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2章
7歳 -土の極日2-
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もし私にも三太郎さんたちと同じように特殊技能があるとしたら、一つ目は「精霊さんが言ってたよ」で、もう一つが「現実逃避」になると思います。浦さんの「浄水」なみに高頻度で使っている気がする技能ですが、現在進行形で現実逃避技能を使用していたりして我ながら情けない限りです。
(胃が痛い時のキリキリって表現は、大工道具の錐から来てるのかなぁ?
あれで刺されたように痛むからキリキリ??
でも個人的にはキリキリというよりは、ぎゅぅーーっと胃をねじっているような
痛みだから、雑巾絞りの方が近いんだけど……。
その場合の擬音はキリキリじゃなくてゾウゾウになるのかなぁ?)
なんて事を考えながら、胃のあたりをグッと押さえます。いっそ逃げ出してしまいたいぐらいですが、逃げたって解決しない事は自分でも解っています。
「大丈夫かい? 何か温かいモノでも貰うかい??」
背中を撫でて私を気遣ってくれる叔父上に、
「大丈夫、ちょっと緊張しているだけだから」
と少し引き攣りつつも笑顔を返します。そんな私の心情とは裏腹に、蒔蘿殿下の隠れ家の地下庭園からは朗らかな笑い声が聞こえてきました。朗らかというか、漫画やアニメみたいと思ってしまう程に典型的なお嬢様な笑い声です。
「おほほほほほほ」
と、風に乗って地下庭園入口付近にある小さな四阿に聞こえてくるのです。私、「おほほほ」っていう笑い声をリアルで初めて聞きましたよ。何にしても朗らかに笑っているという事は、今のところは料理に不手際はないという事なので安心です。まぁ……今はまだプロの料理人が作った料理を食べている頃なので当然といえば当然で、私が関わっている最後のデザートを食べ終わるまでは気が休まりませんが……。
「大丈夫だよ。アレはとても美味しかったからね。
山に帰ったらもう一度作って、皆にも食べさせてあげたいくらいだ」
「桃さんが絶対に俺様にも食べさせろって言うに決まってるから
確実にもう一度作る事になると思うよ」
叔父上の言葉に、高確率で桃さんが拗ねるだろうなと想像してクスッと笑ってしまいました。金さんや浦さんと違って、桃さんだけは今でも眠ってもらったままです。万が一にも三精霊の守護を持っているなんて知られる訳にはいかないので、私に課せられた精霊の力を使う事が可能である事の証明も、桃さんの力は一切使っていません。
「だとしたら、山に帰る前に材料を幾つか買っておかないとね。
山では手に入らない材料が幾つかあったから」
そうやって叔父上と話している間に、少しだけ落ち着いてきました。三太郎さんが一緒に居る、叔父上も傍に居ると思うと、それだけで心の底から安心できる程にこの7年の間に絶大な信頼を寄せるようになりました。
まぁ、そんな安心もこの人たちの前に出てしまえば、消滅寸前にまで小さくなってしまうんですけどね。正確には信頼は揺るぎませんが、緊張の方が上回ってしまっている感じです。
「此度は水菓子ではなく、特別な菓子を用意いたしました。
牡丹様に気に入って頂けるとよろしいのですが……」
そう言って私と叔父上が持ってきた小さめの白瑠璃椀を蒔蘿殿下が受け取ると、それをテーブルの真ん中に置きました。地下庭園の中央にある浮見堂のような建物のすぐ傍で平伏する私と叔父上ですが、顔を上げる事は許されていないので牡丹様の顔を見る事は出来ません。ですが少し離れた場所であるにも関わらず私のところにまで着物に焚きこめたお香の匂いが香ってきます。平民に比べれば……いえ比べられない程にマシではあるのですが、やはり湯に入る習慣が無いのでお香で匂いを誤魔化すという方向になってしまうんでしょうね。
「はて? この淡黄蘗色した物は??」
「詳しい説明は後程……。
これは熱に弱く、あっという間に溶けてしまうので
まずはご賞味頂きたく思います」
不思議そうにする牡丹様の声が聞こえたかと思うと、淡々とした茴香殿下の声が聞こえました。そうそう、渾身の出来だから溶ける前に食べてほしいです。私自身はお酒を混ぜ込む前段階までしか味見できなかったのですが、叔父上と両殿下、そして交代でやってくる片喰と忍冬は完成品を絶賛してくれました。
「では、某がまずは毒味をさせていただきます」
と、護衛の人が椀を持ち上げた小さな音がしました。待機所に居た時に叔父上に教わったのですが、こういった席での料理の配膳の基本的な流れは、まずは毒味役の人の分も含めた人数分の料理の中から一つを毒味役の人が選んで毒味をするんだとか。今回の場合でいえば4つの椀の中から毒味役の護衛の男性が一つを選んで食べ、残りの3つをランダムで護衛の人が配膳するという形になります。そうする事で毒の混入をさせないシステムになっているんだそうです。
「ふむ。この匂いは酒が入っているのですか?
何やら赤茶色のモノが混入されていますが……」
と、観察しているようなセリフが聞こえてから一拍後、
「こ、これはっ!!
なんと、不思議な……。口の中で溶けていく。氷菓子なのですか?
いや、でもこのような氷菓子は見聞きした覚えがありません?!」
護衛の人の驚いた声に、心の中でガッツポーズをとってしまいます。
「それにこの赤茶色した物も不思議な食感で、
カリッとした表面、それを割ると中から溢れ出る酒の香り!
しかしこの酒の味にも香りにも覚えがありません、これはいったい……」
「えぇい、海棠!! 簡潔に申せ。
美味しいのか? 美味しくないのか??」
あくまでも仕事の為といった感じで固い言葉だった護衛の人がいきなり滔々と食レポを始めてしまって、牡丹様が焦れたように感想を急かします。毒味が終わらないと自分が食べられませんからね。こうしている間にも、少しずつではありますが溶けていっていますし……。ただ、そういった事より私が気になったのは護衛の人の名前でした。確かに牡丹様は海棠と呼びかけました。
(海棠?? ゲームの攻略対象だったヒノモトの武人で東宮の護衛だった?
だけど東宮ではなく牡丹様の護衛をしてるし、同名の別人の可能性もあるけど、
もし本人なら隠れ甘党だったから、このテンションにも納得がいくかも……)
顔を上げて確認したい気持ちにかられますが、未だ顔を上げる許可が出ていませんし、指示があるまでは決して顔を上げるなと前もって双子の殿下や叔父上に釘を刺されているので、こっそり盗み見る訳にもいきません。
「コホンッ、そのどちらかと問われれば、美味に御座います。
ですが牡丹様、大事なのは味ではなく毒の有無なのですが……」
「何を申す、其方がその味を楽しんでいた事、
妾が気付いておらぬとでも思うておるのか。
何よりヤマト国の双子が妾を害す理由がない。 そうであろう?」
咳払いをしてから、最初のように事務的な口調に戻った護衛の海棠さんでしたが、その言葉を牡丹様が一刀両断してしまいます。その上で双子の殿下に話しを振ったようで、声の調子が少し変わりました。
「えぇ、私たちは牡丹様にとある提案をさせて頂きたく、この席を設けました。
ゆえに牡丹様に害をなそうなど、欠片たりとも思うておりませぬ」
少し大げさに身の潔白を述べるのは蒔蘿殿下。ただちょっと軽い調子なのは、殿下たちと牡丹様が元々顔見知りで、ある程度気心が知れているからなのかもしれません。
「では、我らも頂きましょう」
そう言うと茴香殿下と蒔蘿殿下も私が作ったお菓子を食べたようで、
「甘い物があまり得意ではない私も、これならば食べられると思う程だ」
「何度食べても美味い。火の極日の頃ならば、もっと美味かったのだろうな」
と満足そうな声が聞こえてきます。茴香殿下はあまり甘い物は好まれないけれど、お酒が好きだと聞いていました。どうやら今回作った、お酒を使ったお菓子は気に入ってもらえたようです。
「海棠、もう良いであろう??」
一人だけ食べられない牡丹様が切ない声を上げました。なんというかちょっと色っぽいとか思ってしまいます。確か牡丹様は母上よりも一つ年上で30歳のはず。大人の女性が何かをねだる声って、こういう感じなんですね。
「えぇ、どうやら試薬にも反応しませんし大丈夫なようです。
牡丹様もどうぞお召し上がりください」
海棠さんはどうやら食べるだけでなく、何かしらの薬をつかって反応も見ていたようです。ようやく許可が出た牡丹様は、パチリッと扇を閉じると早速食べ始めたようで、
「あぁ、削り氷とは違う、舌を包み込むような甘さ。
鼻に抜ける果物と酒の香り……。
未だ味わった事のない心が蕩けるような氷菓子よな。
これは何から作られた氷菓子なのか?」
と、ご満悦の様子。どうやら牡丹様にも気に入って頂けたようで、小さく安堵の息を吐きました。とりあえずこれで最低限の仕事はこなした事になります。
「説明を」
茴香殿下が此方を向いて声をかけたのが解り、私と叔父上は今までよりさらに深く頭を下げてから
「牛の乳を使った氷菓子にございます」
「その氷菓子に村秘伝の果物と、それから作られた酒を少し混ぜこみました」
と答えました。そう、私が作ったのはアイスクリームでした。
殿下から提示された手配できる材料や手持ちの材料で作れる物で、何より三太郎さんの力を借りて作る物と考えた時に、真っ先に思い浮かんだのがアイスクリームでした。火の月に比べれば日中の気温が随分と下がってきたとはいえ、氷が張るにはまだ早いこの時期に氷菓子を出せば精霊の力を借りたことを確実に証明できます。
その上で殿下たちが使いたがっていた林檎酒も使ってみました。林檎の蒸留酒の中に漬け込んでいた林檎の果肉を小さく賽の目に切ってから、砂糖でカラメリゼしてアイスクリームに混ぜこんだのです。
そのアイスクリーム本体は牛乳と卵、そしてヒノモト特産の砂糖とバニラを使いました。バニラは殿下が提示した使える食材一覧の中のスパイスの中にあり、名前を華尼拉と前の世界とほとんど同じ名前と発音でした。一つ一つスパイスの匂いを嗅いで見つけた甲斐があったというものです。何せバニラが入ると入らないとは味に大きな違いがありましたから。これでヒノモト国の物をたくさん使う料理というハードルもクリアできたはずです。
ちなみに華尼拉を菓子に使うと言ったら盛大に驚かれました。
この世界では華尼拉は主に肉料理に使うんだそうです。
それらの材料を混ぜてとろみが出るまでコトコトと弱火で加熱して煮詰めた物を、浦さんの「冷却」で冷やし固めました。途中で何度も何度もかき混ぜたので、空気を含んでふんわりとした食感になっています。
前世なら加熱しないで普通に冷やし固めたでしょうが、この世界の卵を加熱無しで食べるには勇気が必要です。アイスクリームや冷凍食品に賞味期限が無いように、マイナス18度まで下げれば大丈夫かもしれませんが、牡丹様が万が一にもお腹を壊されては外交問題に発展してしまいます。そんなリスクは冒したくありません。
「材料や製法など気になる事が多すぎるが、まずは礼を申そう。
これ程の美味なる氷菓子は初めてであった。
褒美を取らせたい、面を上げよ」
アイスクリームを食べ終わった牡丹様がシャッと音を立てて再び扇を開いた事や、衣擦れの音をさせてこちらを見た事などが聞こえてきた音から解ります。どうやら第二関門も無事に突破できたようです。ただ此処で顔を上げる訳にはいかないのです。何故なら
「牡丹様、この者たちは王族どころか華族ですらありませぬ。
その為にどのような粗相をするやもしれませぬ。どうかご容赦を」
と茴香殿下が牡丹様を止めに入るから。前もって大まかな流れは聞いていましたが、一々言葉遣いが時代劇っぽくて、まるで演劇を間近で見ているかのように錯覚してしまいます。ですが私がここで粗相をすれば、東宮妃に無礼を働いたと首を物理的に切られてもおかしくないのです。なので改めて気を引き締め直します。
「構わぬ。勿論限度はあるが、言葉遣いや所作程度の無礼は無礼とは思わぬ。
このような美味なる物をもたらした其方らの言動を咎めようと思う程、
妾の度量は小さくはないぞ?」
小さく笑いながら牡丹様はそう言うと、再び「面をあげよ」と続けました。これでようやく顔を上げて良い……はずです。牡丹様は元より、茴香殿下、蒔蘿殿下、そして護衛の海棠さんの視線が此方に向いたのか、背筋にスッと何か冷たいものが走ります。緊張で口の中がカラカラになっている事に気付きましたが、今ここで何かを飲むこともできません。
「はい」
叔父上が横で答えたのに続いて、私も「はい」と答えて顔を上げました。私の前には当然ながら両殿下と間違いなくゲームの攻略対象だった海棠さんが居て、ファビュラスでゴージャスな姉妹の妹さんが黒髪になって十二単を着たかのような絢爛華麗な美人さんが居ました。
その美人さん=牡丹様が私を凝視して目を真ん丸に見開いたかと思うと、
「ひ……め、しゃら様……」
という言葉と顔の下半分を隠していた扇をポトリと落したのでした。
(胃が痛い時のキリキリって表現は、大工道具の錐から来てるのかなぁ?
あれで刺されたように痛むからキリキリ??
でも個人的にはキリキリというよりは、ぎゅぅーーっと胃をねじっているような
痛みだから、雑巾絞りの方が近いんだけど……。
その場合の擬音はキリキリじゃなくてゾウゾウになるのかなぁ?)
なんて事を考えながら、胃のあたりをグッと押さえます。いっそ逃げ出してしまいたいぐらいですが、逃げたって解決しない事は自分でも解っています。
「大丈夫かい? 何か温かいモノでも貰うかい??」
背中を撫でて私を気遣ってくれる叔父上に、
「大丈夫、ちょっと緊張しているだけだから」
と少し引き攣りつつも笑顔を返します。そんな私の心情とは裏腹に、蒔蘿殿下の隠れ家の地下庭園からは朗らかな笑い声が聞こえてきました。朗らかというか、漫画やアニメみたいと思ってしまう程に典型的なお嬢様な笑い声です。
「おほほほほほほ」
と、風に乗って地下庭園入口付近にある小さな四阿に聞こえてくるのです。私、「おほほほ」っていう笑い声をリアルで初めて聞きましたよ。何にしても朗らかに笑っているという事は、今のところは料理に不手際はないという事なので安心です。まぁ……今はまだプロの料理人が作った料理を食べている頃なので当然といえば当然で、私が関わっている最後のデザートを食べ終わるまでは気が休まりませんが……。
「大丈夫だよ。アレはとても美味しかったからね。
山に帰ったらもう一度作って、皆にも食べさせてあげたいくらいだ」
「桃さんが絶対に俺様にも食べさせろって言うに決まってるから
確実にもう一度作る事になると思うよ」
叔父上の言葉に、高確率で桃さんが拗ねるだろうなと想像してクスッと笑ってしまいました。金さんや浦さんと違って、桃さんだけは今でも眠ってもらったままです。万が一にも三精霊の守護を持っているなんて知られる訳にはいかないので、私に課せられた精霊の力を使う事が可能である事の証明も、桃さんの力は一切使っていません。
「だとしたら、山に帰る前に材料を幾つか買っておかないとね。
山では手に入らない材料が幾つかあったから」
そうやって叔父上と話している間に、少しだけ落ち着いてきました。三太郎さんが一緒に居る、叔父上も傍に居ると思うと、それだけで心の底から安心できる程にこの7年の間に絶大な信頼を寄せるようになりました。
まぁ、そんな安心もこの人たちの前に出てしまえば、消滅寸前にまで小さくなってしまうんですけどね。正確には信頼は揺るぎませんが、緊張の方が上回ってしまっている感じです。
「此度は水菓子ではなく、特別な菓子を用意いたしました。
牡丹様に気に入って頂けるとよろしいのですが……」
そう言って私と叔父上が持ってきた小さめの白瑠璃椀を蒔蘿殿下が受け取ると、それをテーブルの真ん中に置きました。地下庭園の中央にある浮見堂のような建物のすぐ傍で平伏する私と叔父上ですが、顔を上げる事は許されていないので牡丹様の顔を見る事は出来ません。ですが少し離れた場所であるにも関わらず私のところにまで着物に焚きこめたお香の匂いが香ってきます。平民に比べれば……いえ比べられない程にマシではあるのですが、やはり湯に入る習慣が無いのでお香で匂いを誤魔化すという方向になってしまうんでしょうね。
「はて? この淡黄蘗色した物は??」
「詳しい説明は後程……。
これは熱に弱く、あっという間に溶けてしまうので
まずはご賞味頂きたく思います」
不思議そうにする牡丹様の声が聞こえたかと思うと、淡々とした茴香殿下の声が聞こえました。そうそう、渾身の出来だから溶ける前に食べてほしいです。私自身はお酒を混ぜ込む前段階までしか味見できなかったのですが、叔父上と両殿下、そして交代でやってくる片喰と忍冬は完成品を絶賛してくれました。
「では、某がまずは毒味をさせていただきます」
と、護衛の人が椀を持ち上げた小さな音がしました。待機所に居た時に叔父上に教わったのですが、こういった席での料理の配膳の基本的な流れは、まずは毒味役の人の分も含めた人数分の料理の中から一つを毒味役の人が選んで毒味をするんだとか。今回の場合でいえば4つの椀の中から毒味役の護衛の男性が一つを選んで食べ、残りの3つをランダムで護衛の人が配膳するという形になります。そうする事で毒の混入をさせないシステムになっているんだそうです。
「ふむ。この匂いは酒が入っているのですか?
何やら赤茶色のモノが混入されていますが……」
と、観察しているようなセリフが聞こえてから一拍後、
「こ、これはっ!!
なんと、不思議な……。口の中で溶けていく。氷菓子なのですか?
いや、でもこのような氷菓子は見聞きした覚えがありません?!」
護衛の人の驚いた声に、心の中でガッツポーズをとってしまいます。
「それにこの赤茶色した物も不思議な食感で、
カリッとした表面、それを割ると中から溢れ出る酒の香り!
しかしこの酒の味にも香りにも覚えがありません、これはいったい……」
「えぇい、海棠!! 簡潔に申せ。
美味しいのか? 美味しくないのか??」
あくまでも仕事の為といった感じで固い言葉だった護衛の人がいきなり滔々と食レポを始めてしまって、牡丹様が焦れたように感想を急かします。毒味が終わらないと自分が食べられませんからね。こうしている間にも、少しずつではありますが溶けていっていますし……。ただ、そういった事より私が気になったのは護衛の人の名前でした。確かに牡丹様は海棠と呼びかけました。
(海棠?? ゲームの攻略対象だったヒノモトの武人で東宮の護衛だった?
だけど東宮ではなく牡丹様の護衛をしてるし、同名の別人の可能性もあるけど、
もし本人なら隠れ甘党だったから、このテンションにも納得がいくかも……)
顔を上げて確認したい気持ちにかられますが、未だ顔を上げる許可が出ていませんし、指示があるまでは決して顔を上げるなと前もって双子の殿下や叔父上に釘を刺されているので、こっそり盗み見る訳にもいきません。
「コホンッ、そのどちらかと問われれば、美味に御座います。
ですが牡丹様、大事なのは味ではなく毒の有無なのですが……」
「何を申す、其方がその味を楽しんでいた事、
妾が気付いておらぬとでも思うておるのか。
何よりヤマト国の双子が妾を害す理由がない。 そうであろう?」
咳払いをしてから、最初のように事務的な口調に戻った護衛の海棠さんでしたが、その言葉を牡丹様が一刀両断してしまいます。その上で双子の殿下に話しを振ったようで、声の調子が少し変わりました。
「えぇ、私たちは牡丹様にとある提案をさせて頂きたく、この席を設けました。
ゆえに牡丹様に害をなそうなど、欠片たりとも思うておりませぬ」
少し大げさに身の潔白を述べるのは蒔蘿殿下。ただちょっと軽い調子なのは、殿下たちと牡丹様が元々顔見知りで、ある程度気心が知れているからなのかもしれません。
「では、我らも頂きましょう」
そう言うと茴香殿下と蒔蘿殿下も私が作ったお菓子を食べたようで、
「甘い物があまり得意ではない私も、これならば食べられると思う程だ」
「何度食べても美味い。火の極日の頃ならば、もっと美味かったのだろうな」
と満足そうな声が聞こえてきます。茴香殿下はあまり甘い物は好まれないけれど、お酒が好きだと聞いていました。どうやら今回作った、お酒を使ったお菓子は気に入ってもらえたようです。
「海棠、もう良いであろう??」
一人だけ食べられない牡丹様が切ない声を上げました。なんというかちょっと色っぽいとか思ってしまいます。確か牡丹様は母上よりも一つ年上で30歳のはず。大人の女性が何かをねだる声って、こういう感じなんですね。
「えぇ、どうやら試薬にも反応しませんし大丈夫なようです。
牡丹様もどうぞお召し上がりください」
海棠さんはどうやら食べるだけでなく、何かしらの薬をつかって反応も見ていたようです。ようやく許可が出た牡丹様は、パチリッと扇を閉じると早速食べ始めたようで、
「あぁ、削り氷とは違う、舌を包み込むような甘さ。
鼻に抜ける果物と酒の香り……。
未だ味わった事のない心が蕩けるような氷菓子よな。
これは何から作られた氷菓子なのか?」
と、ご満悦の様子。どうやら牡丹様にも気に入って頂けたようで、小さく安堵の息を吐きました。とりあえずこれで最低限の仕事はこなした事になります。
「説明を」
茴香殿下が此方を向いて声をかけたのが解り、私と叔父上は今までよりさらに深く頭を下げてから
「牛の乳を使った氷菓子にございます」
「その氷菓子に村秘伝の果物と、それから作られた酒を少し混ぜこみました」
と答えました。そう、私が作ったのはアイスクリームでした。
殿下から提示された手配できる材料や手持ちの材料で作れる物で、何より三太郎さんの力を借りて作る物と考えた時に、真っ先に思い浮かんだのがアイスクリームでした。火の月に比べれば日中の気温が随分と下がってきたとはいえ、氷が張るにはまだ早いこの時期に氷菓子を出せば精霊の力を借りたことを確実に証明できます。
その上で殿下たちが使いたがっていた林檎酒も使ってみました。林檎の蒸留酒の中に漬け込んでいた林檎の果肉を小さく賽の目に切ってから、砂糖でカラメリゼしてアイスクリームに混ぜこんだのです。
そのアイスクリーム本体は牛乳と卵、そしてヒノモト特産の砂糖とバニラを使いました。バニラは殿下が提示した使える食材一覧の中のスパイスの中にあり、名前を華尼拉と前の世界とほとんど同じ名前と発音でした。一つ一つスパイスの匂いを嗅いで見つけた甲斐があったというものです。何せバニラが入ると入らないとは味に大きな違いがありましたから。これでヒノモト国の物をたくさん使う料理というハードルもクリアできたはずです。
ちなみに華尼拉を菓子に使うと言ったら盛大に驚かれました。
この世界では華尼拉は主に肉料理に使うんだそうです。
それらの材料を混ぜてとろみが出るまでコトコトと弱火で加熱して煮詰めた物を、浦さんの「冷却」で冷やし固めました。途中で何度も何度もかき混ぜたので、空気を含んでふんわりとした食感になっています。
前世なら加熱しないで普通に冷やし固めたでしょうが、この世界の卵を加熱無しで食べるには勇気が必要です。アイスクリームや冷凍食品に賞味期限が無いように、マイナス18度まで下げれば大丈夫かもしれませんが、牡丹様が万が一にもお腹を壊されては外交問題に発展してしまいます。そんなリスクは冒したくありません。
「材料や製法など気になる事が多すぎるが、まずは礼を申そう。
これ程の美味なる氷菓子は初めてであった。
褒美を取らせたい、面を上げよ」
アイスクリームを食べ終わった牡丹様がシャッと音を立てて再び扇を開いた事や、衣擦れの音をさせてこちらを見た事などが聞こえてきた音から解ります。どうやら第二関門も無事に突破できたようです。ただ此処で顔を上げる訳にはいかないのです。何故なら
「牡丹様、この者たちは王族どころか華族ですらありませぬ。
その為にどのような粗相をするやもしれませぬ。どうかご容赦を」
と茴香殿下が牡丹様を止めに入るから。前もって大まかな流れは聞いていましたが、一々言葉遣いが時代劇っぽくて、まるで演劇を間近で見ているかのように錯覚してしまいます。ですが私がここで粗相をすれば、東宮妃に無礼を働いたと首を物理的に切られてもおかしくないのです。なので改めて気を引き締め直します。
「構わぬ。勿論限度はあるが、言葉遣いや所作程度の無礼は無礼とは思わぬ。
このような美味なる物をもたらした其方らの言動を咎めようと思う程、
妾の度量は小さくはないぞ?」
小さく笑いながら牡丹様はそう言うと、再び「面をあげよ」と続けました。これでようやく顔を上げて良い……はずです。牡丹様は元より、茴香殿下、蒔蘿殿下、そして護衛の海棠さんの視線が此方に向いたのか、背筋にスッと何か冷たいものが走ります。緊張で口の中がカラカラになっている事に気付きましたが、今ここで何かを飲むこともできません。
「はい」
叔父上が横で答えたのに続いて、私も「はい」と答えて顔を上げました。私の前には当然ながら両殿下と間違いなくゲームの攻略対象だった海棠さんが居て、ファビュラスでゴージャスな姉妹の妹さんが黒髪になって十二単を着たかのような絢爛華麗な美人さんが居ました。
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