未来樹 -Mirage-

詠月初香

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1章

1歳 -水の極日1-

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昨日も雨、一昨日も雨、その前もその前も、そして明日も多分雨。
そんな感じで梅雨のような長雨が続く水の極日です。

水の陽月も終わり頃になると雨の日がどんどんと増えていき、極日になると雨が止むことがありません。おかげで洗濯ものがなかなか乾かず、「撥水」の霊石を使って乾燥機を作ってしまいました。

急ごしらえだったので洗濯ものを一つ一つ、霊石を組み込んだ籠に入れる必要があるのが難点です。まとめて入れると霊石に一番近い洗濯ものの水分が、外側の洗濯ものに移るだけで全部が均一に乾かないんですよね。この辺りは霊石に籠める技能の強さなどで調整できるとは思うのですが……。その為の試行錯誤する時間が惜しいので、とりあえず使ってみることにしました。

こんな全く満足できない乾燥機でしたが、つるばみは喜んでくれました。それもこちらが吃驚するぐらいの喜びようで、逆に申し訳なく思うぐらいです。精霊の浦さんが作ってくれた物だという事もあるのでしょうが、どうも洗濯ものが乾かない事が深刻なレベルだったようです。

一番、乾かなくて困っていたのがオムツ。勿論この世界には紙おむつなんてものはありません。今までもずっと布おむつを、洗って繰り返し使っていました。その布おむつに水の陽月に入った頃にちょっとした工夫をしたのです。

べとべとさんの殻の吸水部分は、撥水部分に比べて使い道があまり無く……。そちらだけが余っていたのですが、それを臼で細かい粉状にしてオムツに使う事にしたのです。オムツを縫い合わせて袋状にして、そこに吸水粉を入れたオムツを使う事によって、服や寝具を汚す事はなくなりました。

汚さなくはなったのですが、袋状にするにはオムツを2枚使う必要があった為にオムツの量が半減してしまったのです。新しく織ったばかりの布では固すぎてオムツには向かず……。オムツを洗っては乾かしてと自転車操業状態で使っていたのです。ちなみに洗う際に吸水して膨らんだ粉は捨てて、あとで焼却処分しています。逆に手間を増やしてしまったかもしれないと心配だったのですが、そんなことはないという事なので安心しました。

まぁ、私はおねしょはしませんけどねっ!
三太郎さんに起こしてもらったり、そもそも夜中に起きていた事が多かったので!


そんな日本の梅雨を思い起こさせる水の極日ですが、幸いなのは日本の梅雨ほど気温が高くないので、蒸し暑さが皆無な事でしょうか。朝晩なんて肌寒く感じるぐらいです。床下温水暖房のおかげで、家の中にいる分には全然平気なんですけどね。その床下に流し込む温水も、最近は少しずつ水を混ぜて温度を下げています。

無の月の頃と同じ温度のお湯を流していたら、真っ先に私が暑さに参ってしまったんです。なにせ1歳児の私は床に一番近いところで生活しています。一人だけ温度の高い空間に居続けた結果……ですね。

なので少しずつ水の割合を増やし、水の陰月も終わる頃には床下冷水冷房(浦さん命名)に変わる予定です。床を冷やすと床下で結露が発生してしまいそうなので、一応「吸水」技能の霊石やべとべとさんの殻の吸水部分を使うなどして対策はとってあります。ですが、ちゃんと結露を防げるかどうかはやってみないと解らないので、火の陽月に入ったらまた忙しくなりそうです。

前世の知識があっても、三太郎さんが色んな技能でフォローをしてくれていても、結局のところ一度体験してみないと解らない部分ってやっぱりあるんだなぁ……という事が、この一年で私が学んだ事です。




さて、叔父上たちが戻ってきてから40日程が経ちました。叔父上たちの早すぎる帰還にギリギリ間に合わなかったウォーターベッド御帳台やその他調度品も、ようやく全て揃え終わりました。これで母上や橡に急いで織ってもらわなくてはならない分は全て終わったので、これからはゆっくりと過ごしてもらえそうです。

まぁ、母上たちは三太郎さんに奉納する逸品を織り上げてみせると、今まで以上に気合を入れていたりしますが……。橡と一緒になって、かすみ織りがどうとか、つづれ織りがどうとかと私には良く分からない単語を使って白熱した討論を連日しています。


そしてせっかく戻ってきた叔父上ですが、実は再び山を下りています。
ここで作ったアケビの種から絞った油を売って、塩を手に入れる為に。

最初は山吹が行くと言っていたのですが、叔父上は行商人という仮の戸籍を持っているのに対し、山吹の仮の戸籍は元農民の雇われ護衛。どちらが自然に油を売りにいけるかといえば、当然ながら叔父上に軍配があがります。

それでも山吹は食い下がって、自分が叔父上の身分証を持って行けば……と粘りましたが、叔父上も山吹も水の陽月に入った頃に戻ってきたばかり。記憶力の良い人なら顔や身分証を覚えている可能性があります。リスクは少しでも減らしたいという理由から、山吹が行く事は却下されました。

そして水の月も終わらないうちに、再び塩を買いに行かなくてはならなくなった原因は私にあります。水の陽月の頃に作った竹醤なのですが、翌日にもう一度作ったのです。あの日、晩御飯のタケノコ(の穂先の柔らかい部分のみじん切り)を食べつつ

(アク抜きした方が良かったのかな?)

と、一度思ってしまったが最後。気になって気になって仕方がなかったので、次の日に同じように竹を採取して、今度はアク抜きをしたもので竹醤を作ったのです。そんな理由から当初の予定の倍の塩を使う事になってしまいました。

塩自体はまだまだあるのですが、気温の高い火の月に長距離を移動するよりも、少しでも沢山の食料を備蓄しなくてはならない土の月に留守にするよりも、今の方が良いという理由で、叔父上は雨の中出発されました。

申し訳ないなとは思うのですが、私としても竹醤作りはちょっと譲れないところなのです。勿論自分の食生活を豊かにするためという理由もありますが、アケビの種油以外に売れる物が無い現状をどうにかしたいのです。

竹醤の原料は全てこの世界に元々あるものばかりです。今のところは三太郎さんの技能も使ってもいません。だから竹醤づくりが成功すれば、大きな収入源になると思うんですよね……。味次第ですが。

この40日程で保存容器の中の竹は随分と変化がありました。定期的にかき回しているとわかるのですが、かなり柔らかくなった感じです。ただ液体の色は醤油には程遠く。黄土色と言えば良いのか……、まさにタケノコ色という感じです。

これ大丈夫かなぁ……?




そんな毎日少しずつ変わっていく、いつもと変わらない日々。




そんな穏やかな日々を終わらせたのは

「山吹なんか だいっきらいだっっ!!!」

という兄上の叫びでした。台所で竹醤をかき混ぜていた私は、突然の大声に肩を震わせる程に驚いてしまいました。兄上があんな声を出すなんて初めての事です。何があったのかと驚いて声がした方を見ると、目に涙を溜めた兄上が走ってきてキッと私を睨んでからプイッと顔を背け、そのまま雨の降り続ける外へと飛び出して行ってしまいました。

ここ最近の兄上は一緒に遊ぼうと言ってくることも無くなり、少し苛々としている感じではありました。てっきり雨続きで外遊びが出来ない事や、勉強が始まって思うように遊べない所為なのかと思っていたのですが……。

「坊ちゃま、何処に行くのですっ!」

後を追うように現れた山吹は、撥水布で作った傘を手に慌てて同じように外へと出ていきました。傘はこの世界にもあったのですが、油をしみ込ませた紙で作られているので超がつくレベルで高級品なんです。それを撥水液を塗った布で代用して作った傘は、母上たちにとても喜んで貰えた品の一つです。

と、逃避してる場合じゃない。兄上のあの様子、ただ事じゃありません。

<金さん! 母上や橡に今の事を伝えて呼んできて!>

と、一緒に居た金さんにお願いします。そしてそのまま私も兄上を探しに雨の降り続ける外へと私も飛び出しました。後ろで金さんが制止の声を上げていますが、待ってはいられません。

私の腕力では傘をさしながらの移動はまだ難しいので傘を持たずに飛び出してしまったのですが、その所為で少し探し回っただけで全身がずぶ濡れになってしまいます。ですがそんな些細な問題よりも、兄上が飛び出して行った問題の方が重大に決まっています。

家の周囲は三太郎さんが安全を確保してくれた為、土蜘蛛やガタロを含めた妖が出てくる可能性は限りなく低くなっています。ですがゼロではありません。それに小さい子供にとっての危険は妖だけではありません。

昼間とはいえ雨のせいで視界がとても悪く、更には地面もぬかるんでいて何度も転んでしまいました。顔までドロドロになってしまいましたが、早く兄上を見つけないといけないと再び立ち上がります。私は1歳になったばかりにしては歩ける方だとは思いますが、それでも速く走る事はまだできません。そんな自分の身体能力が恨めしい……。

「あいうえーーーっ!」

雨の音に負けないように、大きな声で兄上を探します。まずは資材小屋や実験小屋など、兄上が入ると危険な場所から順番に探していきますが、幸いなことにこちらには来ていないようでした。

拠点は様々な施設があちこちにあるので本当に広く……。その中には普段は私ですら近寄らない場所もあります。

(桃さんがいてくれたらな……)

思わずそんな事をチラリと考えてしまいます。私と兄上と桃さんの三人でかくれんぼをしていても、桃さんはあっという間に私達を見つけてしまうんです。だから兄上がどこに隠れていても、桃さんだったら……。

そんな桃さんは今、ヒノモト国の方へ出かけているのです。叔父上たち男手が戻った事で、三太郎さんは再び新たな技能の習得を再開しました。技能の習得=妖退治です。

精霊である三太郎さんが妖を積極的に排除して良いのかとか、自然のサイクル的なものを狂わせてしまわないかとか色々と疑問に思うところはあったのですが、三太郎さん曰くもともと精霊力の循環の澱みなので問題ないとの事。ならば無理・無茶・無謀はしないという約束の元、三太郎さんは交代で再び技能の習得に行く事となりました。

水の極日頃には戻ると言っていたので、そろそろ戻ってくるとは思うのです。
ですが、そろそろじゃなくて、今! この瞬間!! 居てほしいのにっ!!!

「あーいーうーえーーーっっ!!」

雨脚がさらに強くなり、頬にあたる雨粒が痛いぐらいです。川の方へと向かえば轟々と音を立てて水が流れていく様子が見えます。氾濫こそしていませんが、あの流れに落ちたら無事ではすまないなと思える程に水量も多く、勢いも激しいです。

一瞬、まさか……という不安が心を過りましたが、兄上だってこんなに激しい流れの川には近づかないはず……と考えを改めて、再び捜索を再開します。




全身が雨に濡れて身体が冷えきり、小さくガタガタと身体が震え始める頃になっても兄上は見つかりません。豪雨に等しい雨脚に流石に家に戻ったかもしれないと、別ルートを通って家に戻ろうかと思った時、視界の端に白い何かが動くのが見えました。

「あいうえ!」

思わずそう叫んで後を追いました。兄上を追いかけた先は水力ケーブルカーを設置してある洞穴でした。洞穴を入ってすぐの場所が広場になっていて、その奥には巨大な舞台のような床があります。そして当然ながら柵はつけてあるものの、その周囲には落ちたら危険ではすまない坂というより崖が……。

あいうえ兄上どーちたのどうしたの?? いっしょ かえろ?」

そう言いながら手を差し出す私を、兄上は台所の時と同じようにキッと睨みつけると

「櫻なんか だいきらいだ あっちいけ!!
 櫻なんて……櫻なんて……いなくなっちゃえ!!!!」

そう……叫んだのでした。
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