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2章
7歳 -土の極日1-
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(この世界、耐震って概念はあるのかな……?)
思わずそんな事を思ってしまう程にヤマト国の大社の地下の空洞は、とても巨大なのに柱が少ない構造をしています。空洞中央の吹き抜けにある地上高くから地下深くまで貫いている巨大な黄金水晶柱に目が行きがちですが、その吹き抜け部分をぐるっと囲うようにあるボックス席も地下深くまで幾重にも続いていて、その様はまるでウィーン国立歌劇場を縦に幾つも繋げたかのように荘厳な造りです。
吹き抜けにある巨大な黄金水晶柱が外から取り込む太陽光を黄金色へと変えて地下全体を照らしていて、それだけでも息を飲む美しさなのですが、その美しさに加えて神職の方が祭壇で鳴らしている鈴の音が大空洞全体に反響し、その音が黄金の光の粒となって現れては煌めいて地下へとゆっくりと降りていく光景は言葉では表せない程の美しさです。何より大きさや種類の違う複数の鈴の音が複雑な和音で鳴り響くと、まるで黄金水晶柱自体が音を放っているかのように錯覚してしまいます。それほどまでに黄金色と鈴の音の親和性が高く、目に入る全てがとても幻想的なのです。
ただ……
今の私にとって、それらは全て催眠電波を発している敵でしかありません。空間全てを黄金色に染める美しい光も、前世の睡眠時の常夜灯の少し明るいバージョンにしか思えませんし、光の粒子は目がちかちかして目を瞑りたくなります。そして綺麗な鈴の音は、催眠術を掛けられているかのような気持ちになってしまいます。
私は富裕層の平民が入る事が出来る、数日前に下見した小さなボックス席にいますが、対岸の上部には寄付金などを納めないでも入れる極普通の平民の子供たちが大勢居て、煌めく光にざわついています。最初の頃は光の粒が自分の近くに現れる度に歓声を上げていたのですが、神職の方が注意をして今ではじっと耐えているようです。ボックス席では親や付き添いの召使なども一緒に居る事ができますが、大部屋状態の平民席は子供しか入れない為に下級神職の方が十数人、世話係として子供たちを見ているようです。その子供たち全員が牛若丸みたいな格好をした女児で、私自身も今は牛若丸のような格好をしています。古来から伝わる風習とはいえ、異性装は何だかソワソワしてしまって落ち着きません。兄上も5歳の時に異性装をしたはずですが、同じ気持ちだったのでしょうか……。
そのまま視線を下へと下げれば、すごく煌びやかな牛若丸がいっぱい居ます。此処より下は華族席になっていて、地下深くなればなるほど土の精霊の力が強まる=高位華族しか入れない席になっています。
(あっ、まずい。寝ちゃう……)
ここ数日。睡眠時間を削りすぎた所為か視線を下に向けた途端に一気に眠気が襲ってきて、一瞬でも気を抜くと意識を持っていかれそうになります。せっかく叔父上が揃えてくれた男児用の正装に、万が一にも涎を垂らすなんて事態は避けたいので、手のひらをつねったりして何とか意識を保つ努力をしているのですが、眠気はなかなか消えてくれません。
こんなに睡眠時間を削る羽目になったのは、茴香殿下と蒔蘿殿下の無茶ぶりが原因です。
両殿下に会った次の日。夜になってから蒔蘿殿下が再び私達の下へと尋ねてこられました。叔父上に聞いたところ、あの家は蒔蘿殿下の隠れ家らしく。詳しい事は話しを濁されてしまいましたが、恐らくヤマト国の王族が持つ隠し戸籍上の自宅なんだと思います。
日中、祭事にかかりきりだった蒔蘿殿下は少し疲れた顔で、手配できる食材や調味料のリストを持ってきてくれました。同時に私の一件が無ければ饗する予定の様々な料理の献立も書かれていて、ざっと目を通した感想としては和食のコース料理に近いようでした。そのメニューを見てちょっとした疑問を感じた私は、それをどう切り出したものかとまごついていると
「櫻ちゃんは人見知りするのかな?」
と蒔蘿殿下は優しく笑いかけてくれました。ですが私がまごついている最大の理由は不敬にあたる言葉遣いをどうやって避けるかという点なのです。前世では普通の高校生の経験しかないので、授業で習った程度の敬語しか使えませんし、この世界特有の言い回しなんてものも解りません。
「言葉遣いが……その、殿下に言って良い言葉か解らないので」
困ったように叔父上と殿下の顔を順に見て、しょぼんと肩を落として心配事を小声で漏らすと、蒔蘿殿下は少し驚いた顔をしてから
「ははははは、いや、そうか。うん、コホン、そうだね。笑っちゃ駄目だね。
そうかぁ、言葉遣いが気になっちゃったか。でも大丈夫。
俺は櫻ちゃんと友達になりたいから普通に話してくれて大丈夫だよ」
心底おかしそうに笑う蒔蘿殿下でしたが、咳払いをして一度笑い声を止めると大丈夫とニコリと笑って私の手を取ると、優しく包むようにして握ってきました。
「それにね。俺は確かに王族だけど櫻ちゃんは天女でしょ。
生まれながらの天女ってかなり特別でね。
その力の大きさにも寄るけど、王族とほぼ同等の地位があるんだよ。
ただ、そういった事を抜きにして櫻ちゃんとは友達になりたいな」
私の視線の高さに合わせるようにしてしゃがんだ蒔蘿殿下は、そう言うと私の手を取っていない左手でそっと頭を撫でてきました。
「お友達?」
「駄目かい?」
解りやすくしょぼーんと項垂れる蒔蘿殿下に、若干作為的なものを感じない訳ではないのですが、目の前でそうやって項垂れると私が何か悪い事をしてしまったみたいで焦ってしまいます。
「駄目じゃないです!
初めてのお友達、嬉しいです」
「じゃぁ、鬱金や山吹に話すのと同じように話してくれて良いよ。
友達だからね!」
キラーーン☆という効果音が聞こえてくるかのような眩しい笑顔は、ちょっと目と心臓に悪い気がします。それにしても家族以外を知らなかった私の初めてのお友達が、まさかの王位継承権持ちって予想外にも程があります。まぁ叔父上のお友達だからその延長で私とも仲良くしたいって事と、敬語を上手に使えない私を気遣っての事なんでしょうけれど。
「えと、じゃぁ遠慮なくお聞きしますけど、
この料理で緋の妃に伝えたい意図は何なんでしょう?
献立を見ると、どれもこれも王道から少し外れるモノばかりのようですが?
それに知らなかったとはいえ林檎酒を出したかった事などを踏まえると、
料理に何かしらの意図をこめようとしているのは明白ですが、
私にはそれがちょっと解らなくて……」
そうなんです、決しておかしくはない程度ではあるのですが全てのメニューが、王道の調理法から少し外れるモノばかりなんです。例えば魚料理一つとっても、焼き魚として出される事が多い魚をあえて煮魚にしていたり、石茸を使う事が多い料理に躍茸を使っていたりと、その年の収穫量などの関係で全く無い訳ではないけれど、ちょっとアレンジが入った料理ばかりでした。
「……これは驚いたな」
高校生が使える程度のなんちゃって敬語でOKという事に気が緩んだ私は、一気に色々と聞いてしまったのですが、それを聞いた蒔蘿殿下は目を真ん丸にしてしまいました。それに気付いた私は
「って、精霊さんが言っていましたっ!」
と慌てて付け足し、数年ぶりに必殺技「全て精霊さんの所為」を発動させました。
「あぁ、精霊様が……。
意思の疎通が可能ならそう言う事もあるか」
どうやら急遽発動させた必殺技でしたが、蒔蘿殿下には効いたようでホッと安心しました。母上たちの時にも思いましたが、水戸の御老公の印籠のような天下無敵の効き目です。
「少々事情があってな、緋の妃に協力を仰ぎたいのだが、
その為にも常道・常識が全てではないと思ってもらいたいんだ。
櫻ちゃん向きに簡単にいえば、食べ物で吃驚させたいってところかな」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑る殿下を視界から外して、自分の思考に集中します。ようは常識から逸脱した調理法や素材を使って緋の妃を驚かせたい、そこから常道や常識じゃない方法を模索したいというメッセージを伝えたいって事かな。更にいえば……
「それに加えて、緋色宮やヒノモト国と敵対する意思はないという意味で
香辛料や砂糖をたっぷり使う献立になっているんですね?」
「うん、そう言う事だよ」
ニコニコと良くできましたと言わんばかりに頭を撫でてくる蒔蘿殿下。なのでその流れで気になる事をもう一つ突っ込んでみます。
「全料理を通して塩を主に使う料理が無くて、
竹醤を使う料理が多いのはミズホ国の材料を避ける為ですか?」
「……いや、それは竹醤を広めたいからだよ。
それと竹醤じゃなくて醤油って言ってね、原料を隠したいから」
頭を撫でる手が一瞬止まったような気がしましたが、蒔蘿殿下の表情は変わっていないので気の所為なのでしょう。確かに来年から竹醤を本格的に普及させたいと叔父上は言っていました。今まではヤマト国王家の晩餐会でのみ使われる調味料という超が付くレベルの高級路線だったのです。というのも竹醤を「地図にすら乗らない秘境の村に伝わる門外不出の調味料」という肩書をつけた所為で、その調味料を謎の行商人が発見してヤマトに持ち込み、それを双子の王子が目敏く見つけたという事にしてあるからです。王宮の晩餐会に招待されなければ味わう事の出来ない高級な味わいとして、ここ数年で十分にその美味しさが口コミで広がり、来年は満を持して一般販売に踏み切るという事になっています。その為に製造方法は元より、竹の子が原料である事を知られないように名前も「醤油」へと変更になりました。
「ごめんなさい、醤油でしたね。
それで少し考えたのだけど、お料理はこのまま全てお任せして
料理の最後にお菓子を1~2品追加で出させてください」
恐らく殿下付きのプロの料理人が考えたであろう献立を、数日という短期間で全て私が考えて変更するのは現実的ではありません。出来るのは精々1~2品でしょうし、コース料理のバランスを考えたら流れの途中でいきなり私の料理を入れ込むのも良い手ではありません。
「菓子?
水菓子は出す予定だけど?」
と献立表をもう一度見て確認してから、水菓子と書かれた場所をトントンと指で示します。水菓子という字面から水分の多いお菓子を想像してしまいますが、実際には単なる果物です。この世界にも一応コース料理のような概念はありますし、食後に果物を食べる習慣は高位華族にはあります。ですが、私が出したいのは果物ではなくてデザートです。
「水菓子ではなくて、ちゃんとしたお菓子を出します。
精霊さんの力を使ったお菓子を」
アレなら全ての条件に当てはまるはず……。アレをあーしてこーして…………
「櫻、大丈夫かい?」
叔父上に優しく肩を揺さぶられて、ハッ!と気が付きました。
「ご、ごめんなさい、ちょっとだけ……その……」
慌てて手の甲で口元を拭いますが、幸いにも涎を垂らすなんて女の子にあるまじき寝顔は晒していなかったようです。夢の中で数日前の事をもう一度体験して、しかも頭の中でアレのレシピを再確認してしまいました。それぐらい全力で取り組んだアレは、試作を何回も重ねて今では叔父上も大丈夫と太鼓判を押すレベルにはなっています。後は殿下に試食してもらってOKを貰うだけです。
「ここ数日、頑張っていたからね。仕方がないよ。
後もう少しだから我慢して頑張りなさい。
どうしても駄目そうなら気分が悪くなったりする前に言うんだよ?」
心配そうにいう叔父上に頷いてから、「大丈夫です」と返してしっかりと前を見ます。相変わらず黄金水晶柱はキラキラと光っていて、今は鈴の音に加えて低く響く祝詞の声も合わさり大空洞に反響しては空気を震わせています。その祝詞の声が徐々に大きくなり、最後にパンッパンッという柏手の音が鳴った途端、地底から地上に向かって光が一気に駆けあがっていきました。それは祭典の間中、黄金色の光の中に現れては地底へと降りていった光の粒子が、一気に黄金水晶柱に添って天高くまで駆け上がっていったようで、先程までは目が痛いだの明るすぎる常夜灯だのと思っていた私も目を奪われてしまいました。上階の子供たちがキャーーと思わずはしゃぐ声を上げて、光に手を伸ばしています。
「あの光の粒が精霊の守護だと言われているんだよ。
あぁやって光を手のひらに乗せると、まるで雪のように解けて消えるんだけど
13歳までの間、仮の守りがあれで受けられると言われているんだ」
と叔父上が説明してくれました。という事は私は手を伸ばさなくて良いって事ですね。私にはすでに金さんも浦さんも桃さんもいるので、これ以上私を守護する精霊は必要ありませんから。
「さぁ、これで式典はおしまいだ。
本来なら宿に戻る予定だったんだけど……」
と叔父上はチラリと後ろを見ます。そこにはまるで付き人のようにして従う片喰さんが居て、その背後には影に潜むようにして忍冬さんも居ました。
「お嬢様、大変申し訳ありませんが……」
と、言葉通りに申し訳ない表情をしながらもしっかりと大きな布袋の口を広げる忍冬に、私は大きな溜息を一つ吐いてしまったのでした。
思わずそんな事を思ってしまう程にヤマト国の大社の地下の空洞は、とても巨大なのに柱が少ない構造をしています。空洞中央の吹き抜けにある地上高くから地下深くまで貫いている巨大な黄金水晶柱に目が行きがちですが、その吹き抜け部分をぐるっと囲うようにあるボックス席も地下深くまで幾重にも続いていて、その様はまるでウィーン国立歌劇場を縦に幾つも繋げたかのように荘厳な造りです。
吹き抜けにある巨大な黄金水晶柱が外から取り込む太陽光を黄金色へと変えて地下全体を照らしていて、それだけでも息を飲む美しさなのですが、その美しさに加えて神職の方が祭壇で鳴らしている鈴の音が大空洞全体に反響し、その音が黄金の光の粒となって現れては煌めいて地下へとゆっくりと降りていく光景は言葉では表せない程の美しさです。何より大きさや種類の違う複数の鈴の音が複雑な和音で鳴り響くと、まるで黄金水晶柱自体が音を放っているかのように錯覚してしまいます。それほどまでに黄金色と鈴の音の親和性が高く、目に入る全てがとても幻想的なのです。
ただ……
今の私にとって、それらは全て催眠電波を発している敵でしかありません。空間全てを黄金色に染める美しい光も、前世の睡眠時の常夜灯の少し明るいバージョンにしか思えませんし、光の粒子は目がちかちかして目を瞑りたくなります。そして綺麗な鈴の音は、催眠術を掛けられているかのような気持ちになってしまいます。
私は富裕層の平民が入る事が出来る、数日前に下見した小さなボックス席にいますが、対岸の上部には寄付金などを納めないでも入れる極普通の平民の子供たちが大勢居て、煌めく光にざわついています。最初の頃は光の粒が自分の近くに現れる度に歓声を上げていたのですが、神職の方が注意をして今ではじっと耐えているようです。ボックス席では親や付き添いの召使なども一緒に居る事ができますが、大部屋状態の平民席は子供しか入れない為に下級神職の方が十数人、世話係として子供たちを見ているようです。その子供たち全員が牛若丸みたいな格好をした女児で、私自身も今は牛若丸のような格好をしています。古来から伝わる風習とはいえ、異性装は何だかソワソワしてしまって落ち着きません。兄上も5歳の時に異性装をしたはずですが、同じ気持ちだったのでしょうか……。
そのまま視線を下へと下げれば、すごく煌びやかな牛若丸がいっぱい居ます。此処より下は華族席になっていて、地下深くなればなるほど土の精霊の力が強まる=高位華族しか入れない席になっています。
(あっ、まずい。寝ちゃう……)
ここ数日。睡眠時間を削りすぎた所為か視線を下に向けた途端に一気に眠気が襲ってきて、一瞬でも気を抜くと意識を持っていかれそうになります。せっかく叔父上が揃えてくれた男児用の正装に、万が一にも涎を垂らすなんて事態は避けたいので、手のひらをつねったりして何とか意識を保つ努力をしているのですが、眠気はなかなか消えてくれません。
こんなに睡眠時間を削る羽目になったのは、茴香殿下と蒔蘿殿下の無茶ぶりが原因です。
両殿下に会った次の日。夜になってから蒔蘿殿下が再び私達の下へと尋ねてこられました。叔父上に聞いたところ、あの家は蒔蘿殿下の隠れ家らしく。詳しい事は話しを濁されてしまいましたが、恐らくヤマト国の王族が持つ隠し戸籍上の自宅なんだと思います。
日中、祭事にかかりきりだった蒔蘿殿下は少し疲れた顔で、手配できる食材や調味料のリストを持ってきてくれました。同時に私の一件が無ければ饗する予定の様々な料理の献立も書かれていて、ざっと目を通した感想としては和食のコース料理に近いようでした。そのメニューを見てちょっとした疑問を感じた私は、それをどう切り出したものかとまごついていると
「櫻ちゃんは人見知りするのかな?」
と蒔蘿殿下は優しく笑いかけてくれました。ですが私がまごついている最大の理由は不敬にあたる言葉遣いをどうやって避けるかという点なのです。前世では普通の高校生の経験しかないので、授業で習った程度の敬語しか使えませんし、この世界特有の言い回しなんてものも解りません。
「言葉遣いが……その、殿下に言って良い言葉か解らないので」
困ったように叔父上と殿下の顔を順に見て、しょぼんと肩を落として心配事を小声で漏らすと、蒔蘿殿下は少し驚いた顔をしてから
「ははははは、いや、そうか。うん、コホン、そうだね。笑っちゃ駄目だね。
そうかぁ、言葉遣いが気になっちゃったか。でも大丈夫。
俺は櫻ちゃんと友達になりたいから普通に話してくれて大丈夫だよ」
心底おかしそうに笑う蒔蘿殿下でしたが、咳払いをして一度笑い声を止めると大丈夫とニコリと笑って私の手を取ると、優しく包むようにして握ってきました。
「それにね。俺は確かに王族だけど櫻ちゃんは天女でしょ。
生まれながらの天女ってかなり特別でね。
その力の大きさにも寄るけど、王族とほぼ同等の地位があるんだよ。
ただ、そういった事を抜きにして櫻ちゃんとは友達になりたいな」
私の視線の高さに合わせるようにしてしゃがんだ蒔蘿殿下は、そう言うと私の手を取っていない左手でそっと頭を撫でてきました。
「お友達?」
「駄目かい?」
解りやすくしょぼーんと項垂れる蒔蘿殿下に、若干作為的なものを感じない訳ではないのですが、目の前でそうやって項垂れると私が何か悪い事をしてしまったみたいで焦ってしまいます。
「駄目じゃないです!
初めてのお友達、嬉しいです」
「じゃぁ、鬱金や山吹に話すのと同じように話してくれて良いよ。
友達だからね!」
キラーーン☆という効果音が聞こえてくるかのような眩しい笑顔は、ちょっと目と心臓に悪い気がします。それにしても家族以外を知らなかった私の初めてのお友達が、まさかの王位継承権持ちって予想外にも程があります。まぁ叔父上のお友達だからその延長で私とも仲良くしたいって事と、敬語を上手に使えない私を気遣っての事なんでしょうけれど。
「えと、じゃぁ遠慮なくお聞きしますけど、
この料理で緋の妃に伝えたい意図は何なんでしょう?
献立を見ると、どれもこれも王道から少し外れるモノばかりのようですが?
それに知らなかったとはいえ林檎酒を出したかった事などを踏まえると、
料理に何かしらの意図をこめようとしているのは明白ですが、
私にはそれがちょっと解らなくて……」
そうなんです、決しておかしくはない程度ではあるのですが全てのメニューが、王道の調理法から少し外れるモノばかりなんです。例えば魚料理一つとっても、焼き魚として出される事が多い魚をあえて煮魚にしていたり、石茸を使う事が多い料理に躍茸を使っていたりと、その年の収穫量などの関係で全く無い訳ではないけれど、ちょっとアレンジが入った料理ばかりでした。
「……これは驚いたな」
高校生が使える程度のなんちゃって敬語でOKという事に気が緩んだ私は、一気に色々と聞いてしまったのですが、それを聞いた蒔蘿殿下は目を真ん丸にしてしまいました。それに気付いた私は
「って、精霊さんが言っていましたっ!」
と慌てて付け足し、数年ぶりに必殺技「全て精霊さんの所為」を発動させました。
「あぁ、精霊様が……。
意思の疎通が可能ならそう言う事もあるか」
どうやら急遽発動させた必殺技でしたが、蒔蘿殿下には効いたようでホッと安心しました。母上たちの時にも思いましたが、水戸の御老公の印籠のような天下無敵の効き目です。
「少々事情があってな、緋の妃に協力を仰ぎたいのだが、
その為にも常道・常識が全てではないと思ってもらいたいんだ。
櫻ちゃん向きに簡単にいえば、食べ物で吃驚させたいってところかな」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑る殿下を視界から外して、自分の思考に集中します。ようは常識から逸脱した調理法や素材を使って緋の妃を驚かせたい、そこから常道や常識じゃない方法を模索したいというメッセージを伝えたいって事かな。更にいえば……
「それに加えて、緋色宮やヒノモト国と敵対する意思はないという意味で
香辛料や砂糖をたっぷり使う献立になっているんですね?」
「うん、そう言う事だよ」
ニコニコと良くできましたと言わんばかりに頭を撫でてくる蒔蘿殿下。なのでその流れで気になる事をもう一つ突っ込んでみます。
「全料理を通して塩を主に使う料理が無くて、
竹醤を使う料理が多いのはミズホ国の材料を避ける為ですか?」
「……いや、それは竹醤を広めたいからだよ。
それと竹醤じゃなくて醤油って言ってね、原料を隠したいから」
頭を撫でる手が一瞬止まったような気がしましたが、蒔蘿殿下の表情は変わっていないので気の所為なのでしょう。確かに来年から竹醤を本格的に普及させたいと叔父上は言っていました。今まではヤマト国王家の晩餐会でのみ使われる調味料という超が付くレベルの高級路線だったのです。というのも竹醤を「地図にすら乗らない秘境の村に伝わる門外不出の調味料」という肩書をつけた所為で、その調味料を謎の行商人が発見してヤマトに持ち込み、それを双子の王子が目敏く見つけたという事にしてあるからです。王宮の晩餐会に招待されなければ味わう事の出来ない高級な味わいとして、ここ数年で十分にその美味しさが口コミで広がり、来年は満を持して一般販売に踏み切るという事になっています。その為に製造方法は元より、竹の子が原料である事を知られないように名前も「醤油」へと変更になりました。
「ごめんなさい、醤油でしたね。
それで少し考えたのだけど、お料理はこのまま全てお任せして
料理の最後にお菓子を1~2品追加で出させてください」
恐らく殿下付きのプロの料理人が考えたであろう献立を、数日という短期間で全て私が考えて変更するのは現実的ではありません。出来るのは精々1~2品でしょうし、コース料理のバランスを考えたら流れの途中でいきなり私の料理を入れ込むのも良い手ではありません。
「菓子?
水菓子は出す予定だけど?」
と献立表をもう一度見て確認してから、水菓子と書かれた場所をトントンと指で示します。水菓子という字面から水分の多いお菓子を想像してしまいますが、実際には単なる果物です。この世界にも一応コース料理のような概念はありますし、食後に果物を食べる習慣は高位華族にはあります。ですが、私が出したいのは果物ではなくてデザートです。
「水菓子ではなくて、ちゃんとしたお菓子を出します。
精霊さんの力を使ったお菓子を」
アレなら全ての条件に当てはまるはず……。アレをあーしてこーして…………
「櫻、大丈夫かい?」
叔父上に優しく肩を揺さぶられて、ハッ!と気が付きました。
「ご、ごめんなさい、ちょっとだけ……その……」
慌てて手の甲で口元を拭いますが、幸いにも涎を垂らすなんて女の子にあるまじき寝顔は晒していなかったようです。夢の中で数日前の事をもう一度体験して、しかも頭の中でアレのレシピを再確認してしまいました。それぐらい全力で取り組んだアレは、試作を何回も重ねて今では叔父上も大丈夫と太鼓判を押すレベルにはなっています。後は殿下に試食してもらってOKを貰うだけです。
「ここ数日、頑張っていたからね。仕方がないよ。
後もう少しだから我慢して頑張りなさい。
どうしても駄目そうなら気分が悪くなったりする前に言うんだよ?」
心配そうにいう叔父上に頷いてから、「大丈夫です」と返してしっかりと前を見ます。相変わらず黄金水晶柱はキラキラと光っていて、今は鈴の音に加えて低く響く祝詞の声も合わさり大空洞に反響しては空気を震わせています。その祝詞の声が徐々に大きくなり、最後にパンッパンッという柏手の音が鳴った途端、地底から地上に向かって光が一気に駆けあがっていきました。それは祭典の間中、黄金色の光の中に現れては地底へと降りていった光の粒子が、一気に黄金水晶柱に添って天高くまで駆け上がっていったようで、先程までは目が痛いだの明るすぎる常夜灯だのと思っていた私も目を奪われてしまいました。上階の子供たちがキャーーと思わずはしゃぐ声を上げて、光に手を伸ばしています。
「あの光の粒が精霊の守護だと言われているんだよ。
あぁやって光を手のひらに乗せると、まるで雪のように解けて消えるんだけど
13歳までの間、仮の守りがあれで受けられると言われているんだ」
と叔父上が説明してくれました。という事は私は手を伸ばさなくて良いって事ですね。私にはすでに金さんも浦さんも桃さんもいるので、これ以上私を守護する精霊は必要ありませんから。
「さぁ、これで式典はおしまいだ。
本来なら宿に戻る予定だったんだけど……」
と叔父上はチラリと後ろを見ます。そこにはまるで付き人のようにして従う片喰さんが居て、その背後には影に潜むようにして忍冬さんも居ました。
「お嬢様、大変申し訳ありませんが……」
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