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2章
7歳 -土の陽月4-
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大社を出た後、私達は牛車に揺られてとある場所へと向かいました。ただそこが終点という訳ではなく、不審人物Bの合図に合わせてすぐ横に停まっていた別の牛車に飛び移るようにして乗り換えます。もちろん私にそんなアクロバティックな芸当が出来る訳もなく、叔父上に抱きかかえられての移動です。そんな事を何度か繰り返し、更には再び袋詰めにされて商店の倉庫のような場所に運び込まれる事も数回。私が知っている未来樹はサスペンスじゃなくてファンタジーだったのにとツッコミたくなるほどに、追跡の目を気にした行動です。
おかげで目的地に辿り着いた頃には、私は立てないどころか喋りたくないぐらいに疲れ果ててしまいました。そんな私を見た不審人物Bに
「お嬢様がお休みになる部屋を御用意いたしましょうか?」
と心配される程です。ただ休めるものなら休みたいのですが、そうも言っていられてない事情があるのです。当然、叔父上もそれを知っているので
「気持ちはとてもありがたいのですが、
この子も一緒に行く必要がありますので……」
とやんわりと断りをいれました。
「解りました。
ですが、お嬢様がすぐにお休み頂ける部屋を用意しておきますので、
いつでもお申し付けください」
と恭しく一礼してから、私達を屋敷の奥へと案内する為に背を向けました。生粋のヤマト国の人なのか不審人物Bさんもかなり体格が良い人なのに、歩き始めても足音が全くしない事に驚きました。身のこなしや言動から双子の王子のどちらかの随身だとは思うのですが、山吹とはまた違ったタイプの随身のようです。碧宮家では人数が少ない事と当主たちの考えで、まるで一つの家族のような関係でしたが、此方はさすがは王族という感じで主従関係がしっかりとしているようです。
私達の拠点よりは小さく、でも前世の家の数倍はありそうな家の中を進み続け、ようやく辿り着いたのは不思議な庭園でした。この国は基本的に2階建ての建築ばかりで、王宮ですら2階建てです。その分、地下へと居住空間を広げていくのだそうです。その為か庭園も地上と同じかそれ以上に地下に作られる事が多く、案内された場所は絶妙に植えられた木々によって閉塞感を感じさせない造りとなった地下庭園でした。微かに聞こえてくる遣水の音が心地よく、その水が流れ込む池の真ん中には前世の地元にあった浮見堂とよく似た建物がありました。ここまで叔父上に抱きかかえられてきたのですが、この先に居る人にちゃんとした挨拶をする為に此処で下ろされて後は自力で歩く事にします。
「お連れ致しました」
浮見堂の手前で恭しく一礼をした不審人物Bは、スッと脇に避けて私達の前を開けました。開けた視界の向う側にはそっくりな顔をした男性が二人、此方を見て片方は笑顔を、もう片方は怒っているかのような表情を浮かべていました。
「ご苦労だったね、片喰。
後はお茶の用意だけお願いするよ」
と左側に座った人がにこやかに言えば、右側に座った人が眉間に皺を寄せたまま
「その後は控えの間で待機していてくれ」
と簡潔に命じます。それに対して片喰と呼ばれた不審人物Bはお茶の用意を済ませてから、再び一礼をして浮見堂から出ていきました。浮見堂の周りには背の高い木々は無く、近くに人が居るか居ないかが一目瞭然となっていて、秘密のお話をするにはうってつけの立地です。
片喰の姿が完全に見えなくなってから、眉間に皺を寄せた方が
「久しいな、令法。
息災そうで何よりだ」
とフッと空気を緩めて立ち上がると、此方に向かって歩いてきました。同じようににこやかだった方も
「やぁ、君が櫻ちゃんだね。
姫沙羅様の小さい頃の面影があるから一目で解ったよ」
と私の方へと歩いてくると、目の前でしゃがんで視線を合わせてきました。そんな二人に対し私は小さく唾を飲み込むと
「茴香殿下、蒔蘿殿下にご拝顔の栄に浴し、恐悦に存じます」
と何度も何度も母上や橡と練習した挨拶を口にし、その後ゆっくりと頭を下げてしっかりとお辞儀をします。手は両ももに添わせて自然に、でも頭のてっぺんから足の先までしっかりとラインを意識して……そうやって頭を下げてから再びゆっくりと顔を上げると、先程までにこやかだった顔が呆気にとられた顔に変わっていました。私は何か間違ってしまったのかと不安になってしまい、そっと横に立つ叔父上を顔を見上げますが、叔父上はニコリと笑うだけで何も言いません。
「これは驚いた……。
7歳だと聞いていたが随分としっかりとしているね。
見た目が思っていたよりも幼いから、余計に驚いてしまったよ」
目の前に居た双子の片割れはそう言うと、「良くできました」と言わんばかりに笑顔で頭をそっと撫でてきました。
「最初が肝心だと、姉上と橡が張り切って教えていたからな」
苦笑いしながら言う叔父上に、私は少し遠い目をしてしまいます。必要な事なのは解っているのですが、やはり礼儀作法に則った所作は窮屈に感じてしまいます。何せ前世も今世も山育ちのおてんば娘なものですから仕方がありません。今までにも何度か思いましたが、今回の事で心の底から礼儀作法が常時必須になるようなお嬢様な家庭に転生しなくて良かったと思ったのでした。
「緋の妃に繋ぎを取るつもりか?」
私の前には色とりどりのお菓子が並べられていて、それを摘まみつつも叔父上たちの話しに耳を傾けます。緋の妃といえば東宮……つまり兄上の父親の3人の妃のうちの一人で、ヒノモトの流れを汲む女性です。確か母上よりも一つ年上で牡丹という名前だったと思います。
「色々と事情があってな。
それに例の件においてもヒノモトや緋色宮はシロだと解っている。
何より牡丹様の性格からしても、彼女がシロである事は間違いないだろう」
そうやって三人の会話に耳を澄ましつつも、私はこっそりと意識を内側に向けました。この旅の途中から私の中で眠りについてもらった三太郎さんたち。小さな村では精霊力を目視できるほどの霊力を持った人はまずいないと言われていますが、絶対ではありませんし、こうした都市部にくれば精霊力を目視できる人が確実に居ます。もしそんな人と出会ってしまったら、三太郎さんの精霊力を身に纏った私は奇異な存在として騒動を引き起こす可能性が高く……。なので三太郎さんには最初の村に近づく前夜に、最小限の力だけを残して眠ってもらう事になっていました。その最小限の力というのが細い糸を私の心に結びつけるようなモノで、その糸を私が心の中で引っ張れば三太郎さんが目覚めるという算段になっていました。黄色い糸は金さんへ、青い糸は浦さんへ、赤い糸は桃さんへと繋がっています。その糸をそっと引っ張りました。起こす程には強くなく、ただ意識が少し浮上するように。深い深い眠りから、外界の音が聞こえる程度に……。小さな力で糸をツンと引っ張る事数回、反対側からツンと引っ張り返される感覚がほぼ同時にあったのを確認してから、再び意識を外に向けました。
「だが、これはお前たちだからこそ飲ませたんだ。
これを牡丹様に飲ませたら外交問題になる」
「しかしだな。牡丹様にとって馴染みが無く、
それでいながら牡丹様に気に入って頂けるモノが必要なんだよ」
「……外交問題になる酒って原料は何なんだ?」
意識が内側に向いている間に、話しが少し進んでしまったようです。叔父上たち三人の前には色は正倉院に納められている白瑠璃椀、形は同じく正倉院にある瑠璃の坏をしたグラスがあり、その中には赤い液体が注がれていました。私が作ったモノなのでアレが何であるかは知っています。叔父上が今回の荷物に入れていた林檎を原料としたお酒です。拠点で作る林檎酒には幾つか種類があり、醸造しただけの赤みが濃いモノと、蒸留してアルコール度を上げた透明度が高いモノ、蒸留を3回繰り返した消毒用アルコールの3種類がありますが、叔父上たちの前にあるのは消毒用ではない飲料用の林檎酒2種のようです。
ちなみに蒸留した時点で林檎酒は無色透明に近い状態になっているのですが、そこにカットした果肉を漬け込む事で、甘味と香りと色味を追加しています。蒸留酒が苦手だった母上たちにも美味しく飲んでもらう為の工夫でしたが、試飲してくれた叔父上たちにも評判が良かったので、今では果肉を追加して漬け込むのが定番になりました。蛇足ながら、最初は果肉ではなく皮を利用したかったのですが、どれだけ試行錯誤を重ねてもこの世界の林檎の皮はえぐみが強くて成果が出ず。今でも廃棄する以外に道がないのが悩みの種です。
眉間に皺がある方の王子、兄の茴香殿下が杯を手にとって、少量を口に含んでから味や匂いから原料を推察しようと目を閉じて味覚に集中します。ですが馴染みがない味と香りらしく、首を傾げてしまいました。そんな茴香殿下を見た叔父上は、念のためにといった感じで周囲を見回してから、更に声を落して囁くように
「ジンド……或はカラナシと言えば解るか?」
と言った途端、二人の王子の動きがピタリと止まり顔面が真っ青になっていきました。口に含んだお酒を噴き出さないだけ、自制心があると褒めるべきかもしれません。それぐらいにこの世界における林檎は忌み嫌われています。
「お、お前……令法! 何考えてるだ!!」
蒔蘿殿下は予想通りの反応を返し、茴香殿下は無言で固まってしまいました。口の中に残る林檎酒をどこに吐き出すべきか戸惑っているようです。
「安心しろ、一般的に言われている事は全て迷信だ。
俺達は5年以上、ジンドを食べたり飲んだりしているが全く問題ない」
叔父上はそう言ってから一拍おいて
「何より精霊様がそう仰っている」
と、双子の王子の頭上に爆弾を落しました。それに合わせて私の中の糸を、先程よりも少しだけ強めに引っ張ります。すると三太郎さんの力が糸を通じて少しだけ私の方へと流れてきました。そのほんの僅かな差異に真っ先に気付いたのは茴香殿下でした。パッと此方を振り返るとじっと私の事を見てきます。
そしてゴクリと形の良い茴香殿下の喉ぼとけが動いたかと思うと
「……お前は……何ものだ?」
と重低音の声で誰何の言葉を紡ぎます。どうやら精霊力を感知する力は、蒔蘿殿下よりも茴香殿下の方が高いようです。
「茴香、止めろ。櫻に圧をかけるな。
それに櫻を同席させる事を頼んだ理由も含めて
順を追って説明するから、まずは話を聞け」
そう言って私に圧をかける茴香殿下を注意した叔父上は、私の方へと向き直ると
「櫻、こちらへおいで」
と手を広げて私を呼び寄せます。それに頷いた私は慌てて叔父上の腕の中へと飛び込みました。茴香殿下に私を害する気持ちがあったのかどうかは解りませんが、少なくとも成人男性が眉間に皺を寄せて睨んできたら、泣きたくなるほどに怖いって事を声を大にして言いたいです。
私を自分の膝の上に座らせた叔父上は更に言葉を続けます。
「ここ数年。俺が変わった理由は何だとお前たちはよく聞いてきた。
それに対し、俺は今まで言葉を濁すだけだった……。
様々な今までに無いモノをお前たちに持ち込んでは
販路や販売方法を相談したが、あれらは全て櫻が関わっている」
そう言うと叔父上は、双子の王子の顔を順にしっかりと見つめました。そんな改まった叔父上の態度に双子の王子は目を見開いて驚いたかと思うと、そのまま視線を叔父上から私へと移動させます。
「櫻ちゃんが関わっている……って、まだ7歳の子供だろう?」
そう訝し気に言う蒔蘿殿下に対し、茴香殿下は
「その子は微かだが……精霊力が異常だ。それと関係があるのか?」
と此方を探ってくるかのような視線です。拠点で散々協議して出した結論ではあるのですが、やはり少し不安になって躊躇ってしまう私です。ですが叔父上がそっと背中をトントンと叩いて優しくあやすかのようにしてくれて、少しだけ落ち着きました。
「あぁ、この子……櫻は 天女 なんだ」
そう言って叔父上は本日2発目の爆弾を、双子の王子の頭上に落したのでした。
おかげで目的地に辿り着いた頃には、私は立てないどころか喋りたくないぐらいに疲れ果ててしまいました。そんな私を見た不審人物Bに
「お嬢様がお休みになる部屋を御用意いたしましょうか?」
と心配される程です。ただ休めるものなら休みたいのですが、そうも言っていられてない事情があるのです。当然、叔父上もそれを知っているので
「気持ちはとてもありがたいのですが、
この子も一緒に行く必要がありますので……」
とやんわりと断りをいれました。
「解りました。
ですが、お嬢様がすぐにお休み頂ける部屋を用意しておきますので、
いつでもお申し付けください」
と恭しく一礼してから、私達を屋敷の奥へと案内する為に背を向けました。生粋のヤマト国の人なのか不審人物Bさんもかなり体格が良い人なのに、歩き始めても足音が全くしない事に驚きました。身のこなしや言動から双子の王子のどちらかの随身だとは思うのですが、山吹とはまた違ったタイプの随身のようです。碧宮家では人数が少ない事と当主たちの考えで、まるで一つの家族のような関係でしたが、此方はさすがは王族という感じで主従関係がしっかりとしているようです。
私達の拠点よりは小さく、でも前世の家の数倍はありそうな家の中を進み続け、ようやく辿り着いたのは不思議な庭園でした。この国は基本的に2階建ての建築ばかりで、王宮ですら2階建てです。その分、地下へと居住空間を広げていくのだそうです。その為か庭園も地上と同じかそれ以上に地下に作られる事が多く、案内された場所は絶妙に植えられた木々によって閉塞感を感じさせない造りとなった地下庭園でした。微かに聞こえてくる遣水の音が心地よく、その水が流れ込む池の真ん中には前世の地元にあった浮見堂とよく似た建物がありました。ここまで叔父上に抱きかかえられてきたのですが、この先に居る人にちゃんとした挨拶をする為に此処で下ろされて後は自力で歩く事にします。
「お連れ致しました」
浮見堂の手前で恭しく一礼をした不審人物Bは、スッと脇に避けて私達の前を開けました。開けた視界の向う側にはそっくりな顔をした男性が二人、此方を見て片方は笑顔を、もう片方は怒っているかのような表情を浮かべていました。
「ご苦労だったね、片喰。
後はお茶の用意だけお願いするよ」
と左側に座った人がにこやかに言えば、右側に座った人が眉間に皺を寄せたまま
「その後は控えの間で待機していてくれ」
と簡潔に命じます。それに対して片喰と呼ばれた不審人物Bはお茶の用意を済ませてから、再び一礼をして浮見堂から出ていきました。浮見堂の周りには背の高い木々は無く、近くに人が居るか居ないかが一目瞭然となっていて、秘密のお話をするにはうってつけの立地です。
片喰の姿が完全に見えなくなってから、眉間に皺を寄せた方が
「久しいな、令法。
息災そうで何よりだ」
とフッと空気を緩めて立ち上がると、此方に向かって歩いてきました。同じようににこやかだった方も
「やぁ、君が櫻ちゃんだね。
姫沙羅様の小さい頃の面影があるから一目で解ったよ」
と私の方へと歩いてくると、目の前でしゃがんで視線を合わせてきました。そんな二人に対し私は小さく唾を飲み込むと
「茴香殿下、蒔蘿殿下にご拝顔の栄に浴し、恐悦に存じます」
と何度も何度も母上や橡と練習した挨拶を口にし、その後ゆっくりと頭を下げてしっかりとお辞儀をします。手は両ももに添わせて自然に、でも頭のてっぺんから足の先までしっかりとラインを意識して……そうやって頭を下げてから再びゆっくりと顔を上げると、先程までにこやかだった顔が呆気にとられた顔に変わっていました。私は何か間違ってしまったのかと不安になってしまい、そっと横に立つ叔父上を顔を見上げますが、叔父上はニコリと笑うだけで何も言いません。
「これは驚いた……。
7歳だと聞いていたが随分としっかりとしているね。
見た目が思っていたよりも幼いから、余計に驚いてしまったよ」
目の前に居た双子の片割れはそう言うと、「良くできました」と言わんばかりに笑顔で頭をそっと撫でてきました。
「最初が肝心だと、姉上と橡が張り切って教えていたからな」
苦笑いしながら言う叔父上に、私は少し遠い目をしてしまいます。必要な事なのは解っているのですが、やはり礼儀作法に則った所作は窮屈に感じてしまいます。何せ前世も今世も山育ちのおてんば娘なものですから仕方がありません。今までにも何度か思いましたが、今回の事で心の底から礼儀作法が常時必須になるようなお嬢様な家庭に転生しなくて良かったと思ったのでした。
「緋の妃に繋ぎを取るつもりか?」
私の前には色とりどりのお菓子が並べられていて、それを摘まみつつも叔父上たちの話しに耳を傾けます。緋の妃といえば東宮……つまり兄上の父親の3人の妃のうちの一人で、ヒノモトの流れを汲む女性です。確か母上よりも一つ年上で牡丹という名前だったと思います。
「色々と事情があってな。
それに例の件においてもヒノモトや緋色宮はシロだと解っている。
何より牡丹様の性格からしても、彼女がシロである事は間違いないだろう」
そうやって三人の会話に耳を澄ましつつも、私はこっそりと意識を内側に向けました。この旅の途中から私の中で眠りについてもらった三太郎さんたち。小さな村では精霊力を目視できるほどの霊力を持った人はまずいないと言われていますが、絶対ではありませんし、こうした都市部にくれば精霊力を目視できる人が確実に居ます。もしそんな人と出会ってしまったら、三太郎さんの精霊力を身に纏った私は奇異な存在として騒動を引き起こす可能性が高く……。なので三太郎さんには最初の村に近づく前夜に、最小限の力だけを残して眠ってもらう事になっていました。その最小限の力というのが細い糸を私の心に結びつけるようなモノで、その糸を私が心の中で引っ張れば三太郎さんが目覚めるという算段になっていました。黄色い糸は金さんへ、青い糸は浦さんへ、赤い糸は桃さんへと繋がっています。その糸をそっと引っ張りました。起こす程には強くなく、ただ意識が少し浮上するように。深い深い眠りから、外界の音が聞こえる程度に……。小さな力で糸をツンと引っ張る事数回、反対側からツンと引っ張り返される感覚がほぼ同時にあったのを確認してから、再び意識を外に向けました。
「だが、これはお前たちだからこそ飲ませたんだ。
これを牡丹様に飲ませたら外交問題になる」
「しかしだな。牡丹様にとって馴染みが無く、
それでいながら牡丹様に気に入って頂けるモノが必要なんだよ」
「……外交問題になる酒って原料は何なんだ?」
意識が内側に向いている間に、話しが少し進んでしまったようです。叔父上たち三人の前には色は正倉院に納められている白瑠璃椀、形は同じく正倉院にある瑠璃の坏をしたグラスがあり、その中には赤い液体が注がれていました。私が作ったモノなのでアレが何であるかは知っています。叔父上が今回の荷物に入れていた林檎を原料としたお酒です。拠点で作る林檎酒には幾つか種類があり、醸造しただけの赤みが濃いモノと、蒸留してアルコール度を上げた透明度が高いモノ、蒸留を3回繰り返した消毒用アルコールの3種類がありますが、叔父上たちの前にあるのは消毒用ではない飲料用の林檎酒2種のようです。
ちなみに蒸留した時点で林檎酒は無色透明に近い状態になっているのですが、そこにカットした果肉を漬け込む事で、甘味と香りと色味を追加しています。蒸留酒が苦手だった母上たちにも美味しく飲んでもらう為の工夫でしたが、試飲してくれた叔父上たちにも評判が良かったので、今では果肉を追加して漬け込むのが定番になりました。蛇足ながら、最初は果肉ではなく皮を利用したかったのですが、どれだけ試行錯誤を重ねてもこの世界の林檎の皮はえぐみが強くて成果が出ず。今でも廃棄する以外に道がないのが悩みの種です。
眉間に皺がある方の王子、兄の茴香殿下が杯を手にとって、少量を口に含んでから味や匂いから原料を推察しようと目を閉じて味覚に集中します。ですが馴染みがない味と香りらしく、首を傾げてしまいました。そんな茴香殿下を見た叔父上は、念のためにといった感じで周囲を見回してから、更に声を落して囁くように
「ジンド……或はカラナシと言えば解るか?」
と言った途端、二人の王子の動きがピタリと止まり顔面が真っ青になっていきました。口に含んだお酒を噴き出さないだけ、自制心があると褒めるべきかもしれません。それぐらいにこの世界における林檎は忌み嫌われています。
「お、お前……令法! 何考えてるだ!!」
蒔蘿殿下は予想通りの反応を返し、茴香殿下は無言で固まってしまいました。口の中に残る林檎酒をどこに吐き出すべきか戸惑っているようです。
「安心しろ、一般的に言われている事は全て迷信だ。
俺達は5年以上、ジンドを食べたり飲んだりしているが全く問題ない」
叔父上はそう言ってから一拍おいて
「何より精霊様がそう仰っている」
と、双子の王子の頭上に爆弾を落しました。それに合わせて私の中の糸を、先程よりも少しだけ強めに引っ張ります。すると三太郎さんの力が糸を通じて少しだけ私の方へと流れてきました。そのほんの僅かな差異に真っ先に気付いたのは茴香殿下でした。パッと此方を振り返るとじっと私の事を見てきます。
そしてゴクリと形の良い茴香殿下の喉ぼとけが動いたかと思うと
「……お前は……何ものだ?」
と重低音の声で誰何の言葉を紡ぎます。どうやら精霊力を感知する力は、蒔蘿殿下よりも茴香殿下の方が高いようです。
「茴香、止めろ。櫻に圧をかけるな。
それに櫻を同席させる事を頼んだ理由も含めて
順を追って説明するから、まずは話を聞け」
そう言って私に圧をかける茴香殿下を注意した叔父上は、私の方へと向き直ると
「櫻、こちらへおいで」
と手を広げて私を呼び寄せます。それに頷いた私は慌てて叔父上の腕の中へと飛び込みました。茴香殿下に私を害する気持ちがあったのかどうかは解りませんが、少なくとも成人男性が眉間に皺を寄せて睨んできたら、泣きたくなるほどに怖いって事を声を大にして言いたいです。
私を自分の膝の上に座らせた叔父上は更に言葉を続けます。
「ここ数年。俺が変わった理由は何だとお前たちはよく聞いてきた。
それに対し、俺は今まで言葉を濁すだけだった……。
様々な今までに無いモノをお前たちに持ち込んでは
販路や販売方法を相談したが、あれらは全て櫻が関わっている」
そう言うと叔父上は、双子の王子の顔を順にしっかりと見つめました。そんな改まった叔父上の態度に双子の王子は目を見開いて驚いたかと思うと、そのまま視線を叔父上から私へと移動させます。
「櫻ちゃんが関わっている……って、まだ7歳の子供だろう?」
そう訝し気に言う蒔蘿殿下に対し、茴香殿下は
「その子は微かだが……精霊力が異常だ。それと関係があるのか?」
と此方を探ってくるかのような視線です。拠点で散々協議して出した結論ではあるのですが、やはり少し不安になって躊躇ってしまう私です。ですが叔父上がそっと背中をトントンと叩いて優しくあやすかのようにしてくれて、少しだけ落ち着きました。
「あぁ、この子……櫻は 天女 なんだ」
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