未来樹 -Mirage-

詠月初香

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2章

7歳 -無の月3-

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「私、前もって教えてねって言ったばかりだよね?」

仁王立ちになる私の前には桃さんが座っているのですが、プイッとそっぽを向いてしまいました。

「もーもーさーんー?」

背けた顔を覗き込もうと周り込むと、再びプイッと反対を向かれてしまいます。ムッとした私は両手で桃さんの頬を挟むと、問答無用で顔をこちらに向けさせて視線を合わせました。私の腕力と桃さんの首の力だと桃さんの方が勝つのでしょうが、桃さんは全力で抵抗する気は無かったようで

「俺様そっちのけでお前たちだけ美味いめしを喰うなんてずるいだろ。
 もう金や浦の所為で段取りなんて無いも同然なんだし、
 俺様だって一緒に飯が喰いたい!」

と私の顔をしっかりと見て自分は何も悪くないと言い放つ桃さんにクラリと眩暈がします。眩暈はするものの、私は意識して視線を桃さんに固定し続けました。何せ殿下たちがどういう表情になっているのか、怖すぎて後ろを見て確認できないのです。

「でも、それは仕方ないって桃さんも納得したよね?
 それに殿下たちに出す料理は後日、同じものを桃さんにも出すし、
 それとは別に新作の甘味を作って真っ先に桃さんに食べてもらうって事で
 納得してくれたよね?」

「だけどさ、他の奴らもいずれ食べるんじゃ俺様だけ損じゃね?」

どんだけ食い意地が張ってるのっ!と突っ込みを入れたいけれど、様々な事情の所為で三太郎さんの中で桃さんだけが除外される事が多いのも事実です。その事に関しては申し訳ないという気持ちがありますし、自分だけ仲間外れになってしまう桃さんの苛立ちも解らなくはありません。ですが「では何のための話し合いだったのよ」と言いたくなる私の気持ちもわかってほしいところです。

前世の頃からそうでしたが、私はこういったイレギュラーな事が起こった時の対応力が著しく低いんですよね。なので「どうしよう」という単語だけが頭の中をグルグルと堂々巡りを始め、気持ちがどんどんと焦ってしまいます。

「落ち着け、櫻。
 我らとて後先考えずに思いつきで行動した訳ではない」

そんな私を見かねたのか金さんが近づいてきて、私の頭を撫でながら話しかけてきました。そして視線をスッと私の後ろに居るであろう殿下たちへと向けます。

鬱金うこんを通じて此処へ足を踏み入れる条件は伝えたはず。
 此処へ参ったという事は条件を飲んだという事に相違ないな?」

と金さんが殿下たちに問いかけると

「「はっ、相違ありません」」

と即座に二人の殿下の声が揃って聞こえました。いつのまに条件なんて話し合っていたのか……。私は全く知りませんでした。

「条件って??」

そんな私の疑問に答えてくれたのは浦さんでした。

「提示した条件は幾つかありますが、一番重要な事は
 ここで見聞きした事は私達の許可なく一切外に漏らさらない事ですね。
 此処の様々な施設や道具は勿論、櫻……あなたに関する事も」

そう微笑みながら教えてくれた内容は、確かに必要な条件だなと納得できるものでした。殿下たちだって母上たちを危険には晒したくないでしょうから、そうそう情報の流出なんて事は起こらないとは思うのですが、念には念を入れて条件を提示した感じなんでしょうね。

ただ、そんな私の(うんうん納得)なんていう気分を吹き飛ばしたのは、続いて説明してくれた金さんで

「それに反した場合、ありとあらゆる災いが二人を襲い、
 最悪の場合は命を失う事も覚悟をせよ……と申し渡してある」

と、とんでもなく物騒な事を言いだしました。

「えっ?!」

思わず絶句して金さんを見上げますが、当の金さんは

「当然であろう? 我らにとって一番大事なのはそなたの安全なのだから。
 そもそも約定やくじょうたがえなければ良いだけの事、何が問題なのだ?」

と、むしろ驚く私の方がおかしいと不思議そうな表情です。金さんたちの言い分も解りますが、命がけの約束って……。

「勿論、約定を違える気はありません。
 我らとて碧宮家の方々を守りたい気持ちに嘘偽りは無く……。
 ただ、色々と驚きが先立ってしまい不作法を致しました。
 精霊様方には深くお詫び申し上げます」

そう言ったのは胡坐座りで拳を床につけて深く頭を下げた茴香ういきょう殿下でした。そのすぐ後ろでは同じように蒔蘿じら殿下も頭を下げています。

「構わぬ。驚くのは致し方ない。
 我らとて本来ならばありえぬ事態だという事は自覚しておる。
 ただそなたらが約定を守り櫻に害を与えなれば……我らはそれで良いのだ」

金さんがそう言うと、ホッとしたのか殿下たちが纏う空気が緩みました。その空気感の違いから、今まで両殿下がかなり緊張し、同時に警戒していた事が解りました。

ただ、それだけ緊張や警戒をしていても先程急に桃さんが現れた時は金さんや浦さんが現れた時とは違って、殿下たちは周囲を見る余裕があったようです。そして母上や叔父上たちが全く慌てていない事を瞬時に確認した二人は、警戒はしつつも落ち着いた行動を選択しました。

情けない事ですが……
イレギュラーな事態が起きた時にすぐにテンパってしまう私と、逆に冷静になる殿下たちという対比が……。王族って凄いですね。




「さぁさぁ、皆さま。とにかく夕餉に致しましょう。
 金様、浦様、桃様もお座りくださいませ。
 殿下たちも此方へどうぞ」

パンッ!と手を叩いてからニッコリ笑顔でつるばみがテーブルに着くように促しました。続いて母上も

「そうですね。殿下たちも色々と聞きたい事がおありでしょうが、
 今日のところはゆっくりとお身体を休めてください。
 お食事の後、お部屋に案内致しますから。明日、ゆっくりとお話しましょう」

と殿下と三太郎さんの話し合いを切り上げてしまいました。普段の母上たちなら、三太郎さんの話しを切り上げるなんて事は絶対にしません。ですが付き合いの浅い私から見ても解るほどに、殿下たちの空気が緩んだ瞬間に見えた色濃い疲れ。なので適切な判断だったと思います。三太郎さんたちも異論は無かったようで、ようやく落ち着いて座る事ができました。


その後、出された食事の味付けの多彩さに驚かれたり、お米を蒸さずに炊いた所為で柔らかく仕上がったご飯に体調の心配をされたり、初めてみる形状の歯ブラシや竹炭の粉末に塩を混ぜた歯磨き粉に顔をしかめられたり、案内した部屋の作りに質問したそうにソワソワされたり、ウォーターベッド御帳台や羽毛布団に触れた途端に目をキラキラされたりと色々とありましたが、殿下たちは自重という言葉を知っていたようで、とりあえず今日の所は大人しく就寝してくれました。




次の日。
我が家では旅から戻ってきた翌日はしっかりと休むことが仕事という事になっているので、叔父上や殿下たちはゆっくりと朝寝坊して貰う事になっていました。ところが10時過ぎには起きてきた叔父上とは違い、殿下たちはお昼ご飯の準備が終わる頃になっても起きてきません。

私達も初めてウォーターベッド御帳台で寝た時はガッツリ寝過ごしたので、こうなる予感はしていました。特に寒さが厳しい今の時期だと、温水によって適度に温かいウォーターベッド御帳台は起床が苦痛に思える程に心地よく……。私も七五三から戻ってきた時には、疲れていた事もあって3度寝してしまった程です。

仕方なく叔父上が起こしに行ったのですが、扉の外から声をかけても起きず。中に入って身体を揺すってようやく起きたのだとか。当の殿下たちも自分たちがこんなにも深く眠ってしまうなんて思いもしていなかったようで、少しの間呆然としていました。王宮にある自室ですらこんなに熟睡した事は無く、ましてや声をかけられても起きなかったなんて事は今まで一度も無かったんだとか。

それぐらいウォーターベッド御帳台の寝心地が良かったって事なんでしょうね。




そんなこんなで昼食後、ようやく話し合いの場が整いました。両殿下や大人組に加えて、私や兄上までもが囲炉裏テーブルを囲んで座ります。大人たちの話し合いに私と兄上が加わるのは場違いな気がしないでもないですが、三太郎さんが揃って参加する為に私も参加せざるを得ないのです。

基本的に三太郎さんは心配性で、3人のうち誰か一人は必ず私と一緒に居ます。そこに殿下というイレギュラーな存在がもたらすトラブルの可能性を考えたら、子供だけを目の届かない場所に行かせるなんていう選択肢はありません。勿論殿下たちが敵を呼び込むと思っている訳ではなく、殿下たちが気付かないうちに後をつけれれていて……とか、何かしらの技術で殿下の位置を探られたら……という万が一を警戒してのことです。


さて、そんな訳で始まった話し合いですが……
殿下たちの話しを聞いて解った事は、殿下たちが此処に来た理由が「母上たちが心配だったから」というのは間違いないのですが、それが全てではなく……。此処で作られた様々な品への好奇心と、出来れば自分たちも使いたい、更に欲を言えば作りたいという気持ちがあったようでした。

「ふむ……。そなたらの言いたい事は解った。
 だがそなたらに伝えて良い品は既に鬱金や山吹が持ち出しておる。
 逆を申せば鬱金や山吹が商品として持ち出しておらぬという事は
 山を下ろしてはならぬと止めおいた物だ」

金さんが両殿下の切望ともいえる視線を一刀両断しました。酷なようですが私自身も過去に通った道です。何とかお金になる品を作って皆に喜んで貰いたいと色々と作りましたが、三太郎さんの許可が下りた品は1割程にしかなりません。

「精霊様の御力によって作られた物が駄目な事は解っております。
 ですが、それ以外の品でも駄目なのでしょうか?」

茴香殿下が食い下がりますが、私が作った品で三太郎さんの手が掛かっていない物なんて無いに等しいのです。

「あの不思議な素材で出来ている透明の蔀戸しとみどなどは無理でしょうか?」

蒔蘿殿下も食い下がります。窓ガラスの代用品として作ったアレは……と頭の中で製造工程を思い返します。アレは土蜘蛛の糸を加工して作った糸とべとべとさんの殻から作られた撥水液とで作ります。あっ、その撥水液が駄目ですね。べとべとさんの殻の撥水部分を液状化させるのに、浦さんの技能「溶解」が必要になります。土蜘蛛の糸から作られる3種類の糸だけならどうにかなるんだけどなぁ……。

その後も水道やシャワーといった上水道や、トイレをはじめとした下水道。水力ケーブルカーや床下温水暖房といった大きな施設から、歯ブラシや押上式石鹸水容器といった小さな道具まで、殿下たちは次々と気になる品の名を挙げていきますが、どれもこれも三太郎さんの力が必要な物ばかりです。三太郎さんに断られ続けた両殿下が、徐々に意気消沈していくのが解ります。

「殿下たちは何をそんなに焦っておられるのですか?
 確かに精霊様が御作りになられた品々は素晴らしいものばかりですが、
 殿下たちが今すぐ必要とするような物は少ないように思いますが……」

母上が不思議そうに首を傾げながら両殿下に尋ねました。確かに両殿下は王宮というこの世界でもトップレベルの良い環境で生活を送っています。なのに何故?と思うのも当然です。ここで使ってみてから「アレが欲しい」と思うのは解りますが、両殿下の話しぶりだと此処に来る前から「何かが欲しい」と思っているようでした。

「それは……。
 私はこの度、陛下からアスカ村近くに領土を賜りました。
 そこに新たな技術を研究する施設を作る予定なのですが、
 早急に衛士えじ志能備しのびを大勢配置する実績が欲しいのです」

そう意を決したように言う茴香殿下に、今まで黙って聞いていた山吹が

「姫様を守るため……という事か」

と、問いかけというよりは確認に近い口調で呟きました。それに蒔蘿殿下がコクリと頷いてから

「あぁ、アスカ村周辺を徹底して守れば、ここに近づく事は困難になる。
 ただ……、国境ではない辺境の地を頑強に守るには相応の理由が居る。
 それに衛士だけでなく志能備も必要だと考えた時、
 一番疑われない理由が技術開発とその情報の保護だったんだ」

殿下たちは本当に母上たちの事を大切に思ってくれているようで、何だか私までもが嬉しくなってしまいます。確か母上たちと殿下たちは、其々の父親同士がはとこだったと記憶しています。つまり数代遡ったところで血がつながる血族になるんだそうです。だからという事もあるでしょうし、幼い頃からの友人だからという事もあるのだと思います。

「理由は解った。……が、それだけか?」

ずっと目を瞑って聞いていた金さんが、目を開いて両殿下を見据えました。その圧にほんの少しだけ息を飲む両殿下でしたが、流石は王族といった感じで表情を変える事はありませんでした。

「精霊様に嘘を申し上げる事は罪深き事。
 なので正直に申し上げれば、先程述べた理由が9割9分を占めますが
 精霊様の作られた品を自分の手で再現したいという欲求がある事も確かです」

しっかりと金さんの顔を見返して自分の心情を話す茴香殿下に、「ブハッ」と噴き出すようにして桃さんが笑い出しました。

「自分の求めるモノと為すべきコト。それらを追い求め突き詰める。
 俺様、そういうヤツは嫌いじゃないぜ」

と自分の膝をパシッと叩いてご機嫌な桃さんに対し、

「私は基本的に反対なんですけどねぇ……」

と苦笑しながら溜息と一緒に諦めたように言う浦さんですが、基本的にという事は例外はアリって事に他ならず。

「我らの技を人の子のそなたらが再現する事は難しかろう……。
 だが、少しだけならば手を貸す事を考えてやっても良い。
 ただし鬱金が伝えし条件とは別に、更なる追加条件がある」

「追加条件に御座いますか?」

金さんの言葉に希望を見た殿下たちがパッと顔を上げますが、追加条件という言葉に少し戸惑いを感じているようです。でも金さんはそんな殿下がたの戸惑いを無視して

「あぁ、そうだ。妖を倒す為の組織「兵座つわものざ」を作り、
 その兵でもって様々な妖を倒すのならば、手を貸してやっても良い」

と追加条件を提示した結果、殿下たちは更に戸惑いを深め、私は唐突な提案に思わず目が点になってしまうのでした。
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