸における基本的な調味料は塩と酢です。そこにちょっとお金がある家なんかだと味噌が加わります。ここまでが平民でも手が出せるレベルの調味料。華族やかなりのお金持ちじゃないと手が出せない調味料が砂糖と各種香辛料。これらはヒノモトの特産品で原料や製造法は国家機密らしいです。香辛料は兎も角、砂糖も何時か絶対に手に入れたいなぁ。……アレを試すか。

<おい、また考えすぎてるだろ>

ぺチリとおでこを叩かれて、ハッと意識が目の前の桃さんへと移りました。ついつい考え事が暴走しちゃうんですよね。

<ごめん、確かにちょっと色々考えてた。
 この……縁起悪い名前を使うの嫌だから「林檎」って呼ぶね。
 申し訳ないんだけど、後でこれを実験小屋に運び込んでほしい。
 とりあえず3~4個程>

<そりゃぁ、構わねぇが……。
 あの小屋、そのうち物で溢れるんじゃねーか?>

そう言われて少しバツが悪くなって視線をそらしてしまいます。確かにここのところ様々なモノを運び込んでるからなぁ……。

<土蜘蛛の縄張り糸に、べとべとの殻だろ? 
 それからデカい黄色い実……獅子柚子っつーったっけ? それにこの実。
 他にもいろんな種や、土甕に入れた俺が作った灰を溶かした水だとか……。
 ほんと、アレ何に使うんだ?>

そう、土蜘蛛の糸が加工すれば使えそうという事に気づいた時、すぐにお願いしてべとべとさんの殻も拾ってきてもらったんですよね。何かに使えるかもしれないからと。捨てるのはどうやっても使い道が無いって分ってからでも遅くはないですし。なので最近は母上たちと昼間出かけた先で目を付けておいたものを、夜間に桃さんと回収するというのがほぼ日課になっているのです、今日のように。

<まぁ、色々と試したい事があるから……。
 とりあえず今日の所は林檎を見つけられた事で良しとして、
 桃さんの方の進み具合はどう?>

桃さんの方の進み具合。それは火緋色金に技能を移すという例の『ひみつ道具大作戦』の最初の一歩かつ、大きな一歩を指しています。日中、私は母上や兄上と一緒にいるので桃さんとこうやって会う事はできません。その間に桃さんはあーでもないこーでもないと石に技能を移す試みをしてくれているのですが、未だに成功する気配すらありません。

<あれか……。正直、飽きてきた>

飽きないでっ!!!
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