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2章
10歳 -土の陽月1-
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「櫻ちゃん、久しぶりだね。随分と大きくなった……よね?」
「何で疑問形なんですか!」
約3年ぶりに再開した蒔蘿殿下の口から真っ先に飛び出した言葉に、思わず全力で反論してしまいました。ちゃんと大きくなってますよっ!!
「蒔蘿……。気持ちは解るが、そう思ったとしても口には出すな」
ペチッと裏拳で蒔蘿殿下のみぞおち辺りへツッコミを入れるようにして注意する茴香殿下ですが、それって茴香殿下も同じことを思っていたって事でよろしいでしょうか?
「どうやら殿下たちは私が作ってきたお菓子が要らないご様子……。
私達だけで食べる事にしますっ!!」
久しぶりの再会に張り切って作ってきたというのに、そっぽを向いて抗議します。
「あぁーあ、今日作ってきたお菓子は家族以外には初公開で、
その家族みーんなが絶賛してくれたお菓子なのに。
殿下たちに食べてもらえないなんて、残念だなぁ」
「ごめんっ! 待って待って!」
「えっ、あっ、すまん!」
大げさに溜息をついてから、両手で持っていた箱を斜めにしないように気をつけながらも殿下たちに背を向けます。途端に蒔蘿殿下はもちろん、甘い物がそこまで得意ではない茴香殿下までもが大慌てで「ごめん」とか「すまん」だとか謝罪を始めました。
自分の中のもやもやを上手く表現できないのですが、本気で怒っている訳ではないのです。殿下たちに悪気が無い事は解っていますし、私が同年齢の子と比べて格段に小さいことも事実です。何せ私の今の身長は小さめの7歳ぐらいですから。
でもそれを指摘されると、胸がキュッとなるほどに苦しいのです。だって私の身体が小さい事を母上たちがとても心配して色々と手を尽くしてくれているのに、どんなに努力しても私の体は平均的なサイズになってくれないんですから。その母上の心配そうな顔を思い出して、不覚にも涙が滲みそうになるのを必死にこらえます。
それに関所を通る度に疑いの眼差しを向けられてしまう事も叔父上に申し訳ないですし、手続きに時間がかかる事も少し面倒にも感じてしまっています。まぁ、簡単に言えばコンプレックスになってしまっているんでしょうね。だから出来れば触れられたくないなぁと……。
もしかして……。
魂が異世界生まれだと身体が成長しづらい罠があったりするのかなぁ。
「そこまでだ。ほら、まずはちゃんとご挨拶をしなくては」
パンパンと手を叩いて場の空気を変えたのは叔父上でした。
「久しぶりだな、茴香、蒔蘿。それから後で話しがある。
そんなに時間は取らせないから、片喰や忍冬も安心してくれ」
「わ……解った」
叔父上の挨拶を受けた両殿下の頬が、若干引きつったように見えます。どうしたのかとすぐ横に立つ叔父上を仰ぎ見れば、何時もと同じ優しい笑顔を浮かべた叔父上が「どうかしたか?」と表情で尋ねてきました。てっきり叔父上が怖い顔でもしていたのかと思っていたのに……と頭にいっぱい疑問符を浮かべて首を傾げてしまいます。
「茴香殿下、蒔蘿殿下、ご無沙汰しております」
叔父上に続いて兄上も頭を下げて挨拶をしました。ここでようやく殿下たちも本来の調子に戻ったようで
「槐君も久しぶりだね。そして精霊確定の儀、おめでとう」
「ありがとうございます」
やっと穏やかな挨拶のやりとりができました。本来なら私が話し始める前に、叔父上、兄上の順で殿下たちに挨拶をしなくてはならなかったのですが、中庭に入った途端に蒔蘿殿下の方から声をかけられてしまったので、挨拶するタイミングを逃してしまっていたんですよね。
懐かしい地下庭園の中庭。そうここは3年前に叔父上と二人でやってきた蒔蘿殿下の隠れ家の中庭です。行き先がここだと聞いた時、また前回の時と同じく袋詰めにされるのかと思って少し逃げ出したい気分になりましたが、今回は商品を納入する商人としてここを訪れる事が出来たのでホッと胸を撫でおろしました。途中で何度も馬車を乗り換えたり上着を交換したりしましたが、それぐらいなら許容範囲です。
何より袋詰めにされての移動だと色々と確認できないので、どうしようかと思っていたんですよね。袋詰めを免れたおかげで、乗り換えに次ぐ乗り換えで忙しなかったもののしっかりと町の中の様子を確認する事ができました。通りを彩る横断幕に書かれている文字の色が青色という事は、今年は蒼の妃の菖蒲様が来られるのだと思います。その通りを行き交う人の表情はみな明るく、何かしらの疫病が流行の兆しを見せているようには思えません。みんな笑顔で土の極日を心待ちにしている風情です。
良かった……。これで本当に安心です。
そう思いながらこの蒔蘿殿下の隠れ家にやってきたのです。
「櫻、今日の陽気だとせっかくの菓子が駄目になってしまうかもしれない。
着いて早々にすまないが、切り分けてきてくれないかな?」
「そうだね。それが良いよ。
せっかく櫻が朝から頑張って作ってくれたんだから美味しく頂きたいしね」
「え? あ、はい。解りました」
叔父上と兄上からの急なお願いに面食らいましたが、確かに今日は土の陽月に入ったというのに気温が少し高く……。何種類か持って来ているお菓子の中には、冷えていた方が美味しいものもあるので、早く切り分けてお出しした方が良さそうではあります。
「では私がご案内致しますね」
殿下たちに退室の挨拶をしてから、ほんわか穏やかな笑顔の片喰さんの後を付いて厨へと向かいました。今、この隠れ家に居るのは茴香殿下と蒔蘿殿下、それから其々の筆頭随身である忍冬さんと片喰さん、それに叔父上と兄上と私という7人です。私と兄上以外の4人は幼馴染で、両殿下とは叔父上が3歳の頃から、随身の2人とは叔父上が5歳の頃からの友人なんだそうです。その為、他人の目が一切ないプライベートな場所&仕事中じゃない時には上下関係ではなく、友人として付き合っているんだとか。
「櫻ちゃんは叔父さんに怒られた事はある?」
新作のケーキを切り分け終えて、次に焼いてきたクッキーを大皿に綺麗に並べていたら、片喰さんがそんな事を言いだしました。
「え? 叔父上にですか??
うーーん、注意されたり指導されたりする事はありますが、
怒られた事は無いと思います」
「そうなんだ、櫻ちゃんは良い子なんだね。
実はね、櫻ちゃんの叔父さんは滅多に怒らないんだけど
怒った時は本当に怖いんだ。たぶん俺達の中で一番怖いよ」
パウンドケーキを切り分けていた片喰さんが、大きく溜息をつきながらチラリと中庭の方へと視線を向けました。
「さっきの鬱金、あれ、怒っている時の笑い方なんだよね」
「えっ?! 叔父上、何時もと同じ笑顔でしたよ??」
先程の叔父上の顔を思い返してみても、何時もと全く同じ表情でした。それとも何時も怒っていたのでしょか??
「それは当然だろう。櫻嬢に向けては何時もの笑顔に戻していたからな」
忍冬さんが苦笑いしながら厨の入口の暖簾をくぐって入ってきました。
「あちらはどうだ?」
「鬱金の雷が落ちただけでなく
槐君にまで窘められて、殿下たちは絶賛反省中だ」
「兄上も?!」
どうやら私が居ない間に叔父上や兄上が殿下に注意していたようで……。嬉しいという気持ちもありますが、何より申し訳なくてソワソワしてしまいます。
「うーん、ただね殿下たちに悪気は無いんだよ。
勿論悪気が無ければ何をしても良いって事じゃないのは当然だけどね。
あと、ちょっとした事情もあったし……」
仕方ないなぁという顔つきの片喰さんの言葉に、私も同じような表情で頷き、
「解ってます。殿下たちに悪気が無いって事は。
ただ……私が平均より小さい事は事実だけど、
何時も心配してくれる家族に申し訳ない気持ちになるから、
言わないでほしいなって思って……」
「うん、そうだね。そこは殿下たちが悪かったね」
片喰さんにぽんぽんと頭を撫でられ、
「櫻嬢も気を取り直して。
みんなが待ってるぞ。急いで菓子を持って行こう」
忍冬さんには背中を少し強めにポンッ!と叩かれ、私は「はい!」と大きく返事をしたのでした。
地下庭園の中央にある浮見堂のような建物。その中央にあるテーブルに、これでもかと大量のお菓子が並びます。これらのお菓子は殿下へのお土産という意味が一番大きいのですが、同時に舌の肥えている殿下たちに味見をしてもらって来年以降の商品開発に繋げる予定だったりもします。7人全員がテーブルに付き、お茶を淹れたりお皿を渡したりと、先程までとは違って和気あいあいとした雰囲気です。
「それでは順に説明させていただきます。
白い皿の菓子は、牛の乳を固めた物を主原料とした焼き菓子です。
次の白地に青線が入った皿は同じく牛の乳を主原料にしていますが、
こちらは寒天で固めたモノで、上に黄金桃の薄切りを花のように並べました。
最後は大皿になりますが、
果物の皮の砂糖漬けを練り込んで薄く伸ばした焼き菓子と、
以前にお出しした事のある木の実を混ぜ込んだ焼き菓子になります。
寒天を使った菓子は冷えている方が美味しいので、
まずはそれからお召し上がりください」
家では巨大なエゾモモンガそっくりの動物、毛美のミルクからクリームチーズを作っていたのですが、ここでは殿下の伝手で牛乳が手に入ります。なのでその牛乳を火にかけ、商品として持ち込んだリンゴ酢を少しずつ加えて混ぜ、固まったモノを漉しとり、ポロポロとしたそれに少量の牛乳や塩を加えてすり鉢で滑らかになるまですればクリームチーズの出来上がりです。
そのクリームチーズを使ったベイクドチーズケーキとレアチーズケーキが来年以降に売り出したい商品で、チーズを使ったお菓子が口に合わなかった場合の保険として、クッキーとパウンドケーキを用意しました。あまり日持ちがしないお菓子は商品として厳しいとは思うのですが、そこを込みでの開発です。
「この食感は煮凝りに近い……か?
寒天を使ったというからその所為なんだろうが、
ほのかな酸味と甘味のある白い部分と、黄金桃と寒天の組み合わせも良い。
あと、土台部分の茶色いものは何だ?」
煮凝りと言われて驚いてしまいました。煮凝りほどプルプルとはしていないと思うのですが、そう思って食べれば近い食感かもしれません。
「下の茶色い土台は、この焼き菓子とほぼ同じものですよ」
と茴香殿下の質問にクッキーを指さして答えました。初めて作った時はこの土台部分が上手く出来なくて、ボロボロと崩れてしまったんですよね……。一応、前世のレシピをちゃんと確認して作ったのですが、やはり全く同じようにはいかないようです。
そうしてテーブルに並べられた大量のお菓子の大半が皆の胃袋へと消えた頃、
「焼き蘇菓子が良い。解りやすいだろう?」
「その場合、こちらは生蘇菓子とでも呼びましょうか?」
なんて忍冬さんと片喰さんが新作菓子の名前について話し合っていました。新作菓子とはいっても、私にとっては前世の好物で馴染み深いお菓子なんですけどね。
そして蘇というのは前世でも今世でもほぼ同じ物を指しています。前世での蘇は、延喜式に書かれている作り方だと牛乳を10分の一になるまで煮詰めた物なのですが、牛乳を煮詰めただけで長期保存が出来る訳がなく、何かしら別処理があったはずだと言われています。
対し今世の蘇の詳しい作り方は公表されていませんが、牛乳を煮詰めると出来るらしいという話しは知られています。蘇は本当に特別な食べ物で、各国には乳牛院という蘇を作ったり管理するための国の機関があるぐらいです。そこで作れらた蘇が滋養強壮剤として天都の帝一族や宮家、各国の王族や高位華族へと提供されているのです。
ですから、
「忍冬も片喰も落ち着け。蘇を乳牛院以外で作ったとなったら大問題になる。
別の名前にするべきだ」
そうなりますよねー。
それにしても殿下はその地位から当然蘇を食べた事があるだろうなと思っていましたが、随身の2人も食べた事があるんですね。それとも私が「牛の乳を固めた物」と言った事から蘇を使ったと思ったのかな??
「そもそもこれは蘇ではないですよ。
蘇よりもずっと柔らかくて半練り状になりますし。
確か蘇って牛乳をかなり煮詰めて作るんですよね?
私の作り方だとそこまで煮詰めなくても大丈夫なんです。
それに出来上がる量も違って、使用した牛乳の4分の1ぐらいになります」
「4分の1も?!
その作り方を教えてもらいたいんだが」
「な、内緒です」
驚いた殿下たちとその随身の合計4人が、一斉にすごい勢いで私を見てきて思わず腰が引けてしまいましたが、商品化に成功するまでは秘密にしておきたいので話す訳にはいきません。
「むぅ……残念だが仕方がない」
茴香殿下はそう言ってお茶を一口飲んだ後、スッと姿勢を正しました。
「それで今後の予定なんだが、
鬱金は十三詣りの手続きを終えた後は槐君と一緒に行商に行く。
……で良いんだよな?」
「あぁ、そのつもりだ。市場調査をしつつ……な。」
「そうか……。今のところ不審な情報は入っていないから
大丈夫だとは思うが、念の為に片喰を付けるから」
「すまない、助かる」
予定を確認した茴香殿下に叔父上は頷いて肯定します。それを聞いて少し考えた蒔蘿殿下は自分の随身の片喰さんを叔父上に同行させることにしました。
「じゃぁ、その間。櫻ちゃんは俺達と一緒に行動してもらって、
水車小屋や足湯、浄水場建設予定地や貸し馬屋などなどを見てもらおう。
櫻ちゃんの身体に出来るだけ負担にならないような予定を組んだけど、
それでも駄目な時は早めに言ってね」
「少しでも櫻嬢の体力を温存するために、
揺れの少ない牛車に乗せてきたんだが体調の方はどうだ?
3年前に比べればずっと元気に見えるが問題ないか??」
「ありがとうございます、大丈夫です」
どうやら私だけ牛車だったのは、揺れの少ない快適な牛車に乗る事で体力の温存を図ってくれていたようです。
「うん、良い返事だ。それだけ元気だったら極日のお祭りも参加できるね。
本当は直前に渡して驚かせたかったんだけど、
時間が取れるかどうかちょっと怪しくてね」
私の返事にニコリと笑った蒔蘿殿下は、片喰さんに指示を出して大きな行李を2つ持ってきました。
「片方は槐君のだ」
そう言って茴香殿下は紺色の紐で目印がつけられた行李を兄上に、赤い紐で目印が付けられた行李を私へと手渡します。
「これは??」
「開けてごらん」
そう言われて蓋をあけて中を見れば、綺麗な着物一式や草履、扇子といった小物まで入っていました。兄上の方も同じようで、
「うわぁ、すごく綺麗」
と感嘆する私の横から、兄上の言葉にならない吐息が聞こえてきました。山に居る時はどうしても白い着物限定になってしまいますし、旅の途中は綺麗な服なんて着れません。なのでこんなに綺麗な色に染まった着物に触れる機会はそうそうありません。
「ヤマト国では極日の間中、お祭りが続くんだ。
色んな出店や旅芸人が大通りに所狭しと並ぶ様は圧巻でね。
槐君の十三詣りが終わったら、お祭りにも行ってみると良いよ。
これはその時に着る為の着物だから、良かったら着てね」
「それからこれが笠だ。女性はコレを頭にかぶるんだ。
櫻嬢ぐらいの年頃は少しは背伸びがしたいだろうと思って用意したんだが……」
そういって忍冬さんから茴香殿下が受け取って、私に渡してくれたのは市女笠と呼ばれる平べったくて中央に突起がある笠でした。その笠の縁には虫の垂衣と呼ばれる布がぐるっと一周縫い付けてあって、膝の辺りまで垂れ下がっています。
結構なサイズがあるその笠を試しにかぶってみましたが、あまりの大きさにバランスがとりづらく、更に重いので首がもげてしまいそうです。殿下たちが私を見て「小さい!」と驚いてしまったのは、もしかしたら着物や笠のサイズが私が着るには大きすぎて焦ってしまったからなのかもしれません。
「良かったな槐、櫻。茴香も蒔蘿もありがとう。それから忍冬や片喰もな。
大丈夫、華族と違って平民は小さい子に着物を譲り渡す事はよくある事だ。
だから着物が少々が大きいなんて事は日常茶飯事だ」
「「ありがとうございます、大切にします」」
私は笠を抱きしめるようにして抱えて、笑顔でお礼を言いました。まぁ、サイズ的に私が抱えているというよりは、笠に私が抱えられているように見えてしまいますが……。兄上もほぼ同時に声を揃えてお礼を言っていて、そんな私達を見て殿下たちは安堵したようで、表情が心なしか柔らかくなりました。
「櫻ちゃん、お祭り楽しみだよね?
お祭りに行くには、熱を出さないようにしっかりと身体を休める事が大切だよ。
殿下たちとの話し合いやお使いがあるんだろうけれど、
一番大事な事は身体を休めつつ、元気に過ごす事だからね?」
「櫻は気が逸るだけで熱を出してしまうからなぁ……。
しかも今回はずっと付きっきりではいてやれないから
本当に気を付けるように、解ったね?」
片喰さんが優しく、でもしっかりと釘を刺してきたかと思ったら、叔父上も心配性を炸裂させてきます。私の体を気遣ってくれているのは解るけれど、みんな心配性だなぁ。
そもそも私だって好きで無理をする訳ではないですし、熱を出したい訳でもありません。だから今年こそは体力に余裕を持った行動を心がけて、お祭りを存分に楽しんで、母上たちへの土産話にしたいと思います。
「私だってもう10歳ですよ、無理はしません。
大丈夫だから、安心してください」
叔父上たちの心配そうな顔をよそに、胸を張る私でした。
「何で疑問形なんですか!」
約3年ぶりに再開した蒔蘿殿下の口から真っ先に飛び出した言葉に、思わず全力で反論してしまいました。ちゃんと大きくなってますよっ!!
「蒔蘿……。気持ちは解るが、そう思ったとしても口には出すな」
ペチッと裏拳で蒔蘿殿下のみぞおち辺りへツッコミを入れるようにして注意する茴香殿下ですが、それって茴香殿下も同じことを思っていたって事でよろしいでしょうか?
「どうやら殿下たちは私が作ってきたお菓子が要らないご様子……。
私達だけで食べる事にしますっ!!」
久しぶりの再会に張り切って作ってきたというのに、そっぽを向いて抗議します。
「あぁーあ、今日作ってきたお菓子は家族以外には初公開で、
その家族みーんなが絶賛してくれたお菓子なのに。
殿下たちに食べてもらえないなんて、残念だなぁ」
「ごめんっ! 待って待って!」
「えっ、あっ、すまん!」
大げさに溜息をついてから、両手で持っていた箱を斜めにしないように気をつけながらも殿下たちに背を向けます。途端に蒔蘿殿下はもちろん、甘い物がそこまで得意ではない茴香殿下までもが大慌てで「ごめん」とか「すまん」だとか謝罪を始めました。
自分の中のもやもやを上手く表現できないのですが、本気で怒っている訳ではないのです。殿下たちに悪気が無い事は解っていますし、私が同年齢の子と比べて格段に小さいことも事実です。何せ私の今の身長は小さめの7歳ぐらいですから。
でもそれを指摘されると、胸がキュッとなるほどに苦しいのです。だって私の身体が小さい事を母上たちがとても心配して色々と手を尽くしてくれているのに、どんなに努力しても私の体は平均的なサイズになってくれないんですから。その母上の心配そうな顔を思い出して、不覚にも涙が滲みそうになるのを必死にこらえます。
それに関所を通る度に疑いの眼差しを向けられてしまう事も叔父上に申し訳ないですし、手続きに時間がかかる事も少し面倒にも感じてしまっています。まぁ、簡単に言えばコンプレックスになってしまっているんでしょうね。だから出来れば触れられたくないなぁと……。
もしかして……。
魂が異世界生まれだと身体が成長しづらい罠があったりするのかなぁ。
「そこまでだ。ほら、まずはちゃんとご挨拶をしなくては」
パンパンと手を叩いて場の空気を変えたのは叔父上でした。
「久しぶりだな、茴香、蒔蘿。それから後で話しがある。
そんなに時間は取らせないから、片喰や忍冬も安心してくれ」
「わ……解った」
叔父上の挨拶を受けた両殿下の頬が、若干引きつったように見えます。どうしたのかとすぐ横に立つ叔父上を仰ぎ見れば、何時もと同じ優しい笑顔を浮かべた叔父上が「どうかしたか?」と表情で尋ねてきました。てっきり叔父上が怖い顔でもしていたのかと思っていたのに……と頭にいっぱい疑問符を浮かべて首を傾げてしまいます。
「茴香殿下、蒔蘿殿下、ご無沙汰しております」
叔父上に続いて兄上も頭を下げて挨拶をしました。ここでようやく殿下たちも本来の調子に戻ったようで
「槐君も久しぶりだね。そして精霊確定の儀、おめでとう」
「ありがとうございます」
やっと穏やかな挨拶のやりとりができました。本来なら私が話し始める前に、叔父上、兄上の順で殿下たちに挨拶をしなくてはならなかったのですが、中庭に入った途端に蒔蘿殿下の方から声をかけられてしまったので、挨拶するタイミングを逃してしまっていたんですよね。
懐かしい地下庭園の中庭。そうここは3年前に叔父上と二人でやってきた蒔蘿殿下の隠れ家の中庭です。行き先がここだと聞いた時、また前回の時と同じく袋詰めにされるのかと思って少し逃げ出したい気分になりましたが、今回は商品を納入する商人としてここを訪れる事が出来たのでホッと胸を撫でおろしました。途中で何度も馬車を乗り換えたり上着を交換したりしましたが、それぐらいなら許容範囲です。
何より袋詰めにされての移動だと色々と確認できないので、どうしようかと思っていたんですよね。袋詰めを免れたおかげで、乗り換えに次ぐ乗り換えで忙しなかったもののしっかりと町の中の様子を確認する事ができました。通りを彩る横断幕に書かれている文字の色が青色という事は、今年は蒼の妃の菖蒲様が来られるのだと思います。その通りを行き交う人の表情はみな明るく、何かしらの疫病が流行の兆しを見せているようには思えません。みんな笑顔で土の極日を心待ちにしている風情です。
良かった……。これで本当に安心です。
そう思いながらこの蒔蘿殿下の隠れ家にやってきたのです。
「櫻、今日の陽気だとせっかくの菓子が駄目になってしまうかもしれない。
着いて早々にすまないが、切り分けてきてくれないかな?」
「そうだね。それが良いよ。
せっかく櫻が朝から頑張って作ってくれたんだから美味しく頂きたいしね」
「え? あ、はい。解りました」
叔父上と兄上からの急なお願いに面食らいましたが、確かに今日は土の陽月に入ったというのに気温が少し高く……。何種類か持って来ているお菓子の中には、冷えていた方が美味しいものもあるので、早く切り分けてお出しした方が良さそうではあります。
「では私がご案内致しますね」
殿下たちに退室の挨拶をしてから、ほんわか穏やかな笑顔の片喰さんの後を付いて厨へと向かいました。今、この隠れ家に居るのは茴香殿下と蒔蘿殿下、それから其々の筆頭随身である忍冬さんと片喰さん、それに叔父上と兄上と私という7人です。私と兄上以外の4人は幼馴染で、両殿下とは叔父上が3歳の頃から、随身の2人とは叔父上が5歳の頃からの友人なんだそうです。その為、他人の目が一切ないプライベートな場所&仕事中じゃない時には上下関係ではなく、友人として付き合っているんだとか。
「櫻ちゃんは叔父さんに怒られた事はある?」
新作のケーキを切り分け終えて、次に焼いてきたクッキーを大皿に綺麗に並べていたら、片喰さんがそんな事を言いだしました。
「え? 叔父上にですか??
うーーん、注意されたり指導されたりする事はありますが、
怒られた事は無いと思います」
「そうなんだ、櫻ちゃんは良い子なんだね。
実はね、櫻ちゃんの叔父さんは滅多に怒らないんだけど
怒った時は本当に怖いんだ。たぶん俺達の中で一番怖いよ」
パウンドケーキを切り分けていた片喰さんが、大きく溜息をつきながらチラリと中庭の方へと視線を向けました。
「さっきの鬱金、あれ、怒っている時の笑い方なんだよね」
「えっ?! 叔父上、何時もと同じ笑顔でしたよ??」
先程の叔父上の顔を思い返してみても、何時もと全く同じ表情でした。それとも何時も怒っていたのでしょか??
「それは当然だろう。櫻嬢に向けては何時もの笑顔に戻していたからな」
忍冬さんが苦笑いしながら厨の入口の暖簾をくぐって入ってきました。
「あちらはどうだ?」
「鬱金の雷が落ちただけでなく
槐君にまで窘められて、殿下たちは絶賛反省中だ」
「兄上も?!」
どうやら私が居ない間に叔父上や兄上が殿下に注意していたようで……。嬉しいという気持ちもありますが、何より申し訳なくてソワソワしてしまいます。
「うーん、ただね殿下たちに悪気は無いんだよ。
勿論悪気が無ければ何をしても良いって事じゃないのは当然だけどね。
あと、ちょっとした事情もあったし……」
仕方ないなぁという顔つきの片喰さんの言葉に、私も同じような表情で頷き、
「解ってます。殿下たちに悪気が無いって事は。
ただ……私が平均より小さい事は事実だけど、
何時も心配してくれる家族に申し訳ない気持ちになるから、
言わないでほしいなって思って……」
「うん、そうだね。そこは殿下たちが悪かったね」
片喰さんにぽんぽんと頭を撫でられ、
「櫻嬢も気を取り直して。
みんなが待ってるぞ。急いで菓子を持って行こう」
忍冬さんには背中を少し強めにポンッ!と叩かれ、私は「はい!」と大きく返事をしたのでした。
地下庭園の中央にある浮見堂のような建物。その中央にあるテーブルに、これでもかと大量のお菓子が並びます。これらのお菓子は殿下へのお土産という意味が一番大きいのですが、同時に舌の肥えている殿下たちに味見をしてもらって来年以降の商品開発に繋げる予定だったりもします。7人全員がテーブルに付き、お茶を淹れたりお皿を渡したりと、先程までとは違って和気あいあいとした雰囲気です。
「それでは順に説明させていただきます。
白い皿の菓子は、牛の乳を固めた物を主原料とした焼き菓子です。
次の白地に青線が入った皿は同じく牛の乳を主原料にしていますが、
こちらは寒天で固めたモノで、上に黄金桃の薄切りを花のように並べました。
最後は大皿になりますが、
果物の皮の砂糖漬けを練り込んで薄く伸ばした焼き菓子と、
以前にお出しした事のある木の実を混ぜ込んだ焼き菓子になります。
寒天を使った菓子は冷えている方が美味しいので、
まずはそれからお召し上がりください」
家では巨大なエゾモモンガそっくりの動物、毛美のミルクからクリームチーズを作っていたのですが、ここでは殿下の伝手で牛乳が手に入ります。なのでその牛乳を火にかけ、商品として持ち込んだリンゴ酢を少しずつ加えて混ぜ、固まったモノを漉しとり、ポロポロとしたそれに少量の牛乳や塩を加えてすり鉢で滑らかになるまですればクリームチーズの出来上がりです。
そのクリームチーズを使ったベイクドチーズケーキとレアチーズケーキが来年以降に売り出したい商品で、チーズを使ったお菓子が口に合わなかった場合の保険として、クッキーとパウンドケーキを用意しました。あまり日持ちがしないお菓子は商品として厳しいとは思うのですが、そこを込みでの開発です。
「この食感は煮凝りに近い……か?
寒天を使ったというからその所為なんだろうが、
ほのかな酸味と甘味のある白い部分と、黄金桃と寒天の組み合わせも良い。
あと、土台部分の茶色いものは何だ?」
煮凝りと言われて驚いてしまいました。煮凝りほどプルプルとはしていないと思うのですが、そう思って食べれば近い食感かもしれません。
「下の茶色い土台は、この焼き菓子とほぼ同じものですよ」
と茴香殿下の質問にクッキーを指さして答えました。初めて作った時はこの土台部分が上手く出来なくて、ボロボロと崩れてしまったんですよね……。一応、前世のレシピをちゃんと確認して作ったのですが、やはり全く同じようにはいかないようです。
そうしてテーブルに並べられた大量のお菓子の大半が皆の胃袋へと消えた頃、
「焼き蘇菓子が良い。解りやすいだろう?」
「その場合、こちらは生蘇菓子とでも呼びましょうか?」
なんて忍冬さんと片喰さんが新作菓子の名前について話し合っていました。新作菓子とはいっても、私にとっては前世の好物で馴染み深いお菓子なんですけどね。
そして蘇というのは前世でも今世でもほぼ同じ物を指しています。前世での蘇は、延喜式に書かれている作り方だと牛乳を10分の一になるまで煮詰めた物なのですが、牛乳を煮詰めただけで長期保存が出来る訳がなく、何かしら別処理があったはずだと言われています。
対し今世の蘇の詳しい作り方は公表されていませんが、牛乳を煮詰めると出来るらしいという話しは知られています。蘇は本当に特別な食べ物で、各国には乳牛院という蘇を作ったり管理するための国の機関があるぐらいです。そこで作れらた蘇が滋養強壮剤として天都の帝一族や宮家、各国の王族や高位華族へと提供されているのです。
ですから、
「忍冬も片喰も落ち着け。蘇を乳牛院以外で作ったとなったら大問題になる。
別の名前にするべきだ」
そうなりますよねー。
それにしても殿下はその地位から当然蘇を食べた事があるだろうなと思っていましたが、随身の2人も食べた事があるんですね。それとも私が「牛の乳を固めた物」と言った事から蘇を使ったと思ったのかな??
「そもそもこれは蘇ではないですよ。
蘇よりもずっと柔らかくて半練り状になりますし。
確か蘇って牛乳をかなり煮詰めて作るんですよね?
私の作り方だとそこまで煮詰めなくても大丈夫なんです。
それに出来上がる量も違って、使用した牛乳の4分の1ぐらいになります」
「4分の1も?!
その作り方を教えてもらいたいんだが」
「な、内緒です」
驚いた殿下たちとその随身の合計4人が、一斉にすごい勢いで私を見てきて思わず腰が引けてしまいましたが、商品化に成功するまでは秘密にしておきたいので話す訳にはいきません。
「むぅ……残念だが仕方がない」
茴香殿下はそう言ってお茶を一口飲んだ後、スッと姿勢を正しました。
「それで今後の予定なんだが、
鬱金は十三詣りの手続きを終えた後は槐君と一緒に行商に行く。
……で良いんだよな?」
「あぁ、そのつもりだ。市場調査をしつつ……な。」
「そうか……。今のところ不審な情報は入っていないから
大丈夫だとは思うが、念の為に片喰を付けるから」
「すまない、助かる」
予定を確認した茴香殿下に叔父上は頷いて肯定します。それを聞いて少し考えた蒔蘿殿下は自分の随身の片喰さんを叔父上に同行させることにしました。
「じゃぁ、その間。櫻ちゃんは俺達と一緒に行動してもらって、
水車小屋や足湯、浄水場建設予定地や貸し馬屋などなどを見てもらおう。
櫻ちゃんの身体に出来るだけ負担にならないような予定を組んだけど、
それでも駄目な時は早めに言ってね」
「少しでも櫻嬢の体力を温存するために、
揺れの少ない牛車に乗せてきたんだが体調の方はどうだ?
3年前に比べればずっと元気に見えるが問題ないか??」
「ありがとうございます、大丈夫です」
どうやら私だけ牛車だったのは、揺れの少ない快適な牛車に乗る事で体力の温存を図ってくれていたようです。
「うん、良い返事だ。それだけ元気だったら極日のお祭りも参加できるね。
本当は直前に渡して驚かせたかったんだけど、
時間が取れるかどうかちょっと怪しくてね」
私の返事にニコリと笑った蒔蘿殿下は、片喰さんに指示を出して大きな行李を2つ持ってきました。
「片方は槐君のだ」
そう言って茴香殿下は紺色の紐で目印がつけられた行李を兄上に、赤い紐で目印が付けられた行李を私へと手渡します。
「これは??」
「開けてごらん」
そう言われて蓋をあけて中を見れば、綺麗な着物一式や草履、扇子といった小物まで入っていました。兄上の方も同じようで、
「うわぁ、すごく綺麗」
と感嘆する私の横から、兄上の言葉にならない吐息が聞こえてきました。山に居る時はどうしても白い着物限定になってしまいますし、旅の途中は綺麗な服なんて着れません。なのでこんなに綺麗な色に染まった着物に触れる機会はそうそうありません。
「ヤマト国では極日の間中、お祭りが続くんだ。
色んな出店や旅芸人が大通りに所狭しと並ぶ様は圧巻でね。
槐君の十三詣りが終わったら、お祭りにも行ってみると良いよ。
これはその時に着る為の着物だから、良かったら着てね」
「それからこれが笠だ。女性はコレを頭にかぶるんだ。
櫻嬢ぐらいの年頃は少しは背伸びがしたいだろうと思って用意したんだが……」
そういって忍冬さんから茴香殿下が受け取って、私に渡してくれたのは市女笠と呼ばれる平べったくて中央に突起がある笠でした。その笠の縁には虫の垂衣と呼ばれる布がぐるっと一周縫い付けてあって、膝の辺りまで垂れ下がっています。
結構なサイズがあるその笠を試しにかぶってみましたが、あまりの大きさにバランスがとりづらく、更に重いので首がもげてしまいそうです。殿下たちが私を見て「小さい!」と驚いてしまったのは、もしかしたら着物や笠のサイズが私が着るには大きすぎて焦ってしまったからなのかもしれません。
「良かったな槐、櫻。茴香も蒔蘿もありがとう。それから忍冬や片喰もな。
大丈夫、華族と違って平民は小さい子に着物を譲り渡す事はよくある事だ。
だから着物が少々が大きいなんて事は日常茶飯事だ」
「「ありがとうございます、大切にします」」
私は笠を抱きしめるようにして抱えて、笑顔でお礼を言いました。まぁ、サイズ的に私が抱えているというよりは、笠に私が抱えられているように見えてしまいますが……。兄上もほぼ同時に声を揃えてお礼を言っていて、そんな私達を見て殿下たちは安堵したようで、表情が心なしか柔らかくなりました。
「櫻ちゃん、お祭り楽しみだよね?
お祭りに行くには、熱を出さないようにしっかりと身体を休める事が大切だよ。
殿下たちとの話し合いやお使いがあるんだろうけれど、
一番大事な事は身体を休めつつ、元気に過ごす事だからね?」
「櫻は気が逸るだけで熱を出してしまうからなぁ……。
しかも今回はずっと付きっきりではいてやれないから
本当に気を付けるように、解ったね?」
片喰さんが優しく、でもしっかりと釘を刺してきたかと思ったら、叔父上も心配性を炸裂させてきます。私の体を気遣ってくれているのは解るけれど、みんな心配性だなぁ。
そもそも私だって好きで無理をする訳ではないですし、熱を出したい訳でもありません。だから今年こそは体力に余裕を持った行動を心がけて、お祭りを存分に楽しんで、母上たちへの土産話にしたいと思います。
「私だってもう10歳ですよ、無理はしません。
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叔父上たちの心配そうな顔をよそに、胸を張る私でした。
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