【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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1章

1歳 -水の極日4-

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咳き込んでいた山吹が急に目をカッと見開いたかと思うと、呻きながらも無理矢理上半身を起こして周囲を見回し始めました。そしてすぐそばに私が居たことに気付くと、びしょびしょに濡れた手を私へと伸ばしてきます。よく見るとその手は小さく震えていました。

「お嬢……痛いところはありませんか?」

そう尋ねてくる山吹に、

だいよーぶ大丈夫やーうき山吹は??」

と尋ね返す私です。そんな私の言動に山吹は微かに笑顔を浮かべたと思ったら、途端にクラリと頭が揺れて私へと倒れ込んできました。山吹の笑顔を初めて見たかもしれません。咄嗟に支える為に腕を伸ばそうとしたのですが、全身が痛くて全く動けず……。結果、ドンッ!という勢いで山吹がぶつかってきたかと思うと、そのまま私は後ろへとひっくり返ってしまいました。頭を地面にぶつける!と慌てて身構えた私の後頭部を支えるように金さんが素早く手を差し入れてくれて、辛うじて後頭部強打は避けられましたが、全身がズキズキと痛んで涙が滲んでしまいそうです。

山吹には大丈夫とは言いましたが、正直なところ全身が痛くて仕方がありません。
ですが今は自分の事よりも、いきなり倒れた山吹の事が気になります。

「やーうき!? やーうき!!」

慌てて声を掛けますが全く反応がありません。すると金さんが私の頭を庇っている手とは反対の手で山吹の顔面、それから首筋に触れました。

「先程とは違い、呼吸も脈拍もちゃんとある。
 そなたの無事を確認して気が抜けたのであろう。
 全身打撲と足に少々怪我をしているようだが、
 この程度ならば寝ておれば直る」

そう金さんは言うと、私の上から山吹をペイッと剥がして転がしました。微妙に扱いが雑な気がします……。

「それよりも、そなただ。
 大丈夫と申したが嘘であろう?」

金さんは私を自分の左腕に座らせるようにして抱き上げると、視線を合わせて睨むようにして聞いてきました。これは全く誤魔化されてはくれないやつです。

<痛いよ。全身がズキズキと痛くて仕方がない。
 さっきだって、咄嗟に山吹を支える為に手を出そうとしたんだけど
 全身から脳天へと突き抜ける痛みに、全く身体が動かなかったくらい>

地底湖に落下した直後は動けていたので、骨折なんて事はないと思います。ただ山吹が無事だったと解った途端に気が抜けてしまったのか、身体が思うように動かせず、打撲と筋肉痛が同じ場所で同時におこっているような感じで、全身がズキンズキンと鼓動に合わせて痛みが脈を打っている感じです。

「ならばしばしの間、眠っておけ。
 怪我をした時、睡眠は一番の薬だ」

と、言いながら何時ものように背中をトントンとしようとした金さんでしたが、全身が痛いという私の言葉を思い出したのか、叩く寸前で手を止めました。

<確かにちょっと横になりたいとは思うけれど……>

「それよりも此処を出たい……と?」

私の心話に被せるようにして金さんがズバリと切り込んできました。想定外のド直球に驚いてしまい、言葉が出ません。そんな私の様子を見て溜息をついた金さんは

「いずれにしても一度戻るぞ。
 服どころか髪も何もかもがドロドロだ。
 まずは湯に入り身を清め、必要とあれば手当をし服を着替えよ。
 全てはそれからだ」

「でも……」

兄上の泣き顔が脳裏をちらついて、どうしても踏ん切りがつきません。出来ればこのまま……という気持ちが顔に出ていたのか、

「山吹はどうするつもりだ」

と金さんが視線を横たわる山吹へとチラリと向けました。勿論、山吹をここに放っておいたまま出ていくつもりはありません。なので

<金さんが上まで運んでくれれば……>

とお願いしたのですが、

「断る」

と即却下されてしまいました。金さんの言い分としては桃さんが不在で浦さんが眠りについてしまった以上、私の傍を離れるつもりは無いというものでした。

<精霊の守護は離れていても大丈夫なんじゃ……?>

と一応反論は試みたのですが、

「その結果がコレなのではないか?」

と、即論破されてしまいました。

優先順位として私が気まずい思いをする事より、山吹を安全な場所で休ませることの方が圧倒的に上です。流石にその二つを比べて悩む事はありません。

それに金さんに抱っこされて安心しきってしまった所為か、我慢できない程の眠気が襲ってきていて意識が飛び飛びになってきたこともあって、金さんの勧めに従って一度戻って山吹を寝かせ、私は温泉に入り着替えて……。それから全てを決めることにしました。

「あぁ、寝る前に一つ言っておこう。
 目が覚めたら話しがある。忘れるな?」

と、一瞬眠気が吹っ飛ぶレベルの圧が金さんから放たれました。桃さんと違ってあまり感情が表に出ず、浦さんと違って穏やかとも言い難い金さんでしたが、ここまでの圧を感じたのは初めてです。

「……はぃ」

思わず息を飲んでから小さな声で返事をした私に、「うむ」と一言だけ言って満足そうに頷いた金さん。

金さん、もしかしてすごく怒ってる……?

落下中にも「馬鹿者!」と心話で怒られましたが、これは起きた後はお説教コースのようです……。




その後、私はいつの間にか眠ってしまっていました。雨の中を兄上を探し回ったり、地底湖に落ちたりした事で身体がすっかり冷え切ってしまっていた事や、身体のあちこちを打ち付けていた所為で全身が打身と擦り傷だらけだった事。後は兄上の身体を支えたり放り投げたりした際に、どうも筋を痛めてしまっていたらしい事などが合わさり、高熱を出してしまったのです。


なので、この先の事は回復した後に金さんから聞いた話。


左手で私を抱きかかえ、右の小脇に山吹をかかえた金さんが上に戻ると、泣き叫ぶ兄上とその兄上を抱きしめたまま真っ青な顔で意識を失っている母上、そんな母上を介抱している何時の間にか合流していたつるばみという、なかなかカオスな状況だったようで……。

金さんも母上が気を失っていたのは想定外だったらしく。困り果てた結果、しぶしぶ私を橡に託し、左脇に母上を抱えるという、女性にやっては駄目な抱き方で運ぶことになったそうです。山吹も同時に運ぶ必要があったので仕方がない事は解っていますが……。

そして家に戻ったところで、まず橡が母上にお薬を使ったそうです。お薬といっても、葉っぱだったり根っこだったりと前世でいう生薬といった感じの物で、よく使う消毒作用や整腸作用のある物などは常備してあるのです。今回、母上に使われたのは山で時々見かける木の葉らしいのですが、すり潰してからお酒に混ぜると凄まじい匂いになるらしく、それを嗅ぐとあまりの臭いに目が覚めるのだとか……。

そして復活した母上が私と兄上を温泉へと連れて行き、橡は山吹にも気付けのお薬を使ったのですが、山吹は目を覚ますことが無く。仕方なく濡れた布で身体を清めてから、自室のウォーターベッド御帳台へ寝かせにいきました。流石に意識のない山吹を温泉に入れるのは無理だったようです。その際に金さんは一度私の中に戻り、そのまま一緒に温泉へ行ったんだそうです。

金さん曰く、「この時ほど桃が居ない事を腹立たしく思った事はない」そうで、自分だけではどうにも手も目も足りないと、つくづく実感したんだとか。後に「天女とは精霊一柱では面倒をみきれない者がなるのではないか?」なんて言っていました。




私は眠ったまま母上に温泉に入れてもらい、傷の手当を済ませ、着替えさせてもらってから自室のウォーターベッド御帳台へ。随分と魘されていたそうで、不思議な言葉を喋っていたそうです。それ、たぶん日本語ですね。

そんな私の様子に橡が冷凍庫から氷を持ってきて看病を始めるのと同時に、母上も私の様子が心配だったからか、私の様子を見つつ兄上に事情徴収を始めたんだそうです。

「槐、どうしてあそこに行ったの?
 あそこは子供だけで行ってはダメってお約束でしょ?」

そう穏やかに、でも凛とした口調で諭す母上に、兄上は小さく謝ったあと、

「叔父上に会いにいきたくなったの」

とポツリポツリと事情を説明しだしたそうです。


兄上が外へ飛び出して行く少し前の事。
あの時、兄上は山吹から体術を教えられていたそうです。体術といってもまずは身体を作る事から始めているそうで、子供が好きそうな遊びの中で少しずつ身体を鍛えているんだとか。また天気が雨続きだった事もあって、運動不足を解消するためにも長い渡り廊下で出来る軽めの運動をしていたそうなのです。

その時にたくさんの洗濯物を抱えて運ぶ橡が通ったそうなのです。山吹としては悪意は無かったのでしょう……。ですが、山吹が兄上と私を比べたのだそうです。

それもおねしょの事で。

「お坊ちゃまは、まだおねしょをしているのですか。
 妹のお嬢はもうおねしょをしていないと言うではないですか。
 お坊ちゃまは兄なのですから、負けてどうするのですか」

という感じの事を言ったそうで……。それに傷ついてしまった兄上。兄上自身、恥ずかしく思っていた事を、改めて指摘されて色々と感情が振り切れてしまったのだそうです。

まぁ……そりゃぁ、そんな事を言われたらねぇ……。
そもそも、私がおねしょをしないのは三太郎さんの手助けがあるからだし。

前々から山吹は何かにつけて私だったり叔父上の子供の頃だったりと兄上を比べていたそうで、それらも積もり積もっていた結果が、兄上の「山吹なんか大嫌い」発言や「櫻なんかどっか行っちゃえ」発言になってしまったんだそうです。そして自分を誰とも比べなかった叔父上に会いたくなってしまった……と。

それを聞いた母上は、まずは兄上を抱きしめてから

「大人になってもおねしょをする人なんていないでしょ?
 槐も大きくなったら、いつかおねしょをしなくなるわ、大丈夫。
 それでも気になるのなら、今夜から母上が夜中に起こしてあげる。
 それに誰かと自分を比べる必要はないの。
 山吹は槐に頑張ってほしくてそう言ったのでしょうけど……。
 槐には槐の良い所がいっぱいあるの。母上はちゃんと知っていますよ」

そう言ってまずは兄上を慰めてから

「でもね、山吹や櫻に酷い事を言っては駄目ですよ?
 槐がもし同じことを言われたら……どんな気持ちになるかしら?」

そう母上に抱きしめられながら聞かれた兄上は、ドバーッと一気に涙腺が決壊して滝のような涙を流しながら、

「キライ、あっちいけって言われたら……かなしいし、いやだ」

「そうね。悲しいわよね?
 それなら、二人が起きたらごめんなさい、できるわね?」

という母上の言葉に、兄上は腕の中で泣きながら頷いたそうです。


後日、金さんから私も叱られました。兄弟喧嘩の度に家出をするのか……と。その言葉に私は(アレ、兄弟喧嘩だったのか……)と愕然としてしまいました。前世では一人っ子でしたし、今世では私もまだ乳児でしたので喧嘩らしい喧嘩はまだした事が無かったのです。そうか、アレが兄弟喧嘩かぁ……と感慨深く思っていたら、更に金さんに怒られてしまいました。

曰く、命が軽すぎると。

「兄を助けたいと思う気持ちは解るし尊い。
 だが己が身を犠牲にして如何する」

と懇々とお説教コースでした。まぁ、ガミガミコースよりはマシですが……。




そうやって兄上へのフォローを終えた頃に、私もうっすらと意識が戻りました。とはいっても、高熱を出している所為で夢うつつといった感じです。声を出すのもしんどいぐらいで、なぜか手足も全く動きません。前世で事故の直後、全身を強く打って指一本すら自分で動かせなくなった、あの時と同じような感じです。なので飛び飛びの意識で部屋の中で繰り広げられる会話を見聞きする事しかできません。

「して、今回の始末。どうつけるつもりだ?」

という金さんの凄まじい圧を感じさせる発言が耳に入ってきました。慌てて霞む目でそちらを見れば、母上も橡も平伏していました。

「「申し訳ございません」」

と謝る母上たちでしたが、母上たちは何も悪くありません。それを必死に心話で金さんに飛ばしているのですが、金さんは全く取り合ってくれません。

「山吹の態度、目に余る。
 人には人の都合や理由があるのだろうと大目に見ていたが、
 事ここに至っては看過する事はできぬ」

そう更に圧を増して母上たちに言う金さん。それに対し母上が

「恐れながら……」

と言いだしたところで、部屋の温度がいきなりググッと上がり

「これは、どういうことだ!!
 俺様が居ない間に、櫻に何をした!!!!」

桃さんの怒声が部屋に響いたのでした。
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