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1章
1歳 -水の極日3-
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兄上の目が真ん丸に見開かれて、今にも零れ落ちそうです。その兄上を抱えている金さんの表情も、今まで見た事が無いレベルで強張っています。
その二人が凝視している私はといえば、耳元でゴウゴウと唸る風の音を聞きながら、スローモーションのようにゆっくりと動く崖上の人たちを眺めていました。色々と極限の状態だからか集中力が限界突破しているようです。
「お嬢!!」
その時、私の耳に信じられない声が届きました。
その声を私は今までに何度も聞いた事がありましたが、
その声が私にかけられた事は一度もありませんでした。
その声と同時に私の視界には、信じられない光景が映し出されます。
私の瞳にその人を映した事は幾度となくありましたが、
その人の瞳に私が映った事は数える程しか無かったはずです。
(山吹……?)
そこには、山吹が必死の形相で私に向かって手を伸ばしている姿がありました。
(なんだ……、あんな表情をして手を伸ばしてくれるぐらいには
大切に思ってくれていたんだ……。
助けたいと思うぐらいには大事にされていたんだ……)
そう思ったら何だか嬉しくなってしまって、無意識のうちに笑顔になってしまっていました。山吹に避けられていた事は間違いない事実ですが、今こうして山吹が手を伸ばしてくれている事も紛れもない事実です。
良かった。
そんな気持ちが心を占めた結果、今まさに落下している最中で自分の命が風前の灯だというのに笑顔になってしまったのです。
ですが、笑顔で居られたのはほんの一瞬だけでした。
「ウォオオオオッッ!!!!」
雄叫びのような声を上げた山吹が、何を思ったのかいきなり崖から飛び降りたのです。先程の事と相まって、幻を見ているのかと自分の目を疑いたくなる状況です。
落下している私に腕を伸ばしながら崖を跳ぶように駆け下り、途中で大きく踏み込んだかと思うと下方に向けて勢いをつけるように跳躍しました。そして頭から急降下してきたかと思うと、私へと飛びついてきたのです。
そんな山吹の姿に、今度は私が目を見開く番でした。
山吹は私の服の端を辛うじて掴むとすごい力で私を引き寄せ、全身で守るように抱き込みました。そして体勢を変えて自分の背中から落ちるように、私を胸の上に乗せるようにして落下していきます。
マズイです。激しくマズイです。
私一人なら自業自得で済みますが、他人を巻き込んでしまってはそうも言っていられません。何とかしなくては……と焦る私に
<馬鹿者!!! 自業自得とそなたは言うが
残されたそなたの兄が同じように考えるとでも思うているのか!>
と金さんから激怒の心話が飛んできましたが、全く以て弁解の余地もありません。その間にも私は山吹の腕の拘束から逃れようと暴れますが、力で山吹に勝てる訳がありません。どうにか山吹の肩越しに下を見る事が出来た時には、すぐそこに崖からせり出した岩が迫っていました。
「きんしゃーーーーん!!!」
そう叫ぶように呼ぶと少しの間の後、私の横に金さんが降ってきました。
<「分解」、 あの岩を分解して!!>
<我の力ではまだあの大きさは分解できぬ! ゆえに ハッ!!>
大慌てで金さんに岩を「分解」してもらおうとしたのですが、無理だと即答されてしまいました。ですが、すぐさま金さんが精霊力を発動させたかと思うと、岩が少し形を変えて私達の落下地点と言えば良いのか、通過地点と言えば良いのか……。私たちに当たりそうだった岩の一部が形を変えて横に逸れました。
次に浦さんに呼びかけようとしたのですが、それとほぼ同時に浦さんが私の中に入った感覚がありました。その直後に強張った表情をした浦さんが私のすぐ横に現れます。どうやら金さんが浦さんを呼んでくれていたようです。
「何事ですか! なんでこんな事になっているんですか!!」
<説明は後! あっちで流れ落ちている水をこっちに流して!
「流水」で私達の下に水の層を幾つも作って!!>
と浦さんに心話を飛ばすと同時に、思い描いたイメージも一緒に送ります。元々心話はイメージを伝えて相手の知る言葉に変換するものなので、私の願いは言葉で説明するよりも早く、そして寸分の狂いなく浦さんに伝わったようです。
すぐさま浦さんの周りに精霊力が渦巻いたかと思うと、向うで流れ落ちていた滝の水が重力を無視したように横へと流れ出し、私達の下へと流れ込んできました。
3メートル前後の水の層と、同じく3m程の呼吸の為の空気の層。そうなるように蛇行させた水の流れを出来るだけ下まで設置してもらいます。この時点でかなり落下しているので、無傷の生還とはいかないかもしれませんが、何も対策をとらなければ確実に山吹と二人揃ってあの世行きです。焦る気持ちと思考を何とか抑えて、遥か下方にある地底湖に直接ダイブするよりはマシだろうと、水の層を何度も通り抜ける事で落下速度を落せないかと試します。
ですが、水の層に飛び込むにしても出来るだけ垂直に……身体へのダメージが少ない姿勢を取りたいのに、山吹がしっかりと私を抱きしめていて身動きがほとんどとれません。辛うじて動いた右手を山吹の頬へと伸ばしてペチッと触れ、
「やーうき!」
と呼びかけて山吹の意識をこちらに向けると、山吹の力強い腕がほんの僅かではありましたが緩みました。なにせ今の今までギュウギュウに抑え込まれて息苦しい程の抱きしめられ具合で、非常時なので何も言いませんが、もしこれが平時だったら「もっと優しく抱っこしてほしい」と苦情を言いだしたくなるレベルでした。そんな力加減だった所為で、私はかなり苦しそうな表情になっていたと思います。
「大丈夫ですよ、私が一緒にいますから」
そう言いつつも少し引き攣った笑みを浮かべる山吹に、私は
(この人、本当に山吹なんだろうか……)
なんていう場違いな感想を抱いたりもしましたが、今はそれどころではありません。もう目の前に浦さんが作ってくれた水の流れが来ています。
(駄目だ、間に合わない!)
「やーうき! いきとめて!!!」
そう私が叫ぶのと同時に、ドンッ!という、とても水に落ちたとは思えない音がしました。
「グァッ!! ゴボッガボッ……」
背中を強打した山吹の口から、絞り出すようなくぐもった声が漏れます。次の瞬間には水の中に居て、山吹の口から空気がゴボゴボと泡となって出ていってしまいました。何とかフォローをしたいとは思うのですが、私自身も左右から水に殴られたのではないかと思う程の衝撃があり、呼吸すらままなりません。
すぐさま空気の層へ放り出されたかと思ったら、再び水の中へ。それを何度も繰り返し落下していく私達ですが、この時点ですでに山吹の意識がなく……。それでも緩まない山吹の腕に戸惑いつつも、
<浦さん!! 「流水」で水の流れを上向きに、
私達を持ち上げるような流れに変える事って出来る?>
確かに当初に比べれば落下速度が落ちているような気がしないでもないですが、まだまだ水に飛び込む際に水が痛いレベルで襲い掛かってくるのです。
なので浦さんに追加で頼み事をしたのですが、その時になって気付きました。いつのまにか金さんも浦さんも私の横ではなく中にいるって事に。
<相変わらず、無茶ぶりをしますね!!>
そんな心話が中から届くと同時に着水した水の層は、先程までの着水よりも痛く。そして先程までよりも通り抜けるのに時間がかかりました。つまりそれだけ落下速度が落ちたという事です。
(このまま、落下スピードを削っていければ……)
そう願いつつ、山吹の身体の負担を少しでも下げようと、水流の助けを借りて体勢を変えたのでした。
「ゲホッ! ゴホッ!!!」
全身に走る激痛で身体がろくに動かせないので、「流水」で地底湖のほとりまで流してもらい、そこで四つん這いになって咳き込みます。息を吸おうにも咳の所為でまともに吸えず、それが苦しくて更に咳き込む悪循環です。
地底湖が目視出来た時点で浦さんに地底湖の水を「流水」で上向きに、つまり地底湖から水柱を立ち上げてもらいました。高さが20mを超える水柱の中に落ちた私達は、上向きの水流の助けもあって、水面に激突する事も地底湖の底に激突する事もなく助かりました。
「やーうき、 やーーうき!!」
何とか荒いながらも呼吸が出来たところで、自分のすぐ近くで横たわっている山吹の元へと行きます。最後の最後まで私を離さなかった山吹でしたが、水柱の底と言えば良いのか地底湖の水中と言えば良いのか、そこから浮上する途中で腕から力が抜けて離れてしまいました。
何度呼びかけても呻き声すらあげない山吹に、不吉な考えが頭をよぎります。
「やーうき……?」
そっと山吹の口元に手を添えてみたのですが、濡れた手に息がかかりません。ほんの僅かな空気の流れも無いのです。慌てて首筋に手を当ててみますが脈も感じられません。サーーーっと血の気が一気に引いていくのが解りました。
「やーうき! だめ!!!」
慌てて心臓マッサージを試みます。私の通っていた高校では、毎年9月1日に緊急時の対処法を習っていました。まさかその対処法を異世界に転生して使う事になるなんて、夢にも思いませんでしたが……。とにかく心臓の上だと思われる場所に組んだ両手を置いて、頭の中で某餡子が入ったパンのヒーローの曲でリズムをとりながら、必死に山吹の胸を押し続けます。異世界の人の心臓の位置が地球人と同じである事を願いながら……。
ですが1歳児の小さな手と力では、心臓に圧をかけられるようなマッサージになりません。
<金さん、変わって!!
さっき私がやっていたように、同じリズムで胸を押して!>
自分の中に居る金さんに話しかけ、自分は山吹の頭の方へと這って行きます。それと同時に横に現れた金さんが心臓マッサージを始めてくれました。
山吹の口元に手をもう一度当ててみますが、まだ手に息が触れません。躊躇っている場合ではない事は充分に理解できています、人工呼吸をするしかありません。
ですが、習った通りに気道を確保しようとしても、力が入らない私の腕では山吹の顎を上げることができません。
「うらしゃん! きて!!」
中に居るはずの浦さんに手伝ってもらおうとしたのですが、それに応えてくれたのは浦さんではなく金さんでした。
「浦は! 無理だ! 力を! 使い! 過ぎて! 眠りに! ついた!!」
山吹の胸を圧迫しながら答える金さんの言葉に、思考が一瞬止まります。力を使いすぎて眠りにつく……って、かなりヤバイ状態なのでは?と思った私は
<浦さんは大丈夫なの?!>
と慌てて尋ねます。ですが、金さんは視線を此方に向けもせず
「案ずるな! 数日! 長くても! 1旬間! ぐらいで! 目覚める!
そなたの! 中の! 回復! 量は! 別格! ゆえな!」
と答えました。金さんが案ずるなというのなら、浦さんは大丈夫なんでしょう。なので意識を改めて山吹に集中させます。浦さんの手が借りられないのなら、自分でどうにかするしかありません。
教わった通りのやり方の二本の指で顎を上げる方法では到底無理なので、両手を使って全力で気道の確保にかかります。それにしても成人男性の頭って重すぎです。体重の10%ぐらいの重さと聞いた覚えがありますが、体格の良いの山吹の場合、頭だけの重さで1歳児の私の体重とほぼ同じか超えている計算になります。
そんな重たい山吹の頭を両手を使って四苦八苦しながら顎を上げさせ、どうにか気道を確保する体勢が取れた途端にゴボッと口から水が溢れ出てきました。慌てて顔を横に向けて水を吐かせます。水を吐かなくなってから今一度気道を確保しようとしましたが、腕がプルプルと震えて思うようにいかず……。山吹の額を押してテコの原理で顎を上げようとした時、
「あっ!?」
という声と同時に腕が滑り、勢いよく山吹の顔面に頭突きを喰らわせてしまいました。大人は体重の10%という頭部の重さ、幼児だか乳児だかは30%ぐらいあるのだそうです。そりゃぁバランス悪いよね……。
全力で頭から突っ込んだ結果、目から火花が飛び散る程の衝撃でしたが、その衝撃が山吹を覚醒させたようです。山吹の腕が動いて額を抑えたと思ったら、途端に体をくの字に曲げて連続で咳き込み始めました。
その様子に大きく息を吐いた金さんが
「そなたがぶつかる直前、無事に心の臓が動き出したようだぞ」
と、教えてくれたのでした。
その二人が凝視している私はといえば、耳元でゴウゴウと唸る風の音を聞きながら、スローモーションのようにゆっくりと動く崖上の人たちを眺めていました。色々と極限の状態だからか集中力が限界突破しているようです。
「お嬢!!」
その時、私の耳に信じられない声が届きました。
その声を私は今までに何度も聞いた事がありましたが、
その声が私にかけられた事は一度もありませんでした。
その声と同時に私の視界には、信じられない光景が映し出されます。
私の瞳にその人を映した事は幾度となくありましたが、
その人の瞳に私が映った事は数える程しか無かったはずです。
(山吹……?)
そこには、山吹が必死の形相で私に向かって手を伸ばしている姿がありました。
(なんだ……、あんな表情をして手を伸ばしてくれるぐらいには
大切に思ってくれていたんだ……。
助けたいと思うぐらいには大事にされていたんだ……)
そう思ったら何だか嬉しくなってしまって、無意識のうちに笑顔になってしまっていました。山吹に避けられていた事は間違いない事実ですが、今こうして山吹が手を伸ばしてくれている事も紛れもない事実です。
良かった。
そんな気持ちが心を占めた結果、今まさに落下している最中で自分の命が風前の灯だというのに笑顔になってしまったのです。
ですが、笑顔で居られたのはほんの一瞬だけでした。
「ウォオオオオッッ!!!!」
雄叫びのような声を上げた山吹が、何を思ったのかいきなり崖から飛び降りたのです。先程の事と相まって、幻を見ているのかと自分の目を疑いたくなる状況です。
落下している私に腕を伸ばしながら崖を跳ぶように駆け下り、途中で大きく踏み込んだかと思うと下方に向けて勢いをつけるように跳躍しました。そして頭から急降下してきたかと思うと、私へと飛びついてきたのです。
そんな山吹の姿に、今度は私が目を見開く番でした。
山吹は私の服の端を辛うじて掴むとすごい力で私を引き寄せ、全身で守るように抱き込みました。そして体勢を変えて自分の背中から落ちるように、私を胸の上に乗せるようにして落下していきます。
マズイです。激しくマズイです。
私一人なら自業自得で済みますが、他人を巻き込んでしまってはそうも言っていられません。何とかしなくては……と焦る私に
<馬鹿者!!! 自業自得とそなたは言うが
残されたそなたの兄が同じように考えるとでも思うているのか!>
と金さんから激怒の心話が飛んできましたが、全く以て弁解の余地もありません。その間にも私は山吹の腕の拘束から逃れようと暴れますが、力で山吹に勝てる訳がありません。どうにか山吹の肩越しに下を見る事が出来た時には、すぐそこに崖からせり出した岩が迫っていました。
「きんしゃーーーーん!!!」
そう叫ぶように呼ぶと少しの間の後、私の横に金さんが降ってきました。
<「分解」、 あの岩を分解して!!>
<我の力ではまだあの大きさは分解できぬ! ゆえに ハッ!!>
大慌てで金さんに岩を「分解」してもらおうとしたのですが、無理だと即答されてしまいました。ですが、すぐさま金さんが精霊力を発動させたかと思うと、岩が少し形を変えて私達の落下地点と言えば良いのか、通過地点と言えば良いのか……。私たちに当たりそうだった岩の一部が形を変えて横に逸れました。
次に浦さんに呼びかけようとしたのですが、それとほぼ同時に浦さんが私の中に入った感覚がありました。その直後に強張った表情をした浦さんが私のすぐ横に現れます。どうやら金さんが浦さんを呼んでくれていたようです。
「何事ですか! なんでこんな事になっているんですか!!」
<説明は後! あっちで流れ落ちている水をこっちに流して!
「流水」で私達の下に水の層を幾つも作って!!>
と浦さんに心話を飛ばすと同時に、思い描いたイメージも一緒に送ります。元々心話はイメージを伝えて相手の知る言葉に変換するものなので、私の願いは言葉で説明するよりも早く、そして寸分の狂いなく浦さんに伝わったようです。
すぐさま浦さんの周りに精霊力が渦巻いたかと思うと、向うで流れ落ちていた滝の水が重力を無視したように横へと流れ出し、私達の下へと流れ込んできました。
3メートル前後の水の層と、同じく3m程の呼吸の為の空気の層。そうなるように蛇行させた水の流れを出来るだけ下まで設置してもらいます。この時点でかなり落下しているので、無傷の生還とはいかないかもしれませんが、何も対策をとらなければ確実に山吹と二人揃ってあの世行きです。焦る気持ちと思考を何とか抑えて、遥か下方にある地底湖に直接ダイブするよりはマシだろうと、水の層を何度も通り抜ける事で落下速度を落せないかと試します。
ですが、水の層に飛び込むにしても出来るだけ垂直に……身体へのダメージが少ない姿勢を取りたいのに、山吹がしっかりと私を抱きしめていて身動きがほとんどとれません。辛うじて動いた右手を山吹の頬へと伸ばしてペチッと触れ、
「やーうき!」
と呼びかけて山吹の意識をこちらに向けると、山吹の力強い腕がほんの僅かではありましたが緩みました。なにせ今の今までギュウギュウに抑え込まれて息苦しい程の抱きしめられ具合で、非常時なので何も言いませんが、もしこれが平時だったら「もっと優しく抱っこしてほしい」と苦情を言いだしたくなるレベルでした。そんな力加減だった所為で、私はかなり苦しそうな表情になっていたと思います。
「大丈夫ですよ、私が一緒にいますから」
そう言いつつも少し引き攣った笑みを浮かべる山吹に、私は
(この人、本当に山吹なんだろうか……)
なんていう場違いな感想を抱いたりもしましたが、今はそれどころではありません。もう目の前に浦さんが作ってくれた水の流れが来ています。
(駄目だ、間に合わない!)
「やーうき! いきとめて!!!」
そう私が叫ぶのと同時に、ドンッ!という、とても水に落ちたとは思えない音がしました。
「グァッ!! ゴボッガボッ……」
背中を強打した山吹の口から、絞り出すようなくぐもった声が漏れます。次の瞬間には水の中に居て、山吹の口から空気がゴボゴボと泡となって出ていってしまいました。何とかフォローをしたいとは思うのですが、私自身も左右から水に殴られたのではないかと思う程の衝撃があり、呼吸すらままなりません。
すぐさま空気の層へ放り出されたかと思ったら、再び水の中へ。それを何度も繰り返し落下していく私達ですが、この時点ですでに山吹の意識がなく……。それでも緩まない山吹の腕に戸惑いつつも、
<浦さん!! 「流水」で水の流れを上向きに、
私達を持ち上げるような流れに変える事って出来る?>
確かに当初に比べれば落下速度が落ちているような気がしないでもないですが、まだまだ水に飛び込む際に水が痛いレベルで襲い掛かってくるのです。
なので浦さんに追加で頼み事をしたのですが、その時になって気付きました。いつのまにか金さんも浦さんも私の横ではなく中にいるって事に。
<相変わらず、無茶ぶりをしますね!!>
そんな心話が中から届くと同時に着水した水の層は、先程までの着水よりも痛く。そして先程までよりも通り抜けるのに時間がかかりました。つまりそれだけ落下速度が落ちたという事です。
(このまま、落下スピードを削っていければ……)
そう願いつつ、山吹の身体の負担を少しでも下げようと、水流の助けを借りて体勢を変えたのでした。
「ゲホッ! ゴホッ!!!」
全身に走る激痛で身体がろくに動かせないので、「流水」で地底湖のほとりまで流してもらい、そこで四つん這いになって咳き込みます。息を吸おうにも咳の所為でまともに吸えず、それが苦しくて更に咳き込む悪循環です。
地底湖が目視出来た時点で浦さんに地底湖の水を「流水」で上向きに、つまり地底湖から水柱を立ち上げてもらいました。高さが20mを超える水柱の中に落ちた私達は、上向きの水流の助けもあって、水面に激突する事も地底湖の底に激突する事もなく助かりました。
「やーうき、 やーーうき!!」
何とか荒いながらも呼吸が出来たところで、自分のすぐ近くで横たわっている山吹の元へと行きます。最後の最後まで私を離さなかった山吹でしたが、水柱の底と言えば良いのか地底湖の水中と言えば良いのか、そこから浮上する途中で腕から力が抜けて離れてしまいました。
何度呼びかけても呻き声すらあげない山吹に、不吉な考えが頭をよぎります。
「やーうき……?」
そっと山吹の口元に手を添えてみたのですが、濡れた手に息がかかりません。ほんの僅かな空気の流れも無いのです。慌てて首筋に手を当ててみますが脈も感じられません。サーーーっと血の気が一気に引いていくのが解りました。
「やーうき! だめ!!!」
慌てて心臓マッサージを試みます。私の通っていた高校では、毎年9月1日に緊急時の対処法を習っていました。まさかその対処法を異世界に転生して使う事になるなんて、夢にも思いませんでしたが……。とにかく心臓の上だと思われる場所に組んだ両手を置いて、頭の中で某餡子が入ったパンのヒーローの曲でリズムをとりながら、必死に山吹の胸を押し続けます。異世界の人の心臓の位置が地球人と同じである事を願いながら……。
ですが1歳児の小さな手と力では、心臓に圧をかけられるようなマッサージになりません。
<金さん、変わって!!
さっき私がやっていたように、同じリズムで胸を押して!>
自分の中に居る金さんに話しかけ、自分は山吹の頭の方へと這って行きます。それと同時に横に現れた金さんが心臓マッサージを始めてくれました。
山吹の口元に手をもう一度当ててみますが、まだ手に息が触れません。躊躇っている場合ではない事は充分に理解できています、人工呼吸をするしかありません。
ですが、習った通りに気道を確保しようとしても、力が入らない私の腕では山吹の顎を上げることができません。
「うらしゃん! きて!!」
中に居るはずの浦さんに手伝ってもらおうとしたのですが、それに応えてくれたのは浦さんではなく金さんでした。
「浦は! 無理だ! 力を! 使い! 過ぎて! 眠りに! ついた!!」
山吹の胸を圧迫しながら答える金さんの言葉に、思考が一瞬止まります。力を使いすぎて眠りにつく……って、かなりヤバイ状態なのでは?と思った私は
<浦さんは大丈夫なの?!>
と慌てて尋ねます。ですが、金さんは視線を此方に向けもせず
「案ずるな! 数日! 長くても! 1旬間! ぐらいで! 目覚める!
そなたの! 中の! 回復! 量は! 別格! ゆえな!」
と答えました。金さんが案ずるなというのなら、浦さんは大丈夫なんでしょう。なので意識を改めて山吹に集中させます。浦さんの手が借りられないのなら、自分でどうにかするしかありません。
教わった通りのやり方の二本の指で顎を上げる方法では到底無理なので、両手を使って全力で気道の確保にかかります。それにしても成人男性の頭って重すぎです。体重の10%ぐらいの重さと聞いた覚えがありますが、体格の良いの山吹の場合、頭だけの重さで1歳児の私の体重とほぼ同じか超えている計算になります。
そんな重たい山吹の頭を両手を使って四苦八苦しながら顎を上げさせ、どうにか気道を確保する体勢が取れた途端にゴボッと口から水が溢れ出てきました。慌てて顔を横に向けて水を吐かせます。水を吐かなくなってから今一度気道を確保しようとしましたが、腕がプルプルと震えて思うようにいかず……。山吹の額を押してテコの原理で顎を上げようとした時、
「あっ!?」
という声と同時に腕が滑り、勢いよく山吹の顔面に頭突きを喰らわせてしまいました。大人は体重の10%という頭部の重さ、幼児だか乳児だかは30%ぐらいあるのだそうです。そりゃぁバランス悪いよね……。
全力で頭から突っ込んだ結果、目から火花が飛び散る程の衝撃でしたが、その衝撃が山吹を覚醒させたようです。山吹の腕が動いて額を抑えたと思ったら、途端に体をくの字に曲げて連続で咳き込み始めました。
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